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isawa
2026-06-29 06:21:48
8865文字
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10年目の挑戦状
「
……
それって、恋愛的な意味での言葉ですか」
見開かれた青い瞳に、赤井は己の失敗を悟りながらひとつ頷く。
困惑の視線。続くセリフは聞かずとも、想像がついた。
◇◇
4月某日。
あの組織掃滅のため日本に滞在していたFBIも本懐を遂げ、メンバーは全員アメリカへと引き上げることが決まった。日本警察との大々的な送別会はすでに開催済みだったが、送別会には参加できなかった公安とも別れの会を開催しようという話が突如持ち上がったのが、出発前夜である本日だ。突然の話だったので一部の参加にはなったものの、それぞれ言葉を交わして互いを労い、別れを惜しんだ。
一時対立したことはあっても、目標を共にしそれを達成した同志たちである。小規模の会は穏やかに進行した。赤井はその日初めて、降谷と腰を据えてじっくりと話すことができた。
どちらかと言えば苛烈な印象の強い降谷だったが、その夜の彼はよく笑い、そしてよく気がつく男だった。会話に入ろうとしているのに上手くいかない者、日本語と英語の食い違い、場を見てさりげなく助け舟を出す。意識してやっているというよりは、それが彼にとってのごく自然な行動、というように見えた。
明日のフライトを考慮し、二次会はなしで早めのお開きとなった。駅に向かう者とは反対方面、タクシーを拾うと大通り沿いに向かって歩き出す降谷の後を追った。
下心と呼ぶには真摯に過ぎる想いを降谷に対して抱いていた。ほんのひと時でいい、2人きりの時間を過ごさせてもらおう──そう考えていた。
「あなたもタクシーですか」
少し歩いたところで、こちらを振り返った降谷から問いかけられた。
「ああ」
「
……
ホテルでしたよね。電車の方が楽じゃないか?」
君と少し話がしたかった。馬鹿正直に答えると、降谷は瞬きをして、そうですかとやや気のない返事をした。けれど迷惑そうな様子でもない。夜風の心地よさを感じながら、彼と肩を並べて歩を進めた。
タクシーはなかなか捕まらなかった。アプリを使えばいい、わかってはいたものの、そうはしなかった。少しでもこの時間を延ばしたいという思いからだったが、降谷もまた、道行く車のライトを眺めながら「なかなか通らないな、タクシー」と呟くばかりだった。
「
……
よく笑うんだな」
「え?」
「君が
……
あんなに笑顔を見たのは今日が初めてだったから」
「あはは、意外でした?
……
そうですね、あなた方には皮肉な顔ばかり向けていた」
でも今日は本当に楽しかったから、と降谷が微笑んだ。憑き物が落ちたような、晴れやかな笑顔だ。
「でもお前も、僕が思っていたよりだいぶ気さくな男だったな」
「君がイメージしていた俺とは?」
んー、と降谷が考える仕草をした。
「いつも取り澄ましていて、偉そうで、上から目線。
……
一言で言うと、すかしやがってというか」
「ずいぶんだな」
赤井の苦笑に、降谷も口元を緩ませた。
「ライに対してはそう思っていましたね」
「
……
もっと前から、君とこうして話せる時間があると良かったんだが」
その言葉に何度か目を瞬かせた降谷は、否定も肯定もせず僅かに笑んだ。そのブルーに寂しさのような、何かを諦めたような儚さが見えた気がして、赤井の胸が騒めく。
君が好きだ。
意識するより先に、言葉が口からこぼれ落ちていた。瞬間、横を走るバイクの音が二人の会話を遮るように一際大きく鳴り響く。
「──えっ?」
「ああ
……
いや」
聞こえなかったのか、あるいは聞こえなかったふりか。判断がつかず、愚直に再度、繰り返した。美しい眉間に僅かな皺が刻まれるのを目の当たりにして、ああと昏い気持ちになる。
伝えるつもりなどなかったのに。
──それって、恋愛的な意味での言葉ですか。
頷く赤井に、降谷は浮かべた戸惑いを隠すように苦笑した。
「
……
いま言いますか。明日アメリカに帰る身で」
「
……
そうだな。言うつもりはなかった」
「
…………
」
狼狽えたような降谷の視線はふと、遠くに留まった。視線の先を追うと、ちょうどタクシーが一台。が、彼は黙ってやり過ごした。タイミング悪いな、とため息をついて。
