葵月
2026-06-28 06:22:29
6835文字
Public
 

台風、時々コロッケ

王最¦一応オンリー(行けなかった)記念
台風コロッケと王最はずっと書きたかったネタなので、ネタとして消化するには今日しかないと思ったんだ!!(ヤケクソ)

R18ではないですが、香りは漂ってます




茹だるほどの炎天下の中だろうと、熱を奪うほどの雨風の中だろうと、足場も視界も悪い生い茂った草木の中だろうと。ターゲットが動くなら、僕も動く。


『それ、スカートの中まで覗きそうな勢いだね』


彼にしては珍しく、口調も、表情も、声のトーンすらも、一致させてそう言った。額へと伸びてくる手を見ながら“明らかに不機嫌な恋人の機嫌をどうしようか”と考えたのは、つい先月の台風の次の日のことだった。
煩いくらい響く頭痛は僕の思考を根こそぎ奪っていく。何かしなければ……そう思うのに、解決策は一向に浮かばない。


『探偵やめろって言ってるわけじゃないんだからさ。探偵の前に一人の人間であることを理解しろって言ってんの。
こんなに健気に伝え続けてる恋人がいるのに、後先考えずに突っ走って勝手にあちこち行っちゃってさー。
あ!そうだ! こないだ、最原ちゃんに似合いそうな首輪とリード見つけたんだよねぇ』

……今日のことはごめん。でも理解はしてるし、そもそも連絡できなかったのは、電池切れになるくらい電話をかけてきたキミのせいでもあるだろ』

『たはー、ご主人様に向かって口答えとはね』

躾からやり直さないとねと言いながら、額に触れていた手は輪郭を確かめるようにしてそっと首へと降りていく。探るように見つめられていた瞳がより深く映った時、覚え込まされた身体はそっと瞼を下ろした。
でも、いつまで経っても想像していた熱は落ちてこない。不思議に思い再び瞼を開けようとした時、ようやく短く吐き出された息が唇に触れた。


『何期待してんの? 熱が下がるまではお預けだよ、ばーか』


待てくらいはできるよねと言って、病人相手とは思えない力でデコピンをしてきた王馬くんは、いつの間にか鼻歌でも歌いだしそうなほどご機嫌になっていた。



◇◆◇◆◇



「どうしようか……

毎日のように天気予報を見ては、頼むから来ないでくれと何度も何度も心の中で祈った。しかし都合のいい時だけ縋るように祈る無神論者に、神は味方をするどころかもうひとつの渦巻きを連れてくる。




あの日。不機嫌さの裏側に隠されていたのは、多分、段取りが悪い僕への怒りと──

元々電波の届きにくい場所へ行くとは伝えていたし、調査のための準備だって彼の前でするしかなかった。それがかえって不安を煽っていたらしいことは、どこからか持ち込まれたホワイトボードが黒で埋まるまで気が付かなかった。
『山奥へ行くのにペットボトル一本で足りるわけないじゃん、なめてんの? 何でもかんでもぺろぺろ舐めるのは最原ちゃんの特技なのかもしれないけどさー』そう言って青白い手がペチペチと“馬鹿でもわかる山登り講座”と書かれた文字を叩く。
『僕は山登りに行った訳じゃなくて、調査に行ったんだよ』と言えば、そういう問題じゃねーよと視線で返された。

たまたま不倫現場が山奥のコテージだっただけ。場所に適した調査道具をリュックに入れただけで肩は崩れてしまいそうだったし、スペースもほとんどなくなってしまったから自分用の荷物を予定より少し減らしただけだ。
と今の王馬くんに言えば、普段の倍以上で言い返されることはわかっているので黙った。

……自分のことは疎かにしてしまっているのかもしれない。けど、そのかわり探偵としての経験はそれなりに積んできた。
電話だけで充電はなくならない。おそらく、事前に何か仕込まれていたんだろう。裏でGPSが起動していたのか、そもそも携帯自体が乗っ取られていたのか、今となっては分からない。

でもやっぱり原因は、王馬くんだと思う。だって足をもつれさせながらも何とか下山できたことに安堵して思わず倒れ込んでしまった身体を抱き留めたのは、固く濡れたアスファルトではなく、嗅ぎなれた匂いだったから。

