梶間
2026-06-23 19:06:32
8351文字
Public カブライ
 

🔞2026/06/28【君となら浮かぶ未来】発行『熾火』サンプル

その日の政務を終えた執務室で、王から「今晩一緒に寝てくれないか」と突飛な願いを告げられた宰相補佐。それは、王が陥った「魔法の出力が安定しない」という不調を治すため、宮廷魔術師が提案した深層心理に潜る治療魔法の依頼だった。
夢の中で宰相補佐が出会ったのは、現実のいたって健康的な王からは想像もつかない、過去の凄惨なトラウマと自罰的な苦しみに囚われた「もう一人の彼」。拒絶と救済の間で葛藤しながらも、彼は友人の最も深い傷へと手を伸ばす――。
朝が来れば忘れてしまう、泡沫の夢の中で紡がれる二人の救済と、魂に刻まれた消えない残響の物語。

※キャラの過去に関する独自解釈・捏造有り。

本文36p。

 『始まり』


 その日の分の政務が一通り片付いたとき、部屋の空気を変えるようにライオスが声をかけてきた。
「なあ、カブルー」
「どうしました、陛下」
 今、この執務室には二人しかいない。しかし、ライオスの声音に混じった妙な真剣さに引っ張られ、カブルーはあえて公人としての硬い態度を崩さずに応じた。
 途端、ライオスが少し居心地悪そうに眉の端を寄せる。これは王としてではなく、個人的な相談があるときの顔だ。カブルーはそれを察したが、促すことはせず、彼がもごもごと言葉を濁すをじっと待った。
 やがて、覚悟を決めたようにライオスが口を開く。
「今晩、俺と一緒に寝てくれないか?」
(言い方……!!)
 思わず、カブルーの顔がぎゅっとしわくちゃに歪んだ。
 二人は恋人同士でも何でもない。上司と部下であり、共にこの黎明期の国を担う友人同士だ。
 危なかった、とカブルーは内心で冷や汗を流した。本当に、今この部屋に二人しかいなくて良かった。
 ライオスの直球すぎる物言いの裏には、もっと他に言いたいことが詰まっている。それはここ数年の付き合いで嫌というほど知っていた。「要件を簡潔に伝えるにはどうしたらいいか」を突き詰めて考えすぎた結果、他の人間ならまず確実に勘違いするような端的な言葉が出たのだろう。
 ライオスの人付き合いにおける絶望的な距離感の問題は、シュローとの一件を経てだいぶ改善されたはずだった。しかしライオスの中には、「友人」への強い憧れと、ある種の不器用な未練がいまだ残っているようだった。
 シュローとの決別を通じて「他人とどう接すれば程よい距離感を保てるのか」は学んだ。けれど「結局、親友にはなれなかった」という傷跡は彼の中では消えていない。
 その反動なのか、月日が経つにつれ、ライオスはカブルーに対して「気兼ねのない友人」としての甘えを、時に極端な形で見せてしまうことがあった。
 もし仮に、一国の王という絶対的な権力を持つ人間が、下位の者に向けてこの台詞を放ったのだとしたら、それは艶っぽい命令、あるいは脅迫にすら聞こえるだろう。
