グレーな仕事に関わるのは、反社会的な存在ばかり。むろんカート達もその一部だ。だから、運搬中の砂糖奪取を企む半グレ集団に襲われることくらいは、良くある話である。
だが、カート達の乗ってきた車が、襲撃者によって壊されてしまったのは想定外だった。それはつまり、カート達にとって最も簡単な逃走手段が、選択肢から強制的に消えたということだ。
次の手を考える。考える。
相手の一人が襲いかかってくる。
防ぐ。殴る。金属同士のぶつかり合う音がする。
その時マックスが、惑星間横断道路を指し、カートを呼んだ。
「なんかスゲーのがこっちに来てるんだけど」
白いオープンカーが一台。警察車両の追尾を受けながら突っ込んでくる。明らかな速度超過。運転手の顔は、フルフェイスのヘルメットによって覆われていた。
しかし、それこそ運転手が誰かを示す証拠であった。「あれって、逃し屋じゃん?」とマックスが首を傾げた。カートもそれに倣う。
「あいつって、捕まったんじゃなかったっけ」
「ね。確か半年くらい前に、酒気帯び運転および危険防止措置義務違反、報告義務違反、公務執行妨害……あと、諸々? で逮捕されたって社長が言ってたよね」
「あん時の社長、ちょー怖かったな」
次に視線を戻した瞬間、相手の親玉が弧を宙に描いてとんだ。
そのサイボーグの胴体が、あっけなく銀河に吸い込まれていく。慌ててバイクにまたがった子分たちを、警察車両がサイレンを光らせて追いかけた。
オープンカーがカート達の前に停まる。運転手が白いグローブの手をひらひら振りながら、ヘルメットの中から、カートとマックスを頭から足先まで流れるように観察した。
「ヘイ、そこのお兄さん方。災難だったね」記憶と同じ、機械っぽいエフェクトがかった女声だった。「乗っていきな。銀河の果てまで連れてったげる」
カートとマックスは顔を見合わせた。果たして信用していいものか。しかし、二人の車がヤンキー──砂糖強奪を企んだ半グレ達──によって壊されてしまったのも事実であるし、「じゃあ最寄りの交通機関まで」と依頼する他ないのだった。
だが銀河はとてつもなく広く、次の駅まで、少なくとも三十分はかかる。後部座席でカート達は「ほんとに大丈夫かよ」「まずくなったら逃げればいいでしょ」「社長に連絡は?」「一応してあるけど、既読はついてないね」とひそひそ話し合う。
と、その時、ルームミラー越しに逃し屋が「シートベルトした? 守らないとでしょ。交通ルールはさ」と言葉を挟んだ。カート達が素直に従ったのを確認し、車は発進する。
*
逃し屋はやはり、車内にも関わらず、白くて大きなヘルメットを被り続けていた。素顔はカート達も見たことがない。
そのヘルメットは、大半の部分が電子ディスプレイになっているため、逃し屋が言葉を発するたびに、顔文字や文字が右から左へと流れていった。また、その合間に子どもっぽいステッカーがまばらに貼ってあった。これは以前にはなかったものだ。
逃し屋が「二人って今砂糖を持ってんの」と切り出したのは、それから二十分ほど経った後だった。
「はあ?」ついカートの語気が荒れる。
「持ってるわけないじゃん」
「右に同じ」
と口々に否定の言葉を並べたが、手遅れのようだった。宇宙服の肩は小刻みに震え、ヘルメットには『(笑)』と映し出されていた。
ふと、視界の片隅に赤い光がちらつく。ちょうどマックスを挟んだすぐ側に、警察車両がいた。カートの側にも一台。「あ」と二人同時に声をあげる。いつの間にか、取り囲まれていたのだ。
カートは立ち上がろうとしたが、ガツ、とシートベルトがそれを阻む。急いでバックルのボタンを押すも、外れない。
くそ、とカートは前方を睨んだ。『(笑)』が点滅して、土下座を表すネットスラングの文字に変わる。隣ではすでにマックスがシステムの解析にはいっているが、そもそも、これはどこまで電子的に制御されているんだ?
カートの喉部分から、深い深い嘆息が滲み出た。他に手がなかったとはいえ、やはりこの車に乗り込むべきではなかったのだ。
「ウチらを売ったんだ」
「お説教くらって心を入れ換えた的な?」
「ごめんね。これも社会奉仕活動の一環なんだよ」
逃し屋は、見てこれ、とヘルメットのシールを指す。
「一つミッションをクリアすると、一枚貰えんのね。んで私の場合、これが三十枚溜まれば晴れて釈放と、そういうルールよ。あと、十五枚。いや、これで十四枚になる」
子ども騙し、と内心呟いて、カートはゆっくり身体を前方に乗り出した。シートベルトが限界まで伸びる。
「でもさ、そんな面倒なことをしなくても、このままアクセル全開にしたら逃げ切れんじゃね?」と囁いてみる。
「え」と逃し屋が勢いよく振り向いた。
「アンタの腕なら、全然余裕でいけんじゃね」
「でもそれじゃあシール貰えないじゃんよ」
「追跡システムとか、速度制限機能は外せるけど」
「……………………………………まじ?」
「まじ」
逃し屋が、低く唸りながら視線を前方へと戻した。
「……………………………………まじのまじ?」
「まじの大まじ」
「レッツ、脱獄」
ほら、とマックスが右手のボタンを操作する。「できた」の声を合図にギュンと車が急加速し、カートの背がシートに叩きつけられた。
車は、警察車両を置き去りにして走り続ける。後方を覗き込むと、その影はもう遥か遠くにあった。
カートは自身のポケットから、ゲームキャラのステッカーを取り出した。以前オマケとして手に入れ、そのままになっていたものだ。少し歪み、端が折れていた。
それを台紙から丁寧に剥がし、ヘルメットの頭頂部に貼り付ける。
「これで、あと十四枚だな」
カートが言うと、逃し屋は乾いた声で笑った。
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