yoAi_mochii
9049文字
Public R18
 

ギリギリ天悪パロの召カム

知識量という名の暴力で召使いを一方的に叩き潰すカムクラが見たかった、ただそれだけ
脳みその栄養になるような内容は一切なし

 まるで、気が遠くなるほどの血と、悍ましい奇跡に塗れた旅路だった。

 天界に追われ、あるいは自らその光を捨てて、世界の最深部を目指す道中。天から授かった身体という器は、すでに壊れかけた人形のようにぼろぼろだった。
 上空から降り注ぐ天界の追手の聖なる矢が、無慈悲に彼の背中を焼き、翼の骨を削っていく。肉が焦げる凄まじい悪臭。内側から魂そのものが変質していくような、耐え難い激痛。
 これまでに体験したことのない苦しみに、何度も意識が引き裂かれそうになった。

 それでも、彼は足を止めなかった。

(神様は、ボクたちに平穏をくれた。秩序をくれた。信じるべき光をくれた。……でも、それだけじゃなかったんだね)

 血に濡れた唇の端が、自嘲気味にひくりと歪む。

(世界は、善だけで保たれているわけじゃない。光と闇、善と悪――その不均等な均衡によって、かろうじて成り立っている。そんな裏側を見ってしまったら……もう、あの綺麗な場所には戻れそうにないよ)

 何度も、破滅の一歩手前で、彼が生まれつき持つ絶対的な才能が、本人の意志に関係なく発動して彼を救った。

 追手が放った致命的な一撃は、突如として歪んだ空間の不条理によって軌道を逸らされ、逆に追手同士を巻き込んで自滅させる。
 足元の岩盤が崩れたかと思えば、それが偶然にも狛枝の身体を死角へと滑り込ませる完璧な退路となり、背後から迫っていた天使の刃は虚しく空を切った。

 かつての同胞たちが、自分の能力に巻き込まれて堕ちていく。

 その凄惨な死を目撃するたび、胸の奥が軋んだ。
 しかし、何度目かの悲鳴を鼓膜に受け止める頃には、その軋みすらも、じわじわと麻痺するように鈍くなっていった。

「あはは……最悪だね」
 乾いた笑いが、焼け爛れた喉から零れる。
「ボクはまだ、仲間を失って悲しむふりくらいは、できると思ってたのに」

 かつては清廉な天使として、天界の美しい光を信じていた。
 その光を、誇りを、正しさを、自らの手で汚し、失っていくことへの本能的な恐怖は、確かにまだ澱のように肉体へ残っている。いくら狂気に身を委ねようとも、彼の理性は、天使として生きてきた証を鮮明に記憶していた。
 だからこそ、自らの翼から白い羽が抜け落ち、代わりに禍々しい黒が皮膚を破ってじわじわと侵食していく様を見るたびに、魂が本能的な恐怖で震えた。

(戻れないのが怖いなのかな? ボクは、ボクではないものへ作り替えられていく――

 それなのに。その黒が皮膚の内側へと深く染み込み、聖なる器を別の怪物へと作り替えていくたび、激痛のその奥で、逃れられないほどの熱が灯る。
 天界で教えられたどんな喜びとも違っていた。
 祈りの安らぎでも、祝福の多幸感でもない。もっと暗く、もっと重く、もっと肉体の奥底に直接触れてくるような、甘く悍ましい疼き。

 彼はガタガタと震える指先で、黒く染まり始めた羽根に触れた。
 抜け落ちた白い羽が、周囲の熱風に焼かれて灰になる。その灰の向こうで、新しく生えかけた黒い羽が、まるで意志を持つ生き物のようにぴくりと震えた。
 その瞬間、背筋を狂わせるように這い上がった淫靡な感覚に、彼は思わず息を呑む。
 すべての崩壊の奥に、知らない甘さがある。自分が壊れていくたびに、内側で何か別の、おぞましい本音が目を覚ましていく。

