山茶花
2026-07-06 14:20:00
5901文字
Public [シルデュ]その他のパロディ
 

漫ろ雨奇譚【276OP026】

止まない雨の話/現パロ、微ホラーチック/5600字程度


 板張りの廊下を歩き、開けかけた襖の先、見えた景色は。
「へえ、格好いいな……
 そんなことを呟きながら、きらきらと輝く硝子のビー玉のような目で、写真の中の俺を見つめる、ひとりの青年の姿だった。



 僕の名前は、デュース・スペード。学生だ。母子家庭の育ちで、僕も母さんも、あまり裕福な方じゃない。
 そんな家計の助けになればと、古民家の掃除バイトに申し込んだ。
 家具や家の片づけをすればいいだけ、って割には、けっこういい金額で。
 やっぱり肉体労働だからかなって思ってたんだけど、どうやらその古民家はいわゆる『ワケあり物件』のようで。
 まあでも、僕は霊感とかある方じゃないし。それに、力仕事は得意だし、金は稼ぎたい。
 ってことで、僕はその古民家の家具の片付けと掃除をすることになった。
「うわあ、かなり古いし、埃だらけだな……
 雑草が生え放題になっている庭を、どうにか敷石を探して歩き。もらった鍵で玄関を開ける。
「お邪魔しまーす……
 もう家の主など誰もいないと分かっていても、なんとなく癖で挨拶をし、家の中に足を踏み入れた。
「うわ、廊下もひどいなこりゃ……埃で床が真っ白だ」
 一応室内用の作業靴持ってきといて良かった、と、外履きを玄関に置いて、履き替える。
 とりあえず水場と廊下など、掃除中によく歩くだろう場所をまずは軽く掃いて水拭きした。
 その、途中に。『カシャン』と音がして、確かめてみると玄関の鍵がいつの間にか降りていたり。
 誰もいないはずの階段から、トン、トンと。誰かが二階へ上がったり下りたりする音が聞こえたりして。
 なるほど、人によっては作業をやりたがらないワケあり物件だなと僕は納得した。
 でも、今は太陽の射す昼間だし。出ようと思えば、いつでも外に出られる。僕のやることは変わらないな、と。
 まずは畳の部屋、ここは……居間だったのかな? それっぽい場所を掃除していくことにする。
 確か母さんが、掃除をするときは上から順番に埃を落として、拭いていくといいって言ってたな。
 その通りに作業をしていくと、ひらりと。棚の上の方から、写真が一枚落ちてきた。
「これは……?」
 白黒の写真に写っているのは。黒い学生帽を被って、同じ色のマントを羽織る、学生服の青年で。
「へえ……格好いい人だな」
 こんな人が住んでいたのかな、と僕がかつての住人へと想いを馳せていると。
『そう思うか? ありがとう』
 と。返って来るはずのない返事がして。振り向くと、そこには。
『こんにちは。君は誰だ?』
 写真の中の青年と、全く同じ。黒い学生服の上から、同じ色の学生帽とマントを身に着けた、銀髪の青年が、そこに立っていた。
「僕はデュース。この家の片づけを頼まれて、ここへ来たんだ。アンタは?」
『そうか、俺はシルバー。かつて、この家に住んでいた人間だ』
 シルバーはそう言うと、僕を見て。作業を続けないのかと尋ねた。
 僕は、それもそうだな、と思い。手を動かし始めるけど。同時に、考える。
(えーっと。……この写真を見ても、相当昔の人だよな。……そのまま生きてる、わけないし。もしかしてお化け?)
 チラ、とシルバーの方を見るが。まだ、いるな。僕の様子を見ているみたいだ。
「えっと……片付けていいのか? この家」
『かまわないが。そのために君は派遣されてきたのだろう? 好きにするといい』
 普通に喋れるし、見えているし。なんか、片付けもしていいみたいだし。
 ……じゃあ、作業続けるか、うん。なんかいるのは気になるけど、とりあえず作業を続けよう。
 そうして僕は、仕事を続け始めた。すると、シルバーは。僕が水拭きをして綺麗になった畳へ腰を下ろして。茶の間の机に、肘をついた。
『懐かしいな。その写真は、父が初めて写真機を手にしたとき撮ったものだった』
「へえ。お父さんと仲が良かったんだな」
『ああ。父とはふたり暮らしだったからな。仲が良かった』
「そうなのか。僕も、母さんとふたり暮らしだよ。同じだな」
『ふっ、そのようだな』
 どうやら、喋り相手になってくれるみたいだ。どうせなら手伝ってくれても良くないか、とは思ったが。
 お化けなら家具とかに触れないのかもしれないな、と僕は勝手に納得することにした。

