禀芦
2026-07-02 00:18:50
12407文字
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モデルパロ白黒

モブ女×◼️崎くんの絡みあります

 新人モデル黒崎一護はとある企画書を見ながら、本日何度目かも分からない溜息を吐いた。一護の専属マネージャーである天鎖は一護の前にホットココアを置きながら、「一護、」と優しく声を掛ける。
「一護、無理はするな。お前が嫌なのであれば、受けなくてもいい仕事だ。私はどうにも先方のあの態度が気に食わん」
「う……まぁ、あの態度はちょっとどうかと思ったけど、やっぱこれからのキャリアのこと考えれば、受けた方が仕事の幅は広がるかもしれないだろ……?」
……はぁ、一護、苦手を克服する姿勢は好ましいが、その顔では無理だ。お前も分かっているだろう?」
……ッ、でも……でも、いつまでもこのままじゃ、仕事が来なくなるだろ? なぁ、天鎖、頼むよ。やらせてくれ」
 依頼を持ちかけに事務所を訪れたプロデューサーの態度を思い出した天鎖は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにしていた。確かに、一護をモデルに広告の写真を撮りたいと口にはしているものの、あまり期待はしていないような、何というか、お前の代わりはいるんだからな、という態度が滲み出ていたのだ。その態度については確かに一護も違和感は感じていたが、依頼してきたのは大手香水メーカーの新商品だった。まさか、そんな大企業からお声が掛かるとは思わなかったし、きっとこの依頼で成功すればモデルの仕事も更に増えていくだろう。今後のキャリアアップを考えるなら、依頼を受けないなんて選択肢は用意されていない。そんな事は一護も分かっているのだが、先程からどうにも企画書を持つ手が小さく震えて仕方なかった。何とか抑えようとするのだけれど、なかなか震えは止まってくれなくて。一護の手を包み込むように天鎖の手が重なり、すり、と一護の手が優しく撫でられる。過去にあったトラブルで女性モデルとの絡みのある写真を撮ることに苦手意識を持っている一護にとって今回の依頼は少々厳しいものがある。それを天鎖は危惧していたし、一護だって本当は避けられるのであれば避けたかった。
 けれど、何時までも仕事を選んでいてはダメだ。新人のうちは沢山仕事をして、文字通り大勢の人に顔を売って、黒崎一護という名前を覚えてもらわねばならないのだから。青白い顔をする一護はマイナスな思考を断ち切るようにグッと顔を上げ、天鎖にこの仕事を引き受けることを宣言した。やらせてくれ、と請われてしまえば、一護のやる気を否定することの出来ない天鎖は渋々といった風に首を縦に振る。
「分かった。だが、仕事を引き受けるのなら、文句は言うな。やるからには完璧に。それだけは約束をしてくれ」
「嗚呼、分かった」
 力強く天鎖の言葉に返事をする一護であったが、一週間後の撮影本番、一護は自身の宣言を撤回したいとさえ思ってしまったのだった――……

▽▼▽▽

「あ! 黒崎くんだぁ〜! お久しぶりですぅ〜」
……な、んで……
「何でって、プロデューサーさんから聞いてなかったんですかぁ? 今日黒崎くんと撮影する予定だった子が急に来れなくなっちゃったから、私が代わりに入ることになったんですよぉ〜?」
