山茶花
2026-06-27 11:44:43
3893文字
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ガラスの靴【273SK070】

魔法をかける話/片想い(報われない)、切ない(シル→デュ)/3600字程度

*地味に現パロです。年齢操作(シルバー25、デュース24くらい)
*デュースに長年付き合っている恋人(モブ)がいます。ハピエンじゃないです。

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 しとしと降りの小雨が降る、冷たく淋しい夜のこと。
 数年前にひとり暮らしを始めた家の、玄関のチャイムが鳴って。
 インターホンのモニターを見れば、そこに立っていたのは。学生時代からずっと、俺が片想いをしていた後輩で。
 急ぎ足で玄関へと走り、何気ない日常を過ごしていたフリをして、彼のことを迎え入れる。
「こんばんは。……今日は、どうしたんだ?」
 俯きがちな顔をするデュースに、優しい笑顔を作って。
「シルバー、先輩……。喧嘩、しました。アイツと……
……とりあえず、中へ入るといい。寒かっただろう」
 俺はデュースを部屋の中へと迎え入れ。そして、スティックシュガーを1本入れた、甘いホットミルクを出してやる。
「それで。喧嘩したって? ……詳しく、話してみろ」
 そうして。デュースは、恋人と喧嘩して飛び出してきたという、経緯を話し出した。
 ……デュースがこんな風に、俺のところを訪ねてくるのは、初めてのことではなかった。デュースが、それこそ俺と同じ学校に通っていた、高校生のときから、ずっと。付き合っている恋人と、喧嘩したとき。すれ違ったとき。
 必ず俺を頼って、デュースはここへ来る。
 その度に、心が軋み。出て行ってしまう背中を送り出すのが、辛い気持ちにはなるが。それでも。……俺は、彼の幸せを願っている。

 初めてデュースが恋人と喧嘩した日。あの日は、電話だったな。
『先輩、僕、どうしよう……』って、泣きそうな声で電話をしてくるものだから。俺は、そんな弱ったデュースをひとりにしていたくなくて。
「今から、家に来い」と家へ呼び、ただ、傍に寄り添ったこと、今でも、よく覚えている。思えば、あれがすべての始まりだった。
 その日の夜、たくさん泣いて、目元に涙の痕を残して眠ったデュースの頬に、そっと触れ、拭ってやろうとした。でも、できなかった。
 分かっていたから。俺にはその境界線を越える資格がないということが。
 だから、あと数センチ、というところで手を止めて。ただ、デュースの前髪を。触れるか触れないかの距離で、そっと優しく払うことしかできなかった。
 デュースの無防備な寝顔を見つめて、渦巻いた、『俺なら、泣かせたりしないのに』という感情を、必死の気持ちで押し込めた。

 それから、翌日。元気になったと笑って帰っていってしまったデュースは、しばらくしてから。また俺のところへ来た。
 今度は、幸せそうな笑顔と、おめでたい報告付きで。
「見てください、これ! 指輪もらったんです!」と、嬉しそうに告げる顔。
 その、満面の笑みからこぼれる、デュースの幸福を噛み締めて。
 張り裂けそうな想いで、「おめでとう。お前が幸せそうでいてくれて、俺も嬉しい」と、口にしたこと。
 そのとき、デュースが、覚えのない匂いをまとっていたから。
「香水でもつけているのか?」と尋ねたら。
「あ、そうなんです。アイツがこういうの好きだっていうから、変……ですかね?」
 と、照れくさそうにデュースが笑うのを見て。
「いや、……似合っている、と、思う。俺は、詳しくないから、あまり、分からないが……
 と。自分の知らないデュースの姿に、誰かの好みに染まっていくデュースの姿を見ていることに、もはや絶望にも近い淋しさを覚えながら、……それを誤魔化した。

 それから、デュースは。恋人とひと悶着がある度に、何か嬉しいことがある度に、俺へと報告をしに来た。
 ……『なんでも聞いてくれる、頼れる先輩』として。信頼されているのだろうな、と思う。その度に俺の胸は張り裂けそうに軋みの音を上げるが。
 それでも。デュースがひとり、苦しいままで泣いているよりはマシだと、いつでも俺は、デュースのことを部屋の中へと受け入れた。
 デュースがこの部屋の中で、恋人のためにどんな言動をしようと、自分が傷つくのを分かっていて、それでも……
 
 0時の鐘が鳴れば、帰ってしまうお姫様のように。デュースは俺にひととき舞踏会で共に踊る夢を見せて、去ってしまう。
 彼が童話の中のお姫様と違うのは。ガラスの靴を、俺には置いていってくれないことだけだ。
 
 幾度目か、デュースが、俺の部屋を訪ねてきたとき。
 客室で眠ったあと、俺は、リビングで。デュースの持つ、キーホルダーを拾った。恐らく、繋ぎの部分が壊れてしまっていたのだろうな。
 そんな私物を、返してやるべきだと分かっていて。
 少し、ほんの数分だけ。デュースが確かにここにいた証だとして。
 ぎゅっと、握り締めてしまった。
 
