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うずめび
2026-07-06 19:18:41
9981文字
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岳博
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岳博で休暇に行く二人の話 書きかけ
タイトル通りです。どうか覆水になどなってくれるな、という作品の続きとして書いてる話ですが、進捗がアレなので晒しておきます。
まだ書きかけですが年内にはなんとかしたい気持ち……
岳博 龍門で休暇を過ごす話
休暇の話
殲滅作戦の最中で倒れた数日後。その日はドクターが起きた瞬間から、長期の外部任務から戻ってきたケルシーと医療部の精鋭たちよる直々の精密検査を受け、健康指導をされていた。
ケルシーがいない間を見計らっての薬の乱用についての説教にはじまり、薬物の乱用による危険性や食生活と睡眠の乱れ、セルフケアの重要性に至るまでありとあらゆる指導をされて午前中はあっという間にすぎ、昼食の時間だからと解放されてどうにか束の間の休息を得ている。この分では午後もまた指導と検診なのだろう。
執務室に戻る前に絶対に飲んでくださいね、と渡されたハイビスカスお手製のお世辞にも美味しいとは言えない胃に優しく栄養がとれるのだという特性ドリンクを飲みつつ、ならば今のうちに少しでも決裁を進めるかと書類を手に取ったとき、背後からしなやかな手が伸びてひらりと書類をとってしまう。
「医療部門から見張っていてくれと頼まれた時は何事かと思ったが、なるほどこういう事か。相変わらず自己を顧みることに関して、その聡明さは発揮されないようだな、ドクター?」
気配一つ悟らせる事なく背後から響いた声にドクターは思わず椅子ごと振り向いた。視線の先には書類を片手に泰然と微笑む重岳がいる。
「驚いたな
……
いつから部屋に?」
「最初からだな。あまりにも気づかないものだから、あえてそうしているのかと思ったのだが」
「君のような武術の達人が気配を消したら、私のようなものでは気づけないよ」
どこか楽しそうに笑う重岳に対してドクターは苦笑した。武術のぶの字の心得もない人間が、玉門において宗師を務めていた武人の気配を感知するなど不可能な話だ。それをわかっていてあえて医療部門の者たちは頼んだのだろうが、中々に人が悪い。
――
気配云々はもとより、優しいこの人に止められてしまうとなにもできなくなってしまうので。
覆水になどなってくれるなと抱きしめられてからというもの、重岳が秘書をしている間はどうにも無理ができなくなってしまった。今までなら毎日のように理性剤を使い、演算や書類仕事をこなしていたのだが、アンプルを手に取る度に秘書である重岳に穏やかにとめられてしまうから。
――
それが必要な時があることは否定しないが、今ではないな。無理をすることを日常とすべきではないのだ、ドクター。いずれ本当に無理をしなければ乗り越えられない困難がやって来た時、ものを言うのは結局のところ体力と強い意思に他ならない。自らを労ること、休むことこそ先に繋がるというものだ。
そう言って優しくアンプルを取り上げ、宥めるように頭を撫でられてしまうと急いて仕事をしなければという気持ちが穏やかに凪いでいく。
今も書類を机に置いた手が労るようにひとつ頭を撫でるのが、気恥ずかしくも心地よい。落ち着いてくるとなんだか眠くなってしまうから仕事が出来なくなってしまいそうだと呟けば、重岳がおやと微かに首を傾げた。
「まだ医療部門から聞いてなかったのか。仕事が出来なくなるどころか、貴公は検査日の今日を含め4日の間は仕事は禁止だ。なにせ検査の後は私との休暇になるからな」
さらりと落とされた爆弾に思わずまぬけな声が漏れる。
――
誰が何となんだって?