 メイクやヘアセットをしてもらい、意を決して撮影現場に足を踏み入れた瞬間、一護はさぁっと全身から血の気が引いていくのが分かった。そんな、どうして? おかしい、彼女が此処にいる訳がない、何かの間違いだ。だって、彼女はまだ本当にモデルとして駆け出しだった一護に最悪の嫌がらせをしてきた張本人なのだから。彼女がこの現場にいることが分かっていたなら、天鎖が即刻止めに入るだろうことは火を見るより明らかだった。自身の存在によって一護がヒク、と口端を引き攣らせていることに気が付いているのかいないのか、女は一護の右腕に絡みつき、「プロデューサーさんから聞いてないんですかぁ?」なんて猫撫で声で語り掛けてくる。その声色に当時のことを思い出し、自然と呼吸が浅くなる。あの日の記憶が脳内を過り、心臓がバクバクとして、頭がズキ、と痛み始めた。


 最近元彼がストーカーになって困っているのだと一護に相談をしてきた彼女のことが心配になり、モデルの撮影現場が被った日はよく彼女の自宅近くまで送っていたことがあったのだ。一護自身は決して彼女に好意はなく、ただ純粋にストーカーに悩まされているという彼女が可哀想だと思ったからだった。本当に、善意だけだ。お人好しは身を滅ぼすぞ、という兄の警告がまさか本当に当たるとは誰も思わなかっただろう。ある日、いつものお礼がしたいと彼女の自宅に招かれ、気付いた時にはベッドに押し倒されていた。何が起きたのか分からない一護の腹の上に乗った彼女はいきなり服を脱ぎ始めて。ゆっくりと焦らすように脱ぐストリップショーをただ見ていることしか出来なかった。下着姿になった彼女に無理矢理クスリのようなものを飲まされ、身体がじっとりと汗ばみ、目の前がぐにゃりと歪んだ。普段ならすぐに彼女のことを退かせるだろうに、飲まされたクスリの影響なのか、身体に上手く力が入らない。一護がもだもだとしている隙を狙って女の手がひたり、と一護の腹筋に触れ、性感を煽るように腰を揺らめかす。意味が分からなかった。ただ、彼女のことが怖くて仕方なかった。欲を孕んだ手がこんなにもおぞましいことを初めて知った。
「ぁ、う……ッ、ちょ、やめっ、やめてくれっ、っあ゙……!」
「あは、黒崎くん、もしかして童貞? 反応、初心で可愛いね。あーほら、こっち向いて。写真撮れないでしょ、」
「ひっ……やめろ、って! んっ、ふ……ぁ、え゙ッ、ぐ……〜〜〜ッ!」
「口の中弱いんだ〜。なら、もっといじめてあげる、ほら、ここ、カリカリされたら気持ちイイでしょ?」
「っ、も、やら、っァ……! っん、く……! は、ふっ、ぇゔッ……た、けて、し、ろ……!」
「白……? 嗚呼、お兄さんのこと? 双子で仲良いって聞いたことあるなぁ。あ、そうだ、お兄ちゃんにも今の黒崎くんのこと見てもらう? ちょっと、逃げないでよ! 写真上手く撮れないじゃん」
「や、ぇ゙ッ、ぐっ……! っふ、ぅ゙〜〜ッ……
 ぐい、と無遠慮に一護の口内に指を突き立てた彼女は自身の指が一護の唾液で汚れることも厭わずにぐちゃ、ぬちゃ、と水音を立てながら、指を動かした。突然口内に入ってきた異物に一護が目を白黒させていることすら彼女には面白いらしく、クスクスと笑っている。艶やかな蝶が美しく舞う姿はきっと、それは世の男性が皆憧れるような光景なのだろうが、生憎一護には恐怖でしかなかった。無理矢理高められた性感は未だに鎮まる気配がないし、カリ、と上顎の皮膚の薄い部分を攻められると背中にゾクゾクとした悦楽が走り抜けていく。じわ、と快楽と恐怖で涙が眦に溜まり、口内の異物を排除しようと一護の舌が彼女の手を押し退けるが、逆に舌を二本の指で挟まれてしまった。舌をちゅこちゅこと上下に扱かれ、慣れない刺激に一護が軽く嘔吐いていると、彼女が徐に一護に向けて携帯のカメラを向けている。
