六花
2026-06-30 00:14:35
3106文字
Public アークナイツ:エンドフィールド
 

やさしいあなた

ポグ管♂。ビアード・パパコラボのポグおじにだいぶ夢見ていたんだと思います…(記憶が曖昧)

その日の管理人はひどく疲れていた。
やらなければいけない事が山積みであり、休暇などほぼないに等しい。その為か、疲労が溜まっていた。
だが、ここで立ち止まる訳には行かない。まだまだタロⅡには、色々な困難があり、それを一つ一つ丁寧にこなしていけねばならないのだから。
管理人が自室でどうにか、休暇を半日だけ貰った。それでも、まだまだやる事は多い。のろのろと管理人は、書類に目を通す。だが、文字は頭に入ってこない。
深呼吸を一つした。
「管理人、今、いいだろうか」
「ポグラニチニク……ああ、大丈夫だよ」
「休暇を取っていないと聞いて、邪魔をするつもりはなかったのだが、心配で来てしまった。甘い物はどうか、と思った。もし、いらないのならば、捨てればいい」
ポグラニチニクの寄越したものは、シュークリームだった。
あまりに似合わない組み合わせに、管理人は不思議に長身のポグラニチニクを見つめてしまう。
「いや、私の好物ではなく、押し付けられたというのか……とにかく、疲れた時には、甘い物だと思って買ってきたと言うべきか……
「ありがとう。助かるよ」
「ハーブティーを淹れよう」
「そこまでしてもらう訳にはいかないよ。ポグラニチニクは僕より年上なんだし、そんな雑用みたいな事を任せる訳には」
「管理人、たまには甘える事も必要だという事を覚えておくといい」
彼の言葉に甘え、シュークリームと温かなハーブティーが用意される。シュークリームは既製品であるらしく、たっぷりとしたカスタードが入っている。
管理人は、それを一口、ぱくりと食べる。
口内に広がる甘さは、それだけでも十二分に管理人の疲れた身体に染み渡る。
「凄く美味しいね」
「口にあってなによりだ。まだあるから、たくさん食べればいい」
「うん、本当にありがとう」
「それより、せっかくの休暇だというのに、私が訪れて邪魔ではなかっただろうか?」
「そんな事はないよ。むしろ、助かるよ」
管理人は気遣いの出来る余裕は流石だなぁ、と妙に感心してしまう。シュークリームを食べていると、心が安らぐし、ハーブティーもまた美味しい。
ついつい食べすぎてしまう。
「管理人、口の周りにクリームが。失敬」
ポグラニチニクが管理人の口の周りについたクリームを拭いてくれた。いつだって紳士的で、それでいながら、自分の身を案じてくれる。
本当にありがたいと思う。
「ありがとう」
「もっと君は私を頼るべきだ。なんでも一人で背負い込んで、それでは君が潰れてしまう」
「シュークリームみたく?」
「その指摘は合っている。まだ仕事は残っているのだろうか?」
「うん、少しだけど。でも、もう明日に回そうかなぁ、って……
甘い物を食べたせいなのか、それともポグラニチニクの優しさが染みたせいなのか、ひどく眠たい。両方な気がした。
「では、管理人。私が君が寝るまで傍にいよう。甘い物だけでは疲労はとれない。君は唯一無二なのだから」
「それはポグラニチニクにとっても?」
源石ミッターを外し、管理人はイタズラ心で聞く。からかいではない。ただ、確かめたかったのだ。管理人とて、愚かではない。だが、時々思うのだ。自分の存在価値だとか、そういったものを。もし、自分がただのタロⅡの住人だとしたら、誰も優しくしてくれない。そういった感情もあった。
「ああ、君は唯一無二だ。例え、管理人が管理人ではなくなるとしても、私は君に、好意を持っている」
「それは嬉しいな。でも、時々思うんだけど、僕は管理人という立場を……ううん、ごめん。言うべきじゃない、こんな事は……
