山茶花
2026-07-01 22:13:07
7356文字
Public [シルデュ]その他のパロディ
 

魔法の指揮棒と狂詩曲【275OP025】

奏で続ける話/ピアニストシルバー×女装歌姫デュース(ピアニストAU)/やりたい放題/7000字程度

*タイトル「まほうのタクトとラプソディ」と読みます。なんでも許せる人向け!
*作中の歌詞は全部オリジナルです。引用すると、著作権とかが面倒な気がしたので。

以上すべて大丈夫な方はスクロール↓


 
 ジャジーなピアノが響く、オーセンティックなバーの中。
 僕は、セクシーな女の人を思わせるような、衣装を着て。ステージに立って。
 客席に、ウィンクや視線、仕草の全部で。色気を振り撒きながら。でも、けして肌へと触れることはさせずに。そっと、流れるピアノに歌声を乗せる。
 
『私の肌を、鎖骨を、首筋を。なぞるあなたの視線が、それだけで私の身体を熱くする……
『この胸は、あなたのために、開いたの。どうぞ、存分に味わって』
 何度も練習して、やっと覚えた、肌に手を這わすような、煽情的な振り付けをこなせば。ピアニストの低い男声が、僕の声に下から被さって来る。
(その胸元に、こぼれる吐息が。僕を惑わせる)
 僕たちはまるで、恋人同士の熱情を交わすように見つめ合う。
 でも、分かっている。これは……。ただの、お客さんの前でする、パフォーマンスでしかない。ただの、『その1曲が終わってしまうまでの間だけの恋人のフリ』でしか、ないんだと。

 今日も、バーの営業が終わったあと。
「今日も良かったよ、デュースくん!」と、スタッフの人たちに褒められて。
「ありがとうございます」と答えながら、ステージから降りようとしたら。
 ふらりとして、ステージ脇の階段でつまずいて。
 そうしたら、咄嗟に。近くにいたピアニストのシルバーさんが、助けてくれて。
「あ、ありがとう……ござい、ます……
……舞台に上がるなら、最後まで気を抜くべきではないだろう。たるんでるんじゃないか?」
 と、すぐに腕を離して、冷たく言い放たれる。
 まわりのスタッフのみんなは、なんだアイツ、いつも素っ気ないよな。ボサボサの頭に、ダサい眼鏡までして、冴えない売れないピアニストのクセに。なんであんなに偉そうなんだ、いつもステージで一緒にやってる仲間なんだから、営業以外でも、もっと優しくしてやればいいのに、そうだそうだ、と。
 そんな風に、文句を言うけれど。
 僕も、そうなってくれたらどんなにいいかなって思うけど。
 それでも――僕は、あの人が。シルバーさんのことが、好きだ。

 なんていうか。そりゃ、言い方とかは厳しいんだけど。言ってることは正しいし、間違ってはいないし。いや、でも、それだけじゃなくって、なんていうか、さ。
 ……あの人には、さ。隠しきれない優しさ、みたいなものが、ある、気がして。

 前、僕が練習に疲れて、バーのカウンターで居眠りしちまってたら。
 上着をかけてくれていて。
「ありがとうございました」って、次の日。綺麗にして返したら。
「居眠りするほど、根を詰める前に。体調の管理くらい、するべきだな」って言われちゃったけど。……あの人なりに、心配してくれてたのかな、って思って。
 僕が、難しい歌を。何度も歌えなくて、振り付けがうまく行かなくて。それで、できるまで何度も、練習に付き合わせちまったときもあったんだけど。
 そのときも、「こんな、ずっとやってるのに。できなくてごめんなさい……」って、言ったら。
「できないなら、できるまでやるしかないだろう。余計なことを気にしていないで、次、行くぞ」と。文句のひとつも言わずに、ずっとピアノを弾き続けてくれていたし。
 それに、僕が。「ピアノが弾けるなんて、それだけで、すごいって思う。僕は、楽譜を読むことすら、ままならないから」って言ったら。
 そのときは、珍しく怒られたりはしなくて。
「そうか」とだけ言って。一杯だけ、好きなのを頼んでいいと、カクテルを奢ってくれたり。

