イヌノカニ
2026-06-27 21:41:54
11501文字
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【創作BL】断罪される攻めと、それに着いていく受け

noteにも投稿しました。

26/07/05 第1話更新しました。以降は更新しないかと思います。

プロローグ

「お前がやってきたことは到底許されるものではない、よってお前を国外追放の刑とする!」
それは華やかなパーティの真っ最中に、ホール中に響き渡る大きな声で宣言された。

「クソっ!」

その端正な顔立ちを思いっきり歪め、いつもの丁寧な言葉遣いからは想像もつかない汚い言葉を吐いた男は攻め。
公爵家の長男、受けの従者であった。

なんでも、彼はその立場を利用し、受けの名前を使い数々の悪事を行っていたという。
王子の口から伝えられる彼の悪行を、皆んなが不愉快そうに眉を寄せて聞いている。婦人達は扇子で口元を隠しながらヒソヒソと「なんてことを」「信じられないわ」なんて言い合っていた。

「なによりも、公爵家を貶める行為は許されない」

そう悔しそうに言った王子のセリフに、貴族達の同情するような視線が、その様子を後方で黙って見つめている受けに注がれた。

公爵家の長男であり、後継ぎでもある受け。
その容姿はとても美しく、とある画家が夢の中で出会った女神を描いた絵と、似ているとか、いないとか。

氷のように冷たく、その美しい表情は変わらない。
怒りを見せることも、笑ってみせることも、彼はしたことがないという。

それが余計に彼の神秘性を増しているのか、人間ではないなんて噂も囁かれる程だった。

「さあソイツを連れて行け!」

衛兵達がゾロゾロとやって来て、攻めを両脇に抱えるように連れて行く。
攻めはそんな衛兵達に罵声を浴びさせ、振り払おうと体を揺らして抵抗していた。

「待って」

そのとき、低くも高くもない凛とした声が聞こえた。
攻めが彼の従者となってからは、ほとんど誰も聞いたことがない、受けの声だった。

彼は片手を顎に当てて、考えるようにコテンと頭を左に傾けた。

「ど、どうしたんだ」

王子も頬を染めて、なぜか動揺したように聞く。

「それは、僕も着いて行っていいのでしょうか」

誰しもがその言葉を理解できず、会場内に沈黙が流れた。
ゆっくりと歩き出す受けに、貴族達は自然と道を開けて行く。

呆然と受けを眺めていた攻めの隣まで行くと、また彼は「僕も着いて行っていいのでしょうか」と同じことを聞いた。

王子は慌てた様子で「だ、ダメだ。お前は罪を犯していなのだし、そ、それに、国外追放というのは、この国に二度と帰れないということなのだぞ。お前がいなければ公爵家はどうする?」と子供を宥めるような口調で言った。

「僕には弟がいるので、弟に任せます。
それに僕は、彼がいないと服は何を着ればいいのか、どこを歩けば良いのか分かりません。とても公爵なんて務まりませ——……「いい加減にしろ!」

横から現れた公爵、受けの父親は、その美しい顔の頬を叩きながら言った。
赤く染まった頬を撫でながら、彼は顔を歪ませることもせずに自分の父親が怒りで体を震わせながら怒鳴る様子を見ている。

「お前がそんなんだから、コイツに利用されるんだ!」

お前のせいで、お前が悪い、公爵家に恥をかかせた、顔を真っ赤にして怒鳴る様子に、貴族達は信じられないものを見るような目で公爵を見ている。

こうやって公衆の面前で怒鳴りつけることもそうだが、何よりもあの美しい顔を叩いたということが信じられなかった。そう言えば、公爵とも、夫人とも似ていない彼は不義の子であるという噂もある。もしかして本当だったのかもしれない。そうでないと、こんなことをする理由が思いつかない。

「公爵それくらいで、彼は騙されていた被害者なのです」

王子が間に入って宥めるが、公爵の怒りは止まらず思いっきり怒鳴りつけた。

「お前なんてもう知らん!息子でもなんでもない、公爵家から出て行け!」
「かしこまりました。では衛兵の皆様、僕たちを国外追放してください」

受けは攻めの横にピタリと座ると、衛兵に向かって両手を上げた。衛兵達は顔を見合わせると、戸惑いながら受けを両脇に抱えて、その後ろに続いてすっかり大人しくなった攻めを抱えて、外へ連れて行った。