 カシャ、と無機質なシャッター音が一護の耳に届き、この状況を撮られたことを理解した瞬間、背筋が凍るようだった。まだそこまで名前が売れている訳では無いが、芸能界では何がゴシップ記事のネタになるのか分からないのだ。あれほど、人間関係――特に女性には気をつけろよ、とマネージャー兼事務所の社長でもある斬月に言われていたのに。気を抜いていた、というか、自分がそうやって狙われているなんて微塵も思いもしなかったのだ。どうして、なんていう今更すぎる後悔が一護の心の中にじわり、と滲んでいく。思わず漏れてしまった片割れへと助けを求める声を拾われ、彼女は一護の携帯に手を伸ばす。撮った写真を白にも送ろうとしているのだろうか。一護が抵抗すると、その態度が気に食わなかったらしい彼女が喉奥まで指を突っ込む。目の前にチカチカと火花が散り、反射で吐きそうになった。
「ん゙〜〜ッ……! もっ、やめっ、」
……そんなにやめてほしい?」
「っ、あ、たりまえ、だろッ……!」
「そっかぁ……じゃあ、黒崎くん、これからお仕事無くなるね!」
…………は?」
「だって、あれもやだこれもやだって我儘じゃない。それなら、他の子にチャンスをあげたって良いでしょう? ほら、うちの事務所って大手だし、まだ売れてないモデルの子たちも沢山いるんだもの」
……そ、んな、」
「お仕事、まだ欲しいでしょ? なら、嫌なことも仕事のうちってことで、ね、頑張ろうね」
 彼女の言葉によって、イヤイヤと駄々を捏ねる子供のように首を横に振っていた一護の動きがピタリと止まる。何だ、その理不尽な理由は。暗に自分の言うことを聞かねば、これから先の仕事は無いと思えと仄めかされ、一護の心がグラグラと揺れてしまう。彼女の所属する事務所は一護が所属する事務所の何倍も大きなものなのだ。規模は小さいが、その分所属タレントを大事にしてくれる斬月たちとは違い、どれだけ売れるかが命の大きな事務所。スポンサーも投資している人も桁違いに多く、彼らが動けば一護に仕事が来ないというのは本当になり得るのだ。斬月たちに迷惑をかけてはいけない、自分が我慢すれば、全て丸く収まるんじゃないか、と一護が首を縦に振ろうとしたその瞬間だった。
 ピンポーン――――……
「誰よ、こんな時に。……はーい、あら、貴方もしかして……ホワイト?」
……おい、アイツ出せ。いるんだろ」
「あら、残念。耳が早いのね。いるわよ、ベッドの上で今頃泣いてるんじゃないかしら」
……覚えとけよ。おい、一護。帰るぞ」
「ぁ、ッ……しろ、ッ……しろ……
「チッ、クスリまで盛られやがって。寝とけ」
……ッ、ぁ――……
 彼女がガチャ、とドアを開ける。インターホンを押したのは誰だろうか、と耳を澄ませていれば、聞こえたのは先程から名を呼んでいた片割れの声だった。白だ、白が来てくれた……! 嬉しさのあまり、先程衝撃で引っ込んでいたはずの涙がまたじわり、と滲み出す。こんな情けない姿を見せることへの羞恥よりもこれで助かるかもしれないという安堵感の方が強かった。寝室の扉の向こうから顔を覗かせた白は一護の状態を見て、チッと舌打ちをする。すり、と頬骨の近くを白の指先が撫ぜる。ひんやりとした指先が心地よくて、その手に擦り寄れば、白は更に眉間に皺を寄せ、そのまま一護に手刀を落とした。ガクン、と力の抜けた一護を横抱きにして、さっさと女の家から出た白はじろ、と彼女を睨みつけ、「もう二度とコイツに関わるなよ」とだけ言葉を残したという。
 その後、白が斬月から事の経緯を説明し、双方の事務所で話し合いがあったらしい。一護はその場に出席することはなかったが、後日斬月や白にこってりと絞られた。彼女の処遇はたしか、暫くの謹慎処分だったはずだが……
