HAZURE_Mapo
2026-07-04 17:55:59
4970文字
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瞠目

いつ発行になるかわからないガスロラ本の一幕です。
何も校正しておらずかなり読みにくいと思いますが、ご興味あればご覧いただけたら嬉しいです。
なお本の発行の目処が立ったら削除して正式な話を載せる予定です。
もし発行出来なくてもいつか削除する予定ですが、そのままかもしれません。

 ロラはコトリス山の頂にいた。
 幼子供が近寄らないよう御伽噺が伝わるほど鬱蒼として不気味な山道を抜ければからっとした晴天が突き抜ける。だだっ広い山頂の一角にはさらに小高い丘があり、中がくり抜かれて洞窟になっている。ロラは最近ここで殆どの時間を過ごしていた。
 未開惑星には似つかわない実験槽がずらりと並び、槽の中では芋虫状のエネミーであるワームが一体ずつ液に浸かり静かに暴れ回る日を待っている。先進惑星である母星ヴィープスと未開惑星であるここアスター四号星の技術を集結させたらこのようなエネミーを人工的に造り出す実験施設が完成、尤も、こんな未開惑星に害を為す道具を生み出す場所をわざわざ二惑星の叡智を寄せ集めて造る必要があったのか。そんな考えがよぎらない事もなかったが、ロラが口に出したところで流れは止められない。
 これも全て、未来で訪れる平穏には欠かせないのだ。
 そう思い込む他救いがなかった。
 槽の中にいるワームを一匹ずつ、ヒールの足音を鳴らしながらガラス越しに観察する。
……生育状況は順調ね」
 未開惑星でのエネミー培養はロラにとって初めての試みだった。自分達が乗艦していたテラヌスにもこの設備を作るだけの材料は積んでいたが、数に余裕がある訳ではない。そのためアスター在来の材料で代用出来るものはして造り上げた研究所、失敗は許されなかった。
 前回の点検時と比べても実験槽の中にいる生物に大きな変化はない。強いて挙げれば生育速度が予想より早いことぐらいか。しかし未開惑星在来の成分も使用して作った培養液であるためこのくらいの誤差は想定の範囲内。むしろこれなら予定より早く実戦に使えるのだから良いことではないだろうか。ロラは心の中で頷いた。
 定期的に行う実験槽の点検を終え、向かったのは奥にある資料部屋。
 隅ではアスター在来の薬草ディルウィップが枯れないように管理されながら群生していた。
 ロラは薬草達の前でしゃがみ、手を伸ばす。
 まるで愛おしそうな眼差しで。
 微生物学を専門分野とするロラに課された任務はオーシディアス王国に病を蔓延させる事。しかし病にかかる対象者は人類全て。オーシディアス王国以外の人類も罹患する可能性は大いにある。だから特効薬が必要で、そのためにはディルウィップが欠かせなかった。
 母星でも軍に所属していたゆえ、血を流し合う争いごとには慣れている。現に幾度も戦地に赴き後方から援軍として手腕を発揮している。しかし慣れない未開惑星、ましてや文明がある程度発達しているここアスターで静かに暮らしたいなど幻想めいた本音を言える相手はいない。密かに慕っているベランジェ大佐は皇帝陛下のカリスマ性に一目置いている様子で早急に平和を求める気配は感じられず、ガストンも大佐と同様、それどころか嬉々として戦争に加担している雰囲気がある。だがガストンとは軽口を言い合える間柄、大佐より話に耳を傾けてくれる可能性はあったが馬鹿にされるのが目に見えている。
 ロラにとって、世の状況を何も知らずにただ存在している薬草を眺めるのが今一番の癒しだった。
……早く終わらないかしら」
 心の声がぽつりと漏れた。
 正直この戦争の勝敗はどうでも良かった。自分達三人が生き残り、この地で安寧に骨を埋められれば。
 平和になったら何をしようか、誰も一目につかない場所でひっそりと生活して、たまに必要物質を調達しに人混みに紛れに行く。そんな暮らしも楽しいかもと、薄ら笑みを浮かべながらディルウィップを眺めていた。
 しかし束の間の空想はここで寸断。
