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ポほ
2026-06-27 01:56:50
3384文字
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跡取り息子、やめました!?
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ホットココア
三学期編9.2話。姉たちの回。
猿空間に行きがちな姉ちゃんズに出番を与えたかった。
二月も半ば。
響は来月初めに控えた高校入試に向け、今月は稽古も控えめにして勉強へ集中していた。
そんな平日の夜。
宗真も宗二も嵐士も寝静まった頃、響はリビングのテーブルで参考書を広げていた。
「今日はその辺にしたら?」
静乃が湯気の立つココアを二人分持ってくる。
「うん
……
そうだね。ありがと、お姉」
響はペンを置き、マグカップを受け取った。
甘い香りが、静かな夜のリビングに広がる。
二人はしばらく黙ってココアを飲んでいたが、不意に静乃が口を開いた。
「にしても、あんたが私と同じ高校に行きたがるなんて、意外だったなぁ」
「そう?」
響は首を傾げる。
「文化祭も楽しかったし、いい学校だと思ったけど。自転車ですぐ行けるし」
「それはそうだけどさ」
静乃は苦笑した。
「うちの高校、剣道が特別強いわけでもないじゃない。もっと強豪校なんていくらでもあるでしょ?」
響ならスポーツ推薦だって狙える。
「まあね」
響はあっさり頷く。
「でも今だって中学に剣道部ないから帰宅部で、放課後は家で稽古してるわけだし。高校が変わっても、そんなに変わらないかなって」
「
……
」
静乃は少しだけ響を見つめた。
「なんか
……
」
静かに笑う。
「他にも理由あるんじゃない?」
響もつられて苦笑した。
「やっぱり、お姉には隠し事できないね」
「当たり前でしょ」
静乃は胸を張る。
「何年あんた達のお姉ちゃんやってると思ってるの」
その一言に、響は少しだけ視線を落とした。
「
……
お姉も来年は受験でしょ」
「うん」
「遠くの大学に行くかどうかは分かんないけど
……
そのうち家を出るかもしれないじゃん」
「いや、気が早くない?」
静乃は思わず笑った。
「T北大とかM教育大なら通えるし」
少し間を置いて肩をすくめる。
「まあ、入れればだけど」
「たとえ近くでもさ」
響は静かに首を振る。
「いつまでもお姉に甘えてるわけにはいかないよ」
ココアを見つめながら続ける。
「ご飯だって、今は七割くらいお姉が作ってくれてるし」
静乃は照れくさそうに笑った。
「それは、あんたが当主だからでしょ」
「
……
」
「私は宗真や響みたいに運動できるわけでもないし、剣道だってやったことないし」
少し照れながら肩をすくめる。
「だから、自分にできることをやってるだけ」
響は首を横に振った。
「でも、お姉が宗真の面倒もいっぱい見てくれたじゃん」
宗真が女の子になった時、服の買い物に付き合ったのも。
女子の身体で危険な目に遭わないように注意してくれたのも。
生理が来なくなった時に通院を勧めたのも。
……
すべて静乃だった。元々不仲だったわけでもないが、宗真と話す機会はここ一年でぐっと増えた。
「あたしはオシャレも得意じゃないし、家事もまだまだだし」
少し笑う。
「これからはお母さんも帰ってくるけど
……
」
そして、静乃を真っ直ぐ見た。
「お姉には、お姉の行きたい道に進んでほしいんだ」
「
……
」
「だから近くの高校に行こうと思った」
静乃は目を丸くした。
「あんた
……
そこまで考えてたの?」
響は少し照れくさそうに笑う。
「まあ、当主だからね」
「家族くらい守れないと」
その言葉に、静乃は思わず笑ってしまった。
「ほんと」
小さく息を吐く。
「そういうとこ、お父さんそっくりなんだから」
響も照れくさそうに笑った。
「それ、褒めてる?」
「
……
半分くらいはね」
二人は顔を見合わせて笑う。
夜更けのリビングには、受験勉強の張り詰めた空気ではなく、姉妹だけが共有できる穏やかな時間が流れていた。
静乃は優しく笑った。
「あんたの気持ちは嬉しいよ」
そう言って、マグカップを両手で包む。
「
……
でも、無理しなくていいからね。高校だって、今ならまだ出願は間に合
――
