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ngr_ps21
2026-07-01 15:59:48
4813文字
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参将シリーズ
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不信を信ずるⅠ
参将シリーズ1話目
全てを信じられない参🎈×全てを信じる将🌟のお話。
※縦読み推奨
1
全ての罪は、白日の下に曝された。
貴重な黒い油に手を出そうとした。手を出す為に森の民との関係を歪ませようとした。歪ませる為に様々な画策をした。元凶である大臣は、然るべき罰によって裁かれた。しかし、だ。男一人の処罰だけで事態は収まらない。大臣の画策で暗躍した者がいたからだ。裏で手を引いた。手を引く為に嘘を付いた。──そうして彼自身、全てを疑った。
部屋、と辛うじて呼ぶことの出来る一つの牢。その中は暗かった。否、暗がりでも目の利く自分には無関係だけれど。それに、見えたところで意味がない。この一室に存在するのは目の前の檻。手首を繋ぐ鎖。ただそれだけなのだから。
小さく息を吐く。無意味な世界に目を閉じよう。瞼を閉じれば、今度こそ何も見えなくなる。味気ない世界に幕を閉じよう。閉じた瞼、裏に浮かんだ一つの微笑には見ないふりをして。あぁ何て愚かな。誠に厄介だ! 視界を閉ざしても、明るい陽だまりを浮かべてしまう人間の浅ましさたるや。自分は、この私は、その全てを疑う。自分には決して持ち得ないモノとして。世界に存在しないモノとして。拒絶と疑心が、嘘に塗れた体を奮い立たせる。罪は白日の下に曝された。今しがた瞳を閉じた一人の男の白い項も、数日も経たずにきっと
「参謀。私の下で働け」
眩し過ぎる。
強い光に照らされたように感じて、何度か瞬きをした。滑稽にも、瞬きを繰り返してから漸く分かる。光なんて無い。存在するのは変わらず薄闇と
……
それから、檻の向こうに立つ将校の姿だった。
大臣の陰謀を止めた一番の功労者にして、あらゆる民たちにとっての
星
スター
。噂によれば、先の一件で功績が称えられ昇格したと聞く。
つい先日まで毎日合わせていた、年齢に伴わずあどけない顔。影の中でも分かるきらきらとした金の髪。淡桃に色付く毛先を辿ってゆけば、真っ直ぐなアプリコットの
……
慌てて首を横に振る。強い色を捉える前に、一気にすとんと視線を落とした。凛と揃えられたつま先が映る。
沈黙。逡巡。氷点下。嘘と疑心と嘲笑。
「さして面白くないご冗談も仰るのですね。尤も、将校殿の発言が面白かったことなど一度もありませんが
……
それとも私の聞き間違いでしょうか?」
「
……
やっと口を開いたと思えば嫌味か。聞き間違ってしまったのなら何度でも言おう。私の目となれ、参謀」
何と聞き間違いではなかった。
二度目は表現を変えたようだったが、それ即ち「自分のものになれ」を意味することに変わりない。
彼は、大臣のモノであった参謀を自分のものにしようとしている。
「首が落としても、舌を噛み切っても眼球は残ると思いますが。どちらがお好みですか?」
「話を聞いていたか? 処刑や自決などせず私の隣で生きろと言ったのだが」
「奴隷として? 道具としてでしょうか? 同義でしたね、ふふ
……
あぁそれとも、私を性の捌け口にでも」
「参謀!!!!」
低い声が響く。びりびり。鳥肌を立てるように、檻が震えて。視界の隅で蜘蛛が壁を這い逃げてゆく。何故だろう。ひどく、胸が焼けそう。
将校が怒りを顕にするのも当然だ。参謀が並び立てた言葉は、自分にとってあまりに眩しい彼にはどれも遠いもの。低俗な行為をするのだろうと嘲笑うのは、誇り高き魂を軽んじることに等しい。
たとえ言葉だとしても、尊厳を踏み躙られたらそれは誰でも怒──
「自分の尊厳を踏み躙るな!!」
「
……
は?」
数秒。