彼がもう少し非情になりきれる男だったなら、ここでタクシーを捕まえてさっさと帰っていただろう。けれど彼にはそれができない。仕事ならいくらでも人を欺けるのに、降谷零という人間の根っこは、本来どこまでも真面目なのだ。
「ありがたいですけど、僕いま、この国に身を捧げているんですよね」
軽い口調なのは、彼なりの気遣いなのだろう。空気が深刻にならないように。
「あなたがどうとかじゃなく、
……
今は恋とか、そういうことにかまけている余裕がない」
「
……
ああ」
今は誰とも恋愛する気はないのだと言い切られた。これまでも彼はこんな風に、極力相手を傷つけないよう、言葉を選びながら断ってきたのだろう。
「悪かった」
「悪いってことはないですよ。お前みたいな人間に好意を寄せられたら、悪い気はしない」
過ぎるライトが彼の整った輪郭を照らし出し、青い双眸が煌めいた。こんな時でも、と言うよりは、こんな時だからこそなのか、その美しさに暫し目を奪われる。
世の闇を散々その目に映してきただろうに、そうとは思えないほど澄んだ色をしている。この瞳にいつも自分ばかりが映ればいいのにと願うのは、少々傲慢のようにも思えた。
ふられ男は大人しくアメリカに帰るよ、と肩をすくめると、降谷は安堵するように頬を緩めた。正直、どんな断り文句よりもその表情が最も、胸に刺さった。
「あ、タクシー
……
よし、空車だ」
降谷が遠くの車に見えるようすっと手を上げる。彼の性格を表すように、その手は真っ直ぐに上に伸びた。
タクシーがこちらに向かってくる。降谷が乗るものだと思っていたが、彼は赤井に乗るよう促した。
「いや、俺は」
「いいから。明日は飛行機で長旅だろ?」
「君だって明日も仕事があるだろう」
軽く押し問答したのち、頑として譲らない降谷に根負けし、先にタクシーに乗ることになった。
「
……
元気で」
「お互いに」
別れの握手を交わし車に向かおうとして、不意に思い止まって「降谷くん」と呼びかけた。
「
……
もしも状況が変わって、この先君が結婚するようなことがあっても、俺には知らせないでくれ」
きっと、祝えないから。
降谷の瞳が見開かれる。終わったな。赤井は苦く笑った。
綺麗な終わりを迎えて忘れ去られるよりは、いつまでも抜けない小さな棘でいたい。みっともない悪あがきだ。
今度こそ後部席へと座ると、降谷が赤井に向かって口を開いた。
「10年
……
」
「
……
?」
「もし、10年経ってもあなたの気持ちが変わっていなかったら、もう一度言ってもらえませんか」
呆気に取られた赤井に、降谷はやや悪戯っぽい笑顔を向けた。
タクシーの運転手が、「出ますけど、いいですか?」と確認してきた。赤井が口を開くより先に、降谷が「はい、すみません、どうぞ」と車から離れる。
形のいい唇が赤井に向かって、音を出さずに動いた。
──僕も、お前の結婚は知りたくないな。
「降谷く──」
タクシーが出発する。何事もなかったかのような笑顔で片手を挙げた彼の姿は、すぐに見えなくなってしまった。
◇◇
なんてことだ。なんて男だ。終わりを迎えるはずだったのに、それから10年、心はずっとその夜に囚われたまま。
10年の間、連絡をしても返ってくることはほぼなく、会ったのは一度きり、新一と蘭の結婚式だ。式の後、フラワーシャワーの最中に遠くから見守っている降谷を見かけ、近づいて短い言葉を交わした。
「やあ、君も来ていたのか」
「ええ、披露宴には出られませんけど、せめて式だけでも見ていこうと思って」
あの夜から5年ほど経過していたが、そうとは思えないほど自然に声をかけることができた。彼の姿が、あの頃と何ら変わりなく見えたからかもしれない。とはいえ、式典に相応しい装いの彼は記憶の中のそれよりも一段と端麗ではあったが。
「
……
君は変わらないな。元気そうだ」
「あなたも、
……
いや」
すっと、さり気ない視線が赤井の全身を捉えたのを感じ、心なし背筋が伸びる。
「あなたは、男に磨きがかかった」
「ほぉ? 変わらないと思ったが、口が上手くなったんだな」
「5年も経てばね。世辞も上手くなる」
皮肉めいた軽口に笑い合う。
5年か。10年まで、ちょうど半分だ。君はあの夜の言葉を覚えているのか──これを問いかけるのは野暮だと感じた。
遠くからの真純の「秀兄、写真撮るってー」という声が聞こえ、降谷が「じゃあ、僕はこれで」と場を去ろうとした。
「今日の主役には会っていかなくていいのか」
「お祝いは今度ゆっくりと
……
