kr0mm333
2026-06-27 22:59:39
2191文字
Public バチ(腐)
 

虎に番

チヒ柴webオンリー「最高の共犯者」の展示作品です。
チヒロ君が入れ墨を彫ったことを知り、ショックを受ける柴さんの話。


柴さんの入れ墨に関してはこちらをご覧ください。
→ タイガー・アンド・ドラゴン (https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28460388)

「チヒロくーん。ただいまー」
 玄関の扉を閉めても、返事はない。
「あれ……おらんの?」
 靴を脱いでリビングを覗く。
 誰もいない。
 買い物にでも出たのかと思ったそのとき、廊下の奥から物音が聞こえた。
「チヒロくーん?」
 声をかけながら歩いていくと、ちょうど浴室の方からドライヤーの音がする。
「チヒロくーん、帰ったで…………?」
「あ」
 ドアを開けると、目が合った。
 濡れた髪をタオルで拭きながら千鉱はドライヤーで髪を乾かしている。いつもはシャツを着てから乾かしているのに、今日に限って上半身には何も身につけていなかった。
「あ、ごめーー」
 慌ててドアを閉めようとするが、言い終わるより先に柴の視線が千鉱の背中で止まった。
「エッ……えええええええええっ!?」
 柴の叫びが部屋中に響き渡る。千鉱は両手で耳を塞ぐと「うるさっ」と顔を歪めた。
「チヒロ君!? そんな、いつの間に彫ったん!?」
 前回(上半身の)裸を見たときにはなかったはずだ。あまりの衝撃にその場から動けないでいると、千鉱はドライヤーを置いて少し考える素振りを見せた。
「柴さんが一週間ほど戻らなかったときですね」
「俺のおらんときに……!」
 柴のいるときに入れ墨を彫ると言えば止められるのは必至。なら、柴のいないときにやってしまえということなのだろう。
 出し抜かれた形だが、彫ってしまったものはどうしようもない。
 一週間以上も経過しているのだから、すでに定着してしまっているはずだ。
「柴さんや薊さんにもあるじゃないですか」
「俺らはええの! 戦争の傷を隠すとか、そういう目的やし」
「なら、俺もいいのでは?」
 実際、柴も薊も斉廷戦争で負った傷跡を隠すために入れ墨を彫った。
 だが、千鉱は戦いで傷を負っているものの、大きな跡は残っていない。
「いいや! 君は俺らみたいにデカい傷があるわけちゃうし。第一、お父さんとお母さんにもろた大事な体やん」
 今は亡き千鉱の両親を知る身としては、その体を傷つけてほしくはない。だが、千鉱の望むことはできるだけ優先もしてやりたい。
 その間で板挟みになりながら柴が目を向けたのは、肩口から少しだけ覗く赤色だった。
「そうですね。でも、俺も入れたかったんです」
「なんで……
「最初は龍にしようかと思ったんですけど、もう薊さんが入れてるじゃないですか」
「まあ、そうやな……いや、そうちゃうねん」
 図柄の話をしている場合ではない。
 だが、千鉱のペースに乗せられたまま話は進んでいく。
「柴さんと薊さんで龍虎なので、俺は違うものにしたくて」
「薊とコンビみたいに言われんのホンマに不本意なんやけど……でも、チヒロ君がアイツと同じの入れてると思ったら、薊の背中を剥ぐしかない」
「いきなり猟奇的にならないでください」
「でもぉ」
 困ったように笑うと、千鉱はくるりと背中を向けた。
「だから色々考えた結果、柴さんと同じ虎にしたんです」
 柴は息を呑む。
 肩から背中いっぱいに彫られていたのは、一頭の虎と三匹の金魚。
 虎は柴の背中の虎と左右対になるよう、正面から見れば右を向く姿だった。
 金魚の方は、黒と赤と錦の三種類。
 虎の周囲を漂うように描かれているが、柴には金魚が千鉱を守っているようにも見えた。
「薊とオソロも嫌やけど……俺と一緒でもええんか?」
「はい」
 迷いなく頷く。
「むしろ、一緒がいいんです」
 そう言って、背中の虎の方に振り返る。
「入れ墨だけでも、あなたと番になりたいんです」
 柴は何も言えなかった。
 その言葉が冗談ではないことくらい、千鉱の表情を見れば分かる。
……チヒロ君」
 ようやく絞り出した声は、情けないほど小さい。
 千鉱は目を伏せながら、少し困ったように笑う。
「すみません。柴さんに相談もなく入れてしまって」
 この相談とは入れ墨をしたことでなく、柴の同意なしに同じモチーフの絵柄にしたことだろう。
「そんなことないよ」
 柴は首を横に振った。
「そんなん言われたら……嬉しいに決まっとるやろ」
 千鉱が自分と同じ虎を選んだ理由で思い当たるものはあった。
 だが、そんなはずはないと柴は頭を振る。
 そして、余計なことを考える前に「でもな」と声をかけた。
「入れ墨は一生モンや」
 柴は真っ直ぐ千鉱を見る。
「一回入れたらなかなか消されへんし、俺のんと対になってるってことは、俺と一生一緒にいてるって言うようなモンやで?」
 千鉱は静かに頷く。
「その覚悟はあります。柴さん、俺は……むぐっ」
 言い終わるより先に、大きな手のひらで口を塞がれた。柴の方に視線を向けると、彼は首を横に振る。
「ごめんな。今、君の気持ちを受け取ることはできん」
 無理やりに止めるのは卑怯だが、その続きを言わせるわけにはいかなかった。
 千鉱もそれを理解しているのか、小さく頷く。
「でも、全部が終わったら……また言うてくれる?」
……いいんですか?」
 千鉱はきょとんとした顔をしている。
 柴に自分の気持ちを拒絶されると思っていたのだろう。
「おん。そのときになって君の気持ちが変わってなかったら、また言うてや」
「はいーー必ず」
 そうして、二人は顔を見合わせて笑った。
 今は、それだけで十分だった。