怒気のままに吐き捨てられた言葉を拾うのに時間が掛かる。誰が。誰の尊厳を。だって? 将校の尊厳をこそすれ、自分の尊厳に泥を付けたつもりは無いが。
「自分の存在を、そんな扱いしてくれるな。私は
……
お前が、お前のままでいられるよう生かす」
「私が、私のままで」
は、と。
思わず乾いた笑みが漏れた。それはもうからからだ。砂漠に吹いた風が喉に絡まり、咳き込むが如く。参謀は笑った。勢いで本当に噎せてしまいそうだった。
胸が焼ける。熱い。しらない。いたい。
「私が私のままであることを望むのなら、将校殿は私を殺すべきだ」
「参謀。私のことを信じられないのは分かるが」
「信じられないのではない、疑っているのですよ」
「疑ってなどいないだろう。信じられないだけだ」
「貴方の脳内は、そんなにお花畑でしたか」
「ならば何故、私の目を見ない」
将校の言葉に思わず微かに肩が跳ねた、と同時、舌打ちを零しそうになる。小さな動揺でさえ、見せるべきではなかった。相も変わらず、視界には綺麗なつま先だけが映っている。
参謀の反応に、将校は「ほらな」と責めるでもなく、小さく息を吐いた。
溜息、ではなかった。
それはまるで、大切な人を慈しむような。
……
なんて、何故感じてしまったのだろう。再び首を横に振る。
「物事を疑う時は、対象を真っ直ぐ見据えて逸らさない。基本だな。目を外してしまっては、多くの嘘を見逃す」
彼の声が近づく──彼が膝を折り、こちらと視線の高さを合わせたのだ。
布擦れ。髪の揺れ。声。全てが、鼓膜の奥で囁く。
「私の目を見てくれないか、参謀」
「
……
」
「お前の目が見たい」
優しい大人の頼み事のようで、小さい子どもが捏ねる駄々のようだった。
顔を上げてはいけない。
そんな意思は、将校の意志に簡単に負けてしまう。果たして自分はこんなにも弱かっただろうか。全てを疑う。全てが嘘だ。せめてと心の中で唱えながら、ゆるり。顔を上げる。
月を迎えに来た、一等星があった。
(
……
あぁ、そうだ
……
)
他人事のように思い返す。
冷静で誠実で真面目で強く。強いからこそ、感情がほとんど面に出ない人だが
……
その瞳に心の全てを浮かべるひとだった。隠すのは容易い。消すことだって、やろうと思えば。けれど将校はいつだって、参謀の前でそれをしなかった。
一等星は告げている。信じてくれ。お前を信じている。すぐにとは言わない。すぐには無理だと分かっている。だからその時まで永遠に、正しくお前を信じ続ける。
(ちがう)
それでも尚。
心の中で異を唱える。視線を外すのは今更だ、もう逃げない。しかし疑え。疑い続けなければ。この世の真実を呪い続けなければ居られない。
参謀は、将校の信用に立ち向かう。
「
……
それで? 私と目が合って、何かお心変わりましたか? ロマンスさながら、恋にでも落ちましたか」
「そうだな。そうかもしれない」
「
……
」
「
……
やっぱりお前を、そばに置きたいと思ったよ」
緩まない口元から、紡がれる言葉が微笑んでいる。
「参謀は、あらゆる全てをすぐに信用はしなかったな。私を欺いていた時から」
将校から飛び出す「欺く」という名の罪。しかし罪状の質量とは裏腹、声色は軽かった。
「当たり前でしょう。すぐに何かを信じる人間など、脳が真綿で出来ているか、馬鹿と紙一重の正直者か、ただの馬鹿だ」
「何も二回も馬鹿と言わなくても」
「自分のことが二回も呼ばれて嬉しくなりましたか」
「少し元気になったようで何よりだ」
押しても軽んじても躱される。何の気まぐれか知らないが、参謀としては早く命を散らそうと哀しくもないこと。神経を逆撫でることで「やはり処刑する」と意見が変われば良いのだけれど。
……
どうやら将校は、一向にその選択を取らないらしい。
視界にすら無い、とでも言いたげだ。
「話を戻そう。お前は『信じない』ことが得意だ。酷く寂しい事実でもあるが
……
一方でその不信に、私は助けられてきた」
「
……
貴方を?」