」
「いいの」
響は首を横に振った。
「お姉の高校なら寝坊しても遅刻しにくいし、忘れ物しても何とかなるし」
少し笑う。
「近いと、いろいろ便利でしょ?」
静乃はきょとんとした。
「え、それって
……
私や家族のために我慢してるだけじゃなくて?」
「うん」
響はあっさり頷く。
「それに、あの高校って元々お姉の第一志望じゃなかったでしょ?」
「
……
まあね」
「第一志望に落ちて、それでも通える高校を探して入ったって聞いたし。今年も定員割れみたいだから、そこならあたしの成績でもなんとか大丈夫そうだし」
静乃は思わず吹き出した。
「あんた
……
意外と打算的ね」
「まーね」
響も照れ笑いを浮かべる。
「結局、あたしにも都合がいいのがそこってだけだから。ほんと、お姉は気にしなくていいって」
「
……
そっか」
静乃は少し安心したように微笑んだ。
すると響は、ふと思い出したように言う。
「それにね」
「うん?」
「あたしだけじゃなくて、宗真もこの一年ですごくしっかりしてきたと思う」
静乃は静かに耳を傾ける。
「もし女の子になってなかったら
……
きっと今でも稽古から逃げ回ってたんじゃないかな」
静乃は苦笑した。
「
……
そうかもね」
少しだけ目を伏せる。
「お母さんがやったことが正しかったとは思わないけど
……
結果的には、ね」
そして、はっとしたように響を見る。
「っていうか!」
思わず笑ってしまった。
「あんたの受験勉強の息抜きのつもりだったのに、いつの間にか私の進路の話になってるじゃない!」
「いいじゃん」
響も笑う。
「こうやって、お姉と二人で腹割って話すなんてこと、最近なかったし」
「
……
まあ、それはそうだけど」
静乃も照れくさそうに笑った。
響の言う通りだった。
宗真も最近は
――
相変わらず子どもっぽいところはあるものの
――
以前よりずっと視野が広くなり、精神的にも少し大人になった気がする。
あれほど稽古から逃げ回っていた弟が、まさかほぼ絶縁状態だった真冬を連れ戻してくるとは思わなかった。
そして響も、自分が思っていた以上に家族全体を見渡していた。
静乃は、そんな妹たちの成長が嬉しかった。
その一方で、自分が世話を焼く場面が少しずつ減っていくことに、小さな寂しさも覚えていた。
――
もっとも。
(どうしよう
……
)
静乃は内心で冷や汗を流す。
(響がここまで考えてくれてるのに
……
私、まだ自分の進路すら決めてないなんて、この場では言えない
……
)
高校二年の文理選択では、とりあえず得意科目が多いという理由だけで文系を選んだ。夏休みには宗真と二人で東京へ遊びに行き、「いつかは東京で暮らしてみたい」という漠然とした憧れも生まれた。
けれど、それを大学進学で実現するべきなのか。それとも地元に残るべきなのか。
そこまでは、まだ何一つ答えが出ていなかった。
進路は、この場で即決できるものではない。
――
だからこそ、今ここでひとつだけ約束しておこうと思った。
「
……
響」
静乃はココアのマグカップを両手で包みながら、小さく笑う。
「もし私が浪人したら、家のことは私に任せてね」
「えーっ!? 受験前からもう浪人の話!?」
響が思わず吹き出す。
二人は顔を見合わせ、くすくすと笑った。
「ところであんた、うちの高校が定員割れなんだったら、そんなに根詰めなくても
……
」
「お姉は、私の勉強できなさを甘く見てるんだよ」
「え!?」
「実は定員割れでも、あんまり点数が悪いと入れてもらえないらしくて
……
」
静乃は嫌な予感がした。
「
……
で、響の模試の成績は?」
「あー、あたしもう寝よっかなー!」
響はさっと立ち上がり、そのまま逃げるように洗面所へ向かう。
「ちょっと響!?」
静乃も慌てて立ち上がる。
「もう、明日から私も勉強見てあげるから!」
「げっ!」
廊下の向こうから情けない声が返ってくる。
「お姉、それだけは勘弁してよ〜!」
「勘弁しません!」
そのやり取りに、夜の月城家へ小さな笑い声が響く。
受験まで、あとわずか。
進路も、家族のこれからも、まだ何ひとつ決まってはいない。
それでも。
こうして互いを思いやりながら笑い合える今なら、きっと大丈夫。
そんな気がする、冬の終わりの夜だった。
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