 ……だから、僕は。あの人のそんな、隠しきれない優しさが、好きになって。それで、片想いしてるんだけど。
 たぶんきっと、向こうは僕のことなんて、好きじゃないよな。
 なんて思いながら。
 今日も今日とて、歌っている。
『あなたの唇にキスをするのは、今日もタバコと、ウィスキーを入れたグラスだけ。どんなチップを賭けても、私には振り向きすらしてくれないの』
 そんな切ないジャズバラードに共感して、穏やかなピアノに乗せ、歌い上げていると。
 ショーが終わった酒場の中に、ひときわ大きな拍手が響いた。
「ボーテ、ボーテ、マーベラス! 素晴らしい歌声だね!」
 ステージに近づく珍客に、シルバーさんは立ちあがり、ステージの前に立ちはだかる。……守ろうとしてくれるのは、嬉しいけど。でも、これも、スタッフのひとりとして、なんだろうな。
「当店のキャストには接触禁止です。なんのご用事で?」
 するとその客は言った。
「ああ、すまない。マナー違反をする気はないよ! ただ、あまりの美しさに、ひとつばかり提案をしたくなったんだ。実は、私は美を見出すことを趣味としていてね。君の歌声には、まだもっと広い舞台に立てる素質がある! どうだ、私をパトロンとして、もっとその歌声をたくさんの人へ届けられる舞台に立ってみないか?」
 僕が、そんなの、いきなり言われても、と困っていると。
「心配いらないよ、返事は今すぐでなくていい。君の心が決まるまで、もうしばらく私は待つことにするよ、また来るね!」
 私の名前はルーク。ルーク・ハントだ、覚えておいておくれ。もしその気になったら、いつでもここに連絡を! そう言って僕に名刺を渡し、そのお客さんは帰っていった。
 それから、僕が。バーカウンターで悩んでいると。
 シルバーさんも、カウンターの隣に座った。
「妙な客に絡まれたな」
 心配してくれてるのかな、と思って、僕は相談する。
「悪い人じゃ、なさそうだったけど。……僕、あの人に……ついていくべき、なのかな」
 どう、思いますか、って。勇気を出して、聞いてみたら。
 引き留めてくれるかな、なんて淡い期待を持って、聞いてみたら。
 そしたら、シルバーさんは。
「ふん。そうやって無駄に、無防備に肌を晒して、男を誘うから、変なのに絡まれるんだ。色恋営業が上手くなった弊害だな」
 と、冷たく言い放って。
 僕は、なんでそんなこと言われなきゃならないんだ、と。
 頭がカッとなって。
「決めた。僕、あの人のところに行く! 止めたってもう遅いからな!」
「勝手にすればいい。君の決めることだ」
 それで。僕らはそれ以来、ショーのリハーサルの間も、最低限しか言葉を交わすこともなくなって。それだけの関係に、なってしまって。
 それでも、それなのに。
『雄弁より寡黙がいいなんて、嘘よね。だってこんなに……
 一瞬、続きの歌詞が飛んで。すぐに思い出したけど、テンポがずれて。そうしたら、シルバーさんは、すぐにゆったりとピアノにアレンジを入れて、まるで演出家のように、取り直してくれて。
……だってこんなに、苦しいの。あなたの言葉を、酸素をちょうだい。私の泳ぐ水槽に……
 僕は、そんな、喧嘩みたいなことしてしまっても、変わらず優しいシルバーさんの態度に、複雑な想いを感じて。それで、あえてそんな気持ちに負けないように、今まで覚えたことを全部使うつもりで、堂々と歌った。
『私は、いらないの。広い海も、陸の世界も、いらないわ。ただ、あなたの部屋の片隅で、その水槽に、私だけを飾り泳がせてほしい、それだけ……
 そう歌い上げて、マイクの柄を指先でなぞったら。お客さんはみんな、ほう、と溜め息を吐いて。そして、口々に言った。
「あのルーク・ハントが声をかけたんだって? やはりそれだけはあるな」
「彼はあのスカウトを受けるべきなんじゃないのか」
「あの才能が、この酒場だけで終わるのは勿体ないぞ」
 そんな風に、噂話でも、囁かれ始めるようになって。
 僕がルークさんに引き取られるのは、もう決まったことかのように話し始められていた。



 ……面白くない。
 デュースの心が決まる前に、もう、彼は「あの資産家のルーク・ハントのお抱え歌姫として引き取られるのだ」と、噂が立っている。
 ――彼自身の意向が、何よりも大事だろうに、皆、それを無視しているな。
 それが面白くなくて、やけに苛立つ、と。
 バーのカウンターで。黙って、何杯もグラスを空けていたら。
 その『ルーク・ハント』という珍客に。声をかけられた。
「俺に何の用事ですか」
「いやいや、大したことじゃないよ。マスター、私にも1杯」
 そうして、グラスを飲むと、ソイツは言った。
「ただ、私は確認しに来たんだ。君の愛しの歌姫を、本当に私が連れて行ってしまってもいいものかをね」
……なんのことだか」
「おや、これはまた意地っ張りなナイトだね。もう少し素直になった方がいい。彼のことが、大事だというのなら」
 そう言って、ルークは「また会おう!」と、席を外す。
 俺は。
……俺には、関係ないことだ」と。
 ひとり呟いて。この顔を隠すためにつけた、伊達のメガネをかけ直した。

