氷酒
2026-06-28 13:45:24
1670文字
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掌編『体温計』

まりみや組+モブ


……
……
 どこか神妙な沈黙。その中でピピッ、と無情な電子音。
「鳴った?」
………鳴ってない」
「ウソ。鳴っただろ今、見せなー?」
……

 取り上げた体温計に表示されていた画面には、『38.6℃』と表示されていた。


「おーおー、しっかり高いじゃん。心当たりは?」
………ちびすけが昨日まで風邪で寝込んでた」
「しっかりガキから貰ってやがるよ、子持ちの人妻が」
「誰が子持ち未亡人だコラ……

 さらっと属性が悪化してるあたり、どうやら本格的に体調が悪いらしい。





 朝からどうも調子が悪そうだな、とは思っていたのだ。それでも新作アクセサリーの撮影だったり、打ち合わせだったりはそつなくこなしていたから見守るに留めていたのだが、仮眠室に泊まると言い始めたので体温計を叩きつけた。そうすれば案の定、これである。
「病院はー?」
……昼休憩に行った」
「流石にそういうのは事前に言えって。休み出すから」
「いやでもさぁ……
 雇い主として当然の要望を言えば、流石に自覚はあるのだろう。珍しく真倫はバツが悪そうに視線を逸らした。
 それなりに長い付き合いになるが、この男は妙に弱みを隠す癖がある。生い立ちと環境を考えれば仕方ないことではあるがそれが今でも徹底されているのは些か気分が悪い。
「どーせ早退したら美夜君にバレるから……とか思ってんでしょ」
……
 普段なら完璧なポーカーフェイスも、体調不良の時は綻びが出るらしい。いや、今回の場合は話題が彼にちなんだことであるのも関係しているかもしれはい。
 なんせこの男、かれこれ10年以上親族でもなんでもない隣の部屋の元少年の世話をし、目に入れても痛くない程に可愛がっているのだ。人妻、親馬鹿、と俺から散々呼ばれるくらいには。

……うつしたって気にするだろ、アイツ」
「実際感染ってるしねぇ。いいじゃん、交代で面倒見て貰えば。もう大人なんだろ」
……いや、だってまだガキだし」
「成人したってこの間聞いたぞ。仕事だってしてるんだし、自立できるくらいにはしっかりしてるじゃん、良い子だし」
「まぁ……

 本人も理解しているのだろう。それでも、と言い淀む真倫にため息が出た。

「子離れ出来てないのはお前の方じゃん」
……

 こいつの事情はある程度聞いているつもりだ。彼の面倒を見ている理由に、自身の経験を重ねているということも、察しがついている。そのせいか、どうも真倫はその『役割』に固執しすぎているきらいがある。

「別に離れろとは言わねぇよ。たまには任せるくらいしても良いんじゃない? これからも一緒にいるんだから」

 真倫は何も返さない。俺はコイツのことを、頭は良い方だと思っている。だから、言っていることが間違っていないことくらいは理解できているのだろう。

 間違っていないことと正しいことがイコールという訳ではないけれど。それでもこれは必要だと思うことだ。

――ま、調子が悪い時に言う話じゃなかったな。いいよ、仮眠室で休んでこい。暫くしたら起こしに行くから」
……悪ぃ」
「そう思うんなら今度お前んちで飯食わせて〜」
………ん。わかった」

 いつもの軽い口調に戻してやると、真倫は軽いひらりと片手をあげて部屋から出ていった。


 なんというか、難儀なやつだとは思っている。本人がどうにかしようと思っていないために踏み込まないでいるが、たまにはこうした口出しくらいは許されてもいいだろう。
 真倫が戻ってくる気配がないことを確認した俺は、素早くスマホを取り出した。そして、随分前に交換した連絡先を呼び出し、通話ボタンを押す。
「あ、美夜君? 急に悪いんだけどさぁ――









『うわ真倫どうしたのお前。顔真っ赤じゃん!』
…………ガキの熱がうつった。一日中部屋貸して』

 ……まぁでも。遠回りではあっても、昔からちゃんと人のことを頼るあたりは変わらなくて。安心していたりはするんだよな。