ぽるすみす
2026-06-26 20:01:17
2304文字
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熱風

マミよし(ちょっと二次創作)

「クソあちーじゃねぇか」
「そりゃ暑いよ、もう日本は春なんてないから」
「ウッセー。Xばっか見んなクソオタク」
「みんな言ってるし!テレビとかでも!」
指を耳に突き入れてもう何も聞こえてませんというポーズを取るマミに、吉岡は呆れも放棄したように半眼を向けた。

 吉岡が追っかけをしているピン芸人、キャンピー。彼と同じ事務所に所属する後輩の漫才師、マミ、及び村瀬慧斗と個人的なやり取りをするのも珍しいことではなくなったのはここ半年ほどの出来事だった。
 最初はマミから一方的に面を貸せと言われ、愚痴の壁打ち、ライブの感想収集、周辺芸人の悪口の捌け口にされていたが、嫌な顔しながら吉岡はその役割を降りなかった。
嫌じゃなかったとか、マミのファンだったからとかではなく、正当にムカついてはいた。毎度中途半端に遠い駅に呼ばれ、小馬鹿にされながら話し相手をするのは、一体人生におけるどの時間なんだと思うことも少なくはない。
しかし、なんでかそれも楽しいと言えば楽しい気もした。
いつでも優勢を保とうと人を蔑むマミに墓穴を掘らせようと隙を伺うのも、言葉の穴を突いてマミを嫌な気にさせるのも、覚えてしまえばもう彼の鋭利な言葉が自分に向くんじゃないかという恐怖も薄れていった。
そもそも二人は、マミの軽口のせいで居心地が悪い初対面を経験してしまっていたため、吉岡も最初から「この人に好かれよう!」なんて気持ちがなかったのかもしれない。
それもあってか吉岡はガードを下ろし切っていた。
まぁこういうのもありかと、お互いの立ち位置など考えず、目の前の村瀬慧斗に気を置かないことに馴染み深くなってしまった。


 その日は6月で、雨が降ったら寒いかななどと言いながら会う予定を立てていた。
だがその心配に反して、まっさらな晴天。初夏の日差しが冬の間に無垢となってしまった肌を容赦なく照らす。紫外線を肌身に感じながら吉岡がマミを見ると、Tシャツの半袖から伸びる腕に日焼け止めを塗っている。
ビジュアルを全面に出してる人はやっぱりそれだけのことをしているんだなぁと思いながら、興味無さげにそれを見ているとマミは吉岡にもチューブを差し出してきた。
「え?」
「塗る?」
「いや、いい。日焼け気にしてないから」
「気にしないからブスなんだぜ」
「ブスって否定も出来ないけど
吉岡が受け取らないと分かるとマミはそれを食い気味にカバンへ仕舞う。
駅のロータリーを抜けて喧騒の少ない方へ歩いて行く。マップは誰も開かず、マミが歩く方にただ着いて行く。
いつも通り空いてて静かでソファーのある喫茶店へ向かうんだろうなと想定しながら、住宅街の通りへ。

 小さな線路を通り抜けようとすると遮断機が音立て始めたので、マミはまあまあギリギリの位置で歩みを止めた。
近くない?と思いながら吉岡はその後ろ二歩ほど離れた位置で電車の訪れを待つ。
その戯れに、線路横を見渡してみると紫陽花がわさわさと咲いていて、今が梅雨時期であることを思い出す。
「慧斗くん、あじさい」
「あ?うん。咲いてんね」
「ちょっとは興味持ってよ、つまんないな」
「こんなクソあちーのに花なんか見てられるかよ」
吉岡の顔を見ながら眉をしかめるマミに、吉岡はもう一度花の大群を指差した。
「あじさいって咲いてる所の土のphで花の色が変わるんだって」
「ぺーはーて何」
「酸性とかアルカリ性とか。なんか成分的なやつ?」
「勉強の話いいよ。分かんない俺」
「中学校の時やんなかった?」
「覚えてねー」
吉岡の雑学をつまんなそうに蹴り飛ばすマミだが、吉岡はそんな顔色も関係なく話を勝手に続けた。
電車の音が近付いて来る。
「土が酸性だと青?赤?どっちかになって」
「お前も曖昧じゃねーか」
「覚えてないもん。その酸性の土ってのが雨とかで栄養素の抜けちゃった土壌なんだって」
「マジでどうでもいいなぁ」
「おかしくない?雨で抜けちゃうなら、いつか全部の土が酸性になっちゃうんじゃないの?と、僕は思ってるんだけど」
「なんで続けられるんだよ。早く電車行ってくんねーかなぁ」
「誰かが各地の土を熱心に耕して肥料やってまたアルカリ性にしてあげてるのかな」
「アルカリの土の方がいいの?真ん中みたいなのはないの?」
「知らない」
 マミの問いに吉岡が梯子を外したところで電車が通過して行く。
耳を激しく掻き割る音に紛れてマミが吉岡に罵倒を投げるが、吉岡の耳には届いていないのか無視しているのか、そちらを見ようともしなかった。
 電車が過ぎ去り踏み切りが上がると、吉岡はまだ嫌味を言い続けているマミを振り返り、少し笑った。呆れた顔だった気もする。
眩しいくらいに日差しを注ぐ空の下、半袖から覗く白い腕を掻くマミと妙に鮮やかな青いあじさいが、どちらも居心地悪そうで吉岡は面白かった。
マミの本領はきっと更に眩しいライトの下にあり、こんな気の抜けた姿を見るのはあまり普通のことではないんだろうなとふと思い出す。

「ただでさえバカみたいに暑いのに、こんなに元気そうな花見てるとなんかもっと暑苦しくなってくんな」
花に情緒もへったくれもないマミは、愛でる気持ちもなく虫が居そうだからと近付かない。
その似合わない二つの並びに吉岡は、似合わないねと言いかけてやめた。
「暑いばっかり言ってるから暑いんだよ」
 代わりの苦言を投げた後、歩き出そうとしたところで次の電車の気配に踏み切りが音を立て始めた、二人はもう一ターン足止めを喰らった。
夏がまだなんて信じられないくらい熱いのに、それはまだ先らしい。