 ――俺が、この酒場でピアニストをしているのは。家が、没落したからに他ならない。デュースは、元々良家の出ではなく、家への仕送りを稼ぐため、少しでも多く稼ごうと、この酒場で仕事を始めたらしいが……
 どうせ、あの子も同じだ。俺から、離れていく。

 ……俺がまだ、金持ちの子どもだった頃。地位も権力も美貌も人望もある、今は亡き両親の子どもだった頃。
「息子さんのピアノの腕は、天才のそれですよ」と、持て囃していた来客たち。
 調子に乗って、素直にそれを信じて。毎日、馬鹿みたいにピアノを弾き続けていた、俺。
 両親が死んで、その遺産や財産が何故なのか、彼らに分配された途端。
「ちょっとピアノが弾けるくらいの子どもが、なんになる?」
「誰かがあのお荷物を引き取ればいい」と、見向きもされなくなったこと。
 幸い、今引き取ってくれた家庭は、裕福とはけして言えないが、人のいい義父と暮らせて、幸せではある。それだけが救いだ。
 それでも俺は自分の食い扶持くらいは稼ぐべきだろうな、心優しい人のお荷物にはなりたくないから、と。たったひとつだけ俺に遺された、ピアノの腕を使って、この酒場でピアニストの仕事を始めた。
 そこで、歌姫の仕事をしていた、デュースに出会った。

 ……デュースを見ていると。あることを思い出す。
 まだ幸せだった頃、屋敷の庭園に。忍び込んでやってきた、頭に葉っぱのついた、小さな男の子がいた。
 その子は俺がピアノを弾いているのを見て。
「ぴあの、すごい! これ、なあに?」と、楽譜を指差して。
 楽譜だよ、ピアノを弾くために必要なんだと教えてあげたら。
 ぱちぱちと、小さな手で拍手をして。
「じょうず、じょうずね!」と、俺のピアノを、褒めてくれた。
 その男の子の面影を、彼のあの青い髪を見ると、思い出す。
 ……だが。もし、あのときの子が、デュースだったとしても。
 まっすぐで素直で懐っこいあの頃のまま、育ってくれていたんだとしても。
 今の、こうして落ちぶれ、やさぐれた俺が迎えに行っても、嬉しくはないだろう。そもそも、俺は。どうせまた、裏切られる、と。あっという間に、一瞬で。手のひらを返されるのが、怖くて。
 俺と交流を取ろうとしてくれる彼にも、冷たくし続けた。
 そんな俺のことなんか、彼は好きだとも思っていないだろう。
 むしろ……
 ……だが。今なら、まだ、間に合うのだろうか。
 あのルークとかいう珍妙な男が、彼を華やかな大舞台へと連れ去ってしまう前に。まだ、足掻けば間に合うのだろうか……
 そんな迷いが出てきた頃。酒場のカウンターの、反対の端で。
 デュースが、またやけ酒でもしたのか、飲み潰れていた。
 それに、上着をかけてやろうとしたら。
……シルバー、さん。僕、好きなのに……なんで……冷たく……」と。
 そんな、小さな、でも俺には何よりも大きな、寝言をこぼしていて。
 俺は、ショックと、混乱の渦中に落ちた。
 何故。……俺のどこに、好きになる要素があったんだ。
 両親に似た美貌を持つと言われた顔は、冴えない伊達メガネで隠して。
 髪はわざとボサボサに見えるよう、ステージの邪魔をしない程度にしか、大して梳きもせず。
 そんな、冴えない男を作り上げてきたし、その上に。
 デュースに対する俺の言動は、いや、このバーの誰に対しても。
 とても。それは、褒められるべきものではなかったはずだ。
 なのに、何故。
 ……そのことに、答えを出せないまま。どうしたらいいかもわからないまま。デュースが、ルーク・ハントへの返事を決める日は、刻一刻と近づき。とうとう、その日がやってきた。