感情任せに山中を走り回って探すことなんてできないキミは、山奥の正確では無い位置情報に焦れながら、僕が現れるであろう場所を絞って、ここで待っていてくれたんだろう。

──心配、してくれてたんだ。

なんか、キミには似合わない感情だなと、落ちる意識の中で少しだけ笑えた。




この日を思い出すと、無意味な神頼みはどうしたってやめられないのだ。



◇◆◇◆◇



……そう、ですか」


また怒られるかもな、でも今回は通い慣れたホテル街だし……といつもの荷物に手をかけた瞬間、ポケットから小さな振動がした。

お気に入りのラブホテルが台風の影響か全室予約で埋まってしまい、いつも通り当日入りするつもりだった二人は仕事中にも関わらずメッセージアプリで喧嘩を始めてしまったらしい。退勤後になっても結局その熱は冷めず、予定は白紙。
今回の依頼は次に持ち越させてくださいと言う女性に、僕は気の抜けた一言しか返せなかった。


ターゲットが動かないなら、僕も動けない。


何となく、今日は早く帰りたい気分になって、溜まった書類仕事は見なかったことにした。



「あれ。王馬くん、だよね? おかえり」

「ただいまー! それと、最原ちゃんもおかえり。今回はちゃんと帰ってきたんだ」

「ただいま……って、それ持って家に入るつもりなの?」

「まぁね」

……ここ、僕の家なんだけど。
その腕に抱えたキミの顔が隠れるくらい大きなダンボール箱は何?と聞いてもまともに答えてくれる気はしない。ただどうしたって気になってしまうのは探偵の性なんだろう。
その不躾な視線に気づいたのか、王馬くんは意外にもあっさりと箱の中身を告げた。

「あー、日曜のパーティで爆発させようとしてた火薬なんだよねー。ちょっとびっくりする程度のやつなんだけどさ。使い物にならなくなっちゃって。
『総統用だったので持って帰ってください!』って押し付けられちゃってさー」

……総統なのに?」

「総統だからじゃない?」

威厳のない総統だな……
というより、そんな危険物を僕の家に持ち込ませたくはない。でも雨だって降り始めてしまったし、追い出そうとしたら軒下で雨音に負けず劣らずの泣き真似をされてしまうだろう。
いろんなものを天秤にかけて、僕は王馬くんが入りやすいように自宅の扉を開けた。

「ありがとね」

「それ、リビングとか寝室じゃなくて、書室の方に置いてよ」

「いいの?」

「最初からそのつもりだったくせに、なんでそんな驚いた顔するんだよ」

「中身がどうこうよりさ、雨に濡れた大きなダンボールってだけで最原ちゃん嫌がるかと思ってたんだけど」

……嫌がったらやめてくれるの?」

そう言うといつもの特徴的な笑い声がかえってきた。
王馬くんが書室に消えていく姿を見届けてから、晩御飯になりそうなものを探す。調査の準備や他の仕事もあって帰ってきたのは四日ぶりだ。あの調子だと、王馬くんの方も月曜から帰ってなかったんだろう。その間にこの家の冷蔵庫事情はすっかり頭の中から消えてしまっている。

冷凍してた肉じゃが……、まだ食べられそうだな。
でも冷凍する前の食事で白滝は食べきったし、冷凍前にじゃがいもは潰してしまったから、これを“肉じゃが”と言って出したら王馬くんは怪訝そうな顔をしそうだ。
いっそカレールーでも入れてみようか。そう思った時、後ろで黒髪がぴょんっと跳ねた。

「うっわ! 台風コロッケじゃん!」

「何それ」

「最原ちゃん、台風コロッケ知らないの……

……台風とコロッケに何の因果関係があるの?」

「その話は散々されてるだろうからねー、あとでサイト見てみたら?」

いまいち要領の得ない回答にモヤッとしたものが溜まっていく。でも王馬くんがフリーザーバッグの上から器用に菜箸で十六等分していく姿を見ていると、まぁ楽しそうだからいいかという気持ちが生まれ、そのモヤを溶かしていく。
先程から良くも悪くも情に絆されている。その事実に、嫌な気持ちが少しも湧かない理由は、もうとっくにわかっているし──