ガタガタと小石を踏みながら、夜道を馬車が走って行く。

「最悪だ!国外追放だと!?あと少しでコイツが公爵になったらもっと色んなことが出来るはずだったのに!」
「攻め、うるさい」
「こんな我儘ぼっちゃんを連れて国外追放だと!?最悪だ!最悪だ!」
「うーるーさーい」

攻めにもたれかかると受けは「僕もう寝るから、静かにして」と言った。

「ふざけんな!俺を枕にするな!」

ふんっと、もたれかかってきた受けを退かすと、今度は攻めが受けにもたれかかる。

「いいか!俺はもうお前の従者でもなんでもない!こっから先は黙ってて飯が出てくると思うな!お前だって働くんだからな!」
「耳元で叫ばないで」

そう言いながら欠伸をする受けに、苛立ったように続けて言う。

「これからは、俺とお前は対等だ。だからこうやって枕にだってしてやる」

胸の前で腕を組み、さっきよりも受けに体重をかけると話は終わりだと言うように彼は目をつぶった。

「ふふふ」

氷のように冷たく、それが美しいと言われる彼が意外と我儘で、たまにこうやって表情豊かに笑うことは攻め以外は知らない。

「なにがおかしいんだ!おかしいと言えば、王子だな!どうせお前を救おうとか思って、俺にあんなことをしたんだろう!バカだな!アイツ!お前にだって付いてるモンは付いてんのに!こんな馬車まで用意して!ハハハ!笑える!!!」
「だから、うるさいってば……

これが後に、荒地を大陸一番の栄華を誇る国に変えた、女神様と神官、もとい、美青年とペテン師の、国民が誰も知らない始まりの物語である。

****
第一話

ヒビ割れた地面の間から、顔を出している逞しい雑草。それを引き抜くと、全く意味なんてないだろうけれど両手で掴んで頭の前に持ってくる。よくあるあれだ、目の前にいる獲物——トカゲぽいなにかを捕まえるため、草に擬態化するってやつだ。

「ねぇ、それ意味ないと思うよ」
「喋るな、うるさい。奴に気付かれる」
「もしかして、あれ食べるつもり?」
「あぁ、もういいから、声を掛けるな」
「あんなのどうやって二人で分けるのさ、やめよ。ねぇ、攻め、僕〇〇のお肉が食べたい」
「あぁ!もう、うるさい!そんな高級な肉もう二度と食える訳ないだろ!そんなのが食べたいなら、とっとと謝って公爵家に戻れ!……あっ」

 トカゲぽい何かの方を向くと、真っ直ぐと俺の方を見ている。まずい、気付かれた!勢いよく飛び掛かった瞬間、横へヒョイと避けられて、凄まじいスピードで逃げていった。

「あぁ!もう、お前が我儘言うから逃げられただろ!」
「別にいーよ。僕あんなの食べたくないしぃ」

 ぷくっと頬を膨らませて、子供ぽくそう言う。全く、このお坊ちゃんは現実というものが分かっていないらしい。俺たちはもう貴族でもなんでもない、どんなものだって食わなきゃいけないんだ。

「僕だって馬鹿じゃないし、君よりは勉強が出来る方だよ」
……なにが言いたい」
「そんな爬虫類をチマチマ食べないで、僕の服を売ったら良いじゃない」

 彼はそう言うと、胸元を小さく摘み上げて見せて来る。彼の服は、この場に不釣り合いなくらいの滑らかな絹と細かく施された王宮お抱えの職人による上等なレース。日除に頭の上から被せたスカーフと合わせれば、その雪のように白い肌と相まって神秘的に見える。本当はここに小さな宝石がチラチラと施されていたのだが、それは俺が全部とった。

