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えぬを
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ラストフライト
rsmv_20251018公開
M右ワンドロワンライのラストのお題に投稿させていただいたもの
主催様方々に感謝いたします!
暮れゆく窓の外の景色を眺めながら、マーヴェリックは未だ椅子から立ち上がることができずにいた。
それほど大きくない規模の地方空港でも、発着スケジュールは頻々にある。次の便、次の便、搭乗する前に軽く軽食を、次の便、次の便、いや、このコーヒーを飲んでから──そうしてAMからいたはずの空港に、かれこれ十二時間以上滞在し続けている。言い訳もいい加減に尽きるというものだ。
そして、最終便のアナウンスが流れる。それを聞いて、マーヴェリックは肩を跳ね上げた。遂にその時間が来てしまった、と。これを逃せばマーヴェリックはもモハヴェの住処に戻るか、どこかで宿泊して──やはり、モハヴェの住処に帰るしかない。
そうしてもう、ルースターとは完全に決別する他、道は残されていないのだ。
マーヴェリックは人生において既に二度、ルースターと決別をした。
一度目は、彼がまだ十代であった頃。彼の将来の夢の道を絶った。
願書破棄に端を発する決別の遺恨は根深く、数年の時を経て、思わぬ形でマーヴェリックはブラッドリー──ルースターと再会した。
青年はマーヴェリック手ずからによって絶たれた軍属の道を諦めることをせず、四年遅れというハンディを背負いながらも、エリート中のエリートとして頭角を現し、空軍のトップ・アヴィエイターとしてマーヴェリックの前に現れた。
紆余曲折を経て和解の道を辿ったのち、何故かルースターはマーヴェリックに恋を説き、マーヴェリック自身もそれを受け入れて、恋人となって数年。
浮かれた熱は年月と共に落ち着きを見せ始め、やがて冷め、数多の離別した恋人達と同様に、ルースターとマーヴェリックの恋人関係も解消となった。とは言え、恋人という期間中の二人の心情は気の迷いなどではなく、確かに互いへの情愛を伴う恋のはずだった。
ただ、互いの命を救い救われたという奇跡的な出来事から、過分な錯覚的感情があったのかもしれないとさえ、今では思う。
互いの職務からのすれ違い、些細な言い合い──結局のところ、同姓であることと年齢差を補えるほどの余裕がなかったのだとマーヴェリックは納得した。冷却期間と称し、距離を置いたなら、心が安定したのだ。
だから、普通の友人──歳の離れた──関係に戻ろう、と先に言い出だしたのはマーヴェリックだった。しかも、直接ではなく、セルフォンのメッセージでのみ端的に伝えた。
──『マーヴがそうしたいならそれでいいよ』
ルースターの返答はそれだけだった。返信メッセージから受け取れるものは、それ以上でも以下でもない。
関係は終わったのだ。本来ならば顔を合わせて話し合うべきだったのかもしれないけれど。
こんなものか、とマーヴェリックは拍子抜けした。
あれほど情熱的だったルースターからの口説き文句のメッセージは、未だ同じセルフォンの中に残っている。
手のひらに収まる小さなデジタルデバイスは、時に心踊り蕩けるような甘さを持つ代物であったはずなのに、今はただの無機物と成れ果てている。元からそれは無機物だったはずなのに、命を与えていたのはルースターで、マーヴェリックの心持ちだっただけのこと。今までもそうだったのだから、これからもそうだろう。
マーヴェリックは〝恋〟と名のつく感情における人間関係の構築がうまくはない。
相手が異性だった時は、施すことの方が多かった。けれど、ルースターからは愛情を受け取るばかりの受け身であることに、いささかの居心地の悪さを感じてもいたのだ。
何故、これほどまでによくできた青年が自分などを──そう思う隙さえも作らせないほどに、ルースターは愛情を注ぐのがとてもうまい青年だった。
両親の影響もあるだろう、愛されて育った青年の器はマーヴェリックよりも遥か大きかった。
その愛情の深度に恐れたわけではない。
忙しさを言い訳に、マーヴェリックだけでなく、ルースター自身も以前ほど連絡が来なくなった事実に、先にマーヴェリックが我に返っただけのこと。
傷は浅い方がいい。そして、この愛情豊かな青年を、いち早く、愛情深い誰かの元に返さねば、と思った。
だから、距離を置いた。
距離を置いてわずか数週間後、こうして最終便が近づく空港で途方に暮れるなどという事態に陥るとは、マーヴェリックは想像もしていなかった。
椅子に腰掛けたまま、セルフォンを操作する。
──『ルースターが任務で怪我をした』
そのメッセージをホンドーから受け取った時、マーヴェリックは動揺のあまり、手にしていたコーヒーの入ったマグカップを落として割った。床にぶち撒けたコーヒーを拭こうと慌ててしゃがみ込んで、素手でコーヒー液に手を浸して火傷をした。熱さに慄いて引いた手を着いた先、割れたカップの破片で手を切った。
流れる血を見て、ルースターの怪我の程度に思い至り、そのまま傷口を放置して、すぐにホンドーに折り返しの連絡をした。幸いにして軽傷らしいという内容に加え、『どうせあんたが心配するから、ルースターは連絡しないだろう?だから俺が代わりに連絡した』というホンドーの言葉の裏には、オープンにしていた恋人同士であるルースターとマーヴェリックの仲を慮った、友人の配慮があった。
当然、『別れた』などと言えるはずもなく、マーヴェリックはルースターが運び込まれた病院を聞き出して、結局空港まで来て二の足を踏んで現在に至っているのだ。
軽傷だと聞いた。
療養のために、ルースターはしばらく休暇を取るということも聞いた。
だから、恋人でなくなってしまったマーヴェリックが、すぐさまに駆けつけるほどの事態なのかと躊躇った。
そうしてかれこれ十二時間以上もの間、マーヴェリックは小さな地方空港のロビーで途方に暮れたままでいるのだ。
──もし既に、ブラッドリーに新たな恋人がいるとしたら?