 今日は、ルークさんのスカウトに、返事をする日だ。
 もし僕があの人の手を取るなら、今日が最後の歌になるかもしれないな。
 ……そうなったら、シルバーさんのピアノを聴くのも。あの人の紡ぐ、優しいメロディに乗せて歌を紡ぐのも、最後になるんだ、と。
 そう思い、感情を歌に込める。
『ほろ苦いだけの恋だと、あなたは思い込んでる? だけど、私はその甘さを拾い集めて、信じていたの』
『「いつか王子様が」なんて信じるほど、子どもじゃないわ。でも、それでも夢見てしまうの、あなたを想えば……まだまだ子どもね、身体がどれほど妖しく育っても』
 そうして、歌い終わると。シルバーさんは一礼すると、すぐに楽譜を片付けて、どこかへ行ってしまった。
 それで、店も終わり頃の時間になって。残っている客は、もう、ルークさんと、僕ら数人のスタッフだけ。でも、シルバーさんの姿はなくて。
……やっぱり、な)と。僕は、溜め息を吐く。そうして。
「決まったんだね。それでは、どうぞこの手を、美しき歌姫」
 ルークさんが、僕へと手を差し出す。
(シルバーさん、もう帰っちゃったのかな。……最後にお別れくらい、言いたかったな)
 ルークさんの手を取ろうと、手を出した瞬間。
 突然、スタッフルームへ続く扉がバタンと音を立てて開いた。
 そこには。
「待ってくれ。その子の手を取るのは……俺の役目だ」
 と。いつもかけているメガネを外して。ボサボサだった髪を、綺麗に整えて結んだ、王子様のような正装の、シルバーさんが現れて。
「シルバーさん!? ……その恰好……!? それに、ええと……?」
「ほう、つまりは?」
 僕が混乱していると。ルークさんは楽し気に、にこやかにシルバーさんに尋ねる。シルバーさんは、迷いもなく答える。
「決まっているだろう、迎えに来たんだ。さあ、返してもらおうか……俺の、歌姫を!」
 そんなやり取りに、スタッフは、あれがあのシルバーだと、いつの間にお前らそんな関係に、とザワついて。
 そんな喧騒の中、ルークさんは。僕に、「どうしたい?」と、尋ねてくれて。
「あ、僕、えっと、その……っ」
 俺の歌姫って、そういうことだよな、って頬を赤くして、慌てる僕に。
 ルークさんは、大丈夫だよ、私に任せてほしい、とウィンクをする。
 そうして、僕らに向けて、拍手をした。
「ボーテ、ボーテ、マーベラス! ピアニストの王子様が、自分だけの歌姫を迎えに行く、なんて戯曲的で美しい愛なのだろう……!! 愛し合う恋人たちを引き裂くなんて、もってのほかだ。私の美学に反する。だから、こうしようじゃないか」と言って。
 ルークさんは。酒場から、シルバーさんごと僕を引き取りたい、どころか。
 なんと、酒場丸ごと、僕らごと引き取りたいと言い出して。
 オーナーがさすがにもう少し考えさせてくれ、従業員1人2人はワケが違うぞ、と言い出して。
「どうしてそうなる……!!」
 と、シルバーさんは頭を抱えていた。

 それから。バーはてんやわんやになって。
 僕らは結局、ルークさんのところで、お抱えの歌姫とピアニストとして、普段は元の酒場での仕事もしつつ、必要なときには駆り出されることになった。
 だから、新たな雇用主として、僕らふたりは改めてルークさんの屋敷へ挨拶に行くことになって。
 ちょっと気まずく、無言で並んで歩く。あれからバタバタしていて、シルバーさんとちゃんと話す機会、とれてなかったから。
 誤魔化すように、白いバラがたくさん咲き誇る庭園を見ていると。あることを思い出した。
「懐かしいな。小さい頃、こんなお屋敷に忍び込んで、男の子に会ったんだ。すごくたくさん怒られたけど、あの子は元気にしてるかな……
 そう、呟いたら。シルバーさんは、何か小さく呟いた。
……やはり、君だったのか」
「え? シルバーさん何か言いました?」
 そうしたら。僕らの間に、風が吹いて。石畳の庭園を、白いバラの花びらが舞った。
……ああ。実は、このあと、この屋敷で、ピアノを試し弾きさせてもらうことになっている。歌って、くれるか? 俺の、歌姫として」
 その言葉と共に、不器用に差し伸べられた手に、僕は手を重ねる。
「もちろん!」と、大きく頷いて。
 それから、僕たちは手に手を取り合いながら、広い庭園を散歩するように、歩いて。その間に、たくさんの話をして。
 シルバーさんが、昔は大きなお屋敷で暮らす子どもだったことや、もうお家が没落してしまったけど、いいお義父さんに引き取られたこととか。
 ……本当は僕のことを、ずっと気になっていて、好きだったけど、そのときの経験が元で、ずっと素直になれなかったこととか。
 僕、それけっこう淋しかったんですよ、とか。そんな事情があったんですね、とか。でも、ほんとは優しいの気づいてましたよ、僕もしかしてすごい? とか。
 そういう、いろんなことを話し合って。
 ふたり、手に手を取り合い。新しく広い舞台に向かって、歩いていくのを。
 ルークさんが、お屋敷の窓から嬉しそうに眺めて迎えてくれていた。

*おしまい