 相手がライオスだからこそ、万が一にもそんな意図が含まれていないと分かる。分かるのだが、あまりにも心臓に悪い物言いだった。カブルーは押し寄せる胃の痛みを堪えるように、そっと息を吐き出す。
 カブルーの露骨な反応から、自分の言葉がまずかったことを察したらしい。ライオスは、ええと、と視線を彷徨わせながら、大慌てで言葉を選び直した。
「実は、最近魔法の調子が悪くて」
「魔法、ですか?」
「実際に見てもらった方が早いか」
 ライオスは言うと、何やら短い呪文を唱え始めた。カブルーにも聞き覚えのある、迷宮の暗闇で度々活躍していた閃光魔法だ。魔物への目くらましにも、松明などの火が使えない場所で明かりの代わりにもなる。比較的簡単に習得できる術で、疲れるから滅多に使うことはないが、カブルー自身も習得している魔法だ。
 ライオスの目の前に、丸い光の玉が浮かび上がる。炎と違って揺らぐことのない均一な光が、昼下がりのまだ明るい室内に灯った。
 だが、その直後だった。
 光球が、突如として眼を焼くほどの凄まじい光量で爆ぜた。
「眩しっ……! すみません、明るさ落としてください!」
 カブルーが思わず手で顔を覆いながら叫ぶと、不自然なほど唐突に光が消え、室内は元の明るさに戻った。
「今のは明るすぎませんか?」
「もう少し普通の明るさにするつもりだった。最近、こんな感じで魔法の出力が安定しなくて」
 カブルーは口元に手を当てて考え込む。魔法に馴染みのない人間にとって術の行使は酷く体力を削るものだが、閃光魔法は初心者でも扱いやすいはずだ。以前、夜中に蝋燭がないからとライオスが同じ魔法を使っていたときは、もっと穏やかで安定した光だった。
「どこか調子でも悪いんですか?」
 近頃のライオスを観察していても、体調を崩しているような兆候は見られなかった。
「いや、俺が自覚してる部分ではどこも悪くないんだ。マルシルに相談したら、精神の不調、つまり心の問題じゃないかと言われたんだが……
 術者の精神状態がもたらす魔力への影響について、マルシルから色々と説明をされたらしい。だが、ライオス自身はそれを上手く咀嚼できていないようで、「うーむ」と腕を組んだまま考え込んでしまった。
 そのとき、ライオスの腹時計が「ぐう」と大きな音を立てて静寂を破った。
「とりあえず昼食にしよう。詳しい説明は後でするから、今晩、俺の部屋へ来てくれないか」
「分かりました」
 そういえばそろそろ昼食の時間だった。「今日のメニューは何かな」と楽しそうにウキウキし始めたライオスの隣に並びながら、カブルーはその横顔をじっと観察した。
 目も髪も肌も、健康そのものだ。王に就任した当初はずっと疲れた顔をしていたが、ここ最近は目の下に隈もなく、顔つきに精彩を欠くこともない。黙っていれば、一国の王として非常に頼りになる貫禄を備えている。
 今は昼食が楽しみすぎて完全に浮き足立っているが、その姿は気の抜けるほど普段通りだった。
 いまだに仕事が楽しくて、つい夜遅くまで書類にのめり込んでしまう自分に比べれば、ライオスの方がよほど健康的な生活を送っているように見える。
 