「最原ちゃん、楕円形作れるようになった?」

「胃に入れば一緒じゃないかな」

「たはー。なら、卵とか構えててよ」

──そうやって、愛おしいものに触れるように瞳を動かすキミにも伝わってしまっている。

お互いを恋人と呼びながら、僕らは言葉にして想いを交わし合ったことはなかった。
でも王馬くんといると、言葉はとても便利だしその分不便だと思う機会も多くあって。かわりに、視線を交わして、指先で触れ合って、熱を分け合うことで、伝えあった。
だから、王馬くんが僕にくれるものから目を逸らしたくなくて。

「さいはらちゃーん」

いつからか、“見すぎ”の意味を込められて僕を呼ぶこの声が『嘘だよ!』という口癖と同じくらい聞こえるようになった。


◇◆◇◆◇


油の音が少しずつ小さくなるかわりに、外から聞こえてくる雨風の音が薄く部屋の中に鳴り響く。普段ならどちらもパチパチと心地よい音を立てるのに、全てを吹き飛ばそうとする風と横殴りの雨の音は、その異常性をも叩きつけてくるようだった。
混ざり合う音を聞きながら、冷蔵庫からソースや白米、棚から皿とコップを取り出していく。すると、いつのまにか外の音が完全にこの部屋を埋めつくしてしまった。

「でーきた! はい味見!」

「あっ……つ!!」

「あれ? 熱かった?」

ごめんねと言いながら唇が寄せられる。角度を変えながら触れるだけのキスを繰り返して、最後に音を鳴らすように上唇を吸い上げた。

……この人、ついこないだ成人を迎えたんだけどな。
小首を傾げながらもう痛くないでしょと上目遣いで見つめてくる。その瞳の奥には、“最原ちゃんのせいだからね”とありありと書かれている。
びっくりしただけでさほど熱くはなかった温度も全て王馬くんの計画通りだと思うと、僕のせいにしてくる横暴さも、その容姿をアドバンテージとした行動も、腹立たしく思わなくもない。

「肉じゃがコロッケって実質二品作るみたいなもんだからさ。最原ちゃんみたいな人にしか作れないと思ってたのになー」

あーあと言いながら二つ目のコロッケを口に運ぶ。このペースだと食卓に着く前に無くなりそうだな。なんて思っていたのに、三つ目には手を伸ばさずあっさりと残りはテーブルへと運んだ。

「キミ、コロッケしか作ってないだろ」

「なら、愛の共同作業ってやつ?」

「お、おっ! 王馬くん!!」

思わず飲み込んだじゃがいもがべっとりと喉に張り付いて痒い、痛い。むせても、水を飲んでも、何となく張り付いたままな気がして落ちつかない。いきなり直接的な表現をしないで欲しい。……直接的、ではないか。

「あーあ、立ち食いなんてしてるからだよ」

誰のせいだよ、誰の。
このコロッケはキミがさっき突っ込んできたやつの残りなんだけど。まだ喋れない口のかわりに睨みつけて伝えると、ニヤリと目と口を歪ませる。

王馬くんのこれは、何十回と見てもよくわからない。
僕が表情を緩めたり、真剣な顔をしていると、小さく笑うだけなのに。こうやって睨みつけたり、怒ったり、嫌そうにしたり、泣いたりすると、ごめんねと言いながら意地の悪い顔か楽しくて仕方がないといった顔をする。悪趣味だ。


「最原ちゃんあと何個食べる?」

「十六個あったなら八個ずつだろ」

「食べ切れるならそれでもいいけど」

……食べ切れなかったら、明日の朝パンに挟んで食べるよ」

「ふーん」

そう言って十三個あったコロッケを八個、粗熱が取りやすいようにかバットの上へと戻して、キッチンへとまた運ぶ。キュッキュと音が鳴ったかと思うと、冷蔵庫に貼りつけてあった小さなホワイトボードにはお品書きと書かれ、その下にサンドイッチから始まる数品のメニューが並んでいた。


「結局、台風コロッケって何だったの」

「結構前に台風の保存食にはコロッケがいいって話題になってたんだよ」

…………どうして?」

「まー、今日は作ったから想像しづらいかもだけどさ。手軽に安くスーパーやお肉屋さんでお惣菜として手に入るし、冷めても美味しいから電気もガスも使わないで食べられるっていう理由らしいよ?」

