“仕事先でボロボロのシックス氏、電話でグレースから別れを切り出され追い打ちを食らう”という最高のシチュエーションがTLを駆け抜けていき、妄想が止まらなくなり走り書きました。
シクグレという名のほぼシックス独白。だいぶ暗い。
強い男がボロボロになるの、皆さんは好きですか?
私は大好きです。
設定:このシクグレに血縁関係はなく、身分を隠すCIA在籍中のエージェントと元研究職の中学教師として恋人になっています。
--------------------------------------------------------------------------------
「別れよう。」
電話口のグレースが言った。ただでさえ少なくなっていた血の気が更に引く。足元に転がる人だったものたちが、こっちを向いてざまあみろと言った気がした。
「グレース
…」
思い当たる節はいくらでもあった。
最近は、次いつ帰るの、と聞かれなくなった。なぜかって、俺がその答えを持ち合わせていたことはただの一度もなかったから。言葉を発しないシャーレの住人を毎日眺めていられる彼にも、限界はあるのだ。
シーツはいつの間にか取り換えられていた。若草色のインド産超長綿。あまり寝ている暇のない君に少しでも良い睡眠を、と彼が用意してくれたものだ。気付いた時には、ポリエステル混特有のカサカサという音がした。
グレース、君は一体いつから。
「分かった。同意するよ。」
言葉が詰まらないよう、細心の注意を払う。君の意思を捻じ曲げるつもりはない。俺にその権利はないから。
防弾ベストを脱ぎながら傷口を確認した。HIV感染者じゃあないといいな、と考えながら、返り血なのか自分のものなのかすら分からない体液を拭き取っていく。今更気にして何になるのか。こんな人間に、君の隣にいる資格はそもそもなかったのだ。
「ブツッ
…ツー、ツー、ツー。」
話すことはもう何もないという明確な意思表示。
「なぁ、グレース。グレース。」
通信が途絶えているのは分かりきっている。それでも、口に出して名前を呼びたくなった。もう時間だ。スマホの側面に指をかけるが、力を込められない。本当にこれが最後なら。まだ何か出来ることはあるだろうか。治療にとりかかる前に、もう一度かけ直してみるのも悪くない。
散らばった体の一部を拾い集め、重ねていく。医療キットを抱えてカビ臭い床に仰向けになり、泥だらけのシューズごと膝下を“人山”に乗せ上げた。予めショック体位を確保してスマホを掴む。コンクリートが痛いほどに冷たい。だんだんと手足の感覚が鈍る。
彼は取ってくれるだろうか。
イヤホンから聞こえる機械音。1コール、2コール、3コール。出た!はやる気持ちを抑え込む。
「グレース、シックスだ。君を傷つけて申し訳ない。復縁を迫るつもりはないんだ。ただ、最後に謝罪をしたくて、感謝を伝えたくて。だから出来れば電話を切らないでほしい。お願いだ。」
冷や汗を滲ませながら、矢継ぎ早に要件を伝える。返事はないが、通話は続いている。
「まずは君に謝りたい。何も言わずに、いつも突然いなくなって、また急に帰ってきたりして。」
医療キットを開き、処置の選択肢を吟味する。コンバットシャツはじわじわと黒ずんだ赤に染まり始めていた。
「俺は
…」
喉が閉まる。罪を告白するのはいつだって辛い。
「俺は犯罪者だ。つまりその、ムショにいた。逃げ出してきたわけじゃない、でも。ある日突然拾われて、それから、CIAの不都合な仕事の後始末をしていた。俄かに信じがたい話だろう。そんなふざけた人生に、奇跡が起きた。それは、」
言い淀む。適切な表現がなかなか見つからない。
「それは君だ、グレース。君に出会ったこと。」
電話の向こうで、カチャッと微かな金属音がする。ネジが緩みっぱなしのツルだ。彼が眼鏡を外して顎に掛け直している。
「君の存在は福音だった。俺の後ろ暗い生活において、間違いなく。君の人生の中ではほんの一瞬、たまにしか会いに来ない不埒なパートナーの1人に過ぎなかったかもしれない。でも、俺にとっては君だけだった。初めて心から安心できる場所で、天国のようで。本当に。」
君と過ごしたあの部屋を思い出す。キッチンで、バスルームで、ベッドの中で。ことあるごとにもっと伝えるべきだった。でもいつだって言葉足らずだ。なぜなら、長いこと俺のコミュニケーション手段は言語ではなかったから。
「申し訳ない。口に出してこなかったこと。謝るよ。それと
