氷酒
2026-07-02 20:42:48
3371文字
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『日記』

まりみや組+モブ/やわらかな希求ネタバレ有。後日談的なもの。

『日記』

 小さなノートが落ちている。
 一度濡れたらしく皺だらけだが、読むことはできそうだ。











○月×日
日記を書き始める。大した理由はない。
時間ならいくらでもあるから、頭の整理も兼ねてやってみようと思っただけだ。美夜が、よく書いていたのもある。

出る方法はまだ不明だが、あいつが起きるまでに探せば良い。
冷蔵庫にあったものを拝借した。どうせここには誰もいないだろうし


○月×日
美夜の怪我を治す薬について確認する。
調べたらところ、かなり時間がかかりそうだ。
幸い、生きていく分には困らない蓄えがこの建物にはある。
まだ、変化らしい変化は起きない。当たり前だ。
本当に?
大丈夫だ。

分かっていることだけど、一人の食事は味気がない。

○月×日
汚れ物が多かったから、掃除をした。
血は落とすのが大変だ。それに量がある。
けれど、放っておくと臭いがひどいから。

美夜に変化はない。温度は高くないから大丈夫だと思っていたが、綺麗なままで安心した。
何を?
そうだ、血の匂いがひどかったから
食欲がわかなかった




……
…………




○月××日
美夜はまだ目を覚まさない。
それほどにひどい状態だったから。時間がかかるのは当然だ。
だって。一度(この後の文字は塗り潰されている)

大丈夫だ。まだ待てる。


○月△△日
夢を見た。
あれは夢でいいんだろうか。
目が覚めたら、美夜が倒れている。
血まみれの中でてあしが。腹が。

吐き気がする。



×月○日
美夜が死んでいる夢を見た。
美夜が化け物になる夢を見た。
だから、俺は助けるために◼️◼️◼️◼️(黒く塗り潰された文字)

夢じゃない。


×月△日
立ちあがったとき、目眩がしてそのまま倒れてしまった。
思い返せばしばらくまともに食事をとっていなかった。

食欲が全くわかないくせに、吐き気がひどい。
美夜が起きたら怒られるだろうな。
無理にでも食べないと。



×月××日
手足が生えはじめてきた。
どんな状態だと思うが、そうとしか思えない。信じられない光景だった。
でも、これなら。



×月×日
水を取り出そうとして冷蔵庫を開けると、美夜の心臓が見えた。
ちがう。始めからそこにあった。見ないようにしていただけだ。
触ればずいぶん乾いている。それだけ、日数が経っていた。

美夜はまだ起きない。



×月○×日
ここのところ毎晩、ゆめをみる。
目を閉じることがこわい。
血の匂いが、肉を切る感触が、骨を削る手応えがこびりついて離れない。
夢が、忘れるなと言ってくる。

でも必要だった。


だって美夜は(何かを書きかけて消した跡)
 
 

きっともうすぐ起きる。
だから、大丈夫だ。



△月×日
時間の感覚があいまいになっている。
一日動けずにいるからかもしれないが、起きていることがつらい。

これから美夜をみにいく。



△月○日
手足がそろった。
傷も消えた。
けれどまだ、起きない。
なにかまちがえた?

時間がかかっているだけ。
大丈夫。
再生した手は美夜のものだった。


△月△日
もしこのまま起きなかったら。

美夜は

おれはみやに、(ひどく汚れているため判読不能)