 それで、僕は。掃除を始めたのは、いいんだけど。
「あれ、うまく汚れが拭きとれないな……
『ふっ、畳の拭き方を知らないのか? 目に添って拭くといいんだ。貸してみろ』
 と言って、手本を見せられたり。
(掃除道具触れんのかよ! とツッコんだら、『家主が自宅のものを触れないことはないだろう』って言われた。そういうもんなのかな……
 それで、今度は僕が畳の水拭きに夢中になっているとき。
『デュース、危ない』
「え?」
『ああ、それ以上下がっては……
 ばしゃりとバケツにぶつかって、水をこぼしてしまったのを、さっとマントを翻して、庇ってくれたり。
『気をつけろ』
「あ、ああ。ありがとう……
 そんな風にして、1日目の掃除は終わった。
「一日かけて、ようやく一階の半分くらいが終わった、って感じかな……
『そうだな。時間はまだ、たっぷりある。急くことはない、ゆっくりやるといい』
 そう言ってシルバーは。僕の頭を撫でるように払った。
『頭に、埃がついている。お疲れ様だ、デュース。よく頑張ったな』
 明日もおいで、と言われて。僕は、そりゃ来るよ、仕事なんだからな、と言って。
 久々に頭なんか撫でられたな、と照れくさい気持ちを隠して。シルバーに手を振られ、家に帰った。

 次の日も、古民家へ向かうと。シルバーは、いらっしゃいと言って僕を迎えてくれた。
 そうして、僕は片づけをしながら。シルバーの、いろんな話を聞いた。
「これってなんだ?」
『これは蓄音機だな。夕食時に、音楽をかけるための機械だ。そういえば、お昼はもう食べたか?』
「いや、まだだな」
『なら、縁側を掃除してから、お昼を食べてごらん。そろそろ庭の梅の木が、慎ましやかに咲く時期だ』
「本当だ。よし、じゃあちょっと今日は縁側をピカピカに掃除してみるか。ついでに、襖の穴も直して、障子紙も張り替えよう」
 そんな僕を、穏やかな笑みでシルバーは見守っている。
『葡萄農園の中で、昼食を取ったときもあったんだぞ。君も連れていければ良かったのだが』
「へえ、ロマンチックってか、優雅だな。ぶどうジュースなんかも飲んだのか?」
『ああ。とても美味かった。搾りたての葡萄のジュースは、とても瑞々しかったな』
 そんな雑談をしながら、また、家の片づけを続ける。
「この辺の押し入れの奥とか、暗くてよく見えないな」
『ちょっと待てよ。……確かここに、あった。ほら、カンテラだ。少し歪んでいるが、油を挿せば使えるだろう』
「お、いいな、ありがとう。手伝ってくれて助かるよ」
『何、元はといえば俺の家だ。……後始末を任せてしまって、すまないな』
 そんな、他愛もない話を聞いていくうちに。僕は、けっこうシルバーとは気が合うんじゃないかと思った、というか。
 シルバーと話すのを、楽しいと思っていた。

 それから。数日経って、小雨が降った。
……へくしゅっ」
 板張りの書斎を掃除しているとき、埃と寒さで、くしゃみをしてしまった。
 そうしたら。
『危ない、デュース!』
「へっ?」
 ぐらりと本棚が崩れて。僕の方に倒れてきた、のを。
 シルバーが、咄嗟に庇ってくれたみたいだった。
 床に倒れ込んだ僕へと覆いかぶさる形になったシルバーが、倒れてきた本にまみれている。
「ご、ごめん。大丈夫か?」
『平気だ。そんなことよりも、お前が無事で良かった』
 と。シルバーは、頭にかかった本を退けながら。僕に向けて、ほほ笑んだ。
『まったく。お前は、本当に……放っておけない。危なっかしくて、目が離せないな』
 僕は、どきりと鳴った胸を誤魔化した。
『デュース。寒いんだろう、続きをする前に、一度こちらへおいで』
 と。シルバーから呼ばれるままに、そちらへ向かうと。
 シルバーは、ここに座れ、と茶の間に僕を座らせて。それから、どこかへ行くと、すぐに戻ってきて。
 僕の肩に、古いけど、でも上等そうなブランケットをかけた。
『お前の身体が冷えてしまって、風邪を引いては、大変だからな』
 そう言って、シルバーは僕の後ろへつくようにして、抱きしめるように座る。
『俺のこの身では、お前のことをこうして、暖めることも叶わないかもしれないが。……せめて、少しだけでも、隙間風を凌げるように』と。シルバーはしばらく、僕のことをそっと、ブランケット越しに抱きしめていた。
 僕は、その間。トク、トクと鳴る胸の柔い鼓動を。もう、誤魔化すことはできなくなっていた。

