2026-06-30 19:37:47
4921文字
Public 小説(pixiv公開済)
 

桃もモモもももんがも

イケハニ星願2026無配②
つきあってるユキモモ。待望の初夜のはずだったのに、モモがももんが(ぬいぐるみ)になってしまった……!
ももんがバースというかあにまりっしゅバースというかぬいぐるみバースというか、バースというほどでもなく。
ももんがかわいいゆきりんかわいい、の気持ちだけで書いた一発ネタです。

 モモがももんがになった。
 モモンガじゃない。ももんが、だ。

 ももがももんが。モモガモモンガ。字面も語呂もおもしろかわいすぎて、こんな状況、こんなタイミングでさえなかったら、僕はもうアイドルNG(モモ談)の白目モードで笑い転げてしまうところなんだけど。

 ――こんなタイミング。

 仕事中に起きたなら、大いに困っただろうし、大騒ぎになったことだろう。しかし幸か不幸か、ことが起こったのはオフタイム。それも、ふたりだけの、いちばん大切な夜。
 僕とモモの、初めての夜のことだったのだ。

    ☆     ☆     ☆

「これ、やっぱり、ももんが……だよね」
 柔らかな白と黒のツートンカラーの毛並。ちんまりとてのひらに乗って僕を見上げる目は、こぼれそうなほどに大きく、丸く、しっとりと潤んでいる。指の先でそうっと頭を撫でると、尻尾がふるふると揺れた。
 エイプリルフールに発表された、アイドルの特徴を取り入れた動物をメンバー同士で考案するという企画。
 僕はモモを、モモンガに見立てた。かわいくて、勇ましく空を飛びまわって、……あと、そうね、正直に言います。やっぱり、名前が決め手。正直というか安直な話。
 一方のモモが僕のイメージとして選んでくれたのは、トナカイだった。誕生日からの連想と、前に僕が描いたトナカイの絵がめちゃくちゃラブリー(モモ談・その二)だったから、らしい。
 僕のことはいい。とにかく、モモがももんがになった。
 恋人になってから初めての、ふたり揃ってのオフ。心と身体の準備も万端、いよいよ、という夜。ベッドの上で、ふたりともに一糸まとわぬ姿になり、ゆっくりと抱き寄せた、刹那。
 ――ぱふん。
 腕の中のモモが、ふわふわもこもこ、ぬいぐるみのももんがになってしまったのだ。
「なんで? もしかして、モモ……本当は、嫌だったの?」
 頭のてっぺんをちまちまと撫でながら問いかけると、モモ……ももんがは、紅玉みたいな瞳をきらきらと光らせて、口を開いた。ちっちゃな牙がちらと覗く。夜の空気を震わせて、ぴゃ、とも、ぷゎ、ともつかない鳴き声が響いた。
「モモ?」
「ぷゃ!」
「モモ……?」
「ぴぅ?」
…………
 はあ、とため息をつく。意思の疎通は難しいようだ。というか、ももんがに人間のモモの自我はあるのか、ないのか。
 ふわふわの小さな体を、そっとサイドテーブルの上に降ろす。深夜になり、少し冷えてきた。風邪を引く前に服を着よう。
 ももんがは、大人しくテーブルに乗せられて、パジャマを着る僕をじっと見つめていた。僕の着替えに釘付けになるこの感じは、すごくモモっぽい。
 喉元までボタンをかけ終えたところで、微かな音がして、目を動かす。置きっぱなしだったモモのスマホを、ももんがが白い手? 飛膜? で、たしたしとタップしていた。器用だな。
 画面を覗き込むと、僕とモモのラビチャのやりとりが表示されている。少し前、モモがソロ仕事の街ロケに行った時の会話だ。

『ねえユキ、知ってる? 大好き! の気持ちが高まりすぎると、ぬいぐるみに変身しちゃうんだって』

「あ……
 思わず声が出る。そうだ、こんな話をしていた。

『なにそれ。瑠璃さんの少女マンガ?』
『ううん。ロケ先のぬいショップで聞いた話。最近の都市伝説らしいよ。それで、変身するならこの姿、って決めたぬいぐるみを恋人にプレゼントするのが流行ってるんだって』
『えぇ……なんか怖い』
『なんでー。大好きで、愛されたくって、ただひたすら愛されるだけのぬいぐるみになっちゃうんだよ。ロマンチックでかわいいメルヘンじゃん』
『メルヘン? ホラーでしょ。一方的にそんな思い込まれるの』
『ホラーじゃないし、一方的でもないから! ぬいぐるみになるのは両想いが前提だし、それに元に戻るために必要なのは、』
『モモ?』
『ごめん、スタッフさんに呼ばれた! あとで話すね』

