根兵糖・苺なる新しく開発された根兵糖の味を知る刀はこの本丸に存在しない。全く開封される様子もなく厳重に保管されているからだ。ちなみに小判が大当たりする可能性に賭けて審神者が三回懸賞をした——否、『してしまった』と称するべきかもしれない——結果、全員が貰える副賞だけが本丸に三個分静かに置かれ続けていた。
「使うのがなんだか勿体ない」
というのが審神者の弁である。まるでとんちのようだが特別な品が三個もある、と言えるし、たったの三個しかない、とも言えるのは確かだ。
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「どんな味がするんだろうな、あれ」
自室で疑問を零した刀剣男士が一振居た。名を鶴丸国永と言う。
「あれ、とは何のことだ」
そして彼の疑問に反応してくれた相手は同じ本丸の大倶利伽羅だった。大事な連れ合いでもある。この男が鶴丸の発した問いに反応しなければ、虚しい独り言として空中に消えてゆく所であった。釣り竿に引っ掛かるように大倶利伽羅の返事があったことに気をよくした鶴丸は大きく口角を上げる。そして、わざわざ恋刃の隣に音もなく腰掛けた。
「ほら、新しい根兵糖だよ。苺味だとか言う」
誰も聞き耳を立ててなどいないのにこしょこしょと囁くような声で呟く。大倶利伽羅の眉がぴく、と上がった。
「味が気になる、よりも経験値が欲しいの間違いじゃあないか」
政府からもたらされた広報誌によると、今までに開発されたものとは比べ物にならないほどの経験値を得られると書いてあったことは鶴丸も覚えている。
「確かにあれを食べたら手っ取り早く強くなれるらしいってのは知ってる。でもそれ以上にやっぱり風味が気になるのさ。ただの苺味じゃないかもしれねえぞ!」
一度気になったら好奇心が膨らむのを抑えられないようだった。甘い中に酸っぱさが混じっているかもしれない、炭酸飲料のように刺激的かもしれない……彼の想像がとめどなく流れ、溢れてゆく。
「それで、出来ることなら味の感想をきみと共有したいものだな」
大倶利伽羅のまなこは微風が吹いたようにわずかに揺れた。とって予想外の台詞だったらしい。今なんと言ったと聞き返す代わりに、金を帯びた鶴丸の双眸を刺すような視線で射貫いてきた。雪のように透き通った美麗なまつ毛がぱちぱちと動く。その些細な仕草さえ大倶利伽羅を惹き付けている事実に鶴丸本刃だけが気付いていない。
「一粒の根兵糖を半分に分けて食べたら経験値はどうなるんだ?」
無言だろうがリアクションを投げてくれたことには変わりないので、今度は大倶利伽羅の肩を掴んで小さく二、三度揺さぶった。
「……さあね。俺は知らん」
「やってみようぜ」
揚々と持ち掛けた提案にも帰って来るのは静寂ばかりだ。木々がざわめく音が響く。
「鶴丸。同じ味を共有することに、何故そこまでこだわる」
経験値を分けるなんて突飛な発想は考えずひとりで食べればいい。そういう風に開発された便利な道具のはずだ、と丁寧に説いた。鶴丸が首を捻ったのち、彼の形のいいくちびるを開いた。
「うーん、きみとの特別な思い出を増やしたいからかな」
今後再び配布されるか不明である特殊な代物を並んで口にすればその味に驚くことになりそうだし、記憶に深く刻まれることとなるだろう。せっかく人の身を得て生活しているのだから、一つでも多く輝かしい思い出を作り出したい。自分の話題が出て面食らったのか、大倶利伽羅は無言のまま頬を掻いた。
「……それは別に他のものでも作れる」
本来ひとり分であるはずの根兵糖を分けたらどうなるか予想がつかない。まるで黒い靄のようだ。時の政府の世話になるほどのバグが起きても主人達を困らせてしまう。
「そもそも、あんたは主から根兵糖を貰ったことがあるのか」
「ない!」
わざとらしいぐらい自信満々な態度だ。どこからその自信がみなぎるのだろう。対照的に大倶利伽羅は軽く項垂れた。——そう、二振とも根兵糖を口にした経験がない。新入りの戦力強化のために用いることが多く、いわゆる古参に当たる彼らにはちょっと縁がなかった。
「なら、『やってみよう』などと言うな」
はー、と重い溜め息が床に落ちる。呆れられたか、と思いきや続いた言葉は鶴丸にいい驚きをもたらすものだった。
「あんたの言う思い出作りとやら、違う方法を思い付いたら教えろ」
違う内容ならば構わないのか。なるほど、と気付いた途端にやけ笑いが止まらなくなった。ふふ、ふふふと笑い出したので大倶利伽羅がぎょっとしている。
「それ、何個でもいいのかい」
「は?」
鶴丸の疑問に対してすげなく返された。何を言ってるんだと金の瞳に書いてあるようだった。
「思い出作りの案だよ。伽羅坊としたいことなら多分いくらでも浮かぶぜ。きみが辟易するぐらい案を出してやる。全部やろうぜ」
毎日一個ずつやるのもいいな、と考えると胸が高鳴る。
「全部は無理だ。鶴丸のことだから無茶が一つや二つ……いやもっとあるだろう。一応精査させてもらうぞ」
自分もやることなのだから、と真剣に訴えかける様子におかしみを覚えた。しかし、鶴丸とて少しは譲れない領分がある。
「えー、現世に遠征してバンジージャンプとかもしたいんだが」
大倶利伽羅が高い場所を厭うているとは耳にしていない。ならば大丈夫だろうという判断だった。長い長い沈黙が二振をもうもうと包んでゆく。
「…………考えておく」
鶴丸は礼の言葉を伝える代わりに恋刃の手のひらをぎゅ、と掴んだ。拒否されなかっただけでも御の字だ。
「なんだか今から心が逸ってきたなあ」
なんだか皮膚がむずむずする。痒いと言うよりも興奮が体を駆け巡っているの方が近かった。
「手合わせするか、伽羅坊」
体の内側から煮えたぎるような熱を持て余すのは実にもったいない。手っ取り早く発散するにはこれがうってつけだった。加えて、今このときの熱を分かち合うならやはり彼相手がいい。
「望む所だ」
先ほどは渋っていたが手合わせには前のめりだ。そう来なくっちゃ、と鶴丸は部屋中に響くほど高らかに笑った。道場に空きがあるかどうか確かめに行かなければ。
「よし、じゃあ今すぐ行くぞ」
掴んだままだった褐色の手のひらをそのまま引き寄せ大倶利伽羅をいざなうのだった。
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