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おから
2026-06-24 16:10:56
3927文字
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二人でどこまで堕ちようか。
天使がその生を終える時、花が詰まった肉体からむせ返る様な香りがするという。
「ちょーじ
……
」
「大丈夫!オレがついてる!」
兎耳山は微かに自分の体から花の香りがしている事に気づいた。
兎耳山と十亀は頭から外套を被り路地裏を抜けてゆく。
背中の羽が初めて重く感じる。気のせいだ、気のせいに決まってる。
ここから先にある外界と天使が住まうこの天界を繋ぐ門へ、早く。
夜明けが近い。
これから守備が手薄な瞬間を狙って門を突破する。
もし見つかった場合、あっちは武器を持っている。こちらは丸腰だ。けれど、腕っぷしが強い上級天使ならば突破できる。
二人は恋人の手をそれぞれぎゅっと握り身を隠しながら門まで急いだ。
この市街地は天界に招かれた人間が数多く住んでいて、他の天使に見つかることはまずない。天使は睡眠を必要としないから、鉢合わせる可能性があった。
やっと親しくなれた天使もいた。けれども、二人の罪がここにある限り、逃げなければ消滅するしかないのだ。
下界へ。
天界にも地獄にも行き場がない二人には、下界しか残された道がない。
「
……
隠れてっ!」
「
……
」
門の近くまでやっと到着した。
守衛は休憩所にいるらしい。他の守衛の姿もない。
まるで危機管理能力が欠落しているが、天界では日常茶飯事だ。なにせ、この門から脱走した天使は誰一人いないのだから。
物陰から様子を伺いながら、兎耳山は握った手の力を強くした。
「いくよ、亀ちゃん」
「うん」
外套を被ったままバッと二人は物陰から大通りに飛び出し門を目指して走った。走って走って走った。
すぐに休憩所から武器を持った守衛が現れ二人を止めに入るが、上級天使相手に一人は無謀。
兎耳山は守衛を蹴り倒すと先に門をくぐり、早く門の外へと十亀を
――
。
「ぁ」
その瞬間、兎耳山の視界が、暗転した。
「ちょーじ!?」
兎耳山は崩れ落ちそして、動かなくなった。
茫然とする十亀を守衛は瞬時に拘束し、応援にやって来た守衛が兎耳山の外套をめくった。
その瞬間、むせかえるような花の香が溢れ出た。
「羽が黒く
……
」
「ちょーじ、ちょーじ!」
もがく十亀を駆けつけた守衛四人がかりで押さえつけ、その内の一人が十亀の外套を脱がせ、呻き声をあげた。
「こりゃひでぇ」
「
……
もうダメだな」
「裁判官の家に連れて行くしかないな」
むせかえる様な花の香りが立ち込めていた。
兎耳山の体が、運ばれてもなお、花の香りは十亀にまとわりついて離れない。
「どうして
……
」
絶句する十亀の脳裏に、兎耳山の言葉が過る。自分の命はつきいているようなものだ、と。
黒く変化する兎耳山の羽は寿命の到来を意味していた。本来白であるべき羽が黒く変わる時、天使としての力は失われてゆき、ゆくゆくは消滅する。
逃げようと必死の形相で言ったのは十亀でも、穏やかに微笑んだのは兎耳山だった。
「行くぞ」
十亀は守衛に連れられ門から離れざるえなかった。
その後、兎耳山がどうなったのか、十亀に知らされることは無かった。
――
判決 天界追放。
裁判は呆気なく終わった。
兎耳山の行方も分からぬまま、守衛に捕まってから三日たらずで十亀の処遇は決まった。
追放はそのまま天界からの追放を意味し、実際に追放された天使がどこに放逐されるのか誰も知らない。
まあ、十中八九地獄だろうと十亀は何の感情も抱かなかった。
本物の地獄に落されたところで、どこにいたって変わりない。
「
……
行くぞ」
十亀の殆ど黒と化した羽を見つめる中級天使はあの外界と天界を繋ぐ門へと十亀を連れてゆく。
その見知った中級天使へ、十亀は力なく笑った。
花の香りが、していた。
「ごめんねぇ、こんな事させてぇ」
「わかってんなら、あんな無茶
……
いや、なんでもねぇ」
「ねえ有馬、本当に
……
」
「それが鰐島の決めた事だ、裁判官の判決は絶対だ」
「だいじょぉぶだよぉ、鹿沼」
「
……
」
三人の天使は門へ向かって歩いてゆく。
羽が殆ど黒くなった十亀に残された時間が少な。兎耳山がどうなったか、兎耳山の肉体がどう処分されたか、十亀は何も知らない。十亀だけではない、有馬も鹿沼も知らない。
知っているのは裁判官だけで、裁判中問い質す気力さえなかった十亀は、ただ一人で兎耳山を逝かせてしまった事への後悔しかなかった。
最愛の恋人がどんな風に処分されたのか、何も知らない。本当なら土に返される。でもきっとそうなっていない。
