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2026-06-24 22:16:13
6187文字
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【吸血パロ】ちゅやとぽの出会いについて
吸血鬼のぽがちゅやを拾う話。タイトル未定、またできたところからあげていきます。
遠い昔に誰かに抱かれた記憶。
柔らかく温かいそれは本物の記憶かどうか。
だがたとえ偽物だとしても、その温もりは本物だった。それこそが、大切にすべき価値という奴ではないのか。
硬く冷たい人生の中にあって、自身を支えるのはその温もりだけだったのだから。
*
青年の人生は唐突に始まった。
過去という奴は自身にはない。誰もがもつはずの生い立ちが、幸福なものであれ悲惨なものであれ、いずれも存在しない。
だから彼の人生は冷たいベッドの上で始まる。日々は冷たく硬いものに囲まれていた。食事でさえ固かった。
人は彼を実験体とか人造種と呼んだ。名前はなく、ただ番号がついていた。六号。六番目の実験体という意味だ。
手足には枷が嵌められ、誰かを殺しにいく時だけは其れが外された。だから六号の自由とは、誰かを殺すことだった。
優しい声の男が世話をしてくれた。他の人間と同じ十字架を首から下げ、黒い服を着た男だった。誰かが男を太宰と呼んだので、六号はそれが太宰というのだと知っている。だが彼について知っているのはその名と、声と、誰かを上手く殺せた時に甘い液体をくれる、ということだけだった。
液体はご馳走だ。標的を噛み殺して血に濡れた牙がその液体を呑むと小さく引っ込んでいったし、背中を燃やす様な激しい衝動も抑えることができる。何よりよく眠ることができた。だからその男のことは酷く毛嫌いしていたのに、抗えなかった。その赤い液体がなんであるのかは、何一つ知らされなかったというのに。
同じような奴らは多くいたが、適性が低かったとかでみんな死んでしまった。生き残ったのは己だけだ。
大抵は暗い部屋に鎖で繋がれ、殺しがない時は血を抜かれ、なにかを飲まされ、小便やら大便やら精液やら、体液という体液を抜かれ、その結果次第でまた何かを飲まされた。
気がつけば心は死んで、感覚だけが研ぎ澄まされた。
特に嗅覚と聴覚は自身でも驚くほど鋭い。かなり遠くからでも足音を聞き分けられたし、辺りにたちこめる様々な匂いは膨大な情報を与えてくれた。感覚を鈍らせるためにわざわざ鼻や耳にものを詰めたこともある。だが結果は、余計に感覚がクリアになるだけだった。
鋭敏すぎる感覚はやがて情緒を失い、いまや入力とそれに対する出力だけが義務的に残っている。このまま消耗すれば他の実験体と同様に廃棄されるのだろう。そう思い、すでにほとんど動かない胸を上にして硬い床に寝転がる。
その時だ。窓の外を鳥が一羽飛んだ。
空の色が映ったみたいな羽根の色が、光を反射した。
嗚呼、畜生、綺麗だな。
そう思った瞬間無性に苛立ちを感じて、次の瞬間、鎖をぶっ千切っていた。
「は、っはははは!!」
そうだ、最初っから繋がれてなんかいなかった。あの糞牧師どもにただ、そう思わされてきただけで。
最初に逃げ出した時はすぐ連れ戻された。だが二度三度と繰り返すうちに少し賢くなった。
森だ。黒い森には彼奴らは簡単には近づけない。だから森の奥深くまで逃げた。誰にも追いつかれないくらい、深く、遠くに。
追手の気配が消えても暫く歩いたが、やがて力が入らなくなった。覚悟はしていた。毎日投与される薬。あれがないと、身体が思うようにならない。そう考えている間に、膝から力が抜けて叢に崩れ落ちる。
こんな事なら、適当にぶんどって来るんだった。まだ僅かに開く瞼の隙間から、夜空の月と、降り落ちて来るような星屑が見えた、気がした。