 心底から怯えていたが、それを遥かに凌駕するほどの悍ましい渇望が、彼の足をどうしても止めさせなかった。

 どうしてももう一度、あの存在に会いたい。
 神と同一、あるいはそれに限りなく近い玉座に君臨する、あの絶対的な存在へ辿り着くためなら、白い翼がすべて朽ち果てて骨になっても構わない。天使としての誇りが、骨の髄まで真っ黒に染まっても構わない。
 むしろ、その壊滅の先にこそ、彼の求める本当の希望があるのなら。

……ボクは、堕ちるよ」

 誰に告げるでもなく、彼はぽつりと呟いた。
 その声音は恐怖と苦痛により震えていたが、同時に、悪意に近い歓喜に濡れていた。

「あなたに会うためなら、どこまでも――

 血と灰に塗れた足が、再び深淵へと踏み出される。
 その一歩ごとに白かった羽が散り、禍々しい黒い羽が芽吹いていく。天使だった器は、少しずつ決定的に、美しく壊れていった。
 そして壊れるたびに、彼はほんの少しだけ、深く笑えるようになっていた。


 すべての因果が収束する、光すら凍りつくような空間に、ただ一つ、鎖に繋がれた玉座だけが寂しいほどに佇んでいた。
 空間の息を潜めているような静寂を破ったのは、およそ天界にも地獄にも似つかわしくない、ひどく歪な足音だった。
 この世のどんな天の使いよりも無惨に破壊された、かつて「高位の天使」であったもの。
 その成れの果てが、血と泥と、濁った魔力を引きずりながら、玉座の前へと辿り着いた。

――はぁ、っ、あ……く、ふ……っ」

 白かったはずの翼は無残に毟られ、裂けた肉の隙間からは、聖なる光の代わりに、淀んだ血が泥のように流れ落ちている。

 本来なら、彼はここへ辿り着くどころか、反逆の意思を抱いた瞬間に、神の刻んだ支配によって脳ごとに思考を焼き切られていたはずだった。
 神への絶対服従を強いる呪い。疑問を抱かず、逆らう意思を持たず、ただ天の秩序に従う器であるための最後の枷。高位天使である彼の魂に、生まれ落ちた瞬間から深く刻み込まれていた。

 だが、彼はここにいる。
 身体は悲鳴を上げ、本能は消滅の恐怖に軋むほど震えている。わずかに残された理性は、自分が今まさに取り返しのつかない領域へ足を踏み入れているのだと、何度も警鐘を鳴らしていた。

 彼の持つ不条理なまでの才能だけは、真実の光を手放すことを許さなかった。神の呪いすら無理やりねじ伏せるほどの執念で、破滅へ向かう不運さえ道標へと変えながら、彼は壊れた人形のように這いずる。
 そしてついに、絶対者の前へその身を晒した。

 玉座に座す其は、その成れの果てを静かに見下ろしていた。

……ただのツマラナイ器だと思っていましたが」

 感情の温度を欠いた低い声が、凍りついた空間に落ちる。
「自ら進んで絶望の底へ堕ちてくる、異端の症例を観測できるとは」
 其の視線が、血に濡れた翼の残骸から、震える指先へ、そしてなお消えずに輝き続ける瞳へと移る。

「あなたは、神の枷を破るためだけに、ここまで来たのですか」

 称賛も憐憫もない、そこにあるのは、ほんのわずかな興味だけ。
 鮮血を思わせる瞳が、血と黒い煤に塗れ、玉座の下に跪く狛枝を捉えた。その瞬間、全知にも等しい魔力が、目に見えない絶対の鎖となって、彼の全身の神経を掌握した。

――っ、あ」

 声にならない息が、裂けた喉から零れる。
 指先ひとつ動かせない。翼の残骸も、膝も、首筋も、瞬きさえも、自身の意思では動かせなかった。
 虚無が支配する玉座の前で、彼は無残に組み敷かれ、ただ其の視線ひとつによって存在の輪郭ごと押さえつけられていた。

 まだ残っている天使として理性は否応なく理解してしまう。絶対的な上位存在による、威圧的な支配。
 他者に完全に掌握される恐怖に、神に仕えるために作られたはずの身体が、神とは別の存在によって、神の刻んだ命令ごと上書きされていく屈辱。
 あまりの理不尽さに、魂は耐えきれず崩れ落ちるはずだった。
 しかし――彼の内に宿る狂気は、その絶望を即座に別の燃料へと変換した。押し潰されるような恐怖の奥で、甘い痺れが背筋を這い上がる。

(ああ、素晴らしい……! なんて、圧倒的で傲慢な支配なんだ……!)