 カラカラに乾いた喉では上手く声を出すことが出来ず、「ぁ、」とか「その……」とか曖昧な返事をすることしか出来なかった。今日一護と撮影をする予定だった女性が急に来れなくなるなんて絶対に嘘だ。……嗚呼、よく見たら、ここのスタッフの大半は彼女の事務所と懇意にしているメンツばかりじゃないか。嵌められた、と誰だって思うだろう。一護をモノに出来なかった腹いせなのか何なのかは知らないが、こんな事になるなら天鎖の到着を待ってから現場に入るべきだった。新人なのだから、早いうちに現場入りをして挨拶でもしようと思ったのが馬鹿だったと後悔しても後の祭りだ。ぐいぐい、と一護の右腕を引っ張って撮影スタジオの中央へと連れてこられた時にはもう何もかもが遅かった。今日使う予定の香水の瓶を手にした彼女がプシュ、と一護の目の前でいきなり甘ったるい香水を吹き掛けるものだから、一護はけほ、と小さく噎せる。
「けほっ、ちょ、いきなり何っ、うわっ……!」
「うわって何ですかぁ〜。っん、この香水良い匂い。ね、黒崎くんもそう思いますよね?」
……ッ、い、いい匂い、します……
「それじゃ、カメラマンさん来たら撮影始めましょうか!」
 そこからの記憶は正直なところ全く覚えていない。パシャ、パシャとカメラがシャッターを切る音と耳元でしていた彼女の息遣いだけは鮮明に覚えているというのに。カメラマンにどう指示されたのか、自分の表情がどんなものだったかなんて、何一つ分からなかった。自身の首の後ろに彼女の手が回った瞬間に鼻腔を擽った甘い香水の香りにくらくらと目眩がする。こんな香水の人工的な匂いよりも何もつけていない白の匂いの方が何倍も良かった。すん、と鼻を鳴らして白の匂いが一等するところ――特に耳の裏を嗅げば、少しスパイシーな香りと揃いの石鹸の匂いがして好きだった。一護が白の匂いを嗅ぐと擽ったそうに目を細めながら、ヤメロと頭を軽く叩かれる。そうやって、同じベッドで寝た次の日の朝の戯れが何よりも幸せだったのだ。嗚呼、この撮影が終わったら、すぐにでもシャワーを浴びなければ。鼻の良い彼はきっとこの香水の匂いを厭うだろうから。
 そんな事を考えていると、ふと「カット! 今日はこれで終わりにしよう!」という声がスタジオ内に響く。ハッとした一護が慌てて顔を上げれば、目の前にはニンマリと口元に弧を描く彼女の顔があった。あの日と同じ体勢になっている所為なのか、フラッシュバックした記憶が恐怖心を呼び覚まし、カタカタと指先が小さく震える。喉がひく、と引き攣り、情けないったらありゃしない。
「黒崎くんのその顔、私大好き。また遊んであげるね」
「ぁっ、や、ッ……ひゅッ゙……! っけほ、げほっ……ごめっ、ごめんなさっ……やだ、許して……
「許す? 黒崎くん、なぁんにも悪いことしてないのに、ふふ……かわいいね、」
「一護、次の仕事だぞ……!」
「あら、もうお迎えが来ちゃった。じゃあね」
「っは、はーっ……ッ、ぁ、……
……ホワイト――嗚呼、お兄ちゃんにもよろしくね」
 恐怖に顔を歪ませている一護を見た彼女は恍惚とした表情をして、ふふ、と微笑んでいる。何も悪いことなどしていないというのに、一護の口からはごめんなさい、許して、という言葉が零れ落ちていた。それが何の解決にならないと分かっていてもそうすることしか出来なかった。すり、と頬を撫でられた瞬間、ゾクリとした嫌悪感が背中を走り抜ける。まずい、このままだと吐く……! せり上がってくる吐き気に一護がぎゅぅ、と己の手を握り締めていると、撮影のセットの向こうから天鎖の声が聞こえた。一護! と名前を呼ばれているのだから、早く返事をしなければ……と思うのに、一護の喉はカラカラに乾いたままだ。天鎖の声に気付いたらしい彼女は残念そうに眉を下げ、またね、と言いながら、一護の上から退く。最後に耳元でホワイト――白がモデルをする時に使っている名前――によろしくね、と囁かれ、一護はキッと彼女のことを睨みつけた。何をされるか分からない恐怖心はあれど、それを白にも向けるというのであれば、話は別だ。大事な半身を害するというのなら、一護とて黙ってはいられない。反抗的な態度を見せる一護が面白かったのか、彼女はクスクスと笑いながらも何も言わずにその場を立ち去った。彼女と入れ替わるように天鎖が一護に近付き、一護の容態を案じてくれる。