*
目を開くと星屑が覗き込んでいた。
いや、星屑じゃない。
「死んじゃった?」
星屑、のような瞳の青年が覗き込んで喋った。
「生き、てる」
「ああ、良かった!」
青年が笑う。視界が明るくなったような気がした。
「心臓の音が聞こえなかったから、悪いなと思ったんだけど血を飲ませて貰った。今日から君は僕の眷属だよ!」
「
……
は?」
「死ぬよりはいいだろ」
にこにことした青年を前にして、真っ白な頭に徐々に事情が染み込んでくる。
さて、これは吉か凶か。
死んだ方がましだったかもしれない。よりによって拾われたのがこの森の吸血種とは。
「君の血、不思議な味がした。これまで飲んだどの血とも違う。君は何者だ」
出自を素直に話す気にはなれなかった。この吸血種の青年が牧師どもと犬猿の仲だろうことは莫迦でもわかる。
黒い森に住む凶悪な吸血種の話は教会で散々聞かされてきた。雑魚なら自身の手で殺したこともある。
要するに青年は敵だ。己がそうと知れたら仇だと殺されるかもわからない。
それにしても、眷属を作れるような力の強い吸血種なんだろうか。見た目はひたすらにこやかな青年だが。
「話す気がないなら無理には聞かない。君は谷の向こうの斜面にある、修道院から来たんだろ。獣ではなく武器で襲われた跡があったし、逃げてきたのかな。心臓が何故止まってしまったのかは少し不思議だけど、何らかの能力の反動だろうね」
「いや、待て」
思わず話すのを止めた。こちらからは何も話していないのにすべて正解だった。
「手前、何者だ」
「それはこっちの台詞だよ」
不気味な能力だ。吸血種に千里眼が備わっているなんて聞いたことがない。思わず喉をごくりと鳴らす。
青年は穏やかに六号を見つめた。
「でもね、君が何者だろうが、もう心配しなくていい。僕が守ってあげるから」
「は?」
「だって君はもう、僕の眷属だし。それに、修道院は好きじゃなかっただろ?」
細い瞳をもっと細めて青年が言った。星がこぼれ落ちてきたのかと思った。
*
誰にもわかってもらえないと思っていた。
己でさえ理解できていないことを、他人がわかる筈がないと。
だが乱歩は六号が何か言うのを待たずにすべてを理解していた。修道院で何をされてきたのかも、自身が何をしてきたのかも。
望まずに身体を改造され、実験体と呼ばれながら生きてきた。吸血種をはじめとする数々の化物退治に駆り出され、殺すことで食事と居場所を与えられた。
だが乱歩は何もいらないという。それは六号にとって心地よい驚きに感じられる。
「君の名前は?」
「六号」
「ろくごう?なんだ、味気ないねぇ。そうだ、確かこの辺に」
乱歩は部屋の本棚を漁って本を一冊取り出す。古びた小さな書物で、見返しに青年の顔が印刷されている。
「ほら、この人君に似てない?この人は中也。中原中也。今日から君も、中也っていうことにしよう」
乱歩が楽しげに言うので、六号はそれを承諾した。
これまでそんなふうに命じる人はいなかった。
六号はその時から六号ではなく中也になった。
乱歩は事あるごとに嬉しそうにその名を呼び、中也は自分の名を呼ぶ乱歩の声が好きになっていった。
*
中也が乱歩に拾われて半月ほど経った頃。
酷く冷たい雨の降る日、客人がひとり小屋へ訪ねてきた。黒服に十字の紋章、重い外套に懐の銃。首からロザリオを下げにこやかな微笑みを顔面に貼り付けた男。
水を汲みに外へ出ていた中也は雨音で掻き消されていた足音を聞くや、咄嗟に顔を覆い身体を物陰に潜ませた。
「太宰
……
手前なんで此処に」
「やぁ六号。元気そうでなによりだ。では共に帰るとしよう」
「莫迦が。誰が帰るか」
「困ったねぇ。君に決める権利はないのだよ、六号。何故ならば君は我々の所有物なのだから」
