山茶花
2026-06-28 12:46:03
6603文字
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呪い【274SK071】

呪いを解く話/微シリアス/6200字程度


 小さな頃に、見た絵本。それは、きれいに着飾ったお姫様を迎えに行く、王子様の話。そこで、俺が惹かれ、目を取られたのは。
 ……煌びやかなドレスを着飾った、お姫様、ではなく。
 ボロボロの姿になっても、自分だけの姫君を迎えに行く。
 頼れる王子の、姿だった。

 そんなことなど、すっかり忘れ、17の齢を取った今頃。
 俺は。大切だと思う子を見つけた。
 ひとつ下の後輩の、デュース・スペード。
 くるくる変わる表情、無邪気な笑顔は、俺の心をぎゅうと締め付ける。
 デュースを見ていると浮かぶ、この気持ちは一体、なんなのだろうか。
 だけど、暖かくて、幸せで。きっと悪いものではない。
 そう、思っていた。だから、伝えてみた。
「デュース。お前といると、嬉しくなる。つい、心の奥が踊るかのようになって。朗らかで、暖かくて、幸せで。ずっと、一緒にいたくなる」
 なのに。デュースは、言うんだ。
「シルバー先輩……、ありがとうございます。でも、ちょっと変ですよ。男同士で、そういうの言うのって」
 先輩ちょっと変わってるし、なんか妙に似合ってますけど。おかしい奴だって思われないように気をつけてくださいね。普通はそれ、特別大事に思ってる女の子相手に言うようなことですよ、と。
 そんな言葉で、俺を刺した。
 俺はそのとき、茨の棘のように食い込み、じくりと刺す痛みによって、気づいた。俺は、デュースのことが、……恋愛的に、好きなのだ、と。
 それと同時に、気づいた。デュースの人生という舞台においては。
 もう、「王子様」であるデュースと。「お姫様」という女性が、誰か配置されていて。俺はそれを客席から見つめる、ただの観客でしかないのだと。
 俺は、それに。
……そうか。デュースの舞台に、俺の席は、ないのだな)
 と、悟り。この恋心に、微睡みの呪いをかけて。
 静かな眠りに、つかせることに決めた。

 でも、だけど。夢の中くらいは、いいだろうと、甘えて。
 時折入れた夢の中でだけは、デュースに伝えた。
「愛している」と。
 伝えて、しまっていた。それがどれだけ、デュースの心を揺らしていたのかも知らずに。



 シルバー先輩に、なんか。……ヘンなこと、言われた。
『デュース。お前といると、嬉しくなる。つい、心の奥が踊るかのようになって。朗らかで、暖かくて、幸せで。ずっと、一緒にいたくなる』
 って、まるで、僕のことを特別に好きかみたいな、なあ?
 シルバー先輩は真面目な人だし、優しい人でもあるし。僕の気にしすぎだとは思うけど……
 でも、仮にもしそうだったとしても、思春期の気の迷いだよな。
 実際、男同士でそんなこと言うのって、ヘンでしかないし。
 僕だっていつか、素敵な女の子と出会って、それで、その子を頼れる王子様としてエスコートして、幸せになるんだって思ってて、それが……なんていうか、普通、だし!
 だから、うん。……おかしいんだ。
 こんな風に、シルバー先輩から言われたことが。
 あのときの先輩の顔が、声が。ずっと心に残って、離れないのは。
 夢を見る度に言われる、『愛してる』の言葉に、妙にソワソワした気持ちになるのは。……そんなの、変だ。
 僕は……普通でいたいんだ! これ以上、普通じゃなくなって。
 母さんのことを、悲しませたくもない。
 そんな気持ちを誤魔化すようにして、街を歩いていると。
「すいません、落としましたよ」
「あ……、ありがとう、ございます!」
 ひとりの女の子と、出会ったんだ。