いやだ



△月××日
まだおきない
おねがいだから美夜をたすけてほしい

おれの
とらないで


いま、うごいた













 白を通り越して土気色に近かった顔。無駄に長い睫毛に縁取られた瞼が、わずかに痙攣する。
 起きてすぐ、真倫はここがどこか分からないようだった。天井をぼんやりと眺めた後、ゆっくりと自身に繋がれた点滴を見遣り、それからようやくこちらへと視線を向けた。
――
 ひび割れた唇の動きで、俺の名前を読んだことは分かる。けれど、その呟きは残念ながら音になることはできなかったようだ。
 サイドテーブルにある水を取り、ベッドを起こしてやってから口元にやって飲ませる。小さく喉を鳴らして飲む様は誰が見ても弱々しい。
「栄養失調と脱水症状。ストレス性っぽい胃炎に食道炎、その他諸々。失踪した三ヶ月、相当酷かったみたいだな?」
 非難がましい口調を隠さずに問いかければ、真倫は無言のまま視線を外した。どうやら、詳しく事情を言う気はないようだ。
「まだ警察には言ってないけどさぁ……
 少し前から、彼らがなにか厄介なことに巻き込まれることが増えたことは把握している。今回もそうだろう、とあたりをつけていたから敢えて黙っていたのだが、どうやら正解で良いらしい。
……美夜は」
「お前の着替えを取りに行ってるよ。検査は一通りしたけど健康そのもの。お前の方がよっぽど重症」
……ここは」
「病院。覚えてないだろうから言うけど、美夜君から連絡があって来たかと思えばすぐにお前がぶっ倒れたんだよ。っていうか聞く順番が逆だろまず、この子煩悩め」
……悪い」
 てっきり突っ込みが来ると思ったのだけれど、返って来たのはしおらしい謝罪の言葉だった。普段の性格が性格な分、こういう時は本当に調子が狂ってしまう。
……いーよ、もう。医者からは検査もあるし暫く入院だって言われたけど、荷物とか必要なもんあったら――
「帰る」
……は?」
「大丈夫だから。……休んだら、帰る」
「お前、自分がどんな顔してんのか分かってんのか!」
 俯き、駄々をこねるような口調で拒絶する真倫の肩を思わず掴む。簡単に揺さぶられてしまう脆さに、舌打ちをした。
「それが美夜君のためだっていうなら、それこそ大馬鹿だぞ! これ以上心配かける気か!」
 卑怯だとは思うが、真倫は彼にめっぽう甘い。だからこう言えば、観念してとりあえずは大人しくなる。そう、思っていた。
「美夜……
 なのに、震える真凛の声が響くだけだった。

「ここはあいつがいないから、いやだ」

 息を呑む。

……真倫?」
 その声も、緩やかに上げられた顔も、隈の酷い目にも、俺が知らない感情が滲んでいる。
 恐れのような、必死さのような、冷たくて、それなのに粘度を持ったドス黒い感情。憔悴しているのは明らかなのに、その目の奥だけが爛々と輝いている錯覚を覚える。
「たのむ……

『とらないで』

 消え入るような、悲鳴のような声が聞こえた気がした。

「お前、」

「真倫? 起きたの?」

 冷え切った空気は突如として割り込んだ明るい声に塗り替えられた。
 はっとして病室のドアを見れば、荷物を持って来たらしい美夜君が顔を覗かせている。少しだけ不思議そうな顔はしたものの、真倫が呼べば安心したようにこちらまで小走りで寄ってきた。
「起きたんなら連絡してよー。急いで戻ったのにさ」
……今起きたところだよ。心配かけたな」
「本当に!」
 先ほどまでの真倫は嘘みたいに消えていた。美夜君の事を優しげに見る視線も、口調も、いつも通りだ。怖いくらいに。心なしか顔色だって良いくらいだ。
「っ、あぁもう!」
 直感的に悟ってしまう。今の真倫には、治療よりも彼が必要なのだと。
 観念するのはこちらの方だ。
「医者、俺の知り合いだから! 退院よ話つけてくるから、せめて今日だけは大人しくしろよ!」
「悪い……
「そう思うなら絶対安静だからな! 仕事も暫く休み、そんな顔で来られても迷惑だから!」
 乱暴に席を立ち、俺は病室を出ていく。背後からもう一度礼の言葉を言われたが、片手を振って返事をするだけに止めた。



 受付に向かう途中、考える。
 先程の真倫の様子は尋常ではなかった。思えば、美夜君だってなにか違和感がある。
 心当たりは、存在する。
 真倫を運んだ際に、服から落ちて来た小さな手帳。酷く濡れたらしく読めるところは部分的だったが、それでもおおよそ、何があったかは察せられた。
 到底信じられる事じゃない。けれど、嘘である証拠はなく、元に二人は何かに巻き込まれている。
「まずはこれをどうするか、ねぇ……
 上着の内ポケットにあるそれをどうやって彼に渡すべきか。上手い方法を考えながら、俺はリノリウムの床の歩いていった。