 壊されていくその感覚が、どうしようもなく甘い。
 見上げた先にいるのは、かつて人間界で目撃した、純白の翼を広げて堕落した同胞を地獄へ引導した、美しき天使の姿ではなかった。
 今、玉座に座す其は、翼もなく、天使の輪もなく、ただ夜の帳を紡いだように長い黒髪と、あらゆるものを凍てつかせるような赤い瞳を有する、人間に似た異形の存在。
 ――其の存在を知ったあの日から、彼は自分がいつか堕ちることを予感していた。

「あはは……見ていて、ください……
 激しい息を吐き出し、ちぎれかけた翼を引きずりながら、彼は這うように、すべての光も闇も吸い込まれる其の足元へと近づいていく。
「今、あなたの退屈を融かすための、最高の『不確定要素』が……あなたの御前へ、堕ちていきますから……っ!」

 突如、長い指先が、煤と血に塗れた彼の顎を乱暴に掴み上げ、強引にその視線を固定した。首は強制的に仰がされ、その濁りかけた瞳は、其の視線へと縫い止められる。
 これまで天界から堕ちてきた有象無象は、地獄の毒に耐えきれず魂ごと霧散するか、かろうじて生き延びたとしても、ただの矮小な悪魔へと零れ落ちるのが結末だった。
 だが、目の前の男は違う。
 高位の天使としての気高い格は、もはや原形を留めないほど損なわれている。
 それでも、完全には失われていない。自力で世界の最深部まで辿り着き、なおも新たな生まれ変わりを受け入れようとしている。
 宿命の盤面の外側から現れた執念は、完全なる「予想外」であると判断できた。
 そう結論づけた瞬間、其の赤い瞳の奥で光が鋭さを増す。

 演算による知をその身に収めた其にとってさえ、これは未だかつて観測したことのない未知の領域だった。
 言わば、新たな観測対象の誕生。
 白く、冷たく、どこまでも正確な指先が、彼の身体をなぞる。

……なるほど。あなたは、ただ堕ちたのではない」

 奥底でまだ消えずに燃えている光を覗き込むように、其は静かに目を細めた。
 いまこの場で、彼の魂に刻まれた神の桎梏を力ずくで破壊すれば、その強烈な負荷によって息の根は確実に奪われる。それはあまりにも巨大な「不運」だ。
 そして、この天使の持つ因果を狂わせる才能は、その不運の反動として、世界そのものを巻き込みかねない予測不能な「幸運」を、無理やり引き寄せてしまう。
 起こりうる事象の歪みを、狭めなければならない。
 不運による想定外の事象が発生する前に、因果の天秤をあらかじめこちらの計算通りに傾ける。
 そのための方策を、世界の観測者は瞬時に導き出した。

「自ら壊れに来たのですね……なら、あなたには、先に『幸運』を与えておきます」

 その言葉が落ちると同時に、其は、床へ崩れ落ちようとしていた天の器を、自らの主権の象徴である玉座の上へと引きずり上げる。
 清廉さを守るために与えられた、天界の由緒正しい装束は容赦なく引き剥がされ、煤と血に汚れた白い肌が、祈りの届かない地獄の深奥へ晒される。
 神格めいたその器は、まだ肉の欲も、堕落の甘さも、祈りを曇らせる熱の正体も知らない。にもかかわらず、すでに未知の熱を宿し、奥底から呼び覚まされるように、かすかに震え始めていた。