「そういえばぁ、いつから知ってたのぉ」
「最初から」
「分かりやすいもんね」
「通報、しないでくれて、ありがとぉ」
「しねぇよ」
人通りのない市街地は太陽が沈み、もう黄昏時。
兎耳山と一緒に駆け抜けた路地裏ではなく、今度は大通りから門へ向かう。
罪人は晒し者にされるしきたりだが、この時間なのに誰も外に出ていない。それが兎耳山と十亀という上級天使の徳の為す事だと知っているのは有馬と鹿沼しかいない。
「門までついたぞ」
「
……
」
「ねえ有馬!」
「オレだって分かってる!」
「いいよぉ、どこにいたってちょーじはいないんだからさぁ」
黒い羽が十亀の終わりを告げていた。
天使は罪を犯すと純白の羽が黒く染まる。
黒く染まり切るとその天使は堕天することも叶わず、さりとて天使として精霊に昇華される事もなく消滅する。
よしんば消滅を待逃れたとして、地獄へ落ちれば長い生が終わるその時まで拷問の限りを強いられる。
羽が黒くなることが堕天使になる条件ではない、堕天使になる方法は実はもっと複雑でそう簡単に堕天できない。
だからあの時二人で下界を目指して微かな生き残る方法へ賭けたのだ。下界なら生き残る術があるかもしれない、と。
十亀から花の香が強まる。
終わりは、すぐそこだった。
「と、十亀
……
!」
「
……
」
「ありがとぉ、有馬、鹿沼」
鰐島にもお礼を言いたかったなぁ。
十亀は門をくぐったその瞬間
「
……
っ、あ」
何が起こったかわからなかった。
ただ気づいたら視界が暗転した。
「十亀?」
「十亀ぇ‼」
あたりを、むせかえる様な花の香りが覆った。
兎耳山と十亀が愛し合うようになったのは、兎耳山が当時下級天使だった十亀を見初めてからだった。
既に上級天使だった兎耳山は、あれこれ十亀の世話を焼き、十亀を上級天使資格試験合格まで持って行った実力者で、その裏では着実に愛を育んでいった。
罪の事はよく知っていた。罪を犯せば羽が黒くなってしまう事も。
今まで何かしらので黒化した天使の顛末なんてそこら中に転がっている。でも、分かっていても、二人は、兎耳山は超えてはならない一線を越えてしまった。兎耳山にとって十亀はただひたすら愛情を注ぐ存在で、今まで出会ってきた天使とはまるで違う。恋だった。天使が抱いてはならない恋を兎耳山はしたのだ。そして、恋を知らない十亀に恋を教えこんだのも兎耳山だった。
恋は罪。
二人は恋に落ち、そして羽を黒くした。
たったそれだけで。それだけだ、イケナイ事は何一つしていない。天界とは真に退屈な所だ。
「まだかなぁ」
鰐島からの連絡では、そろそろ堕ちてくる筈なのだが、まだ姿が見えない。
光あふれた真夜中の下界で、兎耳山は黒い羽を羽ばたかせ門から落ちてくる十亀を待っていた。
最初は意識が無いから地面に激突しそうになるし、いきなり落とされるから危ない。兎耳山もコンクリートに激突しそうになった。
黒とは違う漆黒と化した兎耳山の羽は、昔と違って収納できて、人間の前で隠せるようになったし、こうして見事堕天使に転生できた今なら、何をしても許される。
それこそ、キスとか。
あの門をくぐった瞬間、兎耳山は漆黒の羽を持つ堕天使になった。
どういう理屈か分からないが、どうやらある程度黒く変色した羽を持った状態で門をくぐると天使から別の生き物へと生まれ変わるらしい。鰐島の説明は難しくてよく分からなかったが、理屈でどうこう出来る話ではないそうだ。鰐島と側近の佐狐、犬上に下界に体ごと落された兎耳山は、当然十亀を迎えに行こうと門まで戻った。が、何かの力で入る事は叶わず、ただ十亀を待つ事しかできなかった。
三日で十亀を落とすという話だったが、まだだろうか。
口うるさい奴らも多いけれど、鰐島ならきっと上手く誘導してくれる。下界には堕天使の共同体もあり、戸籍、だったっけ?それも作ってくれるらしい。下界は便利な所らしい。
それから、堕天使になったと同時に臓物とやらが体内にできたそうで、天使だった頃は人間の様に食事や睡眠なんて必要なかったのに、お腹が減るようになったり眠くなったりする。実は今もちょっと眠い。
「あ!」
空の彼方から、大きな影。
まだ気を失っている十亀が堕ちてきた。
「亀ちゃん!」
「ちょー、じ?」
兎耳山は十亀を受け止めると、大丈夫?と顔を覗き込んだ。
顔色は悪くないようだが、堕天の衝撃でまだ鼓動が不安定のようだ。
「どうして、ちょーじ?」
「うん、オレ達堕天使になっちゃった!」
「だてん、し?」
「ね、亀ちゃん」
「?」
「二人でどこまで堕ちようか」
堕ちる場所ならどこまでも。この光り輝くネオンの海へ一緒に堕ちよう。
「亀ちゃん」
「?」
愛してる。
兎耳山は十亀の唇に初めて口づけた。
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