素敵な式だったと伝えておいてください」
そう言い置いて、降谷は立ち去った。
それから5年、赤井は仕事に没頭した。職業柄、死にかけたこともあるし順風満帆だっというわけではないが、気がつけば5年が経過していた。その間、ビュロウの同僚の中には結婚し、子どもが産まれた者もいる。ジョディやキャメルも同様だ。
そして10年目。そこで仕事に一区切りをつけた赤井は長い休みを取り、日本へと渡った。
降谷零に10年の想いを伝えるために。
◇◇
「
……
降谷さんは、退職しました」
伏目がちに風見が告げる。
日本へ向かった赤井を待っていたのは、降谷零がどこにもいない、という事実だった。どこにもいない。あらゆる手段を用いて降谷の消息を調べた。そうして掴めたのは降谷の行方ではなく、彼の立場が警察内でかなり危ういものになっていた、という事実。
──消される前に消えたのだ、彼は。
おそらく彼はもう、国内にはいないのだろう。
悩んだ末、こういった事柄はやはり彼だろうと、工藤新一に電話した。
ひと通り赤井から現状の説明を受けた新一は、「赤井さんは、降谷さんに会いに来たんですよね」と再度確認し、とにかく会って話しましょうと米花町のカフェを待ち合わせ場所に指定した。
「お久しぶりです」
「ああ、悪かったな、わざわざ」
新一と会うのは結婚式以来だが、近況は聞いていた。先日2人目の子が産まれたばかりで、今は探偵業は一旦休み、子育てに専念しているとのことだ。
「いやいや、呼び立てたのはオレの方ですから。
……
実は、赤井さんに渡してくれと降谷さんから頼まれていたものがあって」
「降谷くんから?」
新一から手渡されたのは、真っ白い封筒だった。彼の性格を現すように、しっかりと糊付けされている。
「
……
手紙か?」
「そう言ってました、降谷さんが」
「これを読めば彼の行き先が?」
「さあ、そこまでは。オレは内容は知らないので」
「
……
これはいつ預かったんだ」
「2ヶ月ぐらい前、ですね」
つまり、それまで彼はこの国にいたのだ。
「その時、彼は何と?」
「詳細は言えないけど、急に日本を離れることになったって。このぐらいの時期──具体的にはこの4月、5月あたりに、もしかしたら赤井さんが降谷さんのことを尋ねてくるかもしれない。その時はこの手紙を渡してほしい、と」
「
…………
」
10年前あのやり取りをしたのは、確か4月半ばのことだった。
「ただ、消息不明なのを心配しているだけなら渡さなくていい、会いにきたとか用があると言うなら、渡してくれ、と」
「
……
なるほど」
なぜ彼がそう言ったのかは、なんとなく見当が付いた。
「
……
この時期に、ということは
……
万一俺が来なかったら、この手紙は」
「夏を過ぎても音沙汰がないようなら、この手紙は開封せず燃やしてほしいと」
「ふむ
……
他には?」
降谷の行き先のヒントのようなものがないかと尋ねたが、新一は肩をすくめた。
「それだけですね」
「君も調べたんだろう? 降谷くんがいなくなった理由について」
「そこそこは。掴んでいる情報は赤井さんと大差ないんじゃないかな。相変わらず、警察内部には"need not to know"が多いんだなってのが、率直な感想です」
need not to know──知る必要のないこと。日本警察が使用する隠語だ。
しげしげと手紙を眺めた。新一も興味深げにこちらを見ている。
「
……
気になるか? この手紙の内容が」
「そりゃあまあ。でも、教えてもらえないんでしょ」
さすが名探偵、聡明だ。赤井は唇を緩めた。
「そうだな、これは俺と彼の領域だ」
「いいですよ別に。降谷さんが赤井さんに日本の機密情報を手紙で明かすとも思えないし、事件に直接関係あることは書いていないでしょうから」
「
……
俺にとっては彼自身が、解決の糸口が見えない事件みたいなものだ」
コーヒーを飲みかけた新一が、へえ、と瞳を輝かせた。その表情の意図が読めず、どうしたと尋ねる。
「いや、学生の頃に似たようなことを蘭に言ったなぁって、懐かしくなっただけです」
少しはにかむように新一が笑う。どうも、新一には赤井と降谷の関係性について大まかな推測がついているようだった。
「降谷さんの行き先の謎は、赤井さんに任せます。きっと見つけてくださいね」
別れ際、新一はそう赤井に言い残して行った。
◇◇
宿泊先のホテルに戻り、手紙を開封した。中には見覚えのある、少し右肩上がりの整った字が並んでいる。
「Dear A.