 デュースに、彼女が出来た、らしい。
 ……そうか。自分だけの『お姫様』を、見つけたんだな。
 おめでとう、お幸せに。俺ではない、愛する女(ひと)と。
 
 本当はそんな建前も投げ捨てて、デュースの舞台に、主役として上がりたいような気持ちを、抑え込んで。

『彼女は優しいし、幸せですよ。ダチにも「いいな」って、羨ましがられるし。優等生として、それに、やっぱ男として、大事にしなくちゃですよね! なんせ、大事な人で……それに、女の子相手なんだから!』と笑うデュースの笑顔を。見守っていた。
 『男だから』と。『女の子だから』と、笑うデュースの言葉の端々に。チクチクと。茨の棘のように、刺さるものを感じながら。
 
 *

 それからしばらく。僕は彼女と、何事もなく交際していた。
 僕は奥手で、なかなかキスとか抱きしめたりとかできなかったけど。
 彼女の方も、あまり触ったりキスしたりとか、そういうことを男の人とするのが好きじゃないから、ゆっくりの僕はちょうどいいんだと言っていた。
 だから、僕と彼女は、たまに会って、話をするくらいの関係で。
 でも、それなりに、会う度信頼関係は築かれていってて。
 だからこそ、彼女は僕にその話をしてくれたんだろうに。
「私ね。女の子が好きだった、かもしれないの」
 そして彼女は話した。小さい頃、女の子のことが好きだったこと。エレメンタリースクールやミドルスクールでも、何度も女の子を好きになって、その度に女の子たちは、好きな男の子を作っては、失恋して。
 それで、いい加減自分も男の人と付き合ってみるようにすべきなんじゃないかって思ってたときに、僕と会って。
「こんな風になら男の人とでも付き合っていけるかもしれない」って思えるように、なってくれたんだって。
 でも、なのに、僕は。言ってしまった。
「気持ちは、嬉しい、けど。なんで、そんな話を、わざわざ、僕にするんだ? だって、その……悪い、けど。男同士とか、女の子同士、とか。そんなの、おかしいじゃないか」
 そうしたら。彼女は、僕の頬をパシンと叩いて。
……話したのが間違いだった。最低、大嫌い。もう二度と、私の目の前に現れないで」
 って、帰っていってしまった。僕は、謝ろうと思ったけど。涙を流す彼女の前に。何を言えばいいのか、分からなくなった。

 それから僕は、雨が降ってきた街の中を、傘も差さずに、ひとりフラフラ歩いていた。
 ……僕、なんであんな酷いこと言っちまったんだろう。
 勇気を出して打ち明けてくれた彼女に、あんなこと言うのは。間違いだって、普通に考えたら、分かっていたはずなのに。
 そうして、ぐるぐる考えていたら、こんなときシルバー先輩ならなんて言うんだろう、なんて考えてることに気づいて。
 自重しろよ馬鹿、と自分を嘲った。
 シルバー先輩は、ただ、僕のことを大事に思ってくれてるだけの先輩で。
 ……僕のことを、特別に思ってるわけなんかじゃなくて。
 この現実では、愛してなんか、なくて。そうだろ? そのはずだ。
 それが普通だ。当たり前だ。王子様は、王子様を迎えに来ない。
 そうやって、意固地になって。僕は、ふと気づいた。
 
 ――僕、シルバー先輩に、迎えに来て、ほしい、のか?
 