「クソッ!あの馬鹿王子!こんな服じゃなくて日持ちするメシを持ってこい!」

 受けに惚れている王子は、馬車でここまで連れて来ると、それは豪華なテントを張って「私が国王になったら迎えに来る」という言伝を従者に頼んだ。それから二週間に一度、偶然、要らない物の処分に困った商人が現れ、食べ物と衣服を渡してくれるという偶然を装った、受けに対するアプローチが行われている。
 だか、これはあくまでも王族の価値観で行われることなので、こちらからとしては迷惑な行為だ。豪華なテントは確かに快適だが盗賊に襲ってくださいと言っているようなもんで、俺は徹夜でこのテントの豪華な飾りをとり、土で汚し、ボロいテントに変えたし、同じような理屈で宝石のついた服なんて着させられないから取るしかない。至る所についた宝石を生地を破かないように取るのは、なかなか大変だった。
 そんなものよりも、メシを寄越せ。受けに送られてくる食べ物は貴族御用達のお菓子なのである。しかも軽くてふわふわの、甘いだけの焼き菓子で、腹の足しにもなんないし、しかも保存も効かない。「僕もうこれ飽きたから要らない〜」と受けは少し食べたら俺へ放り投げる。ちゃんと受けが飽きずに最後まで食べられるやつを持ってこい。つまりは、この荒地での生活においては何も意味がないのだ。

「ねぇ、話逸らさないでよ」
「なにがだ」
「僕の服、売ろうって話」
……。ダメだ」
「なんで」
「お前にこんな格好はさせられない」

 今度は俺が服を摘んで、ボロボロになったシャツを見せる。国外通報を受けた時から変わらない、いや、日に日にボロボロになっていくし、これしかないから着替えられない。こんな格好、受けにさせられる訳ないだろう。
 受けは何か言いたそうに俺を見ると、わざとらしく、はあと溜息を吐いた。

「ねぇ、攻め。くさい」
「は、はあ!?仕方ないだろ!ここには風呂なんてないんだから、お前が異常なんだよ、なんで風呂も入らずに、そんな整った身なりしてんだ」
「僕は毎日、水浴びしてるよ」
……はあ?」

 何を言ってるんだ、だって水なんてあたりを見渡してもない。あるのはひび割れたどこまでも続く地面と、向こう側にうっすら見える、この国の慎ましやかな王宮だけだ。大体、そんなのがあれば俺たちは日々の食事も困っていない。

「ここ、下降りれば森があるよ」
……は?」
「だから、すぐ下に森があるって」

 受けが指差した方向へ走ると、ずっと崖だと思っていた場所には、受けでも降りて行けそうな程の坂道があり、その下には豊かな森が広がっていた。

「なんで、言わないんだ!」
「大陸全体の地図にあったでしょ。これくらい、知ってるかと思ってた」
「お前基準で物事を判断するな!」

 この受けは、かなり頭が良い。どうやら大陸全体の地図の細部すら、いやもしかしたら、細かく全体を正確に覚えているらしい。

「よし、これから森散策に出掛ける。お前は俺に声を掛けずに単独行動したことを反省するように」
「僕だって、男なんだからちゃんと自分の身くらい自分で守れるよ」
「ダメだ。賊なんて野蛮な奴らばかりなんだ、貴族様が習った教科書通りの護身術でどうにかなると思うな。それより、ほら、案内しろ」

 受けは「しょうがないな」とか言いながら、森の中をどんどんと歩いて行った。



 森の中は穏やかで、小動物や草食動物などはチラホラ見かけるが、猛獣などは居そうな気配すらなかった。そのせいか小さな動物達が伸び伸びと暮らしているように見える。

「着いた」

 そこには広大な湖が広がっていた。水面を覗くと魚も泳いで見える。

「じゃぁ、攻め……

 受けはそう言うと、くるっと俺の方へ振り返り両手を横に広げて妖しく笑ってみせる。

——脱がして」

 ギョッとして目を見開くと、彼は早くと促すように首を傾げる。それによって見えた鎖骨から首筋のラインが美しい。この雰囲気に自然と公爵家にいた頃を思い出させられる。

「そ、それは、わ、私の仕事では、ござい、ませんので」
「そうだね、でもここは公爵家じゃない。僕と攻め、二人しかいないんだよ。そうなると自然と僕の湯浴みをするのは攻めしかいないんじゃない。ねっ、早くして」

 従者として色々な仕事をしてきたが、彼の湯浴みは断っていたのだ。彼は国一番の美貌を持った人で、その肌は雪のように美しい。こんなこと、してはいけないと思った。この方の全身を見て、触れるなど……ん?