 細く気怠げな指先が、熱く硬くなった核心へと伸びる。
 躊躇なく包み込み、弄るような無慈悲な愛撫を加えながら、長い黒髪を揺らしてその先端をねっとりと舌で舐め上げた。熱い口腔が彼を深く呑み込み、肉のひだを這う舌先が執拗にそこを刺激する。

――っ、あ、ぁ……っ! なん、だこれ……ボク、は……っ」

 経験したことのない、暴力的で甘美な悦びの奔流。
 天界の祈りの中で決して触れることのなかった快楽に、彼の思考は一瞬で白く塗り替えられる。
 其にとってはただ、頭脳が蓄積していた「人間の欲」という名の無機質な知識を実行しているに過ぎない。というのに、滑らかなその舌と指は容赦なく彼の最奥の弱点を抉り、ねぶり、締め上げていく。
 彼は抗う術すら知らぬまま、腰を震わせて其の唇と舌の赴くままに翻弄され、喉の奥から甘く掠れた喘ぎを零した。其の温度に、ただただ押し流されていく。
 天使として積み上げてきた理性も、神に仕える者としての矜持も、この熱の渦中ではすべてが無力だった。涙を血の煤と混じらせて零し、身体を大きくのけぞらせながら、彼は其の口内へ自らの欲望のすべてを激しく叩きつけ、最初の絶頂へと達した。

 彼が自らの感覚すら理解できずに激しく達してる最中も、其は感覚の手綱を緩めなかった。喉の奥で濁流を受け止めながら、細い指で彼の根元を締め上げ、余韻の痙攣すらも搾り取るように刺激を続ける。

 脳裏で導き出された予測は、寸分の狂いもなく想定された因果を紡ぎ出している。
 その呼吸、震え、魂の奥底で軋む神の枷。すべては演算の内側で、ひとつの実験結果として収束していく。
 でもまだ足りない。神が刻んだ支配を完全に塗り替えるには、もう一度、彼の存在そのものを臨界へ導く必要があった。
 休む間もなく再び寸前まで追い上げ、引き絞るように刺激を加え続ける。

「ああ、すごいよ……ボクの全部が、キミの思惑通りに掻き乱されていく……っ」

 脳髄を直接灼き溶かすような快楽が、魂の奥底に沈殿していた死の予兆を、強引にねっとりと押し潰していく。
 不運の反動を快楽の質量で完全に相殺したと判断した瞬間、其は床に伏した身体の上へ、音もなく片膝をついた。

 夜の帳をそのまま模ったような、漆黒の衣が音もなく床へ脱ぎ捨てられる。
 他者に裸体を晒すことなど何の意味も持たないと言わんばかりに、無機質な白い肌が、二人きりの空間へ剥き出しにされる。
 見上げる彼の瞳に、その圧倒的な存在の輪郭が焼き付いた。天界という、世界のあらゆる美と光が集まる場所に生きていた。祈りも、祝福も、神に愛された造形も、数えきれないほど見てきたはず。
 それでも、目の前の肉体を目にした瞬間、彼は言葉にならない衝撃に魂を震わせた。

「ああ、これだ……これこそが、この世界で一番、綺麗な器なんだ……っ」

 天上の神が造り出したどんな清廉な天使の肉体よりも、目の前に在る、一切の欺瞞を排した姿こそが至高の美であると、彼は恍惚のうちに悟った。
 誰かに愛されるための造形でもない。光を拒み、救済を施せず、観測するためだけに存在する、無慈悲で完全な美。
 其の存在を少しでも確かめたくて、無意識に腕を伸ばした。しかしそのわずかな身じろぎさえ、其の支配の内側では許されなかった。

「無駄に動かないでください。これ以上の不確定要素は、ただ手順を増やして因果を狂わせるだけです」

 感情の起伏を一切排した低い声が落ちる。その命令に従わされるように、熱を帯びた指先は、優しいけれど、絶対に逆らえない力で押し留められた。命令を拝受するたび、彼の背筋には疼くような悦びが走る。
 其は彼の陶酔を意に介さず、白く冷たい指先を伸ばした。硬く立ち上がるままものを掴むと、己の窄まりに先端をあてがった。
 ぬるりとした蜜が先端を濡らし、重ねられた圧が彼の逃げ場を奪う。