 次のラビチャは、翌朝に飛んでいた。この日の夜に、ロケから戻ったモモと事務所で会い、話の続きはそこで聞いたのだった。
 ――大好きで、愛されたくって。
 モモは、嫌だったわけじゃない。逆に、僕のことが大好きすぎたがゆえに、今まさに結ばれるという瞬間、愛を享受するだけの存在であるぬいぐるみになってしまった、ということか。
 ふふふ、と声が出た。あまりのいじらしさに、そんな場合じゃないはずなのに、頬が緩んでしまって仕方がない。
 と、視線を感じた。スマホの横にぽってりと座ったももんがが、ルビー色の瞳をきらんと光らせ、何か言いたげに僕を見ている。
……あー、ええと。そうだ、元に戻る方法だよね。大丈夫、モモが話してくれたことはちゃんと覚えているよ」
 おぼろげな記憶をたぐり寄せる。岡崎事務所のソファで、隣に座ったモモは、届いたばかりのももんがぬいのサンプルを両手で包み込むように持ち、僕の耳に口を寄せて囁いた。

 愛されたい心がじゅうぶんに満たされれば、元に戻れる。
 愛して、愛しあって、身も心もひとつになればいい。
 かんたんでしょ? だって、……恋人同士なんだから。

 そう言ってはにかむように笑ったモモは、実にかわいかった。しみじみと反芻しつつ、あれ、と疑問が頭をもたげる。
 心をひとつにする、はわかる。だけど、身をひとつにする、が、その、そういう意味だとしたら。どうすればいいんだ?
 途方に暮れつつ視線を落とせば、純真で無垢な、しかし絶妙に感情の読めないももんがの瞳が、立ち尽くす僕を映し出す。
 この子と僕が。ぬいぐるみと人間が。身も心もひとつに。
 ……やっぱり、ホラーだろ。

    ☆     ☆     ☆

 シャクシャクシャク。ダイニングテーブルの上で、リズミカルな音を立てて林檎を食べるももんがを見守る。
 自分の体よりも大きな林檎にしがみつき、ひとくちずつかじってはシャクシャクと咀嚼する愛らしい姿にほのぼのと和みつつ、僕は――僕自身は、少しばかり切なかった。
 明日のオフは、モモの身体をいたわりながらゆっくりと過ごすつもりで、僕なりに準備をしていた。そのひとつ、栄養たっぷりの自家製ももりんを作るために用意したフルーツかごから、林檎をひとつ手に取って差し出すと、ももんがは目を輝かせて飛びついた。お腹、空いていたんだろうな。午後からこっち、差し入れの焼き菓子をつまんだ他には、何も口にしていなかったから。
 初めてで不安だから、その、ばんごはんは後にして欲しいんだ。
 真っ赤な顔で、恥じらいながらそう言われた時は、すぐにでも抱き、……抱きしめたくて、たまらない気持ちになったっけ。
 つい漏れてしまったため息を聞いてか、顔を上げたももんがが、問いかけるようにこてんと首を傾げる。苦笑を押し隠し、背中を撫でてやると、安心したようにまた林檎にかぶりついた。一連のあどけない仕草が、たまらなくかわいい。ももんがは、かわいい。モモは、かわいい。モモとももんがが合わさり、無限にかわいい。かわいい……けれど、今夜は、本当は……僕は、モモと、……
 ――シャクシャクシャク。カリカリカリ。
……ん」
 テーブルに肘をついて座ったまま、少しうとうとしてしまったらしい。半ばだけ覚醒した耳に、シャクシャクシャク、から今度はカリカリカリ、という音が響く。種でもかじっているのかな。あのちっちゃい牙で、なんでもかじっちゃうんだな。ぬいぐるみなのに、牙だけは本物(?)なのが面白い。モモっぽくて良いな。惚けた思考のまま、つらつらとそんなことを考えていると。
 ふと、音が止んだ。
 部屋がしんと静かになる。やがて、ふすふすと歯から漏れるような息づかいが聞こえてきた。
 胸騒ぎがして、瞼を開く。ダイニングテーブルの上、ももんがは、丸まった白黒のかたまりとなって、動かない。いや、微かに動いている。ぴくぴくと痙攣するように身を震わせて。
「ももんが……?」
 急いで両のてのひらですくいあげる。ぴゃぅ、と力無い声とともに、ころんと転がり落ちたのは、かじりかけの種の殻だった。先ほどまで、食べながらつぷつぷと吐き出していた林檎の種じゃない。大きな桃の種だ。
 聞いたことがある。桃の種に含まれる成分には、体内で青酸を生成させるものがあって、人間が多少口にするくらいならば問題無いが、身体の小さな生き物は命を奪われることがあると。
「え、だって、ぬいぐるみなの、に……
 ぬいぐるみだけど、林檎を食べた。桃を食べた。僕のてのひらには、確かな温もりがある。生きている。ももんがは、モモだ。
 ぐったりと僕の手に身を預けたちいさな体、あたたかな体が、小刻みに震えて、少しずつ温度を失っていく。まんまるの目が、いまはぎゅっと閉じられて、林檎よりも赤く輝く瞳は見えない。どうしよう。この目が、もう二度と開かなかったら。そうしたら、ももんがは、モモは。
「もも……ももんが……、モモ、駄目だ! 僕は、もも、が」
 ――大好きだ。モモが、大好きなんだ。
 大好きすぎて? 愛されたくて? それは僕のほうだ。ずっと前からそうだった。僕の愛するモモ。僕を愛してくれるモモ。