「おい待て、その理屈はおかしい。俺はもうお前の従者でも何でもないし、ましてや、お前、今まで一人で水浴びしてたんだよな?自分で全部できるだろ」
「ちぇ、つまんなーい。じゃ僕はあっちで水浴びするから、攻めはそっちでね」

 彼はそう言うとシュルシュルと音を立てながら服を脱ぎ始めた。「ま、まって、まだ脱ぐな!」俺はそう言いながら湖の向こう側へ走りそうになって、止まる。
 いや、俺が彼を護衛しないとダメだろ。振り向くと、服を脱ぎ終わりとっくに湖の中に入った彼が、水面から顔を出す姿が見えた。水に濡れる髪から垂れた水滴が顔を伝い、美しい肌を滑り落ちていく。その姿はまるで噂通りの——

「め、女神様!?」

 小さな子供のような甲高い声が聞こえて、咄嗟に受けを隠すように、前に立つ。そこにはブラウスに茶色いジャケットとハーフパンツ。そして、手には画板と随分と短くなった鉛筆を持った少年が立っていた。

「誰だ!」
「ご、ごめんなさい。怪しい者じゃないんです。僕、この森によく絵を描きに来ていて、その、女神様、ですよね」
……どうして、そのような事を?」
「僕のおじいちゃんが夢で見た、女神様とそっくりだったから」

 はて、確かそんな話を、国にいた時も聞いたような。

「その、おじいちゃんというのは画家という?」
「はい!そうです。僕の家におじいちゃんが描いた絵が飾られていて、その女神様とあの人がそっくりなんです!」

 これは、使える。思わずニヤリと笑うと、後ろから咳払いが聞こえてきた。振り向くと「ダメだよ」と言いたげにジッと見つめてくる受けがいたが、俺は構わず少年に向けて言葉を続ける。

「はて、これは偶然か、いやいや、あれ聞こえてしまいましたかな。ともあれ、これは何かの縁!ぜひ、我々にその絵を見せていただきたい!……ぜひ、美味しいお食事と一緒に」



 彼が着替えますので、しばらくあちらでお待ちください。と少年に言うと、受けの服をかき集めて丁寧に埃を払う。

「ねぇ、攻め。あんな子供になにするつもり」
「見ただろ、あの身なり。それに貧乏な家の子供なら、こんな働き盛りの時間に森なんか歩いてねぇ、あれは金持ちの子供だ」
「子供達が笑って過ごせるようにしたいって言ってなかったけ?その子供にまさか、たかる気?」
「まさか、ちょっと食事会にお呼ばれするだけだ、問題ない。お前だって公爵家にいた頃には炊き出しだ、なんだって支援してたろ?それと同じ事をしてもらうだけだ」

 はあと呆れたように溜息の後に、「着替えたよ」と聞こえてきた。俺は仕上げに持っていたスカーフで、受けの顔を隠す。恭しくエスコートをするように手を差し出すと、彼はその手を重ねた。完璧だ。

「さあさあ、お待たせしました。ぜひ、貴方の家までご案内を!」

 大きな声を上げると、少年は森の中から顔を出し、受けの姿にまた頬を赤く染めて、彼を眺めていた。



 森の中をしばらく歩くと、少年の家というのが見えてきた。素朴な木造の家だったが、やはり思った通り壁に穴なんて1つも空いていない綺麗な家だった。

「こちらへ、どうぞ。め、女神様」
「ではでは、お言葉に甘えて……

 女神様という言葉を否定もせずに、何も答えない受けの代わりに答えて家の中へ歩き出す。そこは家の外観とは打って変わって、床は絵の具を撒き散らしたように汚れており、よくみると壁も様々な色でカラフルに汚れていた。テーブルも、キッチンにも、至る所が絵の具で汚れている。
 ……ハズレだ。
 貧乏な家にたかるほど、俺も落ちぶれではいない。急にヤル気が削がれていき、さっさとこの茶番を終わらせようと考え直す。