…」
後頭部の、光に透ける、毎日好き勝手な方向へ跳ねていく髪をゆっくりと撫でつけて、頸まで手を滑らせる。罪人の印が視界の邪魔をする。君はいつもくすぐったそうに目を伏せて、まつ毛を煌めかせる。それだけで、本当にただそれだけで全てがどうでも良くなった。あれが俺の精一杯だった。それ以上は言葉にしてはいけないことだと。
「愛していました。心の底から。」
息を吸う。鼻先が痛い。鼓動が早くなる。
「あなたに少しの間でも愛されたことを、あなたが愛をくれたことを、俺は一生忘れない。」
舌の動きが悪くて痰が絡む。お世辞にも聞きやすい声とはいえないな。
「あとはまぁ、安心して欲しい。君の元に現れることはもう二度とない。神に誓うよ。」
もういい。
もう充分だ。
医療キットから駆血帯を取り出し、普段より強めに二の腕を縛り上げる。なんとか青筋が立ったところで、アンプルから吸引した18ゲージ針をそのまま突き刺した。痛みに備えて息を詰めるが、汚らしい音が漏れる。ゴムを引き抜き、規定量を無視してモルヒネをぶち込んだ。肺をこれでもかと膨らませ、苦痛と快感の間をやり過ごす。
ステープラーやパットは手に取らなかった。止血処置はもう必要ない。
「今どこに?」
グレースの声が心地いい。
今まで自分の仕事について関係者以外に語ることはなかった。伝えるべき相手がいなかったし、伝えたいとも思わなかった。情報漏洩でクビになった元同僚がチラつく。あいつはまだ生きているんだろうか。
「コソボだ。紛争から20年以上経過しているが、未だに民族対立の火種が燻っている。最近また、数千キロ先の聖地へ祈りを捧げるような過激派セルの情報があって
…」
今日はなにもかも素直に答えよう。でも、こんなことをグレースと話したいわけではないのに。身体に染み付いたワードばかりで、愛の告白よりよっぽど口が回る。薬のおかげでいささか箍が外れているのかもしれない。
「彼らが自爆を選択肢に入れているグループだと知ってはいたが、最後にしくじったよ。ここには別の神がいるんだ。」
咄嗟に頭を守ったものの、破片は特殊素材を貫いて容赦なく腕や大腿の肉を抉っていった。幸いなことに四肢はまだ揃っている。しかし、この外傷ではどの道厳しいだろうな。
応急手当てのプログラムを受講した時、今の俺よりもっとひどい創傷の症例をいくつも見た。皮膚が裂け、花が咲いたように肉が開き、中から顔を覗かせる青白い骨。あれに比べれば、自分の遺体は随分と綺麗な方かもしれない。そういえば、筋注や皮下注より静注が最もよく“効く”と教わったのもここだ。
あの頃はまだ、エージェントを生かして使いまわそうという構想が残っていたのだろう。今となっては、俺たちが野垂れ死のうが生きて帰ってこようが、彼らにとって誤差の範囲内。文字通り消耗品だ。クソ上司どもの顔が浮かぶ。
「だけど今、俺は愛する人の切なる願いを見事に叶えようとしている。それは、君の目の前から未来永劫消えることだ。」
そして誰にも看取られず、このバカげた人生の幕を閉じること。
この期に及んで南の島で老後を過ごせるなんて思っちゃいなかった。フィッツやケイヒルの最期を思えば火を見るより明らかだ。フロリダの刑務所と、このヨーロッパ最貧国の廃屋の床、どっちがマシか?今なら胸を張ってここだと言える。
「最後の大仕事が上手くいきそうでよかったよ、グレース。話を聞いてくれてありがとう。もし
…もしまだ君の部屋に、俺に関するものがあったら、」
そう、思いのほか硬めの歯ブラシとか。ダサい、失礼、独創的な柄のマグカップとか。大きく見積もられすぎたサイズの下着とか、他にも色々。あぁ、シーツだけじゃない。使い捨てばかりで私物を持たなかった俺を、君はそうやって埋めようとしてくれた。今更ながらに思い知る。
「躊躇なく捨ててくれ。その方がお互いのためだ。」
不快感が布を伝って首元まで上がってくる。冷えた自分の血がこんなにも余所行きだとは知らなかった。他人の心臓が全身で脈を打っているようだ。
「君はとんでもなく魅力的だから、引く手数多だろうな。」
もっと他に良い表現はないのかコートランド。グレースをとっかえひっかえの尻軽みたいに言うな。
「次に付き合う人は幸せ者だ。今度は俺みたいなクズに捕まらないよう気を付けてくれ。そうだ、例えば、日曜にはミサに行くような。そんな人はどうだろうか。」