「一護、遅くなってすまない……! 大丈夫か? あの女に何かされたか?」
……ッ、や、今日は、何も……何も無かった、けど……
「けど……? 嗚呼、無理に言わなくていい。今はお前が落ち着くことが優先だ」
「っすぅ、はぁー……大丈夫だよ、天鎖。もう大分落ち着いたし、次、仕事あるんだろ……? あ、今の俺、香水の匂い結構するか……? シャワー浴びたらどうにかなるかな……
「次の仕事はない。あの女をお前から離すために言ったまでだ。生憎、奴にはバレていたがな。……そうだな、シャワーは浴びて帰った方が白の機嫌も悪くはならないだろう」
 すり、と目の下を撫でられ、一瞬心臓がドキリとしたが、相手は天鎖である。大丈夫、天鎖は怖くない。ふぅー……と深呼吸をして、一護は天鎖の手に己の手を重ねる。ひんやりとした指先にきっと天鎖に心配をかけてしまったのだろうことはすぐに分かった。今日は何もされていないけれど、彼女の口から白の名前が出たことが一護の中で引っ掛かっていた。もしかすると、彼女が白に何かちょっかいをかけるかもしれない。そのことを天鎖に伝えるべきなのか否か、どうしようかと一護が口ごもっていると、天鎖は無理に言わなくていい、と一護の頭を優しく撫でる。一護が落ち着くことが優先だ、と言う天鎖に対して申し訳なさが募り、そういえば、天鎖が次も仕事があると言っていたことを思い出す。もし次のスケジュールが決まっているなら、ここで時間を潰している場合ではない。一護が次の仕事のことを尋ねようとすると、天鎖はイタズラがバレた子供のようにふっと眉を下げ、それは嘘だと言う。きょとんとしている一護の顔がおかしかったのか、天鎖はふは、と小さく笑いながら、シャワーを浴びて帰る方がいいと助言した。ただでさえ甘ったるい香水の匂いがしているというのに、一護を怖がらせた女の匂いまでしていたら、自宅で一護の帰りを待っているだろう白が暴れるのは想像に易い。スン、と自身の腕の匂いを嗅ぐ一護はやっぱそうだよな、と言いながら、ふら、とソファから立ち上がり、最後にふぅ、と深呼吸をしてからシャワールームへと一歩を踏み出すのだった。

▽▼▽▽

「くせえ」
 スタジオのシャワールームを借り、多少はマシになっただろうと家に帰った一護が白に近付こうとした瞬間、嫌悪感を顕にした白に一言。あまりにもストレートすぎる物言いに一瞬、何を言われたのかを理解出来ず、きょとんとした顔をする一護に白は眉間の皺を更に深くさせた。
「お前、シャワー浴びてこなかったのかよ」
「え……? いや、これでもスタジオでシャワー浴びてきて、わぷっ……!」
「全然落ちてねえ。さっさと入ってこい」
……分かった! 分かったからそんな顔すんなよ!」
 シャワーを浴びてこなかったのか、と言われ、一護は白が何を言いたいのかを漸く理解した。香水の匂いはすっかり落ちているとばかり考えていたものだから、まさかその匂いを指摘されるなんて思ってもいなかったのだ。スタジオで浴びてきたと一護が答えるが、白は先程取り込んだばかりなのだろうタオルを一護に投げつけ、さっさとシャワーを浴びるように言った。自身の顔に投げられたタオルを取ると、目の前には凡そこれでは人前に出られないだろうという形相の白がおり、一護は急いで浴室へと逃げ込んだ。あのまま抵抗していたら、命の保証はなかったかもしれない……

