ながみね
2026-07-04 17:00:57
4907文字
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取り替え子

fgo。見た目は偽ソ、中身はレフ教授という状態で、アフタータイムのカルデアに教授がお邪魔する話。
メインは教授と騎のダ・ヴィンチちゃんです。

 生ぬるい風が頬を撫でてゆき、レフ・ライノールは目を開けた。
 自室ではない。目だけで周囲を見回せば、どうやらカルデア共用部分の廊下らしい。なぜ硬い床の上で倒れていたのか。
(これが悪意のある攻撃であれば、今ごろ私は死んでいるな)
 生きているから暗殺目的ではないだろう。
 体調不良か? そんな兆候はなかったはずだが。まだはっきりしない頭で思考を回し、身を起こしたところで自分の腕が視界に入った。
 誰の腕だろう。ついそんな間抜けなことを考える。
 自分の体から生えているなら自分の腕に違いない、たとえ見慣れぬ褐色の肌で、指先には尖った爪が並んでいたとしても。腕から肩の方へと続く入れ墨をみつけて、うわ、と思わず声が漏れた。少なくとも私の趣味ではない。
 一体自分の姿はどうなっているのか。姿見がほしい。シバのモニターでもいい。
 やけに長い白髪を背中へと流し、裸足のまま立ち上がる。この体の持ち主はレフよりも背が低いのか、目線が常よりも低い。夢や幻覚にしてはリアルだが、実際に肉体を入れ替えたとするのも俄には信じ難い。
(こまったな。誰かに相談するにしても、まずこの外見で私だと認識してもらえるかどうか)
 こうしている間にも誰か職員が通りかかるかもしれない。不審者扱いされるのは避けたいところだ。
 レフは廊下の先の気配を探ろうとして──、急激に知覚できる範囲が広がった。
「?!」
 とっさに目を閉じ、現実の肉体の感覚に縋って外からの情報を遮断する。それから深呼吸をひとつ。
 再び目を開けた時には視界は元通りになっていた。だがあの一瞬で脳内に流れ込んで情報は、おそらく幻覚ではない。
 馴染みのカルデア基地、そのあちこちに高い魔力反応があった。姿形も様々なあれらはサーヴァントだろう。召喚システムフェイトは無事に稼働しているのだ。
(だが、いつのまに?)
 目覚める前に自分が何をしていたのか、思い出せない。自分の内なる別の声も聞こえない。
 先ほどの視界では、英霊たちに混ざって人間の職員もごく普通に過ごしていた。それは自分の知らないカルデアの姿だ。
 この身体も喚びだされた英霊の一人なら、遠見の力を持つキャスターだろうか? この英霊が本来どのような力を使えるかも分からない上に、自前の魔術刻印もなくなっている。元の性能から見れば明らかに弱体化だ。
 まいったな、とレフは途方に暮れる。
 事ここに至っては認めるしかなかった。この場においては自分こそが異分子であり、何らかの攻撃を受けたとすれば、それはこの身体の持ち主の方である、と。
 駆け足のリズムで軽い足音が近づいてくる。その気配にはしばらく前から気付いていたが、逃げ隠れする気も起こらず、レフはただそちらへ振り向いた。
「あっ! ソロモン王、ちょうど良いところに!」
 廊下を走ってきたのは小柄な少女だった。先日召喚されたばかりのダ・ヴィンチによく似ている。
(ソロモン王だと……?)
 古代イスラエルの王にして召喚術の始祖。思いがけず大物の名前がでてきた。
 少女はこちらの当惑には気づかず、レフの目の前で急制動をかけて大袈裟な身振りで両手を広げる。
「まーた霊基トラブルだよ! しかも大規模なやつっぽい!!