逡巡した末に管理人はベッドに身を横たえた。口に出してしまえば、それは呪いになってしまう。もし自分が管理人じゃなくなれば、きっと、誰も相手にしてくれない。その怖さはついて回っていた。
本音を言ってくれた方が有難い。
それに時々は管理人ではなく、自分という人間を見てほしい、と思ってしまうのだ。
「あの、ポグラニチニク」
「眠れないようであれば、私が傍にいよう。何の役にも立たないが、それでも、離れたくない……私もだいぶ、甘くなったものだ」
全部を言わなくても分かってくれる存在が、どれほど有難いか、ポグラニチニクは知らない。
「図々しいお願いをしてもいいかな?」
「なんなりと」
「僕が眠るまで、少し喋っていて欲しい。なんでもいいんだよ。おとぎ話でもいいし、日常の事でも構わないから」
流石に、これは我が儘がすぎただろうか、と思えば、ポグラニチニクはおとぎ話を始める。心地の良い低音が眠気を誘う。
おとぎ話の途中で管理人は寝てしまった。
ポグラニチニクは余ったシュークリームをしまい、管理人に温かなブランケットをそっと掛けた。
そして、静かにその寝顔を眺める。この細くて小さな身体に、未知の能力が宿っているとは信じがたい。管理人の記憶はまだ浅く、思い出すのはごく最近のことばかりだと聞いていた。それはきっと、心細いことだろう。
この場を離れるべきか——ポグラニチニクは一瞬考えた。
しかし、疲労の色濃い管理人を一人にしておく気にはなれなかった。メディカルチェックでは異常なしと言われても、彼が背負うものはあまりにも大きい。せめて、自分がその半分でも軽くしてやりたい。……いつから、自分はこんなに甘くなったのだろう。ポグラニチニクは自嘲めいた息を小さく吐いた。
管理人は穏やかな寝息を立てている。あたりをもう一度静かに確かめると、彼はそっと身を屈め、管理人の額に唇を落とした。
柔らかく、ほんのわずかな温もりだけの口づけ。その瞬間、管理人の胸の奥で、どくん、と大きな音が鳴った。……え?意識の端に残っていた眠気が、一瞬で吹き飛ぶ。
額に触れた温かく乾いた感触が、じんわりと熱を帯びて広がっていく。
心臓が急に速くなって、息が詰まる。
シュークリームの甘さなど比べものにならない、ずっと優しくて、ずっと甘い感触。どういう……意味……?聞きたいのに、声が出ない。
体が小さく震えて、指先がブランケットを無意識にぎゅっと握りしめる。
嫌じゃない。むしろ、心地よすぎて怖いくらいだ。
こんなに優しく触れられたことなんて、いつ以来だろう。
いや、こんなふうに「特別に」思われたことなんて、あっただろうか。ポグラニチニクはまだ何も知らない。
管理人が、うっすらと意識を残したまま、このキスに気づいているなんて。額へのくちづけは、信頼と友情と祝福と、守りたいという想い——そして、静かな親愛。
きっと、それらすべてを込めて。ポグラニチニクは管理人の部屋を静かに後にした。
寝ている管理人に、心の中でそっと願う。
どうか、安らかな休日でありますように。しかし、管理人はもう眠れなかった。胸が熱い。
額に残る感触が、じんわりと体全体に染み渡って、頰まで火照ってくる。
ドキドキが止まらない。
あの低くて優しい声で「おとぎ話」を聞かされたときより、ずっと心臓がうるさい。……どうしよう。ブランケットを顔まで引き上げて、
管理人は小さく丸くなった。
嫌じゃない。
むしろ、もっとこの温もりを味わっていたい。
でも、もしこれが「管理人」じゃなくて「自分」に向けられたものだとしたら……?そんなことを考えながらも、疲労はゆっくりと瞼を重くしていく。
結局、管理人はブランケットに包まり、
まだ熱の残る額をそっと指で触れながら、
甘いざわめきを抱えたまま、再び深い眠りへと落ちていった。優しいポグラニチニクからの額へのくちづけは、シュークリーム以上に、甘かった。

了。