「で?絵はどこです?」
「あぁ、はい。えぇーと、絵は僕の部屋に飾ってあるんです。こっち」

 屋根裏部屋に続いているのだろう、ハシゴを登っていくとそこには小さなテーブルとライトと、安っぽいベッドが置かれた部屋に、不釣り合いな程大きな絵が飾ってあった。
 純白の服に包まれて、頭にはベールを被っている。そこから僅かに覗かせる白い雪のような肌に、大きな瞳。こんな風に優しく微笑んでいる姿は見たことないが、受けにソックリな姿をしていた。

「美しいな……

 思わず漏れた言葉に、受けは肘を打って咎めるように見てくる。ゴホン、と咳払いをして「いやはや、お祖父様の絵は素晴らしいですね。見せてくださり、ありがとうございました。では、我々はこれで……」お暇しようと、歩き出すと少年が慌てた様子で「待って!」と声を掛けてきた。

「待って、女神様、なんでしょう?本当に女神様はいたんだ!お祖父ちゃんの言葉は嘘じゃないって、そうでしょう」
……貴方は女神様の存在を肯定したいのですね。しかし、それは我々が決めることではありません。貴方自身で答えを見つけることです。と、いうことで、では」

 最もらしい事を言って、受けの背中を押してまた玄関へ歩き出す。すると少年はバタバタと走って来て、あろうことが受けの服を掴んだ。

「女神様っ!待って!」
「何をする!その手を、離しなさい!」

 受けは払うことも、この少年に声を掛けることもしない。代わりに俺と少年による、小さな攻防が生まれた。玄関の前でお互いに引かずに、力を込めていると、突然、玄関の扉が開かれた。
 そのふくよかな女性は俺たちを見て、知らない人がいることに恐怖を覚えたのか小さく悲鳴を上げると、少年に気付き、そして受けの顔を見ると納得したように「このバカッ!」と少年に怒鳴った。



 カラフルなダイニングテーブルに並ぶ、色とりどりの食事達。なぜスープがピンク色をしている?この青い肉ぽい何かはなんだ?こんなの受けに食べさせて平気なのか?幸い一緒に食卓に置かれたパンだけは普通の色をしていたので、これだけ受けに食べさせればいいだろう。

「ごめんなさいね、うちの息子が妙なこと言ったみたいで。お詫びと言っては何だけど、我が家に伝わる特別なごはんを用意したよ」
「ははは、どうも」

 お腹が空いていたのか、少年はガツガツと食べ始める。その姿を見るとぐぅとお腹が空いてきた。こっちだってほとんど飯を食ってきていないのだ。コソッと受けに耳打ちをする。

「俺のパンをやるから、お前はこの怪しげな飯は食うなよ」

 僅かに唇をムッと尖らせて、彼は真っ先にピンク色のスープを上品に飲む。

「おい!」小声で言うと「平気だよ。これ、全部自然から出来たものだし、どういう原理でこういう色になったか分かる」と彼も小声で返した。
「ずいぶんと、上品に食べるのね。うちの息子が女神様なんて勘違いするのも分かるわあ〜」
「違う、女神様、なんだ!」
「じいちゃんが考えた空想だって言ってんだろ、まったくこの子は、ごめんなさいね、この子ムキになっちゃって」
「ムキとは?」
……ウチは、よそモンだからね、この子、集落に馴染めなくてさ、周りの子供に「女神様なんていない」って揶揄われても、この子「絶対にいるんだ」って譲らないんだよ。まぁ、おじいちゃんが好きって言うのもあるんだけどね」

 受けがナイフとフォークをお皿の端に寄せる。どうやら食べ終えたらしい。そのまま俺の方を見ると「早く」と目で訴えかけてくる。俺は恐る恐る食事に手をつけると、あまりの美味さにマナーなんて忘れて少年と同じようにガツガツと食べた。久々のちゃんとした飯。うめぇ!まあ色はとても独特なんだが。
 受けは俺が食べ終わったのを見ると、すぐにスクッと立ち上がる。