「休暇?誰が誰と?なぜそんな話に?」
「私と貴公が、だな。この作戦の後に休暇を取ると言っていたが、一向に取る様子がないようだから私が医療部と総務部に掛け合ったのだ。なに、事情を説明したところ、双方ともに快く頷いてくれている」
「
――
ああ、君が直々に話せばそうなるだろうね」
ロドスでの扱いは姉妹を訪ねた客人とはされているものの、元々の肩書きを思えば重岳からの提案ははそう無下にはできないに違いない。
今更ながらに何日か前に医療部と総務部がざわついていた事を思い出すが、その時は忙しいからと話し半分に聞いていた事を今さらに悔やんだ。自分の知らないところで話が進みすぎている。
なんとも言えない声を出したドクターを見て、重岳が笑みの種類を変えてしまう。泰然としたものから少し寂しそうなものに。
「断りもなく迷惑だっただろうか。貴公の事だから休めと言われても、皆がいる前では休めぬだろうときっかけを作ってやりたかったのだが」
私のようなものが側にいては休まらないかと重岳が言った瞬間に思わずドクターは立ち上がってその手を取る。
――
違う、この人にこんな事を言わせたい訳じゃない。誰より人に近しく、そして親しくしようとする優しい人に。
「ドクター?」
「
――
あ、ええと。君と休暇に行くのが嫌な訳ではないんだ、むしろすごく嬉しいよ」
いつもは不必要な程に回る頭も口も、どうしてかこの人の前では回らない。それでもそんな顔をして欲しくなくて、思い付くがままに口を開いた。
「忙しい君の時間を貰えたことも、一緒に休暇を過ごしてもいいと思ってくれたことも嬉しい。相談はして欲しかったけど、きっとされても理由をつけては行かないようにしただろうからそれも良くて」
「ただ、どうしてそこまでしてくれるのだろうかと。重岳には先日から迷惑をかけてしまっているから君の優しさを受け取るのが申し訳ないんだ」
そうだ重岳は何も悪くない。行動は少しだけ突拍子もないけれど、それもドクターに対する思いやりから来ているのがわかるから。ただ、それをうまく受け取れないドクターが問題なだけで。
先日の殲滅作戦にはじまり、近頃体調を気にかけてくれることも含め、重岳には迷惑をかけてしまっているという意識が強い。指揮官であるのに情けないところばかり見せてしまって、そんな有り様だからどうしてこの人がここまでしてくれるかがわからない。
言葉に詰まってしまって、けれども重岳が悲しそうにしてるのも嫌でドクターは手を握る。まるでいかないでとすがる子供みたいだと自嘲しそうになったとき握っていた手を緩やかに解かれて、重岳が両手でこちらの手を包み返した。穏やかに伝わる温度とあわせて言葉がゆっくりと落ちていく。
「
――
そう難しく考える事はないさ、ドクター。貴公とて傷つき、疲れている者を見れば正しさを考えるよりも先に手を伸ばすだろう。それが親しくしている者であればなおさらに穏やかでいて欲しいものだ。それとも同袍同沢の情を抱いているのは私だけで、貴公はそうではなかったかな」
「そんなことは」
小さく首を横に振れば重岳がやわらかに微笑む。
――
この人の好意に甘えても、受け取ってもいいのだろうか。その思いに見合うようなドクターでなくとも。いつかにそのままの貴公でいてくれないかと言ってくれたこの人が相手なら。
「ならば頷いてはくれないか、ドクター。思いやりというのは、受け取る側の同意がないと転じて身勝手なものになる。思いにあるべき形を与えてやってくれ」
包まれた手を優しく握られて、美しい赤い瞳と視線が交わる。人ではないとされながらも、その実誰よりも人らしい思いやりに満ちていて。とてもではないがこの人の思いを無下にすることはできなかった。
「
――
うん。休暇をありがとう、重岳」
どこに行くか楽しみにしている。そう言った瞬間にくるりと満足げに尾が体に回されてしまったからドクターは小さな笑声をあげた。きっとこの人と一緒なら楽しい休暇になるに違いない、と。