自ら別れを告げておきながら、今更にルースターの元へ駆けつけるなど。
〝アンクルマーヴ〟としての行いと捉えたならば、違和感はない。ないはずだ。
そんな風に言い訳がましいことばかりを考えて空港まで来たものの、幾つもの便を見送って今に至っている。
『考えるな、動け』
そんな風にルースターをけしかけておきながら、教官であった自分がこれほどまでに臆病になってしまうとは。
想像してみる。
駆けつけたマーヴェリックに向かって、『何しに来たの?』なんて言葉をルースターから投げられたなら──そう考えると、マーヴェリックの心は絶望に染まる。
随分と自分勝手な想像だ。自ら手を離しておきながら。
マーヴェリックにとって、ルースターは世界で一番大切な存在だ。
マーヴェリックはそれが大いなる愛のうちであるとは理解しているけれど、恋かどうかはわからなくなってしまった。
こんな風に、心を引き裂かれそうになるのならば、いっそ再会などしなければ。
恋仲などにならなければ。
──別れるなどと言わなければ。
マーヴェリックは知らず、滲んだ涙を拭うこともできぬまま、再度流れる最終便のアナウンスを聞く。
途方に暮れていると、眼前に影が差した。遂に最終便をも逃してしまったのだろうか。空港の明かりが消えたのかと、顔をあげた。
そこに一人の青年が立っていた。
「
……
ブラッド、リー
……
?」
「
……
あんたなんで泣いてんの」
逆光に近い形のルースターの表情は窺い知れない。マーヴェリックは呆然としたまま、ただ見上げた。
青いフーディにバックパックを背負い、こちらを見下ろしているのは間違いなくルースターだった。マーヴェリックよりも、縦にも横にも長い青年の影の中に、マーヴェリックは収まってしまう。月日の流れはとても早く、けれどマーヴェリックだけがただ、あの日のまま、いつだってそこから抜け出せずにいる。
音速で空を駆けても、マーヴェリックの心が追いつく速度はとても遅い。その間に、幼い少年は青年になってしまった。
なんという月日の流れだろうか。
夢のようだ。
夢だと思った。
夢なら言ってもいいと思えた。
「君、が、怪我をしたときいて、」
「うん」
「心が張り裂けそうで」
「マーヴ」
「いまさらに、君が、君を、どれだけ大事かを思い知って」
「
……
」
「君がここにいるはずがないのに」
──だって僕が君の手を手放したから。
『まもなく最終便の搭乗を開始します。ご搭乗のお客様は──』
最終便のアナウンスが、空港内に静かに流れる。昼間は多くいたはずの人々の姿は既になく、小さな地方空港のロビーは静まり返っていた。
「
……
最終便でさっき着いた。そんなことより、マーヴ」
マーヴェリックは幻を見るかのように、ルースターを見つめた。
「さっきの台詞ほんと?ほんとなら、もう撤回させないからな。言い訳がましく未だに色々認めようとしないあんたに少しだけ罰を与えたいって思ってたけど」
包帯を巻いた腕がマーヴェリックに伸びてくる。そして、滲んだ涙を拭われた。マーヴェリックよりも遥か大きくなってしまった手で。
「頭を冷やす時間が必要だっただろ」
「
……
君の?」
「
……
分かってて言ってるだろ。いいよ、乗ってやるよ。マーヴのだよ」
「
……
僕はてっきり恋の熱が冷めてしまったのかと。君の」
「わぉ。詩的だね。あれ?これ俺口説かれてる?」
マーヴェリックは、涙を拭ってくれた手が頬に移動してくるのをそのままに、やはり、器が大きく優しい青年の労りに、結局は甘えてしまうのだ。その手に頬を擦り寄せた。
「
……
この最終便を逃したら、もう二度と君に恋をする権利を失ってしまうと分かっていたのに、僕はここから動けなかった」
「
……
その気になれば、あんた自分で飛べるだろ」
