氷酒
2026-06-25 20:41:40
1369文字
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ランリツ小噺

アイラスの双眼ネタバレあり




……
……
 どこか神妙な沈黙。その中でピピッ、と無情な電子音。
「鳴った?」
「鳴ったね」
「はい、じゃ見せな」
「あんまりいつもと変わんないよ」

 藍から取り上げた体温計に表示されていた画面には、『39.0℃』と表示されていた。

「いや変わっとるやろがい」





 大丈夫だと言い張る藍をどうにかこうにかベッドへと押し込み、律己は盛大にため息を吐く。
「あのねぇ、39℃ったらだいぶ高熱よ」
「高いっていっても普段と2℃しか違わないし……
「2℃も高けりゃ十分高熱!」
「気温だったら誤差だと思うんだよね」
「地球と人間の誤差を同じ規模で考えるんじゃないよお前は」
 ちなみに、2℃の変化でも場合により環境は結構変わるし、一般人の平熱の感覚なら差はおよそ3℃になる。もっと言えば律己の場合は4℃になってもはや大火事だ。
 熱に浮かされたせいなのか、はたまたいつものマイペースが炸裂しているだけなのか判断に迷うが、寝かせておいた方が良いことに代わりはないだろう。
 重し代わりの布団を掛けてやりつつ、律己は彼の腕に視線を走らせる。正確には、腕のあたりに巻かれた包帯の下の、真新しい傷に。
 予想外の抵抗に遭い少し掠ったと言っていたが、医務室に連れて行った際にみたそれはかなり深いものだった。「さっくり縫っとくけどこれは今晩熱出るよぉ」とは医務室を占拠している同僚の言葉だが、見事その予想が当たってしまった訳だ。
「どーしたもんかねぇ」
 命に別状は無いのは律己から見てもわかる。処置は済んでいるし、出来ることはもう無いことも理解している。
 しかし、どうにも弱っている片割れを見るというのは調子が狂う。特に、本人が無駄にけろりとしている分こちらが落ち着かなかった。
「律己、仕事は?」
「あー、まぁ急ぎでは無いのが幾つかあるけど……
 そう、といつも通り淡々と。に見せかけてやや気落ちしたような声が返ってきて視線を落とす。
 一見、いつもの無表情。しかしその内実は、表情筋をどこかに落っことしてきただけの、自分よりもずっと繊細で人並みな感情が存在していることを知っている。
 他でも無い、あらゆる意味の片割れなのだから。
「いーよ、寝るまでいてやる」
 あーあ、と根負けして、藍が寝るベットの端に座り直しす。別に仕事自体はタブレットでここでも出来るし。繰り返すが急ぎでは無いし。
 見上げてくる藍を宥めるように額に手を置いてみれば、驚くほどに熱かった。代わりに彼にとっては心地が良いらしく、熱で潤んだ目が細められる。

「冷たい……
「そりゃこんだけ熱いとねぇ」
「あんまり近いとうつるかも」
「なーんで怪我の熱が感染るのよ。まぁ、どっちにしろ俺は感染らないけど」

 そうだよね、と返る声がふにゃふにゃと覚束なくなる。適当に相手をしてやればすぐに寝付くだろう。
 うつらうつらとし始める藍を眺めるうちに、自分も少し眠気がやってきた気がする。このまま少し仮眠してしまうおうか、と考えていると、再び藍から問いかけられた。


「ねぇ、律己」
「なに?」
「昔……こんなことあった?」
「さーね。……そんな気がするんならあったんじゃない」


 二人は生まれた時からの二つ星で、離れることはないのだから。