「女神様?」

 そのまま玄関へ歩き出すので、多分帰ろうとしているのだろう。

「すみません、私たちはこれで。お食事とても美味しかったです。それでは失礼します」

 慌てて頭を下げると、急いで彼の後を追いかける。あの少年の家から離れたところで、受けは急にピタリと止まった。

「あそこは集落から少し離れた位置に家があったね」
「あ、あぁ。というか集落の影すら見えなかったぞ」
「バレちゃいけないから、隠すようにあるんだよ」

 コイツはまた、何かを知っている気がする。

「大陸の地図をまた記憶していたのか?」
「この集落は地図には載っていないよ。載ってたらマズイんだ」
「どういう事だ」
「集落の人達はね、あの王国に反発して逃げて来た人達。元反乱軍。力が弱まった反乱軍が、あの場所に小さなコミュニティを作り、農業をしているってわけ。取引相手は、僕達がいた国だよ」

 あぁ、そうか。そういうことか。どうも王族って奴は、戦争が好きらしい。ギリっと奥歯を噛み締める。
 王子がなぜ、受けをこの場所に連れて来たのか、簡単な事だ。ここが安全で農業も栄えていて、いずれ自国の領土になると思っていたからだ。
 この島流しのように連れて来られた国は、隣国でありながら治安も悪く、野蛮な国家であると有名だ。その国に反発する反乱軍達の残党はここに流れ着き、俺たちの国相手に商売をする事で資金を蓄えていっている。あの王子が国王に成ったらやりたいこと、それは理不尽な目に遭っている彼らを救うという大義名分を得て、このあたりを領土として奪おうとしているのだろう。しかし、いくら国全体の治安維持に手が回っていない国だって、領土が奪われるとなれば黙っていない。要するに、あの王子がしようとしていることは戦争だ。

「あの子、僕たちと一緒だね」

 彼は俺を真っ直ぐと見つめる。

「あっちの国にも、こっちの国にも、居場所がない」

 それだけ言うと、大きな欠伸をしてテントの中へ入っていった。



 一晩明けて、受けに水浴びに行こうと誘った。「そういえば攻めは臭いまんまだったもんね」と返されて、クンクンと自分の匂いを嗅ぐ。臭く、ない、いや、臭いな。それから水浴びをし、ついでに服も洗ったところで、またあの少年が現れた。

「女神様、僕、みんなに女神様に会ったって言ってもいいですか」
……おやめなさい」

 俺は自然と、そう答えていた。昨日の彼の母親が言った言葉「……ウチは、よそモンだからね」、受けが言った言葉「あっちの国にも、こっちの国にも、居場所がない」。そして彼のお祖父さんの女神さまに会ったという話を元居た国で聞いたという事。受けはとっくに気付いていたのだろう。
 つまり、彼のお祖父さんは俺たちと同じようにあの国から、ここに流れ着いた。それが国外追放だったのか、そうじゃないのかは分からない。分かる事は、この少年が反乱軍の残党でもなく、こっちの国の者でもない。つまりどちらのコミュニティにも属せないということだ。

「君の立場がもっと悪くなる。女神、なんてものは空想上でしかない。……君は、お母さんがいなくなったら、一人で君を馬鹿にした人達の場所で生きていかなきゃいけなくなるんだ。仕事が貰えないままだったら、生きていけないだろう」

 どうして、彼がこんな真っ昼間から仕事をせずに画板を持って森にいるのか。裕福だからじゃない、仕事をもらえないんだ。仲間として認められていないから。
 彼は泣きそうな顔をして、大きな声で反論する。

「あんな奴らと、働くなんてこっちからゴメンだ!見て、僕の絵!僕だってじいちゃんと同じように、王宮お抱えの画家になって、生きていくんだ!」
「無理だよ」

 凛とした声な響く。その非情な言葉を短く言ったのは受けだった。それでも、彼の言う通りだ。俺はまた言葉を続ける。

「この国では、文化に金を掛けるほどの豊かさはない。おじいさんがいた国だって、王宮お抱えの画家はもういるし、それだって使い捨てだ。王族が飽きれば捨てられる。上手い話なんてものはないんだ」
……でも!」
「この世界には、理不尽がいっぱいある。それでも歯を食いしばって生きていくしかない。身分の高い奴らの、身勝手な空論に振り回されても、耐える。それが一番の賢く生きていく方法なんだ」
「その身勝手な奴ら相手に復讐しようとして、金を毟り取った後に国外追放された奴が何言ってんの?」
「おい、それは言うな」