太宰の手が小瓶を取り出した。濡れそぼる手の中の赤い液体を中也は厭というほどよく知っている。そして己がそれに逆らえないということも。
「戻ってくるならまた此れをあげよう。君、大好きだったよね、此れ」
鉛色の雨の中でその小瓶だけやけに光を集めて輝いていた。右足が隠れていた場所からふらりと踏み出した。続いて左足がそれを追うようにまろびでる。後は簡単だった。中也はあっという間に太宰の前に転がり込んで濡れた地べたに膝をつき、頭を擦り付けるように下げ平伏した。
「いい子だね、六号。ほら、此れをあげよう。上を向いてご覧」
中也が云われるがまま頭を上げようとした時。
激しい音がして小屋の扉が開け放たれた。
「待て、中也」
大声ではなかった。ただ毅然とひと言放たれた言葉が中也をその場に凍りつかせた。全身を真綿で締め上げられたように、自由はすぐ隣にあるのにもかかわらず、動いてはいけないとすべての感覚が非常事態を告げている。
「おや、おや。これは驚いた」
太宰の声が僅かに揺らいだ。初めて聞く、この男の動揺が更に中也を動けなくした。軽い足音が近づいてくる。太宰に臆することなく、躊躇いもなく、真っ直ぐ中也の隣まで歩き、そこで止まった。
「驚いたって?君は冗談が下手だねぇ」
「真逆。私にそれほど期待していただいたとは光栄です」
「悪いけどこの子は僕の眷属でね。近寄らないでくれるかな」
「眷属
……
?嗚呼、なるほど。それは尚更連れて帰りたい」
「ねぇ、『聞こえてる?』」
途端に、世界の音が消える。静寂の中で乱歩の声だけが頭の中に直接入ってくる。
「『この子は、僕の眷属だ。君たちには渡さない。帰ってくれ』」
ざ、と草を踏む音がした。
太宰が踵を返し、もと来た道を帰り始めた。
「『帰り、主人に告げよ。六号と呼ばわれた者は黒い森の主人が引き受ける。二度とこの地を踏むな。言葉を違えれば命はない』」
太宰からは歯軋りの間から微かに呻き声が漏れただけだった。一言も発することなく、重い外套の男は森の中へ消えた。
「ふぅ、さて」
髪から雨を滴らせ見下ろす顔を、中也は直視できない。本能的な恐怖が全身を締めつけていた。乱歩は中也の傍に膝をつくと濡れそぼった頬に手を当て、顔を上向かせた。
「『動いていいよ』」
途端に全身の強張りが解け、中也は反射的に乱歩から身を引く。穏やかな表情の中に薄らと開かれた瞳は紅く、いつもの穏やかな翠玉はどこかへ消えていた。
「言ったでしょ、君は僕の眷属だ」
一度閉じられた瞳が開いた時には、穏やかな色に変わっていた。
「だから、君は僕が守る」
とはいえ、少しは君にも手伝ってもらわないとかなぁ。乱歩はそう言うと中也を立たせて、小屋へ連れていく。
濡れた服を脱いで身体を拭き、毛布に包まりながら薪をくべる。隣で橙色に照らし出される乱歩の顔にはもう恐怖は覚えない。
先刻の、腹の底から湧き上がる悍ましい畏れ、圧倒的な支配の力は、恐らく乱歩の純粋な吸血種としての能力なのだろう。
「驚いた?」
「嗚呼、まぁな」
「怖がらせるつもりはなかったんだけど、手段を選んでられなくてね」
そう言いながら、乱歩はまた薪をくべた。
「彼ら、なかなかしつこくて。死体を借りて遠ざけようとしたけど効果はなかった。この森には他にも異形の生命が多いから、これまで何とか接触せずにいられたんだけど、今回は君がいるからきっと彼らは諦めない」
中也はそれを黙って聞く。乱歩の生活を乱してしまったことに少なからず申し訳なさを覚える。
「森を出ようと思うんだ。君にも一緒に来てほしい」
「俺に?」
「君にはこの森で、彼らと戦いながら生きていく選択もある。僕とは別の道をいくこともできる。でも、僕は君に一緒に来てほしい。君はどうだ」
真っ直ぐに覗き込まれていた。あの時と同じ、星のような煌めきが中也を魅了した。