「夜は、何時頃に伺えばよろしいですか?」
「えーと、マルシルとファリンにも同席して説明してもらうつもりだから、就寝前くらいに」
「分かりました。では、その時間に」
 カブルーは頷きながら、先ほどのライオスの言葉を思い返していた。
 身体は健康そのもの。ならばやはり、原因はマルシルの言う通り「心」にあるのかもしれない。あの底の見えない迷宮を喰らい尽くし、世界を救った男の精神の内に、どれほどの心労が溜まっているのか。
 不穏な予感を胸の奥に仕舞い込み、カブルーは歩調を早める王の後に続いた。

 ◇ ◇ ◇

 その夜、カブルーは指定された時刻にライオスの私室を訪れた。
「失礼します」
 扉をトントンとノックすると、中からライオスの返事と、それに重なる女性たちの和やかな笑い声が聞こえた。
 扉を開けると、そこにはライオス、ファリン、マルシルの三人が絨毯の上に敷物を広げ、すっかりくつろいでいる姿があった。
 三人とも驚くほどラフな格好をしている。かつて冒険者だった頃、迷宮の休息場所で仲間たちと夜を明かしたときの空気を思い出し、カブルーは奇妙な懐かしさを覚えた。まだ数年しか経っていないはずなのに、ずいぶん遠い昔のことのようだ。
 しかし、それにしてもゆるみすぎではないだろうか。まるでもう、あとは寝るだけといった風情である。
「カブルーさん、こんばんは」
「あれ、カブルー、寝間着は持ってきた?」
 ファリンの穏やかな挨拶に返事を返しつつ、マルシルの突飛な質問にカブルーは首を傾げた。
「寝間着、ですか?」
「あ、悪い、伝え忘れてた。俺のを貸すよ」
 ライオスがのそりと立ち上がり、クローゼットから少しくたびれた部屋着を取り出してカブルーの手の中に押し付けた。
「ええと……ライオスの不調についての話し合いをするんですよね?」
 まさか今からここで雑魚寝でも始めようというのだろうか。一国の王と宮廷魔術師が揃って、王の有事について語り合おうという場のはずなのだが。
「ライオス、何も説明してないの?」
 案の定、マルシルが呆れた声を出す。
「魔法の不調について話したいから、今晩は俺と一緒に寝てほしいとは言ったんだけど……
「兄さん、それはちょっと言葉が足りないんじゃないかな……
 ちょっとどころではない、とカブルーは心の中でファリンに同意した。もっと言ってやってほしい。
 マルシルは出来の悪い生徒を見るような目でライオスを一瞥すると、部屋の隅にある衝立を指差した。
……寝間着の方が後々楽だから、着替えてきちゃって」
「はあ」
 ライオスが言うといまいち要領を得ないが、マルシルが言うなら必要なことなのだろう。カブルーは大人しく衝立の裏に入り、借りた衣服に袖を通した。
 手に持ったときも大きく感じたが、案の定、上下ともに裾が長く、横幅にもかなりの余裕がある。布地の余り具合が、そのままライオスとの圧倒的な体格差を物語っていた。トールマンとしてはやや小柄で、筋肉がつきにくい肉体を密かに気にしているカブルーとしては、その恵まれた骨格が少しばかり羨ましかった。
 衝立の向こうからは、相変わらず賑やかな言い争いが聞こえてくる。
「もー、ライオスってば、もっとマシな説明の仕方があるでしょ!」
「そうは言っても、俺自身が自覚してない不調を治してほしいと、どう彼に伝えたらいいんだ」
「シュローの時もだけど、兄さんは友達に要件を伝えるのが本当に不得意だね」
「不得意なんてレベルじゃないよ」
外からの声を聞き流しながら、カブルーはぶかぶかの上着の裾を軽く整えた。ライオスの骨格の良さを身を以て味わわされている最中だが、外で女性陣に寄ってたかって叱られている大男のことを思うと、少しだけおかしさが勝つ。
「それじゃあ、僕がその不得意な要件とやらを詳しく聞いてあげますよ」と言い添えるようにして、カブルーは衝立の後ろから姿を現した。
「着替え終わりました」
 カブルーが苦笑しながら輪に加わると、敷物の上には温かい紅茶と夜食、飲み物が完備されていた。まるで気心の知れた仲間同士のお茶会だ。
 マルシルが淹れてくれた紅茶を口に含み、カブルーは本題を切り出した。
「それで、ライオスの不調というのは?」
 促されると、ライオスはぽつぽつと語り始めた。時折マルシルの専門的な注釈が入りつつ、要約するとこういうことだった。
 数ヶ月前からどうも夢見が悪い。朝起きると「嫌な夢を見た」という不快感だけが残っている。そんな状態が続くなか、ある日を境に、突然魔法の出力が安定しなくなったのだという。
「夢魔の仕業じゃないかとも思ったんだが、枕の中にはいなかった」
 ならこれは単純に寝不足か、慣れない生活での疲れが今になってきたのではないかと生活リズムを見直すことにした、とライオスは続ける。
「生活リズムの乱れかと思って、三食きっちり時間通りに食べて、日の出と共に起きる生活に変えたんだ。そうしたら、体調は前より良くなって」
