みずか
2026-07-05 18:16:29
2644文字
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浅葱先輩宅ご訪問の千速さん

浅葱先輩宅に遊びに行ったらトロフィーや写真とかみてしまい、わーわーしちゃう後輩の千速さんがいると思います……っていう話。


 今度走りに行く相談をしようと尊敬する先輩から誘いを受け、休日の本日、千速はうきうきと愛車を走らせた。
 警察官という職業は土日祝日関係ないシフト勤務だから、休みといっても世間一般的には今日は平日にあたる。通勤の混雑時間帯も過ぎ、スムーズに走ってこられた。
 教えられた住所は間違いなし、立派なファミリー向けマンションといった風情の建物の門をくぐり、指定された場所にバイクを停める。
 ヘルメットを脱ぎ、肩に落ちた髪を軽く手で整える。懐からスマホを出し、電話を掛けるのはこの建物のどこかにいる先輩だ。
「萩原です。今、駐車場に着きました」
『わかった。そこから入り口は見えるか?』
……あ、あのドアですね。見えます」
『そのままドアのところまで行って。解錠するから』
 指示された通り駐車場とマンション内をつなぐ扉まで行き、言われた通りの部屋番号を入力すると直ぐに解錠され、内部に入れた。
 エレベータで部屋の前まで進みチャイムを押すと、すぐにドアが開き、浅葱が顔を覗かせた。
「いらっしゃい。あがって」
「お、お邪魔します」
 おずおずと玄関ドアを更に開けて通ると、広めの土間の先にはスリッパが予め用意されていて、進められるままに靴を脱ぎ、スリッパに爪先を入れる。
 短い廊下の先にあるのは広いリビング、テラスにつながる窓からはベイブリッジが一望できる。
「これ。たいした物ではないですが……
「ありがとう。そんな気を遣わなくてもいいのに」
「先輩の家にお邪魔するのに、手ぶらじゃ行けないですよ」
 ソファを勧められる前に、千速は持ってきた手土産を浅葱に手渡した。受け取った浅葱は紙袋のロゴを見ると、ここのお菓子好きなんだ、と笑顔を見せる。
 千速はそこまで菓子メーカーに拘りはないが、割と有名な洋菓子店の焼き菓子詰め合わせセット……らしい。
 実のところ浅葱先輩の家に遊びに行くと言ったら、研二が先輩の住まいの場所を確認し、これなら間違いないからと選んでくれたもの。弟のシゴデキぶりに助けられたのは間違いなく、帰ったらうんと褒めてやろうと決めた。
「萩原、好き嫌いはない?」
「ないです」
「昼はフレンチトーストを作るから、座って待っていて。雑誌読んでもいいし、テレビを付けてくれても構わないから」
「手伝います」
 二人で用意をすれば早く出来るし、浅葱としてもその方が食後ゆっくりツーリングの相談もできるからいいか、と了承してキッチンに招き入れる。
 が。
 五分後、浅葱は自らの判断を後悔した。
「卵が割れれば、あとは焼くだけだ。待ってて」
「じゃあ、お言葉に甘えて……
 後輩がキッチンカウンターの向こうに行ったのを確認してから、浅葱はほっと息をついた。
 手伝いを買ってでた後輩を追い出したのは、ひとえに千速の卵を割る手付きが、どうにもあやしかった。これに尽きる。
 フレンチトーストにするのだから、卵は牛乳などと一緒に混ぜるから問題はない。それには卵を綺麗に割って殻などが混在しない、という大前提が必要。
 一個目の卵を割る時、コンコンとボウルの角に当てるまでは良かった。
 なかなかヒビが入らない事に焦れたか、強めにぶつけ強引にヒビを入れる。……まぁ、いいだろう。目をつぶる。
 問題は、そこからぐっと親指を使い殻を割り開く時。
 真横に開くのではなく、斜めになってしまったことで殻はねじれ状態で開き、強めにヒビを入れたことにより殻の一部が破片となっていた。
 ボウルの中に破片が入ってしまったけれど、取り除けばいい。黄味が割れていなければ、確実に取り出せる。
 残念なら、ボウルの中に黄色いお花が咲いていた。
 ここで止めないと、なかなか大変なことになりそうだ、という危機回避能力が働き、浅葱は心を鬼にしてキッチンから後輩を出した次第。

 そんな先輩心を知るよしもなく。
 千速はバイク雑誌を読んでいた途中、ふと視線を向けた先にあったトロフィや賞状、フォトフレームが気になり、雑誌を閉じて近づいてみる。
 去年、一昨年の白バイ競技大会の優勝の盾や、他の競技会でのトロフィ、学生時代の部活動での入賞の賞状。
 写真に目を向けると、古いものでは水色の制服を着た小学生くらいの彼女が誇らしげに賞状を持っている写真、高校や大学の入学式で撮った写真もある。
 そしてもう一つは……
「先輩、浅葱先輩! あれ、お見合い写真ですか!? い、いつのまにお見合いなんてしたんですか! 相手はどこのオッサンなんです! ちょっと轢いて良いですか!」
 その写真を目撃した千速は、もういてもたってもいられず、キッチンまで駆けつけた。
 見合い写真の単語、いったい何をこの後輩は勘違いをしたのか、浅葱は苦笑しなからも手を止め後輩に付き合う。
「いったい何の写真を見て、見合い写真だなんて思ったわけ?」
「これです、これ!」
 千速が示したのは、成人式と大学の卒業式の写真。
 これは記念と写真館で撮影したもので、二面の写真台紙に入れて飾ってある。
 クリーム色の生地に絞りも入った古典柄の振り袖、卒業式は振り袖に濃緑の袴を合わせたもの。
 確かに振り袖姿と袴姿の写真が並んでいては、見合い写真と言われてもまぁおかしくはない。当時も友人達と写真を見せ合った時だって、これは見合い写真に使える、と笑いあったのを覚えている。
「ただの成人式と、卒業式の写真だよ。だいたい見合いなんてするわけないだろう。興味ない」
「よかった……
 心底安心した顔になる後輩が面白可愛く、浅葱はもう少し遊びたいような気がしたものの、やり過ぎはよくない。本当にバイクで飛び出して、見合いの話を持ってきた親戚を前輪で引っかけかねない。
「後焼くだけだから、手を洗って来て」
「はいっ」
 浅葱お手製のフレンチトーストを千速は美味しいとぱくぱく食べ、それだけでは足らず簡単にピザトーストを作ればこちらもペロリと完食。
 美味しい、と嬉しそうに食べてくれるのは嬉しいもので、作り甲斐がある。
「満足した?」
「美味しかったです。先輩、料理上手なんですね」
「料理は分量と手順を間違わなければ、大幅に失敗することはない。食べたところで、ツーリングの行き先、決めるか」
「もちろんです」

 それから数週間後。
 神奈川県某所で、やたら美人のライダー二人が峠を攻めていると話題になったのは、また別の話。

【了】