昼休みが終わり簡易検査の結果から問題なく外出許可がおりてからというもの、ロドス本艦から下船するための手続きや休暇中の対応の確認など出立前の時間は瞬く間に過ぎていった。形式に乗っ取った下船手続き以外は比較的スムーズに進んだのは重岳があらかじめ話を通してくれたからなのだろう。
準備や手続きの合間、話しかけてくれたオペレーターたちに行くと伝えたところ、やっと休んでくれるといって安心した様子を見せたものが大半で気づかないうちに随分と心配をかけてしまったことを知る。それだけ思われ、気遣われていたのだということも。
「
――
行ってきます」
検査翌日のロドス本艦の乗船口。早朝にも関わらず見送りに来てくれたアーミヤとニェンに出立の言葉を伝えれば穏やかに二人が微笑んだ。
「お仕事はケルシー先生と皆さんと一緒に頑張りますから、ゆっくり休んで下さいね。重岳さん、ドクターをよろしくお願いします」
「ああ、任された。貴女も無理はしないようにな」
ドクターにするように重岳がアーミヤの頭を撫でると、年相応の恥ずかしそうな声があがるのが愛らしい。微笑ましい様子を隣で見ていれば、ニェンから内緒話でもするようにひっそり声をかけられた。
「留守番はこっちで適当にやっとく。兄貴はちょっと浮かれてるみてーだが、まぁたまにはいいだろ」
「ありがとうニェン。けれど重岳が浮かれてると言うのはどういう意味だろうか」
思わず調子を合わせるように小さく返した声にニェンがどこか悪戯っぽく笑う。まるで楽しくて仕方ないと言うように。
「なんだ気づいてないのは本人たちばかりってやつか?互いに憎からず思ってる相手と出かけるなんてのは言い方は一つだろ?」
――
デート、楽しんでこいよ。言われた言葉の意味を理解する間もなく、近くに止められていた装甲車に押し込まれてドアを閉められてしまう。ニェンに対して重岳が一言、二言注意している様子が防弾ガラスの窓から伺えるが、当のニェンに気にした様子はないままにひらひらとこちらに手を振る姿がいっそ憎らしい。
それを見てか重岳が首を横に振り、アーミヤに一つお辞儀をしてから隣の席に乗り込んでドアを閉める。やれやれと呟きながらもその声と表情は優しい。
「まったくあの子は本当に。いきなり車に押し込めてすまなかったな、ドクター」
「いつもの事だから大丈夫。ニェンから気安く接してくれるのは嬉しいよ」
いつも通りにそつなく口を動かして、この時ほどよく回る口と、保安上の兼ね合いで休暇にも関わらず来ていた防護服とフェイスガードに感謝したことはなかった。
――
憎からず思っている、それはきっと正しい。執務室で優しく頭を撫でられた頃に芽生え、繋ぎ止めるように抱きしめられた時には淡い思いがあったから。ただ、それはドクターが一方的に思っているだけのもので、互いにというのはどういう意味なのだろう。
(
――
デートだなんて、そんなことは)
ただニェンが気まぐれにからかっただけにすぎないと思うのに顔が熱い。二人が乗ったことを確認して走り出した装甲車の振動から守るように、隣のひとから回された尾が余計に熱を上げてしまう。
思わず尾を握りこんでしまったのを見てか、あやすようにフェイスガードごしに頭を撫でるのがいっそたちが悪い。
「
――
休暇が楽しみだな、ドクター」
穏やかに微笑む人にそうだねとはたして返事はできていただろうか。
ゆらゆらと揺れる体と、ついで捉えるのはガタガタとした車輪の音。深夜でも船航するロドスで馴染んだ感覚。
――
ああ、寝てしまったのか。
決裁をこなし、PRTSで誰一人かけることのない結果がでるまで演習を繰り返したとき、電池が切れるように眠ってしまうときがある。たいていは自身で目覚めるものの、こうして誰かが揺り起こしてくれるのは珍しいことではなかった。
揺れる船に合わせるように肩に置かれた手がゆらされて、起きて下さいと声をかけられる。たいていは秘書か一緒に仕事をしているあの子で。
――
ドクター、終わってない仕事がたくさんありますから、まだ休んじゃだめですよ。
ああ、そうだ仕事が残っている。あの子が頑張っているのなら自分もまだ頑張らないと。アーミヤだけに全てを背負わせる訳にはいかない。責任と理想を背負いつつも、いとけなく守らなくてはいけないあの子だけには。
