終業後、連絡事項を伝え忘れた俺は、慌てて総統室へ走った。返事を待つ前に、勢いよく扉を開けてしまう。
「総統! ご報告が!」
言葉が止まる。
部屋の空気が、異様に静かだった。
最初に目が合ったのは隊長。
戦場で敵兵を射抜く時も、この目をしている。その視線だけで、喉がひゅっと鳴った。
その奥では総統が気怠そうにこちらを見ていた。
いつもきっちり留められているシャツのボタンは外れ、無防備な格好をしている。
銀髪は乱れ、薄く色づいた頬が妙に艶っぽい。
総統はじとっとした瞳でこちらを見つめ、小さく息をついた。
「
……何か用かい?」
いつも通りの声。
……なのに、部屋の空気だけが違う。
俺の脳内に走馬灯が流れ始める。
震えながら報告を続けるあいだ、隊長は一言も発しなかった。動きもしない。ただ、視線だけが俺から外れない。言い間違いの一つでもすれば、引き金を引かれる気がした。何を喋ったか、自分でもよく覚えていない。
「ありがとう。もう下がっていい」
助かった。
そう思った瞬間。
「次はねぇぞ」
隊長のその一言で体温がごっそり奪われて、全身の毛穴という毛穴から声にならない悲鳴があがっているようだった。
「はいッ!!」
俺は人生最速で敬礼し、扉を閉めた。
廊下へ飛び出した瞬間、背中に冷や汗がどっと流れる。
あの部屋で何があったのかは知らない。
知らない方が、きっと長生きできる。
俺は人生でもう二度と、ノックを忘れて部屋に入ることはないだろう。
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