 ふぅ、と息を吐きながら一護がリビングへ戻ると、そこに白の姿はなかった。つい十数分前までいただろうはずの白の姿をキョロキョロと探していると、ピコン、とタイミングよく一護のスマホがメッセージの受信を知らせる。天鎖だろうかとスマホの画面を覗き込めば、送り主は白。内容は『シャワー終わったら寝室に来い』とのことだった。どうして寝室なんかに、と疑問に思わないでもないが、つい先程の白の様子を思い出せば、ここで言うことを聞かないなんて選択肢はなかった。冷蔵庫に入れていたミネラルウォーターを片手に一護が白に指示された通り、寝室へと向かうと、白はベッドのヘッドボードに上半身を預けながら、何やらスマホを睨みつけている。
「白?」
「遅せえ。こっち来い」
「分かった。……っうわ、ちょ、何だよ、さっきから……ッ、」
「ン、匂い、大分落ちたな」
「そうか? 間違えて白のシャンプー使ったから白の匂いしかしなくなっちまった……。香水の匂いとか分かんねぇや」
……俺の匂い、嫌いじゃねえだろ? 顔に書いてるぜ」
「〜〜〜ッ、馬鹿やろ……! んッ……、それ、やめろって……くすぐってぇ……!」
 白? と呼び掛ければ、白はまたしても遅いだなんだと文句を言う。普段は見ないような、あからさまに機嫌の悪い白の様子に一護はどうすればよいのか分からなかった。白が手招きをするので、遠慮がちにベッドへと近付くと、ぐいっと力強く手を引かれ、虚をつかれた一護は白の胸元へと抱き込まれる。先程から意味のわからない行動ばかり取られ、流石の一護も苛立ちが募るというもので。何がしたいのだ、と一護が白に噛みつこうとする前に白が一護の首筋に顔を寄せ、スン、と軽く鼻を鳴らす。突然のことにバッと一護が顔を上げれば、そこには満足そうに目を細める白の姿があった。もう一度、首付近の匂いを嗅がれ、ゾワリとした感覚が背筋を走り抜けるが、何も無いようなフリをして一護は白の言葉にそうか? と答える。撮影スタジオから帰ってきた時点で既に香水の匂いなんてものは消えていたと思っていたので、今更匂いが薄れたと言われてもあまり実感がなかった。更に言うなら、シャワーをしている時に間違えて白のシャンプー使ってしまった所為で一護からは白と揃いの匂いがしている。香水の匂いなんて分からない、と一護が言えば、白の金色の瞳が三日月のように細められる。ニヤ、と口端を吊り上げた白の口から発せられた言葉に一護は思わず唸ってしまった。揃いの匂いに浮き足立っていることを上手く隠せていたと思っていたのに。こうも容易く見破られてしまうとは。うるせぇ! と照れ隠しに反論しようとすると、白が耳の後ろをすぅ、と思いっきり匂いを吸い込むものだから、思わず変な声が漏れてしまった。ぶわ、と顔を赤くした一護を一通り堪能した白は「なァ、」と一護の髪をさらさらと梳きながら、話し掛ける。
「なァ、今日の現場、何があった」
……ッ、別に……何も変わったことなんて……
「一護、」
「う……でも、ほんとに何にも無かったんだって。天鎖から聞いてんだろうけど、俺に実害は出てねぇし……
…………俺がその現場に行ってたら?」
「嫌、だ」
「それと同じだよ。俺は別にお前がモデルをしたいってんならすりゃいいと思ってる。ただな、お前が好きなように出来ねえなら、ンなくだらねえもんやらなくていい」
「くだらねぇって、お前……!」
「実際そうだろ。俺らがいなくても代わりはいくらでもいるだろうが」
……そう、だけど。でも、俺は白みたいなモデルになりてぇ」
「よく言うぜ」
……今回の仕事だって、少しでも白に追いつけたらって思って受けたんだけどよ……俺が今日した撮影は多分、ボツだけどさ、でも、大きな案件だったし、今後に繋がるかなとか、思ったんだ…………それに、断ったら次何言われるか分かんねぇし……