「
…
すまないアーミヤ、眠ってしまっていたようだ。PRTS、演算の再起動を」
「夢の中でも仕事とは。貴公も中々に難儀だな」
あと少しですから一緒に頑張りましょうね。そう聞こえる少女の声はなく、かわりに聞こえてきたのは穏やかな男の声。ぼんやりと開いた瞼の先には思い描いたとおりの人がすぐ傍にいる。優しいこの人の事だから、誰かから話を聞いて様子を見にきたのだろうか。
「重岳?君は朝練があるのだから、早く寝ないといけないだろう?」
気にかけてくれてありがたいけれど就業時間はとうに過ぎているのだし、客人としている君にそこまでさせらないと首を横に振れば仕方ないなと言いたげに笑われた。
「まだ夢と現との境がわからないか、ドクター。仕事は信の置ける者たちに任せて来ただろう?」
寝かせてやりたいのはやまやまだが、そろそろ目的地に着く。しゃんとしろ。
呟かれるとともに視界のバイザーだけ下げられて美しい赤い瞳と視線が交わる。夢と現の境とはなんだっただろう。アーミヤはどこに?PRTSはどこにおいたっけ?渦巻く意識の中で優しい声といたずらっぽい声が響く。
――
お仕事はケルシー先生と皆さんと一緒に頑張りますから、ゆっくり休んで下さいね。
――
デート、楽しんでこいよ。
「
―――
ああ」
見送ってくれた二人の声を思い出した瞬間に夢の帳があけて、意識がはっきりと現実に舞い戻る。装甲車に揺られて話しているうちにいつのまにか重岳の肩に頭を預けて眠ってしまったようだった。
随分と寝ぼけて醜態を晒してしまった気はするが、重岳の前ではもう今さらにすぎるだろうか。
「肩を借りてしまってすまなかった。動きづらくて不便だっただろうに」
次はもっとはやく起こしてくれていいと言うドクターに重岳がゆるりと瞬きを返して微笑む。まるで嬉しい事を見つけたように。
「
――
次、次か。貴公がそう望むのであれば、そうしよう」
どこか上機嫌に重岳が頷く姿を見たところで、装甲車の運転席から声が響く。停車した強化ガラスの窓から見えるのは発展した都市であることを示す高層ビルの群れ。数ある移動都市の中でも栄えたその姿は仕事では幾度となく訪れた街並みでもある。
――
炎国所属の移動都市・龍門。テラでもっとも経済的に成長し、栄えた街は確かに休暇にはうってつけだろう。食事に観光、大抵のものはなんでも揃う。
「お二人とも下車の準備をお願いします。形式的なものではありますが、検疫所での検査と入国手続きが必要になりますので」
私たちも車両の検査が完了しましたら検査と手続きを受けて合流しますので。検疫所の出口で合流後は滞在先へお連れして、私たちは龍門にある事務所へ戻ります。何かあればお呼びください。
そう伝えられて思わずドクターは口を開いた。
「滞在先?私たちもロドスの事務所に滞在するのではないのか?」
慌ただしく出立の準備をするなかでかろうじて休暇先が龍門になると重岳から聞いた時から、警備のしやすさの兼ね合いからロドスの事務所に泊まるのだろうと思っていたのだがどうやら違ったらしい。振り返った運転手のリーベリから少しばかり敬語が抜けた呆れた声が聞こえる。
「ドクター、せっかく休暇だってのに何が悲しくて事務所の仮眠室に寝泊まりしなきゃいけないんですか。重岳さんがお話をつけてくれてますから、しっかり確認してくださいよ」
検疫所の入り口で装甲車を止め、二人が降りた事を確認するとリーベリの運転手は装甲車を車両の点検口へと走らせていく。ロドスの事務所でないとすれば休暇中はどこへ滞在するのだろう。
今にして思えば準備に追われていて、龍門で休暇を過ごすということ以外は何も重岳から聞いていない。隣に佇む重岳を見やれば、気恥ずかしそうに微笑む姿。
「すまないドクター。貴公との休暇だと舞い上がってしまって、すっかり説明したつもりになっていたようだ」
「いや、私も龍門ならロドスの事務所があるからと思い込んでしまっていてね。遅くなってしまったが確認しても?」