 そう思うと、全部の辻褄があった。
 僕は普通でありたいのに。シルバー先輩は、僕のことを好きそうな態度を見せること。彼女の持つ想い出に、つい反発してしまったこと。
 夢の中で告げられる愛の言葉に、ドキドキしてること。
 その全部から、『普通じゃない』と、目を逸らそうとしたこと。
 ああ、僕は。ただ、僕は。自分の気持ちが、怖かったんだ。
 今まで過ごしていた『普通』じゃなくなるこの気持ちが、みんなと同じ、当たり前じゃない世界が、怖かったんだ。
 だから、シルバー先輩のことから逃げるように女の子と付き合ったのに。
 結局目の前に、似たような問題は降ってきて。
 だから……逃げたくて。あんな酷いことを、言っちまったんだ。
 僕は。泥だらけの雨の中。廃墟のトタン屋根のひさしの下で。
 スマートフォンを取り出して。彼女にメッセージを送った。
『ごめんな。僕、本当は怖かったみたいだ。僕にも、気になる人がいた、みたいで。……その人、男の人でさ。その人への気持ちが怖くて、逃げようとして、付き合ってたのかもしれない。それで酷いこと言って、傷つけた、本当にごめん。だから……お互い、これ以上無理して付き合うのはやめよう。最後に言わせてほしい。変だって言ったのは、謝る。本当にごめん』
 それから、僕は。ずるいけど。本当に酷いことだけど。
 シルバー先輩に、電話をかけた。先輩にも、謝りたくて。
 僕はもう、気づいてしまったから。
 先輩のことも、彼女と同じように。チクチクと傷つけ続けていてしまったこと。
「シルバー先輩、ですか? デュースです」
『デュース? どうした、声が落ちこんでいるな。今日は楽しいデートの日、じゃなかったのか?』
……そう、だったんですけど。実は……
 それから、僕は。一部始終をシルバー先輩に話して。
 先輩にも、何を誤ればいいのか分からないまま、ひょっとしたら僕、先輩のことも傷つけてたのかもしれません、ごめんなさいって謝って。
「ってワケで、フラれちゃいました。サイテーですよね、僕……。彼女のことも、先輩のことも傷つけて。……今、雨宿りしてますけど。傘もないから、どこにも行けないので。雨が止んだら、帰ります」
 そう告げて、電話を切った。
 


 デュースから、電話があった。その内容は、衝撃的なものだった。
 付き合っていた彼女と、事故的に別れてしまったこと。
 デュース自身、気になる男がいて、それに反発し続けてしまっていたのだということ。それに続いて、俺の気持ちが、彼に伝わり始めたのだということ。
 確証があるようには言っていなかったが、もしそうだったとしたら、とデュースは俺に謝罪の言葉を述べた。
 俺は。通話が切れたあと。傘を1本取って、学園の外へ、走り出した。
(デュースがひとり、どこにも行けなくなっている。……行かなくては)
 と。俺は、彼の元へ走っている中で。言葉でもない、理屈でもない、ただ衝動のようなものを、感じていた。
(偏見、差別、思い込み、常識。お前の言葉、確かにチクチクと、茨の棘に刺されるように、痛かった。……だが、それでも。何度刺されても、この想いは、俺の気持ちは。100年の眠りの呪いにかかるわけじゃない、あの呪いの糸車に刺されたようには――……俺の、この想いは、この気持ちは。死にもしないし、眠りもしない!)
「どこ行くんだよ、シルバー。そんなに急いで!」
 そう尋ねる級友に、俺は笑って返す。
「決まっている。……舞台へ、上がりに行くんだ!」
 そうして、街を走り出し。迎えに行ったデュースは、雨にまみれた、ぼろぼろの泥だらけで。
「まるで灰かぶりどころか、泥かぶりだな」
 そう、仕方ない子だなとでも言うかのように、呆れ笑い混じりの溜め息をついて。
「シルバー、先輩……? なんで……
「迎えに来た」
 そう、デュースにほほ笑みを向ければ。デュースは、泣きそうなほど、くしゃりと顔を歪めた。
「なんで、僕を。僕なんかを、迎えに」
 デュースの前に立ち。俺は、確かに俯く彼の姿を正面から受け止め、告げる。
「決まっているだろう。……お前のことが、好きで、大切なんだ。誰に、どれだけ、変だと、おかしいと言われても。お前自身の口から、その言葉が紡がれようと。今このとき、お前に傘と手を差し出したい俺のこの気持ちは、間違いじゃないと。はっきりと自信を持って言える。それでも、お前は。まだ、俺のことを。……彼女のことを。おかしいと思うか?」
……。でも、僕、そんなの……」と、躊躇うデュースに。俺は、言葉を重ねて続ける。
 それがお前を縛る呪いの茨なら、俺がこの剣で、断ち切ってやろう。
「デュース。お前の持つその感情は、まるで呪いのようだ。完璧に着飾られた王子様とお姫様だけが、結ばれなくてはならないことなど……。それも、そういう世界も、あっていいのかもしれない。でも、その夢物語がひとつばかり存在することは、今こうして、俺たちを縛る鎖になるほどのことでは、ないのじゃないか? 今の俺には、そう思える。お前もその呪いの茨に、強く守られながらも、同時に。チクチクと柔い心の肌を刺されて、苦しんでいるのではないか? ……それなら、俺が断ち切ってやる。だから、どうか……
 取るだけでいい。この手を。無理に、俺と幸せになれ、などとは言わない。だが、どうか。
 お前が少しだけ楽になる手伝いを、させてほしい。
 俺は、未来のどこかで待つ、着飾ったプリンセスではなく。今、俺を待つ泥だらけのお前を、迎えに来たのだから。
 そう告げ差し出した俺の手を、デュースは、恐る恐る取って。そして、とうとう。隠してきた本音を、俺に告げてくれた。
「僕。本当は……シルバー先輩のこと、ずっと、気になってたんです……。でも、王子様にも、なってみたかった。男として、そうするのが当然だと思ってたから。絵本の王子様みたいな、格好いい男になって、お姫さまを迎えに行くんだって、ずっと、思ってて。お姫さまになりたいわけでも、なかったから。でも、だけど……なのに、アンタのことは……
……ああ、デュース。無理に、今、すべてを言葉にしようとしなくても、かまわない。俺は長く悩んできて答えを出していたが、お前は、今初めてその問題を見た。その差異があれば……うまく言えなくて、当然だ。それに、恋をするならば、誰とだって。互いの気持ちに、揺れて、迷うものだ。それは……王子と姫でも。そして、俺たちでも、彼女たちでも、何も変わらない、と……。俺は、そう信じている」
 そう告げたとき。デュースの、スマートフォンの通知が、鳴った。
 デュースはそのメッセージを見て。そうして、また泣きそうに顔を歪めてから、俺に言った。
……『たぶんもう元の形には戻らないけど。友達として、また今度、もう一回話そう』って、返してもらえ、ました」
「そうか。……なら。話してくるといい、そのとき。いいことも、悪いことも、すべて、な」
「はい……
 それから。俺は、デュースを連れて、学園へと帰った。
 慌てていて、傘を1本しか持ってこなかったから、お前が使うといい、と俺が傘をデュースに渡すと。デュースは、先輩が使ってください僕もうどろどろだし、と言う。お互い譲らなくて、困ってしまったが。
「だが、……お前はまだ、俺と一緒にひとつの傘を使うのは、嫌だろう?」
 と、告げると。デュースは、嫌じゃないです、と言って。
「怖いけど、嫌、じゃ、ない、です。……一緒に、入って帰りましょう。僕、もう自分の気持ちを、間違いたくないから」
……ああ、分かった。それじゃあ、一緒に帰ろうか、デュース」
 そうして。俺たちは、ひとつの傘に、ふたりで入って帰った。

