倉岸
2026-07-02 01:57:07
3608文字
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捕縛ノ嗜好 ─プロローグ─

狛恋現パロ緊縛プレイ。プロローグは全年齢ですが、以降は成人向けになります。

幼い頃、狛治はとある理由で捕縄術に関心を持っていた。義父である慶蔵に出会う前、近所に捕縄術を得意とする引退した元警官の老人がいたため、彼の現役時代の武勇伝を聞く内に捕縄術のやり方も教わるようになった。
老人は己が元気な内にと覚えてる全ての捕縄術を狛治に教えた。幾年か経ち、老人が介護ホームに行った後も狛治は独学で捕縄術を極めた。
その後、高校生になった狛治は恋雪と出会い恋に落ち慶蔵にも会ってそのまま恋雪と婚約し、後に結婚するまであっという間だった。順風満帆で幸せこの上ないと狛治は感じていたが、同居を初めてから恋雪の様子が少しおかしい事に気付いた。ある動作をする時妙に視線を感じるのだ。
例えば師範と稽古をしている時にほどけかけた帯を絞め直す時や、貯まった古新聞をビニール紐で縛る時、恋雪のいる方から熱っぽい視線が刺さるのだ。またある日は夏場の掃除の時に作務衣姿で暑かったのでたすき掛けをしたら恋雪が普段見ない顔で熱心に一連の動作を凝視していた。
狛治は恋雪の視線の意味が分からなかったが、ある日決定的な事件が起きた。素山家に泥棒が入ったのだ。
狙われたのは外付けの給湯器でその時は家族全員母屋にいたので狛治がすぐに犯人を追いかけて捕まえ、慶蔵が警察に連絡したので事なきを得た。警察が来るまで犯人が逃げないように狛治はビニール状のロープで犯人をあっという間に縛り上げた。完璧な捕縄術だった。
その時、恋雪は狛治の捕縄術を見ていた。最初から最後まで余すことなく。狛治は最初驚かせてしまったのかと思い恋雪を気遣う為に声を掛けようとしたが途中で止まった。
よく見ると恋雪は興奮していた。頬は上気し目は潤んでいて恐怖に濡れた顔では無かった。その表情は狛治の大捕物の迫力に圧倒されたのではなく狛治が抑えている犯人、後ろ手に縛られた状態で拘束された見ず知らずの男の姿に釘付けだった。
犯人を警察に引き渡し警察の事情聴取を終えて一段落した後、夜も更けて寝る時間帯に狛治は恋雪に聞いた。
「恋雪さん、今日は怖く無かったですか?」
「ううん、全然大丈夫だったよ」
「そうですか
「狛治さん」
「はい?」
「狛治さん狛治さんって
縛 る の 、上手なんですね
  狛治は黙った。恋雪は狛治を見つめた。恋雪は何かを期待していた。少しの躊躇いの中に隠し切れてない興奮と愉悦が、潤んだ瞳の中に浮かんだ。 その顔を見ながら狛治は痛くない縛り方と恋雪の肌を傷付けない紐や縄は何がいいのかぼんやりと考え始めていた。





「恋雪さん、お待たせして申し訳ありません。あなたの望みを叶える為にこんなに時間がかかってしまった。」

「あの時は俺の技術と知識だけじゃ恋雪さんを傷付けない保証がありませんでしたから。」

どうしてこうなったのだろう、と恋雪は頭の中が真っ白になりながら辛うじて考えていた。

今日は狛治と出かける日だった。狛治が行きたい所があると言って付いていったらビジネスホテルのような所で(実はラブホだった事は後になって知った)一部の壁が鏡張りの部屋だった。
部屋の入り口で恋雪はやっと狛治の思惑に気付いたが実際は恋雪の想像していたものよりもかなり斜め上な内容だった。
狛治は恋雪のために緊縛師に弟子入りして緊縛師になったのだと言う。

「捕縛術は敵や罪人を素早く制圧・拘束するための逮捕術なんです。あくまで殺さずに取り押さえる為の武術なので快楽に特化してませんし、何よりそれでは恋雪さんが気持ち良くなれません。あなたに痛みを与えるだけだなんて俺が耐えられない。」
「だから緊縛を一から学び直しました。恋雪さんが傷付かず、安全に配慮して快楽を得られるように。
縛師の教室へ行ってたんです。月に二度くらいで。風俗店ではない本番無しの、あくまで教室です。◯◯さんってプロの緊縛師が講師をしていてそこで基礎知識からしっかり学びました。縄の結び方や手順だけだったらDVDや解説動画で知ることは出来るんですが、それだけだと不安で。窒息の危険性もありますし、身体の神経とか圧迫してはいけない箇所の知識や、縄の素材、太さによっては力の加減も変わります。縛った時の強さの確認もありますので実技は必須でした。ああ、実技はプロのモデルに頼んだので私的な関係はありませんから安心してください。最初に恋雪さんを縛れなかったのは残念でしたが、何より緊縛中に事故が起きないようにしなければならないので俺が出来る可能な限りの手を尽くしました。」
狛治の解説が続くが恋雪はその話にどう答えたらいいのかわからないので黙ったままだ。
「吊縄は上級者向けなので恋雪さんが望むなら一緒に教室でするのが一番安全です。プロの人がいるので何かあったらすぐ対応できますから。パートナー同士やカップルで講習を受ける人もいるんですよ。他の人の視線が気になるなら個人レッスンもできますから──」