 もちろん、翌日。
 デュースのことを、当の恋人が『昨日はごめん』と、迎えにきたとき。
「忘れ物だぞ」と、その『ガラスの靴』を渡して。
 自分だけの王子様と、ふたりのお城へ帰っていくデュースの背中を、トンと押した。
 寄り添って帰っていくふたりを、見送って。

 それで。……。どうしたんだっけかな。
 ともかく。いつもそうして、そうやって。俺は、デュースの、大きな丸い目から零れる涙を、止めて。慰めて。
 裸足になった靴に、『また失くしたのか? 仕方がないな』と。
 ガラスの靴を、履き直させてやって。
 彼のことを迎えに来る、カボチャの馬車を待って。
 ひとときだけの魔法が解けて、本当の姿へと戻っていく彼を……デュースを。王子様の元へ、帰してやる。
 そんな、『ビビデバビデブー』の呪文で魔法をかける、『魔法使い』であることが、俺に……俺にだけ、任された役目だと、自負しているから。

 本当は気づいてほしいと。俺だけのために、笑って、泣いて、怒って。そんな日常を、俺と過ごしてほしいと思っていても。
 だけど、分かっているんだ。デュースの顔を、困らせたくない。曇らせたくない。俺は……。彼の笑顔を、失いたくないし。気丈なように見せておいて、裏でひとり泣いてしまう彼の、頼れるはずの場所を、どこにもやりたくないんだ。

 ……それで。今夜も、悔しさや悲しみで、涙を流し、時には手で拭いながら、ひとしきり事情を話したデュースに、彼のためのハンカチを差し出して。
「大丈夫だ。今は、すれ違ってしまっただけで……彼も、きっとお前のことを、大切に想っているはずだ。仲直りが、できるといいな」と。
 相槌を打って、今日は泣き疲れたろう、さあ、もうお休み、と。
 客室にデュースを案内して。
 それから、翌日には。……さっきの今まで、俺と、にこやかに朝食をとっていたのに。デュースのスマートフォンに、恋人からの連絡が来てしまえば。
 0時の鐘が鳴るかのように。幸せな魔法の時間は、終わりの時間を告げて。
「出てあげなさい。……彼、だろう」
 俺の顔を見て、少し逡巡するデュースの、後押しをして。
「もしもし……? うん、今シルバー先輩の家に……
 と。彼に手をつけた、他の男と。話し出すデュースを、ただ、見守って。

 それからすぐに、迎えに来てくれるという王子様が到着するまで。
 少しの間だけ、俺がデュースを、傍で守って。
 玄関のチャイムが鳴って、王子様が迎えに来れば。
「ほら、お迎えが来たぞ。行っておいで、デュース」と。
 学生時代から、ずっと見てきた背中を、……引き留めてしまいたい本音を押し殺しながら、そっと押して。
 そうしたら、デュースは。
「いつも頼って、甘えてばっかりですいません、シルバー先輩……。こんな風に頼れるの、先輩しかいないので。……ありがとうございます!」
 と、笑って。救われたような笑顔で、幸せそうに笑って。
 そして、けしてお前を傷つけることなどない、この部屋を去ってしまう。
 
 そうしてデュースが、この部屋に残り香と、確かに彼がここにいたという体温の残滓だけを残して、いなくなってしまったあと。
 俺は、それだけを抱きしめて。
「『いつでも、頼っていい。いつでも、俺はここにいるから……』」と。
 魔法のような呪文を、自分に言い聞かせて。
 砂糖を入れない、苦いだけのコーヒーを淹れて。
 朝食と共にデュースが飲んでいた、かつてはカフェラテが入っていたマグカップを見て。
……いつか彼が、ガラスの靴を、忘れていってくれればいいのに)
 そんな風に生まれてしまう、淡い期待を。
 何を言ってる、それはただ俺の願いのために、今現在にデュースの感じている幸せを、積み上げてきた幸福を壊すことに他ならないのに、と嘲って。
 苦いはずのコーヒーを、口に含んで。
……これで、いいんだ。デュース、お前が幸せなら、これで……
 そう呟いた。
 苦いだけのはずのコーヒーは、おかしいな。砂糖を入れていないんだから、塩と間違えたりするはずもないのに。妙にしょっぱい味がした。

 この気持ちを、告げる日は、来るのだろうか?
 ……今はまだ、分からない。だけど。
 俺のことが必要なら、いつでも、ここへ来てほしい。
 そうしたら。扉を開けて、「おいで」とにこやかに受け入れて。
 幸せになれる魔法をかけて、送り出すから。だから……

 いつでも、おいで。

 もし、いつかガラスの靴を忘れていくことがあったなら。
 いつでも、届けに行くから。
 
 いつでも、お前に……
 
*おしまい