 それから。僕は変わらずシルバーに茶々を入れられたり、手伝ってもらったりしながら、家の片づけを進めていった。
 二階の寝室の片付けに入ろうとすると、シルバーは、『この部屋ではよく換気をして、怪我をしないように気を付けるんだ』と言った。僕は言われた通りにしたけれど、別に、なんのことはない、ただの寝室だった。
 雇用主から、どの部屋もよく消毒するようにと言われているから、その通りにしながらちょっとずつ掃除していったけど。
 シルバーはベッドを掃除するとき、これの布団は俺が運ぼうと言った。
「大丈夫か?」
『お前に、これを触れさせたくないんだ。悪いものが残っているかもしれないから』と言って。
 シルバーは、どうにか玄関まで、その布団や、バラしたベッドを運んで行った。
 僕は尋ねた。
「シルバー。もしかして、病気で死んだのか?」
……そうだ』
 シルバーは、それだけ頷いて。そして、言った。
『今はもう、たくさんの時が流れた。もうここに、病原菌などは残っていないと思うが、それでも。……万が一、お前にあの苦しみがうつると思うと、嫌だったから』
 そんな風に言うシルバーに。僕は。ときりと鳴ってしまう胸を、誤魔化すようにいろいろ尋ねた。
「一階には本棚がたくさんあったよな。本が好きだったのか? 文学少年?」
『いや、飾りだ。俺はほとんど、そこにある本を読んじゃいなかった。身体を動かす方が好きでな』
「バイオリンがあったけど、楽器をやっていたのか?」
『それは俺の知人のものだ。知人が家に来たとき、その腕を披露してもらうために置いていた』
……そっか」
 僕はそんな言葉を聞いて、少し心がモヤつくのが分かった。
 そりゃ、生前の知人とかもいるんだよな。僕の知らない時代、知らない世界を生きていたんだろうし、シルバーは。
『どうした、不機嫌そうにむくれた顔をして』
「別に! ……ただ、なんていうか」
『うん?』
 それで、ムッとしてたから。だから。僕は、ちょっとだけ、境界線を踏み外してしまった。
……妬いただけだ! 僕の知らない知り合いとか、全然たくさんいたんだよな、って!」
……
 そうしたら、シルバーは目を丸くして。それから、すぐに。ふっと優しく、穏やかに。でもなんだか怖いくらいに妖しく、ほほ笑んだ。
『そうか。お前も……
「シルバー?」
『ああ、なんでもない。デュース。……片づけを進めよう』
 そうして。とうとう、シルバーの家の片付けは、最後まで済んでしまった。
 家具やゴミの搬出、片付けがすっかり終わってしまった家を水拭きし、窓という窓、扉と言う扉を開け放ち、換気をする。
 新しい風と空気が通り、すっかり様変わりした家を背に。僕はシルバーと、縁側に座り話していた。
『すっかり、この家も片付いてしまったな。もうこれで君とはお別れだろうか?』
 そう告げるシルバーに、僕は。答えを言い淀んだ。
……そう、だけど。僕は……
 すると、シルバーは僕に尋ねる。
『もしや。……まだ俺と、一緒にいたいのか?』
 その言葉に。僕は、頷いた。頷いて、しまった。
「僕を連れて行くのか?」
『連れて行かない。お前には、大切な家族がいるんだろう。母君を悲しませてはいけない』
「でも、それじゃあ……
 アンタにはもう、会えないんじゃないのか、と言う僕に。シルバーは言う。
『それなら、こうしよう。日の光が見えないほど、暗い雨が降る日は。俺が、そこらの影から、君を迎えに行くこととしよう。そうしたらひとときだけでいい、俺と過ごして欲しい』
……この家、離れられるのか?」
『ああ。俺をこの家に縛り付けるものは、もう何もない。未練も想い出も、何もかも。君が綺麗に片付けてくれたからな』
 こうして。僕の、古民家の清掃バイトは終わった。



 後日。デュース・スペードの友人である、エース・トラッポラは語った。
 
『デュースの奴、こないだお化けが出るって評判の古民家の清掃バイトに行ってから、おかしくなったんだよ。ときどき、雨の日に。何もない電柱の影とかに、何かを見つけたような顔して、『行かなきゃ』って言って。それで、目を離した隙間に、ふっと姿を消していなくなってさ。んで、しばらくしたらさ。なんもなかったみたいな顔して、アッサリ戻ってくんの。でも、どこ行ってたかとか、何してたかとかは、聞いても何ひとつ答えねえの。よく考えたら、デュースが何かを見つける前、誰もいないのに足音がパシャパシャ言ってた気もするし……。アイツ、なんか変なモンに憑かれてなきゃいいんだけど』と。


 
 太陽の光も射しこまないほど、暗い雨が降る日。俺は、蝙蝠傘を持って、デュースの元へ向かう。
 それが、俺と彼との約束だからだ。
 彼の母君が健勝でいらっしゃる限りは、俺はただ、彼とひととき限りの時間を過ごすため。
 日の光が見えないほど、暗い雨が降る日に、デュースのことを迎えに行く。
 デュースが、自分の人生でやりたいことをやりきって、俺の元へ来ようと覚悟を決める、いつかそのときが来るまでは。
 俺はただ、雨の日に、ぱしゃぱしゃと足音だけを水溜まりに鳴らして。
 彼のことを、迎えに行くこととしていよう。
 それが俺の、最期の望み。ここに来て出来てしまった、最期の未練なのだから。
 木漏れ日が射す昼下がりの中、漫ろ雨(そぞろあめ)が降り続くのを待つ、俺はひとり。
 『彼には教えるなよ』と。風待草にほほ笑んだ。

*おしまい