 いま状況確認中だけどキミは大丈夫? なにか身体に異常はないかな?」
 もちろんあるとも。軽く腕を広げて自分には不釣り合いな霊基の身体を示す。
「見ての通りだ」
 しかし明らかに言葉が足りなかった。少女は「よかった〜」と早合点で胸を撫で下ろし、無邪気に笑う。
「キミが再臨で変化しないタイプで助かったよ。
 どうも霊基の再臨によって性格が違う場合、再臨状態によらずに意識がシャッフルされちゃうみたいなんだよね。あと複数の人格で一つの霊基を共有してる場合とか。
 通信も混乱してるみたいでなかなか繋がらないし……、そうだ、マスターくん見なかった?」
 矢継ぎ早の言葉に気圧されながら「いや」と短く否定する。
(そうか、サーヴァントであるなら当然喚び出したマスターもいるのか)
 候補者のうちの誰かだろう。しかし繋がったパスの先に意識を向ければ、見知らぬ少年が食事のトレイを持ったままぽかんと口を開けている様子が見えた。
「食堂だな。……そばにマシュもいる」
「! そっか、マシュも一緒ならひとまず安心だ」
 少女は笑い、それからこちらを見上げて不思議そうに尋ねた。
「──ソロモン王? どうかしたかい」
「いや……
 遠見で見たマシュは、かつて隔離環境で過ごしていた頃よりも人間らしく感情を顔にだしていた。
 時が進み、彼女も成長したのだ。誇らしさとそこに立ち会えなかった一抹の寂しさが胸中をよぎり、今はそんな場合ではないと頭をふる。
「なんでもないよ」
「そう?」
 少女は先程までの勢いからトーンダウンし、あのさ、と慎重に尋ねてきた。
「念のための確認だけど、人類って定命で可哀想だな〜とか、いっそ人理焼却した方がいいよねとか思ってない?」
「私が? まさか」
 この霊基の持ち主は一体何をやらかしたのか。
 即答すると、ダ・ヴィンチ似の少女の表情が明るくなる。
……だよね!! 変なこと聞いてごめん、悪いけどこんな事態だからキミの力も貸してくれるかな」
 歩きながら説明するよ、と促されて管制室の方へと向かう。
 エルメロイⅡ世君が中身は大人のまま若い方の霊基になっててさー、ライネスじゃない司馬懿殿が冷静にコメントしたら逆に火に油注いじゃって、あ、花咲翁は犬じゃなくて翁が走り回ってたけどアレもそういうことかも……。霊基相乗り系は神霊が多いから被害が心配なんだよね。
 道中の話は半分以上がよく分からなかったものの、状況は概ね理解した。ここにも一人実例がいると言いそびれたが、ひとまず様子見でかまわないだろう。
 管制室に到着すると、混乱しながらもすでに対応は始まっていた。
「遅いぞダ・ヴィンチ! やっと来たか!」
「ごっめーん、ちょっと野暮用でね。
 状況を教えてくれる?」
 当然のように少女が指揮をとり始めるが、レフはまず管制室の状況に困惑した。
 やけに空席が目立つ。スタッフの数は常駐人員の定数には到底たりず、しかも管制室勤務ではなかった顔ぶれが多い。
 さらに、信じがたいことにカルデアスがない。台座だけを残してぽっかりと空間が広がっている。
 どうやらこのカルデアでは、当初想定していたものとは全く異なる運用がなされているようだ。
「通信状況は先ほど回復してます。
 マスター・藤丸くんは無事。ただしこちらへ向かう途中、クマのぬいぐるみになったアルテミスがはしゃいで姿を消してしまったので、女神姿のオリオンと一緒にぬいぐるみ捜索してますね……
「うわあ」
 大丈夫だろうか、このカルデア。
 続いての霊基異常の説明は既知の内容だったので、半分聞き流しながら管制室を歩く。
 設備の内容、状態は自分の記憶とそれほど変わらない。スタッフ達の様子を見ても、何十年と時間が経過したわけではないようだ。せいぜい数年か。
 結局レフはシバのモニターに程近い位置に落ち着いた。
「状況は分かった。まだ時間差で異常が広がってるみたいだね。
 まずは今回の異常の対象となりそうなサーヴァントをピックアップして。神霊系とか被害が大きくなるタイプ優先で」
「今やってます!」
「オーケイ。同時並行で、館内の異常が起こってる場所の洗い出しをお願い」
「はい!」
 飛び交う指示を聞きながら、ふと、それなら自分もできるのだと気づく。
 このカルデア館内でいま何が起きているか?
 瞼を下ろし、手が届くほどのごく近い範囲から知覚を広げてゆく。些細な反応は全て無視。大きな魔力の乱れがないかと見渡して──、そこに新たな反応が現れた。
 所長室。混乱と焦りで乱れる魔力のうねりがあり、その形はよく知る少女の姿をしていた。
「メインスクリーンに映像出します!