前略 お久しぶりです。
今これを読んでいるあなたは、あの10年前の言葉を覚えていて、その上で僕に会いにきてくれた──そういう前提で、今これを書いています。もし違う場合は、この手紙の先は読まずに今すぐ破り捨ててください。
10年前のあなたからの言葉、僕はよく覚えています。あの時、僕は嘘を吐いた。悪い気はしない、そう言いましたね。あれは精一杯の強がりです。嬉しかった、本当は。でも言えませんでした。余裕がないと言ったのは本当です。あの時、次の潜入先がすでに決まっていた。しばらく、もしかしたら何年か、外部とは連絡が取れなくなることが確定していました。だから言えなかった。タイミングが悪いなと思いましたよ。
もともと、僕はあなたに自分の想いを伝えるつもりはありませんでした。心の奥底に沈めていたし、上手く隠せていたと思う。本来はそのまま終わっていたはずでした。それをあんなタイミングでお前が告白してきて
…
僕の心がどれだけ乱れたか。正直、あなたを少し恨みました。だからつい、あなたの気を引くようなことを言ってしまった。
僕らはタイミングが悪い。多分そういう2人は、仮に付き合ったとしても上手くはいかないだろうな、そういう風にも思いました」
あの夜のことを思いだした。会話の途中で流れてきたタクシーにタイミングが悪いと呟いた降谷のことを。あの言葉はタクシーだけに向けたものではなかったのだ。
そして今回。おそらく降谷の周辺で不穏な動きがなければ、彼が消息不明になる必要もなく、この国で赤井と再会できていたはずだった。確かに、タイミングが悪い。
「それでも、何年も──例えば10年経っても変わらないほどの想いがあるなら、タイミングの悪さなんて問題にならないんじゃないかと、あの時思いました。だから咄嗟にああ言ってしまった。
10年経ったらもう一度と言ったのは僕なのに、こんな状態になったことは、申し訳ないと思っています。やっぱりそういう意味では巡り合わせが悪いんでしょうね、僕ら。
あなたはおそらく、僕が消えた理由について、様々な手段を用いて調べたでしょうね。もしかしたら日本警察、または日本について多少の憤りや憂いを感じているかもしれない。本当はもうしばらくこの国のために働くつもりでしたが、どうやらリタイヤすることになりそうです。理由はあなたの推察通り。僕の頭には、あらゆる人、そして組織の、知られたくないことがいっぱい詰まっていますから。
でも心配しないでください。僕は世界中どこでも、この身一つでしぶとく楽しく生きていってみせます。あなたもよく知っていると思いますが、僕にはその力がある。
昔、偉そうな顔をした長髪の男に言われたことがあります。「まずは自分の命を第一優先にしろ」と。だから──だから、というわけでもないですが、それもあって、僕は今回、自分の命を優先してこの国から消える選択をしました。その男とは本当にウマが合わなかったな。ロウソクの下がどうのとか、将来住むならどういう場所がいいかとか、ウマが合わないなりに様々な会話をしました。覚えていますか? もしかしたらあの頃にはもう、いつも不遜な態度のその男に少しだけ惹かれていたのかもしれないと、今となっては思います。
もしあなたが僕への心配や同情ではなく、愛情から僕に会いたい気持ちがあるのなら、僕を探し出して、10年前のあの言葉をもう一度伝えてもらえませんか。あなたなら僕が見つけられるはずだ。そして今の僕は、あの時と違う答えが返せると思う。
でも、少しでも怯む気持ちがあるなら、この手紙のことは忘れてください。先ほども書きましたが、僕は世界中どこでも一人でやっていける人間です。
つらつらと書いてしまいました。
最初の行き先は決めています。身の安全のため、拠点は1年、場合によっては半年ほどで変える予定です。僕との世界を股にかけた隠れんぼ、挑戦するならお待ちしています。 草々」