 突然パリン! とガラスが割れる大きな音が隣の部屋で聞こえた。
「何!?」
 すぐさま駆け急ぎ、現場を確認。
 ロラの目に衝撃が飛び込んできた。
「嘘、でしょ……
 心臓の鼓動が体に響く。
 実験槽に入っていたワームが全て、外界に飛び出していた。
 嫌な汗が止まらない。
 生育が早すぎた。
 どうして少し前の違和感で手を打たなかったのか。
 後悔が駆け巡るも、ロラには先にやらねばならない事があった。
 腰に差していた銃を手に取り、主であるはずのロラに狙いを定めているワームに銃口を向ける。
「こうなったら、始末するしか……!」
 そうでなければ自分がここで殺される。そんなのは真っ平御免だ。
 先に動いたのはワームだった。
 小柄な標的目掛けて猪突猛進、押し潰すつもりで一斉に襲い掛かる。
 対してロラは狭い隙間を縫うように逃げながら的が大きいワームの身体に致死性のある弾を確実に当て、数を減らす。
 決して広くない部屋に蔓延る集団、逃げ場はそうない。それでもこの場を脱出し下山して援軍を呼ぶ手もあるが、自らが起こした不手際、ロラは自分一人で後始末までする気でいた。
 壊れて上部が吹き飛んでいる実験槽に身を隠し、ワームに見つからないよう息を潜める。
「(こんなに培養してたかしら!? 自分で造っておいて言うのも嫌だけど、厄介ね……)」
 ガラスの破片が床を埋め尽くし、用を足さない実験槽の残骸と仕留めたワームが無数に横たわっている。
 しかしそれ以上にまだロラを探しているワームが周囲で蠢いている。
 一体どうやって片付けようか。ロラは紋章を体に刻んでいるため紋章術は使えるものの、広範囲に攻撃出来る魔法は習得していない。
 となれば、やはり一匹ずつ確実に倒していくしか鎮圧する方法は無い。
 長期戦を覚悟して一息つき、前を見据えると至近距離まで敵が近づいていた。
「なっ……!」
 単独行動していた敵を見落としていた。
 この時すでに遅し、ロラの身体は勢いよく振られたワームの尾により瞬時に壁へ。
 叩きつける衝撃音から幾許も経たず、ずるりと床に崩れ落ちた。
 表情は歪み、唇を噛んで痛みを堪える。
「(銃………………)」
 殴られた時に手から離れ、全身を打たれた身では走れず取りに行くのが困難だった。
 丸腰になったロラを敵が見逃す筈が無い。うようよと体をくねらせながら集結し、あっという間にロラはワームの影で暗くなった。
 同時に紫檀色の瞳孔は全開。
 もう、終わり。
 これが生涯最期の場面かと目に焼き付けた時、一つの人影が間に入った。
「え……?」
 人影が放った一閃は大群のワームの胴体を一匹残らず二分し、上半分がぼとぼとと音を立てて床に落ちる。
 人影は実体となり、ロラの目前に現れた。
 通常より長い刀身の武器を持つ男、ガストンは敵の全滅を確信してから鞘に納め、振り返って膝をつく。
「ロラ、無事ですか」
 ──そう、私は無事だ。生きている。
 しかし紫檀色は碧色の瞳を凝視したまま、発声もままならない。
 息を荒げ、複数箇所に傷を負い小刻みに震える身体。
 落命の恐怖からは解放されたものの、破壊し尽くされた研究所の現実から目を背ける事は出来なかった。
……少し失礼しますよ」
 ガストンは一言詫び、ロラの背中と膝裏に腕を回すとそのまま立ち上がった。
「!? ち、ちょっと!?」
 彼の咄嗟の行動に動揺して思わず声が発せられた。
 しかしガストンは全く意に介さず、それどころか静かな怒りを湛えているかの様だった。
「動かない方がいい。傷に障る」
 確かに動くと全身に痛みが走る。
 それに彼の表情や雰囲気からして抵抗しても降ろすつもりは無いだろう。ここは言う通り、大人しく抱き抱えられる事にした。
 連れて行かれた先は奥の部屋。二人を迎えるディルウィップは何食わぬ顔で佇んでいる。
 ロラは灯りの近くでゆっくりと降ろされて、手渡されたブルーベリィを少しずつ口にした。
 この部屋にはディルウィップとそれを管理するための設備のほか、机、書類などがあっても人を傷つける道具は置かれていない。
 この後ガストンは無言で部屋を後にした。