 反応が集まっているのは戦闘シミュレーター、談話室、食堂、ボイラー室近辺で……
「所長室も追加だ」
「! はい、所長室も追加します」
 こちらのリクエストで追加された映像は、しっかり音声も拾っていた。
……おちつけ、落ち着くのよわたし、これくらい大した問題じゃない……
 いや、でもやっぱりおかしいでしょ!?
 なんでまたこれ? 私が何したっていうの??』
 それは間違いなく成長したオルガマリー・アニムスフィアだった。ただし、巨大なツノをつけた珍妙な格好をしている。
 嘆きながら彼女が頭を振ると映像が乱れ、ツノが当たったのかガシャン、パリン、と何かが割れる音が入る。あわてて振り返ると、その勢いでさらに何かをなぎ倒したらしい。
『ああもう、こんな格好を誰かに見られでもしたら、所長としての素質が疑われかねないってのに……!!』
 苛立たしげな独り言は、映像と共に管制室にしっかり流れてしまっていた。
 これは酷いと思いながら、レフ自身が指示した手前、なにもコメントしないわけにもいかない。
「見なかったことにするか」
「そうしてあげたいのは山々だけどさあ……!」
 ダ・ヴィンチ似の少女は苦悩の表情でうめいた。
「よし、一度全館アナウンスで皆んなに状況説明をしよう。
 所長なら事態を把握したら落ち着いてくれるはずだ。無理そうならフォロー入れよう」
「ダ・ヴィンチちゃん大変です、経営顧問が所長室の方に向かってます!」
「うあー! 藤丸くんに連絡して、こっちに経営顧問を連れてきてもらって!
 あ、でもそうすると管制室で所長の様子のモニターができないな……
 今は所長が不在なせいもあるだろうが、彼女に仕事が集中しすぎている。やはり人手不足ではないのか。見かねてレフも声をかけた。
「オルガマリーの様子なら私が見ておく。何かあれば知らせよう」
「ほんと助かるよ〜、ありがとう」
 しおしおの様子で素直に礼を言い、それから気を取り直して声を上げた。
「よし。じゃあみんな、始めようか」
 やることが定まれば後は早かった。
 各種の連絡と並行して現状の分析が進み、霊基グラフに戻っていたサーヴァントは影響を受けていないことが分かった。
 既に霊基異常が発生している者は解決まで戻せないものの、新たに影響を受ける可能性がある者は、事態が収まるまで現界しないこととする。
 原因究明はこれからだが、これで被害拡大は防げるだろう。
「はあ〜、やれやれだよ。毎度のこととはいえ、退屈しないよね」
 ダ・ヴィンチと呼ばれる少女は、イスに座ったまま両手をぐっと突き上げて伸びをする。やるべき指示は出し終えた。マスターが管制室に到着するまで、一息つける状況だ。
「ソロモン王、キミは今回の件をどう見てる?」
 雑談の体で話を振られたので、ごく簡単に所見を述べる。
「攻撃にしては爪が甘く、悪ふざけにしては規模が大きい。神霊にまで影響を及ぼすとなると相当のリソースが必要だろう。
 何にせよ、今の段階で予断をもってあたるのは良くないな」
……そうだね。やっぱりこれからの調査次第か」
 待ち時間にも思考を止めようとしない。かつてのダ・ヴィンチはどうだったか、などと思いながら全く別のことを口にする。
「さしあたって二つ、確認しておきたいことがある」
「うん、なにかな」
「今は一体いつで、私のこの霊基の身体は何者だろうか。ソロモン王というのは本当かい?」
……んん??」
 眉間にギュッと皺を寄せて少女がこちらを振りかえる。
 幼い顔立ちとのギャップが微笑ましくて、レフはつい表情を緩めた。
「私はレフ・ライノールという。
 よければ君の名前も教えてくれるかな、レオナルド似のお嬢さん?」
 少女の目が大きく見開かれ、ついでに口も開く。

「えっ、あ、……ええええ!?」

 こういう仕草はあまり似ていないな、と呑気に思うレフをよそに、管制室に少女の驚きの声が響きわたった。