 今日の現場で起きたことを教えろ、と尋ねてくる白の視線からふい、と逸らした一護はモゴモゴと口篭る。何も無かったといえば、何も無かったのだ。彼女に危害を加えられただとか、現場で明らかな被害にあったとか、そういったものは一切なかった。だから、今一護が白に助けを求めたって何も意味を成さないのだ。もう少し言えば、今後のキャリアに関わってくることや憧れである白に追いつきたいという気持ちと同時に"もしこの案件を断って何か言われてしまったら"と思うと気が気でなかった。自身が思っていたことを素直に吐露した一護のことを黙って見ていた白はベッドサイドのテーブルに置きっぱなしにしていたスマホを手に取り、一護へと手渡す。一護が画面を覗きこめば、そこにあるのは今日撮った写真のデータであった。
「これ見ろ」
……これって、今日の写真のデータ……
「表情が硬すぎる。心ここに在らず、みてえなツラしやがって。お前この時のこと何にも覚えてねえンだろ」
「うぐ……
「天鎖さんにも似たようなこと言われてんだろうが、今日のお前のデータが使われなかったとしても仕事は仕事だ。やる事やれねえんならするな」
……手厳しい」
「文句は?」
「悔しいけどねぇ」
「まァ、一つ良いことを教えてやるなら、こんな女より俺の方がお前のイイ顔引き出せることぐらいだろうな」
……そういうのをサラッと言えるお前が怖ぇよ、俺は」
「言ってろ。……もしもし、斬月さん? 嗚呼、俺。今日一護が受けた案件撮り直ししてえんだけど。……相手はいらねえ。カメラはアンタがやってくれ。下手なカメラマンよりアンタの方が信頼出来る」
「斬月ってカメラマン出来るのか!? ってか、撮り直し……? そんな勝手に……
「売られた喧嘩はしっかり買ってやらねえと失礼だろ?」
「よく言うぜ……
 今日撮った写真のデータを何処から入手したのだ、と尋ねる前に矢継ぎ早に白にダメ出しを食らう。何も覚えていないことを自覚済みなだけに何も言えず、黙っている一護を見て、フン、と鼻を鳴らした白は最後にツツ、と指先で一護の顎を掬い上げる。交わった視線の向こう、真っ暗な夜に浮かぶ満月みたいな金色がゆるりと三日月の形に変化した。その美しさに一護がはく、と唇を戦慄かせる。イイ顔、なんて言われて、一護の腰が甘く痺れた。この間の白とのやり取りを思い出して、耳の裏がじっとりと熱を持つ。もう片方の手で目を逸らすなと言わんばかりにカリ、と項を引っ掻かれてしまい、一護の瞳が端の方からとろり、と蕩けていく。一護の眦にキスを落とした白は一護の手からスマホを抜き取り、そのまま流れるように斬月へと電話をかけた。三コールきっちり待った後、電話越しにくぐもった斬月の声が聞こえる。撮り直しをしたいという白の言葉に一護がそんなのいいのかよ! と抗議すれば、彼はニヒルな笑みを浮かべながら、「こっちの方が上出来だったら何も問題ねえだろ?」と言うのだ。全く悪い男だ。スマホの向こう側でまだ繋がっているだろう斬月も『そうだな』なんて言うものだから、この二人はつくづく敵に回したくないと思う。
「さて、それなら準備しねえとな」
「え、もう準備するのか?」
「馬ァ鹿、お前の準備だよ。しっかり俺をリード出来るように手本を見せてやるよ」
「ッ、うぉ……! ……あの、白サン……まさかとは思いますが……
「そのまさかだなァ? よぉく、勉強しろよ?」
 ぐるん、と視界が回ったと思うのと同時にベッドへと縫いつけられ、一護の中である予感が過ぎた。まさか、まさかとは思うが……。恐る恐る白に尋ねれば、彼は悪びれる様子もなく肯定する。待ってくれ、という一護の悲痛な叫びは生憎白に食べられてしまったのだけれど。

▼▽▼▼