恋雪が黙ったままなことに気付いた狛治は話すのを止めて恋雪と向き合った。漸く恋雪は俯いた顔を上げて狛治を見る。狛治は何も言わない恋雪に怒った訳でもなく、真面目な顔で恋雪を見つめていた。
「恋雪さん」
。」
「嫌なら嫌と言ってください。緊縛はお互いの信頼関係がないと駄目なプレイなんです。同意のない緊縛は事故に繋がります。鬱血だけじゃない、手足の痺れや麻痺が残るんです。最悪脱臼や骨折もあり得る。それ位緊縛は危険です。嫌でしたらこれ以上は誘いません。俺から無理にやろうとしません。恋雪さんの気持ちが追いつかないままやったって辛いだけです。
あなたの気持ちをちゃんと聞いて、きちんと確認をとってこの行為をしたいんです。」
今までの準備や努力を水泡に帰してもいいとまで言い切る狛治の言葉は、終始恋雪を気遣いつつ恋雪に逃げ道を残していた。

優しい、狛治はとにかく恋雪に優しかった。その優しさに甘んじている自覚が恋雪にはあった。
(嫌って言えば狛治さんは怒ることなくこのまま打ち切ってくれる。)
そして二度とこの話題を狛治からすることは無いだろう。
そのまま穏やかな関係に戻れる、戻れるのだが
恋雪は思い出す。狛治の手を。
病気で寝込む恋雪を看病してくれる労りの手や、抱きしめたりキスをする時に愛おしげに触れてくれる優しい手──どれも恋雪が日々の中で享受している大好きな狛治の手だった。
けれど、これだけではない。
胴着の帯を絞め直すキュッとした音、紐を手早く動かして包んでまとめあげる時の腕の筋肉の動き、そしてたすき掛けをした時の無駄の無い動作と手つき、何よりそれを難なくこなす狛治の平素とした顔がその動きが、恋雪に段々とよからぬ思いに取りつかれるようになった。
あの手の動きを自分にもして欲しいと。
その時点ではまだ具体的な内容ははっきりしていない、要領を得ないものだった。
そしてその漠然とした思いは泥棒の捕縛の一件で明確なかたちになってしまった。
自分は狛治に絡めとられたいのだと。
身体ごと包まれる、抱き締められるのはいつもしてもらっている。けれどそれ以外の方法でもって恋雪は狛治に雁字搦めにされたいのだ。
自分のその倒錯的な被虐心を自覚した時、思わず恋雪は狛治の前で思わせ振りな言葉を口に出してしまった。
恋雪としてはその時点では実際にやろうとまでは思わなかったし、あの後うやむやになったのでそのままスルーしてしまった。だから失念したのだ。恋雪の夫は、妻の発言ならどんな些細なことでも聞き逃すことは無いことを。

不安はある。未知の体験に対する恐怖、そして“これ”をしてしまったら自分のある一線を越えて戻れなくなってしまうのではないかという憂虞が恋雪の頭で警鐘を鳴らしていた。
それと同時にある確信があった。

狛治さんは、私の夫は、私に酷いことなんてしないと。不快なことはしないと。そしてきっと、私の浅ましくてはしたない願望を叶えてくれるはずだと。
そう、とっくに。
恋雪はとっくに禁断の果実を口に含んで歯を立てる寸前のところまで来ていたのだ。
後はもう、その口を動かすだけで

恋雪は狛治の手をキュッと握りしめた。
「痛くない本当に気持ちいい?」
恋雪の問いに狛治は少しホッとした顔をした。その顔を見た恋雪は、ああもう戻れないとじわじわと境界線を自ら跨いでいるのを感じた。
「俺はあなたが痛がるようなことはしたくありません。恋雪さんを気持ちよくしたい。痛みよりもまず恋雪さんが気持ち良くならなければこの技術も意味が無いんですよ。」
そう言われて恋雪は安堵した。これからこの部屋で行う行為に身を委ねる決意を表明するかのように狛治に懇願した。
「して、狛治さん。」
  私を縛って

恋雪は最後の一線を越えた。