「それ、コロッケじゃないとだめなの?」

「雨の日は揚げ物が食べたくなるって証明されちゃってるからねー」

音、似てるもんな。
それともジメッとした日にはサクッとしたものが食べたいという、心理的なものなのか。
そうだとしても、コロッケでなければならない理由ってなんだろう。バレンタインみたいに企業の戦略……だとしたら、僕だって聞いたことがあるだろうし。
口に出した時のリズムは良いような気もするけど、やっぱり因果関係がわからない。

「なんてね! 嘘だよ!」

「えっ?」

「でも台風コロッケって言葉があるのはホントだよ!」

「え、ええ……っと」

どれが嘘で、どれが本当なんだろう。
もう一度思考を深くまで落としてみても、一向にしっくりくる真実が見えてこない。
けど、最初に『サイト見てみたら?』って言っていたから、インターネットの中には答えが落ちているはずだ。そう思って、冷めないうちにもう一つと手を伸ばす。

「でも、王馬くんには似てるね」

「えっ……。こんなぐちゃぐちゃに潰れたじゃがいもそっくりって言われても……
練り切りみたいな顔してる最原ちゃんにそんな皮肉を言われるなんて、ビックリしちゃったよ……。嘘だけど」

その『嘘だけど』はどっちにかかってるんだ?
そもそも練り切りは褒め言葉なのか?

「王馬くんって、台風みたいな人だし、コロッケみたいな人でもあるなって」

……意味わかんねー」

そう床へと零すように呟いた王馬くんは、ご飯の上に乗せたコロッケが茶色に変わってしまうくらいソースをかけていく。肉じゃがの味だってついてるのに、辛くないのかな。

「台風の方は説明しなくてもいいと思うんだけど」

「周囲を巻き込んでドンパチやったかと思えば、最後は水不足解消みたいな大きな恩恵をもたらすところがオレそっくりだよね!」

……僕の料理のレパートリーが少ないのは知ってるだろ」

「もちろん! たった三つだもんね、肉じゃがとカレーとシチュー」

そう言いながら、一本ずつ天へと指を上げていく。王馬くんの指が三を示した時、閉じられた二つの指の下から手を入れて、貝殻の形になるように手を重ねた。

「うん。具材を少し足し引きして、ルーを入れればカレーとシチュー。王馬くんが教えてくれた和風の基本となる調味料を入れたら肉じゃがになるよね。
肉じゃがの後はコロッケになって、そのコロッケのあとにだってあんなにも沢山の変化先がある」

握り返してくれた王馬くんの視線を連れて、冷蔵庫のお品書きを眺める。
サンドイッチ、ドリア、グラタン、玉子とじ。そばにのせても美味しいよ!と味のある似顔絵が話している。

「それって、その場や相手に合わせて見せ方を変えるキミみたいだなって思ってさ」

「それも伯父さんの受け売り?」

「違うよ。キミ、伯父さんとは話したことないだろ。……ないよね?」

「さぁ、どうだろうね。でもさー、コーヒーの染みといい最原ちゃんって飲食物に例えがちなんだね」

「日常にあるものだから、かな……?」

「オレと結びつけたのも?」


オレが最原ちゃんの日常にいるから?
そう、聞かれている。王馬くんが、僕の日常?



日常って穏やかで、平坦で、当たり前の毎日で。……きっと、そういう日々があるからこそ、特別な日が思い出深いものになるんだと思う。そう思わせてくれるのが、日常。


だとしたら?
今僕は王馬くんのことを、台風だと表現した。
ある日突然現れて、掻き乱して、楽しげに雨風を揺らして、時には痕跡を残して、去っていく。そしてまた、いつの間にか消えている。


僕が思う日常とは程遠い人。


でも、それが去らずに、消えずにいる。
居場所を探すみたいに世界各国を飛び回るキミが、ただいまと言える場所がここだと言うのであれば。



「あははっ、そうかも」

「にししっ、ようやく最原ちゃんを人間にできた気分だよ」

「それ、王馬くんだけには言われたくないんだけど……


普通とは違っても、多少騒がしくても。キミと過ごすこの日常を、僕は受け入れたいと思ったんだ。





だからといって、二人揃って空が白んだ頃に眠りについたのに、朝が来たからなんて理不尽な理由と共に爆発音で起こされるなんて聞いてない。

僕があのダンボール箱がキミの誕生日パーティで使った巨大クラッカーの残りと知るまで、あと数時間──……