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まきわ
2026-06-25 17:34:27
3683文字
Public
クロリン
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痕の意味
Ⅳ軸クロリン、体の関係だけある二人
キスマークの位置が持つ意味の話
昔の先輩はヴィータ姐には反抗期の男の子みたいな対応だったらいいなと思っている
初めて「そう」なったきっかけはなんだったか、クロウははっきりとは覚えていない。
寝室で二人きりになった時、妙にリィンが儚げに見えて衝動的に抱き寄せたんだったと思う。
そうしたら甘えるように身体を擦り寄せてきたのに耐えられずそういうことになってしまったのだったはず。
そしてその後は流されるままに機会がある度に体を重ねている。
お互いどこか負い目があるからか、最中言葉を交わすことはない。
名前すら、憚るように口にしない。
全て終わってベッドに横たわっている間も何もなかったフリを誰かにしているかのごとく背中を向け合って黙り込んでいるのが常だ。
だから今日も、暗闇に沈んだ静かな客室の狭いベッドの上でリィンに背を向けていた。
同じようにリィンもクロウに背を向けているのが気配でわかる。
行為の後の気怠さに意識は重たいものの、眠りに落ちる様子はない。
そもそも不死者になってからというもの、眠気が来ないようになった気がする。
そして眠らなくてもそれほど問題は感じない。
だからさっさと部屋を出ていって風呂でも使えばいいのだろうが、どうしてもそこまでドライには振る舞えなかった。
本当なら終わった後も抱き締めてやれたらいいと思う。
自分の状態にも戦いの先行きにも不安や恐れを感じているだろうし、何よりリィンは罪悪感に潰されそうになっているように見えた。
抱き締めて背中を撫でてやって、大丈夫だと慰めてやれたら。
けれどもしそんなふうにしてしまったら手放せなくなってしまって、言ってしまうかもしれない。
自分と一緒に逝ってくれ、と。
それが怖くて無言で体を重ねることしかできないでいる。
それはそれで残酷なことと知りながら。
つらつらとそんなことを考えているとリィンが寝返りをうつ気配がした。
それを感じ取りながらクロウはただ寝ているフリを貫いて動かずにいた。
この暗闇の中にいる間は何か言ってしまえば全てが崩れてしまう気がして。
ふう、とリィンが複雑な色合いため息をついた。
安堵したような、落胆したような
…
ただ重たいものを吐き出したようにも。
動かずにいると、もぞりと動く気配がして背中に頭が擦り寄せられた感触がした。
反応しそうになる体を懸命に抑えた。
もう気配を探らないようにして、自分自身の内に注意を向けた。
いずれ彼を置いていく自分が無責任に抱き締めることはできない。
心を切り裂かれるような痛みにあえて集中してリィン自身から意識を逸らした。
…
だから、気付かなかった。
「
…
ふう」
カレイジャス内の浴場、その脱衣所に誰もいないのを確認して息をつく。
誰がいても構わないのだが、大勢と騒ぎたい気分ではなかった。
コートから順に脱ぎ払っていると脱衣所の扉が開いた。
「いたのかパイセン。邪魔すんぜ」
「おー」
入ってきたのがアッシュでなんとなく安堵する。
彼は他の生徒達に比べて少し大人びており、踏み込んでほしくないところは察して見ないふりをしてくれるから比較的気楽だ。
これがミュゼになると逆に色々と見透かされているようでまた落ち着かないのだが。
あまり気を遣わずにいてもよさそうだと思いながらシャツを脱ぎ去る。
「
…
おい」
咎めるような声にアッシュを振り向くと眉を寄せてこちらを見ていた。
「あん?」
「別にアンタ『ら』も大人なんだし何してようと言う筋合いじゃねぇけどよ。ここはガキも多いんだしちったぁ気ぃ遣えよ」
「
…
なんのことだよ?」
怪訝そうにこちらも眉を寄せるとアッシュはますます渋面を作った。
「気付いてねぇのかよ
…
。
…
背中。そのまま鏡で見てみろ」
首を傾げながらも言われるままに洗面台にある大きな鏡に背中を映してみる。
「うっ
…
」
クロウの背中、その上の方
…
肩口に近い辺り。
そこにぽつんと、所在なげに、けれどはっきりとわかる赤いアザがあった。
意味を知る者なら言い訳しようもなくキスマークと言われるものであることがわかる赤い点。
誰がそれをつけたかも、クロウには明らかだった。
「
……
」
「
…
俺はいいがよ、他のヤツらに見せねぇようにしろよ」
「
……
ああ」
言ってアッシュはさっさと浴室に入っていってしまった。
それに視線も向けずただ鏡に映る自身の背中を見つめながらクロウはかつて交わしたある会話を思い出していた。