「っ…………

 腰を浮かせようとしたが、其の手に太腿を押さえられ、抵抗など許されないまま、腰を沈められていく。
 狭く熱い入口が、ゆっくりと彼の熱く脈打つ硬さを容易く飲み込み、きつく締め付ける。
 内壁の襞が一層ずつ彼の形状に沿って広がり、きつく収縮する。根元まで沈めるにつれ、魂の奥底まで深く穿たれるように腹部同士がぴったりと密着していく。

「く、ぁ、っ……が、はっ……!」

 内側から直接魂を貫かれるような、妖艶極まる干渉。
 其はわずかに腰を前後に動かし、挿入の角度を変える。突起が最奥の敏感な点を抉るように擦れ、ぬちゃぬちゃと湿った淫らな水音が響く。

 何かされるたびに、天使の輪に刻まれていた支配の紋様が激しく明滅し、悲鳴を上げた。
 神の意向に背くことを許さない、最後の自己防衛機構が暴れ出し、其という異物の侵入を拒むように、彼の全身を内側から灼く。
 腰を上下させながら赤い瞳が細められ、其は冷静に己の内側に迎え入れた熱と硬さを観察した。この因果の結合が器に与える痛みを、一切の感情を排して見極める。
 器の崩壊を回避したと確信すると、赤い瞳の奥に仄暗い好奇の熱が灯り、一切の容赦を捨て、さらに深く、限界まで腰を沈める。
 上体をやや前に倒し、彼の胸に両手をつき、腰を円を描くようにゆっくりと回し始めた。

 凍てつく玉座の上で、二つの肉体は逃れられないほど密着し、淫らに擦れ合い、ぬちゃぬちゃと卑猥な水音を立てた。
 冷たい肌と熱くなった内側が同時に彼を包み、圧倒的な快楽が下半身から脳天へと駆け上がる。彼は本能的に腰を突き上げようとしたが、其が腰をゆっくりと回した途端、思考が白く飛んだ。
 意識を失いかける彼の耳元で、逆らいがたい甘美な声が鼓膜を震わせる。

「寝ることを許すとは言っていません。目を開けなさい……僕のすべてを、その器に記憶するのです」
……っ、あ、あ、大好、きな……カミサマ……っ」

 天に縛られていた自分が、いま、其の手によって、玉座の上で別の怪物へと生まれ変わらされている。その事実に、彼の心は屈辱と恍惚の狭間で激しく震えた。
 其の腰を掴もうとするが、其の冷たい手に手首を押さえられ、動けない。朦朧とした意識の中で、彼は圧倒的な蹂躙を甘い救済として貪るように受け入れた。
 結合部から白く泡立った体液が溢れ、彼らの太腿を濡らしていく。
 其の冷たい肌と熱く締まる体内に包まれ、彼は自らの腰を激しく突き上げながらも、完全に其の支配の下で、動き一つ一つに翻弄され、喉の奥から甘く情けない喘ぎを喘いでしまう。

 最後の激しい痙攣が収まるまで、深く腰を落とした其の奥に欲情を注ぎ続けた。
 冷たい赤い瞳で見下ろす其の目に映るのは、完全に服従し、喜んで自分を捧げようとしている彼の姿だった。
 息が詰まるほどの蹂躙のなかで、頭上に浮かんでいた天使の輪は、濁った闇を吸い込んだように漆黒へと染まりきった。散り果てた翼の骨には、新たな黒い羽が恐ろしい速度で芽吹き、二重に広がる黒い翼となっていく。
 この類稀なる変異体を、自分の手で完成させると思うような、人間の欲を模倣した其は、世界にただ一人の美しい「堕天使」を誕生させた。