 それは見れば分かります、とカブルーは内心でツッコミを入れた。今のライオスは心身ともに健康そのもの、顔色もすこぶる良い。
「でも、一向に魔法の出力は安定しないんだよなあ」
 心底不思議そうに首を傾げるライオスに、マルシルが真面目な顔で補足を加えた。
「魔法の不調は精神的な要因が大きいの。一見元気そうに見えても、今のライオスは、深いところで精神的な疲弊を起こしているんだと思う」
 そこで、その心労の原因を探るために、夢魔の生態を応用した治癒魔法を試みようとしたらしい。
「この治療法がなかなか興味深くてな、夢魔が精神に干渉するのを利用して――
 急にライオスの熱が籠った長い解説が入り、蝋燭の光の中でも分かるほど瞳が輝き始めた。夢魔の生態については心底どうでもよかったので、カブルーは重要な点だけを脳内で抽出する。要するに、術者が対象者の身体に触れて共に眠ることで、相手の夢、深層心理へと潜入し、不調の原因を取り除く魔法であるらしい。
そこまで条件が揃っているのなら、真っ先に思い浮かぶ人物が一人いた。
「それならば、ファリンさんが一番適任なのでは?」
 確かファリンは、こういう感覚的な術が得意だと聞いた覚えがある。そういう感覚に聡い彼女が適任だと思ったのだが、ファリンは困ったように眉を下げた。
「俺もそう思って最初にファリンに頼んだんだが、全然上手くいかなかったんだ」
「そうなの。兄さんの夢に入った途端、どうしても私まで小さい頃の記憶に引っ張られてなにもできなくて……
 ファリンが言うには、幼少期に同様の体験をしている家族だと、夢の中で術者も馴染んでしまう可能性が高いらしい。
 家族という近すぎる血縁ゆえに、術者まで夢に呑み込まれてしまうリスクがあるのだという。
「ファリンがダメで、他に誰か頼めそうな人はいないかって考えた時に……君の顔が浮かんだんだ」
 ライオスは人差し指をモジモジと突き合わせながら、チラチラとカブルーの様子を窺うように見た。
「その……ゆ、友人として助けてくれると、とても嬉しい」
 その妙に縮こまった態度に、カブルーは思わずふっと溜息を漏らした。
 こちらとしてはとっくに気兼ねのない友人として、事態によってはそれ以上の重荷を背負う覚悟すらあるつもりなのだが、ライオスは未だに手探りでこちらへの距離を窺っている。やはり、シュローとの一件がいまだに尾を引いているのだろう。
 そんな深刻な不調があるなら、もっと早く自分に教えてくれればよかったのに。少しだけ拗ねるような思いはあったが、こうしてまっすぐに「友人として」助けを求められたことは、決して悪い気はしなかった。
「分かりました。それで、僕は具体的にどうすれば?」
「兄さんが横になって、そのお腹の上にカブルーさんが頭を乗せて眠ればいいの」
 ファリンの指示に従い、ライオスが絨毯の上に仰向けになる。その傍らで、マルシルとファリンが二人の周りに複雑な魔法陣を描き、触媒を配置し始めた。不測の事態に備え、二人は一晩中ここで監視を続けてくれるらしい。
「そういえば、ライオスの夢って……その、魔物だらけだったりしませんよね?」
 カブルーの懸念に、ファリンとマルシルは「うーん……」と同時に頭を抱えた。しかし当のライオスは、寝転がったまま胸を張って力強く否定した。
「夢にはストレスの原因が現れるんだろう? なら、俺の悪夢に魔物が出てくるはずがない!」
「なぜなら!」とライオスは拳を握る。
「魔物が出てくる夢が、俺のストレスになるわけがないから……! むしろ出てきてくれたら、この不調もすぐに治るかもしれない」
 大真面目に断言する王の姿に、カブルーたち三人は完全に呆れ果て、揃って力のない相槌を返した。
 「ふふ、兄さんらしいね。でもカブルーさん、もし本当に怖い魔物が出たら、夢の中でも兄さんが助けてくれるから安心してね」
 ファリンのそんなのんびりとしたフォローに、「それは心強いですね」とカブルーは苦笑を返す。
 その間に、マルシルが魔法陣の最終チェックを終えて杖を構えた。
 促されるままに、カブルーは借りた部屋着の裾を軽く整えながら、横たわるライオスの身体へと近づいた。
「じゃあ、始めるね。おやすみなさい、二人とも」
 マルシルの声を合図に、カブルーはライオスの腹部へと頭を預け、そっと目を閉じた。
 あとは眠るだけ、と言われたものの、カブルーは少しばかり緊張していた。ここ最近は仕事の忙しさで夢も見ずに眠れていたが、それはどちらかといえば珍しいことで、もともと寝つきが良い質ではなかった。せめて酒でも持ってくれば良かっただろうか。まあ、この三人相手ならうまくいかなくても、別の方法を考えてくれるだろう。
 眠れなかったらその時はその時だ、と割り切り、せめてリラックスしようと深く息を吐き出す。
 後頭部に、衣服越しに伝わってくる他人の確かな体温。誰かの体温を感じながら眠るというのは、思ったよりも心地よいものなのだな——そう思った瞬間、カブルーの意識は、底のない深い闇へと滑り落ちていった。