「キスマークってつける位置で意味が変わるって知ってる?」
ソファの肘置きにしなだれかかるようにして微笑むクロチルダに問われて、クロウは眉を寄せた。
「
…
あんまアンタにそういう生々しい話題フラレたくねーんだけど」
明確な理由を説明できるわけではないが、彼女との関係性の問題だろう。
祖父以外に家族のいなかったクロウには経験がないが、家族に
…
特に異性の姉妹にこういった話題を振られたらこんな気持ちになるだろうという気がした。
「あらそう?首筋だと『貴方に夢中でしかたない』って意味になるらしいわ。それから肩だと
…
」
こうなると聞いてやるまでは話をやめない。ため息をついて相手をしてやることにする。
「それで、背中につけるのは『このまま好きでいさせて』なんですって」
「
…
なんかそれ、いやだな」
キスマークをつけるような間柄なのに、懇願するような意味合いの痕を残す。
なんだか切なくて、悲しい気がした。
自分はそんな相手を持つつもりは金輪際ないが、だからこそそんな間柄にある二人には幸せなだけであってほしかった。
「ふふ
…
そうかもね」
何故かクロチルダは満足そうに笑って立ち上がった。
「そんなお願い、させないのがベストだけど。もしさせてしまったら、同じ場所にし返してあげたらいいわ」
「なんでだよ」
そんな相手を作るつもりはない、と思ったが多分言っても無駄な気がしたのでそう返す。
ドアノブを掴みながらクロチルダは首だけで振り返って笑った。
「同じ願いを持ってるなら、両思いってことじゃない。だったらその願いも受け入れるってことでしょう?叶う願いなら悲しくないわ」
言うだけ言ってクロチルダはするりと扉を抜けて出ていった。
ぱたんと閉じた扉にため息をついて、クロウは呟いた。
「
…
こじつけじゃねーか」
「
……
はぁ」
風呂を使って客室に戻り、クロウはうなだれた。
リィンがキスマークの位置ごとの意味を知っていたかはわからない。
知らなさそうに思えるが、女子生徒と話すことがあるなら知る機会があっても不思議ではない。
ただどちらだったとしても、リィンの想いは恐らく変わらないだろう。
「返事返してやれったって、そういうわけにいかねーだろ
…
」
叶えてやってはいけないのだ。
叶えてやったところでクロウはずっと傍にはいられない。
ずっと傍にいるということは、リィンからこの先の未来を奪うことになる。
「
……
っ」
唇を噛んでリィンがつけた痕の辺りに触れる。
(返してはやれない)
だとしても。
(でもオレが消えるその瞬間まで隣にいる。全力でお前の選んだ道を切り開いてやる。最期までそばにいる)
心中に強く誓う。
それが今のクロウにできる精一杯だ。
そしてリィンもそれ以上を望んではいないだろう。
どちらも告白という最後の一線を踏み越えない、今の関係がそれを証明している。
ならあらゆる意味で、あの煌魔城の結末がああなった時点でこれが限界なのだ。
動かない心臓がずんと重くなった気がして、クロウはベッドにばさりと横になって、重いため息をついた。
数年後。
夢から醒めてクロウは気怠げに目を開けた。
視線を動かすとリィンが起き上がってベッドに腰掛けたところだった。
昨晩の余韻を残すようにリィンは服を纏っておらず、寝起きのゆったりした仕草でズボンを履いていた。
その、白い背中をぼんやりと見つめている内にあの時つけられた痕のことを思い出す。
当然ながら今はもう消えてしまっているが、血流がないからなのか不死者の間あの痕は消えないまま決戦までクロウの背に留まり続けた。
だがそれも完全に蘇生してほどなくじんわりと消えていった。
それからしばらくして、ようやくクロウはリィンの願いに応えてやることができた。
だからこうして今は一緒に朝を迎えることができる。
クロウはむくりと起き上がるとリィンの背に抱きついた。
「悪いクロウ、起こしちゃったか
…
って!」
そのまま、あの時と同じ位置に口付け、そのまま強く吸い付く。
「ちょ、こら
…
んっ
…
」
しっかりと痕がつくよう吸って、赤くなったのを確認して仕上げに舌先で軽くなぞる。
リィンは小さく体を震わせた後、クロウを睨んだ。
「朝は駄目だってば。仕事に行くんだぞ」
「わーってるって。返事、しただけだ」
「返事
…
?」
「このままずっと、好きでいさせてくれ、リィン」
抱き締める腕に力を込める。
リィンは怪訝そうな、それでも嬉しそうな顔をしながらクロウに背を預けた。
「そんなの、俺の台詞だ」
「
…
そうか」
微笑んでリィンにつけた痕を見つめる。
今更だけれど、どうしても返しておきたかった『返事』を。
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