今更ながらに朝に見送ってくれたニェンの言葉がよぎる。浮かれているのはあながち間違いではないのかもしれないといったら、楽しいもの好きの彼女はどんな顔をするのだろうか。
検疫所で所定の手続きを終え、車両の検査が終わるまでと通された待ち合い室。ドクターは改めて今回の休暇の詳細を聞くことになった。龍門で今日を入れて二泊三日の休みを取ること、耳目があるから滞在先の詳細は後で話すが滞在先はロドスの事務所ではないこと等々。
なぜ休暇先に龍門を選んだのかを聞けば万聖節だからなと返されてドクターは首をかしげた。聞いたことのない単語は龍門の行事なのだろうか。
「万聖節?」
「ああ、今時の単語でいうならハロウィンというのだったか。元はヴィクトリアの収穫祭兼、祖霊を祭る行事だそうだが、近年龍門にも入ってきてな。元々の意味は薄れて仮装する祭りとして定着している」
「ああ、龍門では万聖節というのだね。でもどうしてハロウィンで龍門に?」
重岳のいう通りハロウィン
―――
万聖節は元々はヴィクトリアの行事とされている。それをきっかけとするならヴィクトリア方面に休暇に行っても良さそうなものだが。
視線に疑問が出ていたのか重岳が微笑む。
「この時期、龍門は様々なランタンを通りや公園に吊るす。夜になると実に壮観で美しい。それを貴公にも見て貰いたくてな。単純にそれなりの土地勘と滞在先のつてが龍門ならある、というのもあるが」
ヴィクトリアの方が良かったかと聞くひとに首を横に振る。元々降って沸いた休暇であったし、なにより重岳と一緒に過ごすことに意味があったので。このひとが美しいと思うものを見てみたければ、それを共有しようと思う心こそが嬉しかった。
「君が美しいと思うものを一緒に見れるのは嬉しいな。龍門は仕事では何度も訪れたことがあるが、観光はしたことがないから楽しみだ」
龍門といえば感染者がらみで訪れるばかりで、観光とは程遠い堅苦しい雰囲気の場所でしか過ごしたことがない。はじめて訪れた時、夜間になっても煌々と消えずにともる街の光に感嘆のため息をアーミヤとこぼしたことがあるが、せいぜいがそれぐらいだ。観光というにはあまりにもささやかな記憶だろう。
素直にそれを伝えて重岳が微笑んだところで待合室の扉が開き、検疫官の服を着たペッローの女性から柔和な笑みとともに声をかけられた。
「大変お待たせしました。車両、及び乗組員の方の検査が終了しました。先に車両とともに駐車場にてお待ちです」
「さて、共に行こうか」
長く待たせるのも悪いからなと先に立った重岳から手を伸ばされた。差し出された手をとって立ち上がると手を離されるかと思いきや、そのまま駐車場に向かう人混みの中を歩きはじめてしまうから放すタイミングを失ってしまう。
「はぐれては合流するのも一苦労だからな」
ドクターから声をかける前に隣で朗らかに微笑みかけられては、気恥ずかしいから放して欲しいとも言えず。それに手を放したい理由を説明しろと言われても困ってしまうし、はぐれては合流するのが難しそうなのも事実だったから。
自身に対する言い訳とも説得ともつかない言葉を思い浮かべながら、そっと手を握り返した。ゆらりと微かに長い尾が揺れて優しく握り返されるのが気恥ずかしくも嬉しかっただなんて。
駐車場でロドスのオペレーターと合流し、道なりに車が進んでいく。都市部の道は賑やかで無数の人や車が行き交う様はいかにも発展した龍門らしい。
「随分とここも賑やかになったものだな」
「龍門に来るのは久しぶり?」
「久しいというのは少し異なるか。司祭台がらみでそれなりに訪れてはいたが、都市部にはあまり立ち入っていないという方が正しい。それに玉門にいる時間のが長かったせいか、土地勘も少し危ういかもしれんな」
昔はもっと建物も低くて、液晶なぞどこにもなかったものだと語る人の視線の先には映画の広告を流す大きな街頭広告がある。ドクターからすれば龍門はまばゆいばかりの街の印象が強いから、重岳のいう昔とはそれなりに前のことなのだろう。
「ともあれ、時代の流れにあっても変わらない場所はあるものさ。滞在する場所もかような場所でな」