ルースターは苦笑する。老成したような笑みに、マーヴェリックの胸は締め付けられると同時、あの頃の坊やはもうどこにもいないのだと、ようやく悟った。
「君は意地悪な大人になったくせに、僕にだけ特に意地悪で
……
あまい」
「
……
俺変わってないよ。変わったように見えるなら、それはマーヴの意識が変わったんだ」
ルースターは座るマーヴェリックの視線に合わせるように、そこにしゃがみ込んだ。下から見上げられるその瞳は、確かに変わっていなかった。眼前の青年は、あの頃から今に至るまで、マーヴェリックの愛する〝ブラッドリー・ブラッドショー〟に他ならない。
「マーヴ、それで?俺のこと手放すの?」
「
……
こんないい男を手放すなんて。今更だけど、僕は大馬鹿だな」
マーヴェリックはそう言って、頬を包んでいたルースターの手を取ると、その包帯の巻かれた指先にキスをした。ぴくり、とルースターの指が震える。
「
……
あんたそういうとこ、変に大胆でアンバランスだよな」
そう言って、少しだけ頬を赤くしたルースターは、マーヴェリックの手を取って立ち上がらせる。
「怪我は本当に大丈夫なのか」
マーヴェリックの問いかけに、ルースターは肩をすくめた。
「あんたが心配するかなと思って少し大袈裟に包帯巻いてみた」
「
……
君こそ、そういうとこだぞ」
ルースターは声をあげて笑うと、そのままマーヴェリックの手を引いて繋いだ。繋いだのは、ルースターの小指とマーヴェリックの小指だけだった。
「あんたがもう俺を諦めないように。約束」
マーヴェリックの脳裏に懐かしい過去が蘇る。
必ず行くと言ったブラッドリーの、バースディ・パーティ。キャロルとブラッドリーが用意していたはずのクリスマス・パーティ。連れて行くと約束したはずの遊園地。
任務で約束を反故にしてばかりだったマーヴェリックが、時期を外して謝罪に行くたびに、機嫌を損ねて泣いたブラッドリー少年は、最後にマーヴェリックとピンキー・プロミス──小指の誓いを──立てた。
『次はぜったいぜったいぜったいだからね、マーヴ』
『あぁ。絶対絶対絶対だ、ブラッド。愛しているよ、マイボーイ』
必ず破られるはずの誓いを幾度も立てた聡い少年の小指は、包帯に巻かれていても太く長く、マーヴェリックよりも大きい。セックスをしていたくせに、こんな風に甘やかで幼い繋ぎ方をするのは何年ぶりだろうか。今更に、遥か大きく成長した青年の手と自分の手を見比べて、マーヴェリックは自覚した。
繋いだ小指の先の青年は、意地悪で甘くて、聡くて可愛い、再びマーヴェリックの恋人となる、〝ブラッドリー・ブラッドショー〟という、一人の男なのだと。
とたん、じゅわり、とした熱が、一気にマーヴェリックの体を駆け巡った。
「マーヴ、あんたここまで何で来た
……
、の
……
って、ちょ、
……
っ、んだよ、その、顔っ、」
振り返ったルースターが驚きと共に、動揺の声を上げる。
「っ、こ、の顔しかない
……
っ!」
顔から湯気が立ち昇るかと思うほどに、マーヴェリックは赤くなっていた。隠すように顔を横に向けたとて、今更だ。耳たぶが真っ赤だった。
ルースターは小指の約束を解くと、勢いよくマーヴェリックの手を引いた。
「取り合えず、ウーバー呼んで近くのホテル直行するけど異論ないよな?〝マーヴおじさん〟」
「
……
っ、きみ、やっぱり意地が悪い!!」
敢えて甘えたように、幼い声色でマーヴェリックを〝おじさん〟などと呼んでみせるルースターの手を、仕返しとばかりにマーヴェリックは強く握り返した。
窓の向こう、滑走路の光の中に照らし出されながら、最終便は、翼を広げて夜空を飛んで行く。
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