フリンズさんの報告書作成を手伝う話


……なにこれ、大掃除中?」
「おや、こんにちは」

 依頼の報酬でちょっと良いお酒が手に入ったので、約束はしてないけれど恋人であるフリンズのいる夜明かしの墓へ訪ねてみた所……いつも綺麗な地下室の長机が資料で埋まっていた。

「どうしたの? 掃除なら手伝おうか……と思ったけど、違うっぽいね?」
「えぇ。ライトキーパーの職務の一つである――報告書の作成中となります」

 眉を下げてへらりと笑ったフリンズだったが、どこか覇気がない。目の下には化粧ではない隈も見える気がする。
「いま報告書を作成している件が、過去の出来事と類似性があり資料を探していたのです。――散らかっていて申し訳ないですね、少し片付けましょう」
「いや、いいよ。使ってる資料なんでしょ?」
……そうですか。ではお言葉に甘えてそのままとしますが、貴女はどうぞ……そちらのソファにおかけください」
 私は彼に促されるままにソファにかけたのだが、そういえば手土産があったことを思い出した。

「ねぇフリンズ。今日ね、ちょっと良いお酒手に入れたんだよ」
「それは素晴らしいですね」
「うん、だから……さ。報告書が片付いたら一緒に呑む?」
「願ってもないお誘いですね。ぜひご一緒させてください。……ですが、今夜中に終わるかどうか……

 話しながらもペンを動かすフリンズは私の方を一瞥して、また手元の書類へと向き直った。これは大変そうだ。私はこのあと特に用事もなく時間はたっぷりあるので、そのまま待たせてもらうことにした。
 机の上に雑然と広げられた資料の一つを手に取ってみる。随分古い資料のようだ。
「これさ、日付順とかに並べたら……少しは楽になったりする?」
「おぉ……それはとても助かりますが、よろしいのですか」
「うん。少しだけど手伝うよ」
 そう宣言してから資料の日付を確認していく。あ、これなんか私が生まれる前の資料じゃないか。そんな記録も、全部ここに残してあるんだなぁ……と感心した。
 パラパラと資料を捲っていると、いつのまに移動したのか、背後にいたフリンズが突然覆い被さってきた。

「ぅわあ! ビックリした……なに?」
「そちらの資料が必要になったので、取りに来たついでに」
「ついでに?」
「活力の充電を」

 そう言った彼は、更にギュッと腕に力を込めて来る。息ができない程ではないが、少し苦しい。首筋に埋められているフリンズの顔から落ちてきた髪の毛が、頬に当たって少しくすぐったい。しばらく好きにさせていたが、さすがに体勢が辛くなってきたので、彼の腕をポンポンと叩いて離してもらえるように伝えた。
 ゆっくりと彼の腕の中から解放され、ホッと一息つく。振り返ってから、手にしていた資料をフリンズへと渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。――ふふ、少し充電できました」
 小さく微笑んでからフラフラと元の席に戻るフリンズの背中を見送る。……大分お疲れだねぇ。


 ***


 資料整理も終わってしまい、さすがに待つことにも飽きてきた。とは言っても、せっかく良いお酒を開けるのなら、相手はフリンズが良い。もう少し辛抱しよう。
 サラサラと報告書へペンを走らせるフリンズを遠目に眺めていたところで、良いことを思いついた。

 手近な椅子をフリンズの座る椅子の横まで移動させて、そこに座る。また彼が私を一瞥し、手元の報告書へと目線を戻す。
「どうしましたか?」
「いいえ、なんでも。フリンズを近くで眺めようと思って」
「おやおや。……お待たせしてすみませんね、明日イルーガが取りに来てくれる予定でして」
「全然構わないよ。でも――、」

 言いかけた言葉を飲み込んで、「んー、」と唸る私へ、彼が目線を向ける。その先は?と、言われているようだ。

「ねぇ、フリンズのほっぺたをつついても、いい?」
……ダメですよ」

 なんと、キッパリと断られてしまった。そんなに邪魔になる遊びじゃないと思うんだけどなぁ……と思ったので。
「えいっ」
 小さな掛け声と同時に、フリンズのほっぺをつつくことに成功した。指先にふにっとした触感が伝わる。えへへ、ちょっと満足。すると――

 ――バタンっ
 突然、フリンズが報告書やインク瓶を器用に避けながら机の上へ倒れ込んだ。

「な、なに⁈」
「ダメだと伝えていましたのに……。ほら、僕はもう……報告書が書けなくなりました。イルーガには貴女から説明してください、ね……
「なんでよ!」

 とはいえ、ちょっかい掛けたのは私なので私にも責任があるの?イルーガには怒られるのは嫌だ!と慌てていると、机に伏せたまま顔も上げないフリンズが手招きをしている。
 ……んん?
 そして私がフリンズの顔のそばまで移動すると、先ほど私がつついた頬を、自身の人差し指で触れる。
 …………ぇえ?まさか、そう言うこと⁈
 もう仕方ないので、彼に促されるまま顔を寄せて、私はフリンズの頬に口付けた。


「いやぁ、報告書も無事に完成し片付けも終えて、貴女と呑む美味しいお酒は格別ですね」
「全くもう、調子が良すぎない?」
「えぇそれはもう。運命の乙女からの口付けで、僕の疲れが吹き飛びましたので」
……妖精さんが何か言ってる」



『そんな魔法みたいなことは出来ない筈なんだけど、』