……こんなものですか」

 どれほどの時間が経っただろうか。玉座に満ちた濃密な熱が、ようやく静かに収束していく。
 余韻に震えながら其の身体からゆっくりと引き抜かれると、奥深くまで注がれた残滓が、逃げ場を失った熱のようにゆっくりと溢れ出した。白く淡い痕跡となって太股にの肌に絡みつき、周囲へ甘く淫靡な匂いを立ち上らせた。

 其は無表情のまま、乱れた呼吸をわずかに整えながら身を起こした。
 指先で秘部に残った雫を拭う仕草さえ、どこか優雅で残酷な色気を帯びている。汗に濡れた白い肌が、薄闇のなかで妖しく光を返す。鎖骨から胸元へ、ゆっくりと滴り落ちる汗の筋が、その無機質な美貌に、かえって生々しい色を与え、彼の視線を誘う。

 再び衣を纏おうとする其の動きに、彼は這いつくばるようにしてその動きに追いすがった。
 それが当然の義務であるかのように、衣服を捧げ持ち、その気怠げな身体を甲斐甲斐しく整えていく。
 高位天使として崇められていた頃の矜持など、今の彼には一片も残っていなかった。ただ其の体から発せられる熱と残り香に魂を蕩かし、全身全霊を付き従うことだけに陶酔している。
 死にかけた無様な姿から、新たな器を与えられた彼は、黒い魔力を指先に宿らせ、玉座に繋がれていた冷たい鎖をガシャリと、まるでおもちゃでも壊すかのように軽々と引き千切った。

 目の前状況を退屈そうに見下ろしている其の前で、彼は、解き放たれたその鎖の端を、傷ひとつなく滑らかに新生した両手で恭しく差し出す。
 自分の首へ掛けろと。
 自分を、あなたのその手で永遠に繋ぎ止め、飼い慣らしてくれと。

「要らない儀式ですが、あなたのそういう行動も、予想していましたから」

 其の声が響く。彼はうっとりとその声を鼓膜に受け止めながら、甘く狂おしい声音で、恭しく問いかけた。

「ねぇ……ボクの……神を名乗らないカミサマ……。其の名は、なんていうんだい……?」
……

 神という座すら、其にとっては退屈の同義語でしかなかったかもしれない。だが、天の嘘に絶望した彼にとって、これこそが永遠を捧げるに足る至上の救済だった。
 彼は、其の圧倒的な存在感に視線ごと蕩けそうになりながら、ただ答えを請うように見上げる。

……ひなたはじめ、カムクライズル、この器にとっては、どの名も同じです」

 彼のカミサマは淡々と告げる。新しい因果を決定づける、厳かな宣誓のようでもあった。
 余分な感情など一切交えぬまま、其の手によって、細い首に冷たい金属の鎖が掛けられた。
 カチリ、と。地獄の底に響いた小さな噛み合わせの音は、彼にとって天界のどの祝福の鐘よりも美しい、永遠の呪縛の始まりを告げる音だった。
 天使としての生を完全に捨て去り、無二の主へと魂を明け渡すための、血と陶酔に塗れた受洗の儀式を終えたように、漆黒の天使は恍惚とした笑みを唇に浮かべた。

「これからは、どうかボクを……カミサマの都合のいい『召使い』として、好きなだけ使ってね……ぇ」

 昔日の天使は、今、自らの名すら深淵へ捨てた。自らの新しい神の足元へ、深く、深く額づいた。それだけでは足りないとでもいうように、彼は膝をついたまま、そっとカムクライズルの足元へ唇を寄せる。
 主人の足元に擦り寄る獣のように。あるいは、初めて恋を知った少女が、触れることさえ畏れ多い相手へ精一杯の愛を捧げるように。
 冷たい足先へ恭しく口づけた瞬間、首に掛けられた鎖がかすかに鳴る。陶然と目を細め、危うく夢見るような表情で、足元から見上げた。

 その赤い瞳に、自分が映っている。
 白い指先が鎖を撫でるたび、首元から胸の奥へ、痺れるような歓喜が広がっていく。
 カムクラの傍らに在るものとして生まれ変わった証――漆黒の輪が忘我に揺れ、四枚の黒い翼が、主の足元で歓喜に震える。