少しばかり古い私邸だ。随分と前に知人が私に譲ってくれたもので、玉門に逗留する以前はよく使わせてもらっていたと微笑む顔は優しい。
そうしてしばらく道を走り、中心地の喧騒からからやや落ち着いた場所で車が泊まる。高層ビルとはうってかわって炎国の伝統的な邸宅が並ぶ様は、龍門の都市部にあってもこのような場所があるのかとドクターは目を瞬いた。
「龍門でも古い家が並ぶ区画でな。降りるぞ」
オペレーターがドアのロックを解除したのを見計らって重岳が先に降り、ドクターに向かって手を伸ばす。その手を掴み返せば優しく引き寄せられて、車から下ろされる。滞在先は間もなくとのことだが、なんでも道が細く装甲車では立ち入れないらしい。
「今日を入れて三日は重岳さんとドクターは休暇になります。三日目の昼にはお迎えにあがりますのでよろしくお願いいたします。休暇中のサポートも含めて詳細は端末に送ってありますので、後でご確認を」
装甲車の窓を開けてリーベリの運転手が頭を下げる。お二人ともよき休暇をと砕けた笑みを浮かべるとともに、窓が閉まってゆっくりと装甲車が通路から離れていく。ロドスの事務所に帰るのだろう。
「さて、滞在先まであと少しだ。荷物や滞在で使いそうなものは先に届けてあるから、後は私たちが到着するだけだな。道中の安全は私が保証しよう」
古風な住宅街の道を歩き出した重岳の隣をドクターも歩む。道幅の狭い場所を道なりに歩き、少し奥まった場所の角を曲がった場所にその家はあった。石造りの門に木戸が付けられた邸宅はいかにも龍門の昔ながらの家の形式で、それこそ映画や資料でしか見たことのない佇まいだ。思わずまじまじと見ていれば重岳の笑声が柔らかに響く。
「ふふ、興味津々といったところか。中に入ってくれ、まずは座って道中の疲れを癒そう」
木戸を開け、重岳が中へ促すのに従ってドクターも足を踏み入れる。広い玄関から中に入れば古めかしくもあたたかな雰囲気の空間が出迎えた。
ロドスには様々な休憩室があるが、いつかにウユウとクルースが訪れたのだという尚蜀にある茶屋をイメージした場所に近いだろう。点在する漆が使われた衝立や壁の装飾が違いと言えばそうだが、いずれにしろ都会の喧騒とは異なった場所は穏やかで居心地がいい。
「とても素敵な場所だね。招いてくれてありがとう」
「そう言ってくれてありがたい。もう少し奥に行くと中庭があってな、庭を見ながら茶でも飲むとしよう」
きっと貴公も気に入ると歩き出す重額の背についていく。廊下を歩き、邸宅の中程に進んでいけば重岳がいう中庭が視界に入った。龍門風の石灯籠が置かれ、石が敷かれた中庭に作られた池には薄紅色の睡蓮の花がやわらかな日差しの中で咲いているのが美しい。
「
―――
ああ、綺麗だね」
「昼もよいが夜になり、灯籠の明かりに浮かぶ花もまた格別だ。時間になったら明かりを灯そう。さて、茶を入れてくるからあちらにある席で待っていてくれ」
重岳が中庭を一望できる卓に案内した後、奥にあるのだろう炊事場へと歩いていく。手伝うよと背中にかけた声は休んでいてくれとしゅるりと頭を撫でる尾の感触に優しく消されてしまう。検疫所での手といい、今の尾といい、どうにも重岳の距離が近くてどう捉えていいものか。
(名目上は上司と部下、良くて友人にすぎないだろうに)
上司の慰安、良くても友人との旅行程度の認識だろうに勝手な意図を見いだそうとするのは重岳に失礼だろう。優しい思いやりとこちらが勝手に抱いている思いは分けるべきであるのに、なんだか勘違いしてしまいそうで。
案内された卓に備え付けられた椅子に座りつつ微かに頭を振ったところで、ふわりと穏やかな香りがあたりに漂った。かぎなれたそれは龍門でよく飲まれる茶のもの。ついで香るのは食欲を誘う食事の匂い。そうして十分ほどたった頃、お盆を持った重岳がこちらに歩いてくるのを見る。
「そろそろ昼食の時間だからな。食事も持ってきたぞ、ドクター」
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