「そうだ。例えば一つ。参謀の『完成したあの井戸、まだ完全ではないかもしれない』という言葉で調査をしてみれば、井戸には小さな亀裂が入っていた。あのままでは、いつか崩落して誰かが怪我をしたかもしれないな。例えば二つ。私の味方として振舞っていた時の『現在の防衛体制は、身を委ねる信用に値しない』という言葉で戦略を変えた。誰もが有利な戦況で安堵していたにも関わらず、だ。参謀だけが不信を怠らなかった。私たちの命を、暮らしを、助けたんだ」
顔を顰める。何を言うかと思えば。やること為すこと全て「大臣のため」という理由を懐に潜めて行ったことではないか。将校や民の信用を勝ち取るためにした、他に理由は無い。無いのだ。他に理由など何も。
「将校殿。崇高な夢を見るのは、私の体に毒です。これが仕返しや罰の類であるのならまだしも、私の為を思うのであれば
……
」
「まだある。例えば三つ」
尚毒を撒き散らすか。流石に目の前で舌でも噛み切れば、慌てて話を止めるだろうか
……
と考えて。
「私たちの目の前で盛大に転んだが、『大丈夫』と笑った子どもがいた」
「!!」
再び、言葉を失った。
心の乾いた部分に、ぴきり。ヒビが。割れて、痛む。痛みに泣き出す。乾いた部分が潤うような心地に陥ってしまう。嫌悪で吐き気がした。流れ落ちた涙で渇きを慰める人間になりたくはない。
柔らかな声色は続ける。
「本人が『大丈夫』と言うのならと、私たちは一度その場を後にしようとしたな」
「
……
もう黙ってください」
「けれど参謀はすぐに立ち止まった。『あの子は〝大丈夫〟でないかもしれない』と。然程遠くない距離を戻れば
……
その子どもは、転んだ場所から一歩も動かず泣いていた」
「違う」
「あの時子どもの元へ立ち返って、お前に何の得があったと言える?」
「全部、全部虚構だ。虚像なのですよ、将校」
大袈裟に、胸へ手を当てた。アプリコットの光が一筋、差し込んだ語り部は、数行語ることを許される。
「いいこと。わるいこと。私の天秤は貴方にあった。ええ認めましょう。貴方にとっての『いいこと』を私は利用し、付け入った。大臣の目論見を大成させるため
……
私はあの方の犯した大罪。そのものの形をしているのです。しかしそうなると分かっていて、私は動いた。当然あの方のことも疑っていましたよ。最後は駒のようにうち捨てられるとね。分かっていました。分かっていましたよ。あまりにも明瞭に見えた。だからこそ、ここで果てる結末が私の
運命
ほんとう
。唯一の真実なのです。
僕
・
には、それだけが信じられる」
──参謀。
それでも呼ばれる。再び、名前でも無い四音。
語り部の役割が終わった。代わりに舞台に立つは主人公に相応しき軍人。英雄──星。
「真実なら、ここにもある。私が証明して見せる」
そして。
「お前のその不信を、私は信じ続けるよ」
***
「あ
……
かる、い。まぶしい
……
」
「自業自得だ。『檻の内の明かりは消してくれ』と駄々を捏ねたのはお前だろう」
ぐうの音も出ない。その通りだ。牢を薄闇で満たしたのは参謀の一声。将校は参謀が監獄の内にいる間、寝食滞りないよう手配していた。ひとまず普通に生活をして待っていろと。しかしそれでは落ち着かない参謀が実行したささやかな抵抗が、「部屋を暗くしてくれ」だった。
お陰様で、地上階に上がり、室内灯を浴びただけでこの有様である。
「ほら。この程度の明るさで苦しんでいられまい。外に出るぞ」
「
……
何の、ご用件で」
「散歩だ」
「幼子の嫌がらせのような刑罰であれば、今すぐ、止めていただきたい。直ちに」
苦言に、将校が今日初めて口元を緩めた。何が可笑しい、何が
……
胸中を不満で埋めることで、他に湧きあがりかけた感情を外へ追いやる。今は一切知りたくない。自分の中で生まれる感情を。
「嫌がらせなんかじゃないさ」
何にも期待しない。
「これからお前が生きる世界のことだ。直接見ておかないとだろう」
何事も疑う。
「大丈夫。私がずっと一緒にいる」
光が、貴方の色をしていてどうしようもない。
参謀は、白日の下にさらされた。
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