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4wsdig
2026-06-29 12:09:51
1606文字
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昔馴染みに期待してはいけないいくつかのこと
片想い火村と無自覚に火村を振り回すアリスの話
夕陽丘のマンションに泊めてもらうことは珍しいことではない。
学会帰り、警察帰り、大阪でのフィールドワークの最中と泊めてもらう理由はさまざまだが、今回は直近のフィールドワークに不参加だった助手へ事件のあらましを語って聞かせるためにこの部屋を訪れたのだった。もちろん、ウイスキーという手土産つきで。
いわゆるダイイングメッセージの遺された殺人事件に推理作家は大層興味を惹かれたようで、最後の方は身を乗り出すようにして話に食いついていた。こういうところは、助手として事件に帯同する前からちっとも変わらない。
酒盛りついでの事件報告と近況報告がお開きになって寝室へ消えるアリスを見送り、リビングの電気を消してソファに横になったのは深夜二時頃だったと記憶している。現在時刻は午前九時、夜型人間とはいえ家主を起こすにはちょうどいい塩梅だろう。
数度ノックしても返事がないので、そのままドアを開けて寝室に足を踏み入れる。これもまた珍しいことではない。
「アリス、そろそろ起きろよ」
ベッドの上に行儀よくおさまっている家主に声を掛ける。朝起きたらモーニングを食べに出ようと昨夜寝る前に提案してきたのは、この男の方だと言うのに。
日頃の生活習慣が響いているのか、眉根を寄せてかすかな呻き声を上げるだけのアリスからは、まったくもって目を覚ます気配が見えない。学生時代はここまで寝穢い男ではなかったし、会社勤めをしていた頃も寝坊などはしていなかったはずだが、年々朝に弱くなっていっている気がする。
「おい、起きろって」
肩を掴んで揺すると、うう、と掠れた声でアリスがまた呻き声を洩らす。そこまではよかった。
「まだ、眠
……
」
「お前なぁ」
朝飯食いに行くんだろ、と続けようとしたその時だ。ベッドの中のアリスに腕を掴まれて、そのまま、ぐいっと引っ張られた。
ふだんなら純粋な力比べでアリスに負けることはないと思う。しかしあまりに不意打ちだったので、まんまと体のバランスを崩してしまった。
「アリ
……
」
まさかこのまま布団に引っ張りこんで二度寝に巻き込むつもりか、という警戒は一瞬で消えた。腕を引いて距離を詰めたアリスに、突然唇を奪われたからだ。
唇同士が数秒重なって、思わぬ展開に思考も動作もフリーズしてしまう。目を見開いたまま固まっていると、閉じていた目をゆるゆると開けたアリスが「うわぁ!」と悲鳴にも似た声を上げて飛び起き、体を突き飛ばしてきた。
「ひ、ひ
……
火村!?」
「他の誰かに見えるか?」
「すまん! 間違えた! 君とは思わんかったんや!」
飛び起きたアリスは非常に珍しいことに頭を下げたが、そんなことより、何ならキスをされたことよりも、「間違えた」という言葉に後頭部をガラスの灰皿か何かで強打されたかのような衝撃を受けていた。
──じゃあ誰だと思ったんだよ。
からかいまじりにでもそう尋ねることができれば、場の空気は少し軽くなったのかもしれない。そうできないのは、長く長く、もう十年もこの友人に対して抱え続けている恋心のせいだ。
間違えたというからには、今アリスには、ベッドに引っ張りこんでキスをする仲の相手がいるのだろう。その事実に心臓が軋む。
俯いているアリスの顔は真っ青だ。恋人に対して不貞を働いたとでも思っているのかもしれない。判りやすくショックを受けている想い人に、傷ついたのはこちらの方だと言うことはできなかった。
「
……
そんなに気にするなよ、事故みたいなもんだろ。それより早く行かないとモーニング終わるぜ」
「え? ああ、もうそんな時間か」
まだ若干青い顔をしたままのアリスが「支度するわ」とベッドから降りたので、寝室を出てリビングで待つことにする。ドア越しに身支度を整える音を聞きながら、先程数秒だけ触れた好きな男の唇の感触を思い出して、指先で己のそれを撫でた。
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