手紙はそこで終わっていた。万一を考えてなのだろう、宛名はAとだけ。けれど間違いなく赤井宛ての手紙だ。
──ああ、もちろん受けて立つさ。
赤井にとってこの手紙は、挑戦状であり、恋文であった。
「世界を股にかけた隠れんぼ
……
か」
面白い。だが、流石に"世界"は範囲が広すぎる。闇雲に探したら、どれだけの時間が必要か分からない。彼は探し出せと言っている。何かしらのヒントがあるはずだ。
文中に唐突に出てくる「ロウソクの下」に目が止まった。記憶に引っかかるものがある。思い出せ、思い出せ。
あれは確か、彼をバーボンと呼んでいた頃の話だ。探していたターゲットを見つけた時に
……
──こんなところにいたのか。蝋燭の下が一番暗い、ってやつだな。
──なんですか、それ。
── The darkest place is under the candlestick. 確か日本語でも似たような言葉がある。
──日本語で
……
"灯台下暗し"?
──ああ、それだ。
──灯台下暗しの"灯台"は、岬にある灯台ではなく、元々は蝋燭などの室内用の灯りのことだ。似ているというより、ほぼ同じですね。
……
面白いな。国が違っても、似たような言葉が生まれている
……
「灯台下暗し
……
」
だからと言って、日本にいるということまずない。そうなるとアメリカ、か? 流石にニューヨークではないだろう。せめて東か西かでも分かれば
……
次いで、"将来住むならどういう場所がいいか" という文に目が行った。会話を思い出すのに先ほどより難儀した。確かスコッチと3人でしたものだ。あの日の任務は過酷なもので、終えた後、ヤケ酒よろしく酒を煽った。珍しく、バーボンも些か酔っていた記憶がある。
──将来、こういう暮らしから離れたとして、住むならどういうところがいい?
──突然どうした、スコッチ。
──いや、こういう血生臭い世界にいると、つい妄想が捗って。特に今回みたいな任務のあとはさ、現実逃避ってやつ。俺は田舎の海沿いとかがいいかなって。こう、海辺でギターを弾きながらさ
……
──夢見ているところ悪いけど、スコッチ。人口が少ないところは基本、人付き合いが濃厚で閉鎖的だったり、都会とは違った苦労があるらしいぞ。
──えー、そうかぁ。じゃあ、日本じゃなくて海外の田舎は? アメリカとか。
──
……
アメリカも同じようなものだ。
──はー、どこの国でも変わらないのか。
──あなたはアメリカに詳しそうですけど、将来住むなら?
──
……
フロリダかな。フロリダの海沿い。
──あ、やっぱライも海? いいよなぁ、海。
フロリダ。
あの時は深く考えもせずに思いついた場所を言った。だが、温暖で観光客の多いあの地は、身を潜めるのには打ってつけのように思えた。
そう考えるとロウソクの方のヒントは無くても良さそうなものだったが、あの会話をしたのは15年ほど前だし、酒が入っていた。覚えていない可能性を考慮しての保険のようなものだろう。
「
……
全く、君には痺れるな」
手紙から浮かんでくるのは国家に消されようとする不遇の男ではなく、どこまでもしぶとく生き抜く力を漲らせる男の姿だ。
フロリダの強烈な太陽は、きっと、そんな彼によく似合う。
彼が拠点を変えてしまう前に見つけなければならない。居ても立っても居られずスマートフォンからアメリカ行きのフライトを手配した。
待っていろ、すぐに見つけてやる。
二度と、巡り合わせが悪いなどと言わせない。
もし赤井が彼の予想よりもずっと早くに彼を見つけてみせたら、彼はどんな表情をするだろうか? あの大きな瞳を丸くする? それとも、ずいぶん待ちましたよと勝ち気に笑うだろうか。
──俺にこの高揚感を与えてくれるのは、やはりどうしても、君しかいないな。
久しぶりの血が沸く感覚。赤井は手紙をそっと畳んで、胸のポケットへとしまった。
END
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