「悪くねぇかもな。お前といれば、彼奴らも寄って来られねぇだろうし」
「ようし、決まりだ!じゃあ早速だけど、僕の血を飲んで」
「は?」
「君を正式に迎え入れたい。僕の眷属に。僕の血を君に分けたい」
「いや、けど手前、俺はもう眷属だって」
「間違いではないけど、完全ではないってかんじかな。血の交換をしてないから。ね、いいだろ?」
するりと毛布が落ちて裸の乱歩が中也の前にやってくる。
「命じたくない。力も使いたくない。君の意志で決めて」
「俺は
……
」
失うものなどそもそもないのだ。
それならば、この青年についていってみるのも一興という奴ではないか。
暖炉の火を背にして立つ青年の身体を見上げる。吸血種というのは歳を取らない。永遠の若さを保つと聞いている。「それ故に悪だ」と牧師どもは言うのだろうが。
その身体はただ、ただ、美しいばかりだった。
「噛んでいいのか?」
「うん。傷なんかすぐに治る」
中也の膝の上に横向きに座ると首筋を差し出した。
「噛んで。そして血を吸うんだ」
云われるがままだった。細く白い首筋から酷く甘い匂いが立ち込める。力は使わないと言っていたから、おそらくは漏れ出るものなのだろう。誘われるまま、中也は乱歩の柔肌に牙を突き立てた。つぷりと肌が裂け新鮮な血液が溢れ出す。唇をつけてそれを吸い取る。
甘い。これまで飲まされたどんなものよりも甘美で魅惑的な味だった。それがにわかに血だとは信じられないほどの瑞々しさと喉越しのよさをもった、或いは蠱毒のような。
ぽんぽん、と乱歩の手が中也の背を叩く。
「中也、ちゅうや、ちょっとまって、飲み過ぎ、まって」
聞いてなどいられない。乾いたところをすべて満たしたかった。ひび割れた心の奥にも、裂けてちぎれた身体の芯まで、乱歩の血液で己を満たしてしまいたい。その欲望に中也は逆らうことができなかった。
「も
……
ちょ、こらっ」
乱歩は中也の顔面に掌を押し付けて引き剥がそうとしたが、乱歩の血液を身体に満たした中也は既にその力を増幅させ、身体は膨らみ、筋肉は腫れていた。非力な乱歩の力など、どうとでもねじ伏せることができる。
「は
……
らん、ぽ」
「ちゅうや
……
ぁ、も」
「だめか」
「なに」
「抱きたい、お前を、飲み尽くして、俺のものに」
「ま
……
あっ」
貪り食らいたい欲望を中也は抑えることができなかった。乱歩のすべてを喰らい尽くして自らのものにしてしまいたかった。だが。
「『だめ』」
氷のように冷たい声が中也の燃え盛る炎をあっという間に消し去ってしまう。
「もう、だめ。飲み過ぎだ
……
僕、体力ないんだから」
動かない中也の腕の中から乱歩が転がり落ちた。首筋には微かに中也の牙の痕が残っていたが、それもすぐに消え、元の通りの滑らかな皮膚が細い身体を覆う。
「油断してた
……
君、力が強くなるのか。あの人と同じタイプだ」
「あの、ひと
……
?」
「僕と同じ、吸血種だよ。わけあって会うことができないのだけど
……
僕の、大事な人」
明るいだけだった乱歩の声が初めて郷愁を帯びた。それはもはや、愛情を感じさせると言ってもいいほどだ。
「大事、なら、なぜ」
「あの人が決めたから。だから、会わない」
中也にはその機微はわからなかった。大切ならば離さなければいい。だから中也は暖炉の前に座り込んだ乱歩の腕を引き抱き寄せる。
「俺はお前の眷属だ。そしてお前は恩人だ。何でも言うといい。俺はお前のそばにいる」
乱歩はなぜか寂しそうに笑うと、有難う、と小さく呟き中也に身体を預けた。中也は細い身体を抱いたまま、朝まで同じ毛布にくるまって、共に眠った。
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