……カブルーは、もう寝たのか?」
「あれ、兄さんまだ起きてたの?」
「ライオスが寝てくれないと始まらないんだけど」
「俺が先に寝てなくても大丈夫なんだろうか」

 一人、すやすやと穏やかな寝息を立て始めたカブルーの声を遠くに聞きながら、残された三人もまた、夜の静寂の中に緩やかな眠りへと落ちていった。

 

 ◇ ◇ ◇


『歪んだ防衛本能』


ライオスは爆ぜる炎をじっと見つめながら、遠い過去の、最も暗い記憶の底をのぞき込んでいるようだった。
……そういえば、君には……いや、誰にも話したことはなかったな」
 ふと、ライオスが呟いた。見れば、彼の顔からはいつの間にかあのむさ苦しい髭が消え失せ、随分と年若く見えた。背丈こそ今と変わらないが、いくらか顔立ちが細い。カブルーよりも年下に見えるその顔は、おそらく、彼が語っている「兵隊時代」の容姿そのものなのだろう。
「そんな日々を続けていたら、ある日、先輩に呼び出されたんだ。わざわざ、人気のない懲罰房へと連れていかれて……そこで、複数人がかりでひどく殴られた」
 パチパチと、薪の燃える乾いた音が静寂を打つ。火の粉が、暗闇へと高く爆ぜた。
「痛かったけれど、まあ、時間が経てば治る怪我だったから、いつしか特になにも思わなくなった」
 赤黒い炎の照り返しが、ライオスの横顔の凹凸を冷酷に際立たせている。
「そうしたら……次は、性暴力を振るわれた」
 ライオスの声音は、驚くほど淡々としていた。まるで他人の事務的な記録でも読み上げているかのような平坦さだった。
 カブルーは表情にこそ出さなかったが、今度ばかりは、容赦のない痛ましさが胸をきつく締め付けた。理不尽な暴力、それも尊厳を徹底的に踏みにじる行為が、どれほど人間の心を摩耗させ、破壊するかは知っている。
「それにも、いつしか身体が慣れて、何も思わなくなった。でも……ある日、とうとう限界がきたんだろうな。軍の規律がどうしても自分には合わない、と思って、夜中にすべてを捨てて軍を抜け出したんだ」
 カブルーは何も言わず、ただ静かに、炎の爆ぜる音と彼の独白を全身で受け止め続けた。
「それで、脱走した後は運よく商隊に拾ってもらって。それから……
 ライオスは炎から視線を外さないまま、淡々と続けた。
「町や村に立ち寄ったとき、あるいは商隊が一時的な護衛を雇ったときなんか、長く一緒にいない人間を見つけては、関係を持つようになった」
 自ら身体を明け渡した、とライオスは語る。
……
「あと腐れのない人間なら、誰でも良かった。自分から、あの時と同じことを能動的に繰り返せば……あの懲罰房で、なぜ俺が彼らと対話できなかったのか、その糸口が掴めるんじゃないかと思ったんだ」
 ――心が負った致命的な傷への、歪んだ防衛反応。
 カブルーの脳裏に、強烈な理解が走った。それには、自分自身にも酷く思い当たる節があったからだ。
 なぜ自分だけがウタヤで生き残ってしまったのか。その理不尽に対する納得のいく理由と「力」を見出したいがために、わざわざ魔物が巣食うあの忌まわしい迷宮へと、自ら進んで飛び込んだ。魔物から受けた致命的なトラウマは、魔物という圧倒的な暴力に再び相対し、それを支配しなければ決して解消できない――そう信じ込んでいたのだ。

 カブルーは魔物による理不尽な暴力を。
 ライオスは人間による理不尽な暴力を。
 それぞれ、自分を脅かした絶対的な力を見つめ、理解しようとして、逆にその深みに囚われている。対象こそ違えど、自分たちの魂の根底にある歪みは、驚くほど似通っていた。
(ああ、どうか……この夢の記憶だけは、現実に戻っても絶対に忘れたくない)
 カブルーは心の奥底で、強く、祈るように願った。
 せっかくこの不器用な友人が、誰にも見せなかった最も柔らかく、血塗られた深層の心情を、ここまで剥き出しにして明け渡してくれたのだ。現実の彼はとうに克服したような顔をしているが、その実、心の最奥には今もあの懲罰房の冷たさがべっとりとこびりついている。

 「ライオス」
 もう、何も言わずにはいられなかった。
 友人になりたいと切望し、その背中を追い続けてきた相手が、夢の中とはいえ、最も深い傷口をここまで曝け出してくれたのだ。
「辛かったですね。……本当に、よく今まで一人で耐えてこられたと思います」
 カブルーの声は穏やかで、しかし確かな熱を帯びていた。
 魔物から受けた理不尽な暴力を憎む自分と、人間から受けた理不尽な暴力に傷ついたライオス。対象は違えど、その根底にある痛みの形を、自分なら誰よりも理解できる。カブルーはあくまで信頼できる「友人」として、その孤独に寄り添おうと、ライオスの肩にそっと手を置いた。あんたの痛みは俺が知っている、と伝えるために。