【スタゼノ】秘密の罪人

スタゼノワンドロワンライ 第261回お題「ダイナー」「ホットドッグ」
復興後、研究の資金集めのためにパーティーに行くゼノと、それに付き添うスタンリーの話。

 きらびやかな、それでいてまぶたの裏側でにじんでいる光、さざめく笑い声、密やかな約束を交わす人々。そんなものの中に、今の俺達はいる。付かず離れず、時折視線を交わし合って。
 今夜は龍水が建設したホテルでとある企業のパーティーが催されており(復興後の世界でも、多くの起業家が熱心に仕事をした)、俺達はゼノの知見を欲しがる彼らに招かれ、ここにいるってわけだった。とはいっても、俺はゼノの隣に立ち、しばしばやって来る厄介な者達からゼノを引き離すことくらいしか出来なかったし、それ以上は許されていなかったのだけれども。
 今夜のゼノは機嫌が良かった。彼の研究に喜んで出資してくれる人々がわんさかいて、彼の話を心から聞きたがる人々もわんさかいたからだろう。それが主に彼らの金のため、投資先のためとはいっても、ゼノは自分の知識が無駄にならないことを何よりも望んでいたから。
 でも、それでも限度ってものがある。俺はこのホテルに来てからずっとゼノの側に立ち、時折送られてくる女達のお上品な秋波を無視し、ほんの時折、彼の腰に手を添えてメッセージを送った。すまねぇな、もう俺もこいつも売却済みなんだ、って。そしてそんなことをしているうちに、人の波が引いた瞬間囁いた。「ダーリン、仕事はまだ終わらねぇの?」って、ちゃんと待ての出来る犬として振る舞った。
「おや、君もこのパーティーを楽しんでいると思ったけれど、違ったのかい?」
 ゼノはオレンジ色のマンハッタンを飲みながら、俺をからかうように視線を送った。甘さを含んだそれは、俺にとってはダイナーでいつも飲んでいる、コーラの――そうだな、原液を注ぎ込まれたみたいなものだった。君はもう待てない? 部屋に雪崩れ込みたい? そんな睦言を言外に表し、ゼノは首を傾げてカクテルを飲み干す。俺はトニックウォーターを飲みながら、こんなことならしたたかに酔っ払って、その誘いに乗るくらい前後不覚になれば良かったなと思った。
 でも、俺たちはこの後夜間の長時間フライトで研究所のある基地に戻ることになっており、その誘いは許されなかった。いや、ゼノが果たして本当にホテルの予約をとっているのかどうかなんて、分かりやしなかったのだけれども。
「我慢の出来るいい子にはご褒美をあげようか?」
 なのに、ゼノはそんなふうに俺をからかう。
 あぁ、もう、本当にあんたって奴は。俺は頭をわしゃわしゃとかきむしりそうになり、でもすんでのところでどうにか堪えた。俺は勲章まで貰ったスタンリー・スナイダーその人だ、旧世界でだってクールで、イケてて、あんたに相応しい騎士だった。だったら、ホットドッグにむしゃぶりつく犬みたいにはなってはいけない。
 でもそうだな、フライトを一時間遅らせるだけだったらどうだろうか? そうしたら、夜間飛行で視界が悪かったとかどうとかの、そんな白々し言い訳が出来る。
 俺がそんなことを考えていた時、ゼノがまた起業家たちに呼ばれた。今度も彼の頭脳を欲しがる、そんな男たちがゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドを欲したんだろう。
 当たり前のことだけれど、復興政府がタイムマシンの研究をしていることは秘密だ。そのための金は政府の機密費から細々と賄われているわけだが、より迅速な資金集めのために、ゼノは世界各地を飛び回っているのだった。
 全くよくやるな、と思う。寝る時間すら惜しんで研究をして、おまけにそのための資金集めまで請け負って、そしてその時間の残りを俺のために使おうっていうんだから。
(何ていうか、遠いところに来ちまったもんだ……
 ダイナーでホットドッグとミルクシェーキをかっ食らって、何時間も喋っていた時が遠い昔のようだ。しみったれたモーテルで、抱き合って離れもせず寝たのも遠い昔のようだ。
 今のゼノは仕事漬けで、でも誰にも邪魔されず充実して幸せそうで、俺たちは規則正しい生活をしてファックして一日を終えている。こういうパーティーが例外なだけで、いつもの俺達は、今頃はベッドに雪崩れ込んで、そんでキスをしまくっている。
 銀色の髪、真っ黒な瞳。それから、女のものとは違う筋ばった、でも細い手足。俺はそれをいつも丁寧に抱き、自分のものにする。ゼノはゼノで、俺を大切にしてくれる。ファックが終わった後はお互いの身体を清め、キスをし、ゼノは神の子がそうしたように、俺の足を甲斐甲斐しく洗う。まるで儀式のように、俺達が過ちを犯していて、それを誰かから秘密にしているように。
 ゼノは今も、起業家たちに笑顔で挨拶をしている。カクテルを勧められ、つまみを勧められ、美しいトロフィーワイフに挨拶をされ、それでも、そんなものには見向きもしないで滔々と研究事例について喋る。俺はただそれを聞き、この分じゃ、俺は今夜罪人にはなれない、と思った。この調子じゃあ、飛行機を飛ばしても、予定より遅くなってしまうだろう。そうしたらスケジュールが狂うし、ゼノもそれは気に入らないだろう。何が起こったって臨機応変に動く男とはいえ、規則正しい生活を愛する奴だ、出来る限り、いつも通りをこなそうとするだろう。
 でも、俺はここではたと気づく。そろそろ、いつもならあんたとファックしてる時間だって。そしてゼノを見つめる。ゼノも、こちらを見つめている。密かに笑って、起業家達に向ける和かな視線とは違う、湿り気を帯びた意味ありげな視線を、こちらに送っている。俺はそれに降参する。あぁ、分かったよって、あんたがより優先するのは、そっちなんだなって。
 そして俺は自分が秘密の罪人になる決意をする。ゼノ、あんたを愛してるよって、あんたのためなら、ファックした後に愛を囁いて、あんたが寝ている最中にあんたを基地まで送ってやるって、一分の狂いもなく、明日のスケジュールを整えてやるって。
 俺は酔っ払っていた。トニックウォーターだけで、恋人に酔っ払っていた。秘密の恋人に、したたかに、心の底から、一ミリのアルコールもなしに、あんたに酔っ払ってたんだよ、ゼノ。あんたに、俺は酔っ払ってるんだ。


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