 どこへ行くのか尋ねたが、返答は無かったもののガストンの足音が隣の部屋から逐一聞こえてくる。恐らく被害状況を確認しているのだろう。となれば彼はここにまだ暫くいるはず。
 理由はともあれ、物騒な物が何一つ無いこの場所に一人にしてくれた事が何よりも有り難かった。
 目まぐるしく過ぎた時間。
 今は自分の身に降り掛かった現実が全て嘘だったかの様に何も無い。
 頭の中を空にしてぼんやり過ごしていると、ひとしきり発生現場を見終えたのかガストンが再び現れた。
「落ち着きましたか?」
 目の前に座った彼は、さっきまでの険しい表情ではなく雰囲気も少し柔らかくなっていた。
 この問いにロラは頷く。
……えぇ、助かったわ」
「どういたしまして。それにしても派手に暴れ回ったんですね、ワーム達は」
 ガストンは検証の末、ここで何が起きたか大体検討が着いた様子だった。冷静に結果を言われ、当時の状況が脳裏を駆ける。出来れば思い出したくなかったがこればかりは仕方がない。どれもこれも、自らが招いた失態。
「そうね……私のせいだわ。生育が早かった事に気づいていたのに対処しなかったから……
「それは私も同罪です。ロラほどではないですけど、ここに幾度も足を運んでワームの状態を確認していたのだから」
 資源に乏しい母星ヴィープスの主幹産業は生物工学である。だから専門でなくとも軍に所属する者は全員エネミーなど敵を妨害する生物を培養する方法を叩き込まれるため、ガストンもこれに関する最低限の基礎知識は持っていた。
 しかし自分一人で責任を負うつもりのロラは首を横に振る。
「いいのよ。ここの管理を任されていたのは私。ガストンは様子を見に来ていただけで、何も悪くないわ」
「まぁ……そうなんですが」
 命を助けてもらっただけでも十分すぎるのに、一緒になって大佐の怒号を浴びる必要はどこにも無い。
 ロラは俯き尚表情を暗くすると、ガストンはさらに話しかけた。
「じゃあこうしましょう。ワームの一匹が異常を起こして実験槽を突き破り脱走、ロラは不意打ちを受けて怪我を負い動けなくなり、たまたま駆け付けた私が倒したけれど他のワームも脱走する恐れがあったため実験槽ごと壊して殲滅……と言うのはどうですか」
 突拍子もない理由付け。
 ロラは思わず口をぽかんと開け、少し経ってからふふっ、と笑みを溢す。
「何よそれ……そんな子供騙しの理由を言ったところで大佐の雷が大きくなるだけよ」
「やっぱりそう思いますか」
 ガストンもまた、微笑を浮かべた。
「では、ロラが元気になった事ですし私は下山する事にします」
「え……?」
 きょとんとするロラに介さずガストンはそのまま部屋を後にしようと立ち上がって踵を返す。
 急に現れ、急に去る。
 自分を救っておくだけおいて、このあまりにも出来過ぎた顛末は納得し難い。
 しかし彼に対して何をすべきかわからなかったものの、一つだけはやらねばならぬと思った。
「待って、ガストン」
 いつもより少しだけ張りのある声を出して呼び止めると相手は応じ、振り向いた。
……本当に、ありがとう」
 今現在、自分自身が出来る事。
 精一杯の感謝を込めたつもりでロラは言った。
 想いはガストンにも伝わったのか、彼の口角が微かに上がる。しかしまたすぐに元に戻り、口を開いた。
……お前はまだ休んでからここを離れた方がいい。その怪我だと大佐が心配する。下山出来ない理由を聞かれても適当に答えておく」
 そう言い残し、ガストンはロラの視界からいなくなった。
 また一人になった研究所内。
 ガストンが先に検証を行ったが、ロラも今回の原因を調査をしなければならない責務がある。
 重い腰を上げて歩き、実験槽があった部屋に向かう。
 改めて見ても、ここで起きた惨状は未だそのまま転がっている。
 未開惑星に降り立った今となっては貴重品である母星から持参した設備は殆ど使用不可能になってしまった。テラヌスに行けばまだ在庫はあるものの、何の成果も出せないまま失ったのは殊の外ショックが大きい。
 きっとこの光景は一生忘れないだろう。
 しかしそれを掻き消すかの様にロラが思い出すのは、窮地の自分を守ってくれたガストンの姿だった。