コタジ
2026-07-05 22:09:29
2102文字
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組頭のよくあるはなし

□怪談話の後日談。組頭と伊作。イベント日には加筆したものを上げたい。

「雑渡さんはいつから視えるようになったんですか?」
うん?」
 器用にすごごと雑炊を吸い上げながら、雑渡はなんのことかと首を捻った。
 諸泉尊奈門が作った雑炊が、口内から胃の腑へ落ち着いた辺りで、伊作の言う対象がなんなのか思い当たり相槌を打った。
「あー、アレね。さぁ、いつからかな」
 正直興味がなさすぎて記憶にない。
 雑渡からすればあれはどこにでもいる、そこらに生えている雑草のようなものだ。いつから認識しているのかと言われても回答に困る。
「それ前も訊いてなかった?」
「そうなんですが、改めてお聞きしたくて」
「ふーん」
 何でまたと思ったが、口にはしなかった。
 恐らく単なる興味と現在の状況、加えて自身へのアレ等の影響が今更ながらに気になったのだろう。
 じめりとした空気に相手の顔も判然としない薄暗闇。沈黙を苦にするような生業ではないが、不安を解消する助けになるならば良いだろう。時間潰しにもなる。
 前も軽く言ったがと前置きしてから雑渡は話始めた。
「死にかける前から元々見えてはいたよ。より明瞭に視えるようになったのは川を渡りかけてからだけど」
 火に巻かれた筒袖を脱ぎ捨てたつもりだった。
 ついでのように、皮膚が肉から溶けるようにズレたのがわかった。恐ろしいことに痛みはない。知覚神経傷害を起こしていた為だが、雑渡にそれはわからなかった。
「無闇に脱ぐな!剥がれるだろう!」
 珍しく声を荒らげた山本の声が鼓膜を打った気がしたが、上手く聞き取れなかった。
 通常、重度の火傷は治癒までに一ヶ月以上かかり、初期の治療によって肥厚性瘢痕や瘢痕拘縮(ひきつれ)を起こしやすくなる。
 それを知っていた陣内は問答無用で雑渡と諸泉を川へと投げ込んだ。頭から足の先まで熱傷を負っている状態だ。息も儘ならぬ程に水中に沈められた。
 火傷の治療の目的は、熱傷の進行を防ぐこと、感染を起こさないようにすることだ。先ずは進行を止めることが優先された。
 雑渡からすれば酷過ぎる火傷により痛覚は既になく、どちらかというと水責めの方が苦しく感じた位だった。
 鬼気迫る勢いで雑渡を水に沈める陣内に、確実に三途を見た雑渡の熱傷も初期よりは安定した頃。
 痛みよりも痒みにより、雑渡はまともに眠りにもつけないでいた。
 寝れず動けず暇な為、出来ることいえば思考を巡らすか近場を眺めるくらいだ。
 それからふと、気付いた。
 あれだけあったアレの靄がない。
 代わりにあるのは明確な存在。
 朧気なぼんやりとしたものではなく、ナニかがいた。
 
 あの時から気配や時偶視界に入っていたナニかは、現実のものとなった。境界を渡りかけた際に、境目が曖昧になったのやもしれない。
「アレねー、本当に邪魔なんだ」
「はぁ、」
 ちょっと顔を顰める雑渡に伊作が曖昧に頷く。
 考えてもみて欲しい。今迄は視えていなかったものが増えた。しかし周りには感知されない。時にそれは視界を遮り、呻き声などの余計な音を立てる。
「要するに任務の妨げにしかならないんだよね」
 本来なら感じ取らなくともよいのに。ふらりふらりと視界の端を泳ぎ、目の前を過ぎる。
 それ故に勘が狂うのだ。
「アレなのか現実の産物なのか、判別に慣れない内は本当に困ったよ」
 人なのか、人外か。祓える力がある訳でもない。どうするか迷ってからはその時間が無駄だと切り替えた。
「対処法はね、やり過ごすことかな。ないものとして扱えば、それは存在しないと同じだからね」
「それでどうにかなるものなんですか」
「なるよー、大抵はね。実際君もこの間はそれでどうにかなったでしょ」
「確かに」
「兎に角、近付かない、こたえない、関わらないのが一番かな」
「はい」
「もしこたえてしまったりしたらその時は
 意味深に一呼吸置き、にやりと笑う。
「神頼みでもしてみたらいいんじゃない」
「えぇ
 一番聞きたかったことなのにと伊作が情けない声を上げるが、雑渡は笑うばかりで答えなかった。
「まぁアレに関しては大丈夫でしょ、お前の場合」
「何でですか、全然大丈夫じゃないですよ」
「それよりも今はこの状況どうにかする方が先でじゃないの」
「それは、はい。その通りですね
 すいませんと伊作が謝り、もう慣れたと雑渡は気にもしていない。彼等が今いるのは深い深い穴の中。そこはやけに深い割に幅がなく、体格の良い雑渡と細身とはいえ成人に近い伊作が入るには中々に狭い空間だった。
 跳躍するにも予備動作が出来る余裕がない。
 苦無を使うにしては土の水気が多く崩れやすい。
 一人なら兎も角、二人嵌ってしまってはどうにも身動きがとれない状態だった。
 恐らく、もう暫くすればタソガレドキの誰かか、世話焼きの伊作の同室がやってくるだろう。
 しかしそろそろ日も暮れる。
 不幸体質に加え人外に好かれやすい伊作と、この空間にいるのはいただけなかった。
「次から君の後輩に言っといてよ、罠を作る場所は考えるようにって」
「はい
 
 流石に墓地近くに穴は掘るべきではない。