 それから。たくさんのことを、話した。
 俺はずっと、デュースのことを好きでいたこと。
 夢の中に入って、愛の言葉を告げていたこと。
 それにデュースが、戸惑っていたこと。
 デュースが俺への気持ちから逃げるようにして、彼女を作ったこと。
 それが誰にも失礼だったと、失敗してから気づいたこと。
 それでもまだ、間に合うこと。
 それぞれとの関係を、まだやり直せること。
 そうしていると、暗い時間になってしまったから。
「送って行く。俺がお前のことを心配なんだ」と。
 デュースの帰り道を、エスコートさせてもらった。
 デュースはまだそのように扱われることに慣れていないようだったが。
 俺は、ようやく夢が現実になり始めたことに、手応えさえ感じていて。
 ……おかしいな。お前に降り注ぐ悲劇など、振り払ってやってしまいたかったはずなのに。
 そうして、デュースを寮へと見送って。
 ひとり、部屋に帰り、考えた。
(今日の夢では、デュースに会えるだろうか)
 そうして、もし会えたのなら。今夜のデュースには何を言おうか、と。
 もし会えなくても、それでいい。アイツが自分の気持ちに向き合い、落ち着ける時間になるのなら、と。
 今はただ。
 眠りの呪いから醒め、曙(あ)けた夜に動き出した俺の想いを。
 傷ついた茨の痛みから、そっと労わってやるのだった。

*おしまい