 受けに言葉を挟まれて、思わず反論をする。少年は俯いたまま、拳に力を込めて黙っていた。

「あれ、*少年の名前*じゃん」
「仕事もせずに、絵ばっか描いてんのかよ」
「ママにごはん食べさせてもらって良かったでちゅね」

 森の中から三人の少年と同じくらいの子供が現れた。彼らの肌はこんがりと日焼けをしていて、日頃から家の手伝いをしているのだろう。

「ちが、……そ、そうだ!女神様!女神様がいたんだ!」

 少年は切羽詰まったように受けを指差す。あれほど止めたのに、と思ったが、子供達は受けの事をみると、頬を赤らめて心を奪われたように見つめていた。しかし、その中の一人がハッとすると「う、嘘つけ!女神様なんている訳ねぇんだ!」と言った。それに賛同するように、一緒にいた子供達が次々と「そうだそうだ!そいつらだって、うちの村から、盗みを働きにきたんだ!」「悪者に決まってる!追い出せ!追い出せ!」と声を揃えて言う。
 その時、一人の子供が受けに向かって石を投げて来た。慌てて受けの元へ駆け寄り、彼を庇う。が、勢いあまって湖の中へ受けと一緒に落ちてしまった。その瞬間、受けの服からキラッとしたものが、陽の光に反射して見える。

 バシャン!と大きな音と一緒に、落下をしていく。冷たい水に頭が冷える、どころが、怒りで血が昇っていく。あのガキども、ありえないだろう!人に向かって石を投げるだと!?それも受けに向かって!
 先ほど見た、光に反射したものを探って受けの服をあっちこっち触っていく。
 「ちょ、ちょっと、子供達の前でなにしんての」
 珍しく受けが慌てた様子で、小声で言ってくるが構いもせずに探っていく。小さく手にぶつかる感触。あった!そこから俺は慣れた様子でそれを服から取ると、大きく掲げた。

「あぁ!女神様ったら、なんて事を!」

 わざとらしく大きな声で叫ぶと、手にした宝石を陽の光に反射させるように、角度を変えて見せつける。どうやら、服の裏側に一つ、取り忘れていた宝石が残っていたようだ。

「このように悪意を向けたものに同情なんてしなくても、あぁ!良いではありませんかっ!それなのにこうして、悪意の石を、ほ、ほ、宝石に変えてしまうなんて!」

 呆然と見つめていた子供達が、ハッとしたように「う、嘘だ!」と叫んだ。

「まだ、女神様を疑うのですか?」
「当たり前だろ!石が宝石に変わる訳ない!」
「では、その宝石はどこから現れたというのです?」
「そ、それは」

 子供達は戸惑ったようにお互いに顔を見合わせる。

「分からないでしょう。えぇ、分からないのが正解なのです。これは女神様がただの石を宝石に変えたという事実の証明です。全く、女神様に石を投げつけるなんて、貴方達はなんて罰当たりな事を……と、咎めたい所ですが、女神様は慈悲深い方。あぁ!なんとお優しい!貴方達の罪も見逃してあげるでしょう。しかし、それはこの罪に対することだけ」

 一人一人の子供達の顔を、ゆっくりと見ていく。子供達はごくりと固唾を飲む。

「自分たちの行動を、大人達の言葉を鵜呑みをせずに、貴方達自身でそれが罪か、そうでないかを考えなさい。今、貴方達がしている彼への仲間外れは、正しい行いなのか、じっくりと考えることです」

 子供達の目線は自然と、女神から青年に移って行った。

「では、私たちはこれで」

 受けの肩を抱き、湖から上がると、俺たちはそのまま自分達のテントへ戻って行った。彼らの関係は、そう簡単には変われないだろう。それでも俺には知ったことではない。

「攻め」
「なんだ」
「褒めてあげる」
……なんだ、それ」

 俺たちは次の日、服にたくさん着いた宝石を湖の中に全て沈めた。それが、更なる女神伝説を生む事を、俺たちはまだ知らない。