 失いたくない。
 もっと愛したい。
 もっと愛されたい。

 不意に、無重力めいた浮遊感に包まれた。ぐん、と視点が沈む。急いでパジャマの襟ぐりから抜け出し、椅子の背もたれを後ろ足で蹴って、ぽよん、と卓上に着地した。己の体を見下ろす。
 すべらかな銀灰色の毛。まるっこい手足。モモが僕をなぞらえてくれた、トナカイ――の、ぬいぐるみ。ゆきりんだ。
 テーブルの上をぽてぽてと走って、倒れているももんがに駆け寄り、抱き起こす。もも、と呼びかけた声は言葉にならず、ぺぅ、みたいな音だけが漏れた。あ。これってモモンガ語じゃなくて、ぬい語だったのか。あにまるの動画PVでずっとこういう感じのSE、もとい鳴き声が聞こえていたのを、今さらながら思い出す。
「ぴゃ……ぴ?」
 腕の中で、ももんがのかぼそい声がした。ゆき、りん? って、確かにそう言ったのがわかった。ふわふわの体で、ふわふわの体を抱きしめる。強く。もっと強く。
「ぺゃ、ぴゃぷ」
 もう、心配はいらないよ。
 抱きしめて、抱きしめて。白黒と銀灰色の毛並が、愛してる、愛されたいって気持ちが、混ざりあってひとつになるように。
 至近距離で、ももんががぱちぱちとまばたきをした。ほんわりピンクのまんまるほっぺが、朝焼けみたいな赤に染まる。
 どこからか降りそそぐあたたかい光に包まれ、やがて眩しく、目を開けていられないほどに輝いて――

    ☆     ☆     ☆

――ユキ。ねえ、ユキったら。ユーキっ」
「ぺゃ……?」
 ゆっくりと、目を開ける。
 カーテン越しに降りそそぐ、柔らかな陽射し。朝の光に輪郭を縁取られて、テーブルの向かい側に、モモが座っていた。
「ふたりで一緒に寝落ちしちゃったね。オレも、ユキも、今日のオフのために頑張りすぎて寝不足だったから」
「寝落ち……え、夢……? もも、ん……
「うん」
 肯定でも否定でもない、短い応答。モモは、にこにこと笑って、手の内側に握った何かを、コイントスのように指で弾いた。
 宙に放物線を描く、かじりかけの種。
 ぱっとまた握って、手の中に隠し、身を乗り出す。触れそうなほどに顔を寄せて、桃と林檎の香りを残した吐息がそっと囁いた。
「ゆきりん、イケメンだったよ」
……ああ、まあ」
 そうね、と呟く。ぽよぽよの手足で、ぺゃぺゃの声で、あいつは頑張った。
「でもね、モモ。人間の僕は、もっとイケメンになれるよ」
 そう言って、桃の種を隠した手をぎゅっと握りしめると、モモの瞳が紅玉みたいに――ももんがみたいに、きらきらと光った。

 桃も、モモも、ももんがも。握りしめて、抱きしめて。
 ただひたすらに、愛してあげる。
 ただひたすらに、愛されてあげる。



 〈Fin〉