 パシャ、パシャ、とあの日と同じようにシャッターの切る音が一護の耳に入る。けれど、違うことはカメラマンが斬月であること、そして、一護と共にモデルをしている女性が知っている人物であることだ。女性の正体は真っ白なロングヘアーのウィッグを被った白である。顔を写さない代わりに相手役を買って出た白はついこの間彼女が着ていたものと同じ衣装を身に纏っていた。中身は白だと分かっているはずなのに、彼の一挙手一投足がこの場にいる誰よりも女性らしかった。すり、と一護の頬骨を優しく撫ぜるスラリとした指先は先日一護のナカを嫌という程蹂躙していたもののはずなのに。あの指でどれだけイカされたのかを思い出しただけで、ごくり、と喉が鳴る。ソファに座った白に覆い被さるように一護がソファに膝をつく。一護の腕の中にいる白は一護の何が面白いのか、クスクスと小さく笑うばかりだ。
……何だよ、」
「いや、イイ男だなぁと思っただけだ。ハハ、あんな女より今の方が余っ程イイ顔してるぜ、一護」
「うるせえ、もう黙ってろって」
 一護の首裏に手を回した白はすり、と一護こ首筋に擦り寄る。それは奇しくも彼女と撮った構図と同じものであった。白にイイ男だと称されるのが恥ずかしくて、一護が白の下唇を噛んだ瞬間、パシャ、とシャッター音がした。バッと斬月の方を見れば、斬月は満足そうに「今のアングルは良かった」と感慨深そうに頷いていた。
「待っ、斬月のおっさん……! 今のは使うなよ!?」
……? 編集して白の顔が写らないようにすれば問題ないだろう?」
「や、そうじゃなくて、俺が恥ずかしいっていうか、その……
「良いじゃねえか、こんなことで恥ずかしいって言ってたらお前、あの雑誌の年一特集のヤツらはどうなんだよ」
「そ、それもそうか……
「一度クライアントの方に確認してもらおう。これでダメならまた考えればいい。それでいいな?」
「嗚呼。助かったぜ、斬月さん」
「何。売られた喧嘩をお前と共に買ったまでだ」
 そう言って、斬月はクライアントに確認を取る為にスタジオから出ていってしまった。スタッフたちも空気を読んだのか、スタジオに残っていたのは一護と白だけ。ソファから降りようとする一護の腰をガシッと押さえた白は下から掬い取るように一護にキスをする。無遠慮に侵入してきた舌に翻弄され、突然のことにぐるぐると目を回している一護は白とのキスで腰砕けになっていた。ぷはっ、と解放され、必死に酸素を取り込もうと肩で呼吸する一護を見て、白はハッと笑う。
「お前なら大丈夫だ」
「っは、はー……な、何だよいきなり……
「お前にはセンスがある。それもとびきりのな。目の前の相手に怖気付くな、お前がこの場を支配しろ。スタジオの中ではお前が王だ。それぐらいの気持ちでやりゃァ、上手くいく」
…………白、」
「まぁ、あんなので恥ずかしがってるようじゃ、道のりは長そうだけどなァ」
「〜〜〜ッ、うるせぇ!」
 二人しかいないはずのスタジオは少しだけ賑やかだった。



…………こんなの聞いてねぇんだけど…………
 一護は目の前にある巨大看板を見て、ひくりと口端を引き攣らせた。ブランドの新しい香水が出たことを宣伝するための看板には何故かでかでかと自身の顔が写されており、先程から道を行く人たちの視線が突き刺さって仕方なかった。まさか、あの写真が本当に採用されるなんて思いもしなくて、一護はただただ看板の前で立ち尽くすことしか出来ず。急いで斬月に電話をかければ、斬月は「あの写真がクライアントの方に好評だったのでな」と言うものだから、一護は頭を抱えるしかなかった。
 「あの〜、すみません」と女性たちに声を掛けられる前に早くこの場から逃げようと隣でクツクツと笑いを堪えている白の腕を掴んで、一護たちはその場を後にするのだった。