ゲイに祈らせてくれる神父がいればの話だが。結局、教会に出向くことは生涯で一度もなかった。主日ミサへ行く習慣がある人の9割は、子どものころに家族に連れていかれた経験があるらしい。
「シックス。ねぇ、シックス。君は
…」
電話を切り、側面にある非常用ボタンを押す。画面のライトが落ちた。すべての機能を停止し、情報を消去して基盤をただのゴミクズと化す。そして同時に、衛星通信で位置情報を発信する最初で最後の手段。
散々綺麗事を並べておいて、今まで何があっても使ったことのなかったこのシステムで最後の賭けをしようとしている。その浅ましさに心底うんざりした。身体だけでも持って帰って欲しいのだろうか、俺は。墓なんて要らないと思っていたのに。
視界が白んできて、耳も遠くなる。もう随分と呼吸が遅いな。次の瞬間、目を覚ますのが地獄の炎の中なのか、清潔なベッドの上なのかはわからない。確率は前者の方が圧倒的に高そうだ。
互いの願いを叶えられたこと。最後に彼の(不満げではあったが)声を聞けたこと。それだけで満足だ。あわよくば彼の声が思い出せる自分でいたいのだが、行き先について希望を述べるのは傲慢が過ぎる。ただ、こんな俺でも祈ることは許してほしい。
最後の言葉は
…
「今どこ?」
だっけか。グレースの口の動きを真似てみる。すでに記憶は曖昧だ。
「君の腕の中がいい。」
あぁ、そう言えばよかった。
本当に不器用な男だ。
だからユーモアのある君に惚れた。
俺の人生に与えられた唯一の“神の恵み”。
「Hail, Mary, full of grace,」
終わりは確か、そうだ。
Holy Mary, pray for us sinners, now and at the hour of our death.
Amen.
その腕に抱かれて死ねたら、どんなによかったか。
--------------------------------------------------------------------------------
読んで頂きありがとうございました!
以下、とんでもなく蛇足。
Hozier「Take me to the church」「Foreigner’s God」
藤井風「Grace」
シックス君、一度もグレースに“愛してる”って言ってなかったんですか?最低〜!!!そりゃ別れを切り出されても仕方がないね!でもこんな自分がそんな感情を持つのは烏滸がましいし、口に出して伝えるなんて絶対に許されないって思ってたんだよね!だからキスして髪撫でて、ヤることヤって朝には消えてなくなる男になるしかなかったんだよね!可哀想に!あゝ可哀想!可哀想な大男、大好き!
の精神で書いてました本当に申し訳ございません。
因みに、原作にもチラリと出てくるコソボはヨーロッパにありながら国民の大半がイスラーム教徒。にも関わらずコソボ紛争で独立する際の多大なる貢献から超親米派。祝日じゃなくても街頭に星条旗が揺れているという珍しい歴史的背景を持っている社会です。アメリカ大統領を慕うイスラーム世界って興味深過ぎるので、CIAの工作員もそりゃあ色々な方面に潜入しているんじゃなかろうか、未然に防がれたあの事件とかその事件とか、実はCIAが絡んでたんじゃないか、という妄想が広がりますね。
数年前にはゲリラが警察官を襲撃して死傷者が出たとかいうニュースが流れてきて、もうそれ「L.A. ギャングストーリー」やん
…そういえばあの映画、1940〜50年代アメリカのねっとりとした雰囲気に気だるげな若ゴズリングが良い味出してて好きなんですが、ゴズリング・ユニバース(ゴズリング・ユニバース???)で殆どお見掛けしないキャラクターなので勿体ないなと思っていたりする。L.A.〜はU-NEXTで配信中です!
皆さんが供給して下さるキュートでえっちで愛おしいシクグレほか、ゴズリング・ユニバースの二次創作が大好きで毎日栄養を頂いています!本当にありがとうございます!レカペ開催おめでとうございます!あんなにキュートでえっちで愛おしくて尚且つハッピーなファンフィクションを浴びに浴びた結果出力されたのがこんな鬱SSで申し訳なさ!最大限の謝罪の言葉!感想などあればこちらへどうぞ!リアクションもありがとうございます!
https://wavebox.me/wave/136q47m2a24noooo/
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.