A.A.A.
フォークロア・クラブ自陣の前日譚
なんのネタバレもないが自陣の話しかないです
ゲスト:UGNの女王様
Q. 事件とか起きてるけど全然ミステリじゃなくないですか?
A. 誰もミステリだなんて言ってなくないですか???
推理と能力の話
探偵は人を救わない。探偵の役目は、ただバラバラになったピースを組み立ててパズルを完成させるだけだ。浅霧灯里は、探偵をそう定義している。
「浅霧くんさ、サーカスとか興味ない?」
「……その前になんか言うことあるんじゃないの」
「あ、これ食べたい?」
手土産として買ってきたらしいバームクーヘンを早々に自ら開け、勝手に紅茶を淹れて一人で優雅なひと時を過ごしている彼女の名は、ハートリー・クィグリー。様々なUGNの支部を転々としながら任務をこなす、半イリーガルのようなエージェントだ。浅霧が探偵事務所を開く前に所属していた支部で、とある任務を共に担当してから、たまに連絡を取り合う程度の関係性を築いている。と言っても、向こうから依頼(という名の手伝いや雑務)を持ちかけられることがほとんどだが。
彼女は浅霧より幾分か年下であるが、浅霧は年上として敬意を払われた記憶がない。浅霧とて、年功序列を強く重んじるタイプではなく、どちらかと言えば疎ましく感じてはいるが、とはいえ彼女の不遜さにはいっそ感心すら覚える。時代が時代であれば、彼女は女王として担がれていただろう。きっと彼女には、ティアラがよく似合う。
時に、話は戻ってサーカスである。浅霧はサーカスを見たことがない。特に興味もないため、空中ブランコとか、火の輪くぐりとか、そんなのがあるらしいという程度の知識しかない。しかし、巡り合わせというものはあるのだろう。浅霧は次の週末に、サーカスを見に行く予定だった。先月手に入れたチケットをデスクの引き出しから取り出し、彼女に見せる。真紅の長方形の上に、公演情報が金で箔押しされている。シンプルでいて目を惹き、煌びやかさを感じさせる一枚だ。
「興味はさておき、来週行く予定はある」
彼女がわずかに目を細める。
「へえ、珍しい」
「チケットを譲り受けたからね」
「奇遇ね、私もチケットを持っているの、キルクス一座のね」
彼女がバッグからチケットを取り出してみせる。真紅の札には、浅霧のものと同じ日付が印字されている。心の中で舌打ちをする。
キルクス。サーカスの語源となった、ラテン語で「輪」を意味する単語。安直な名付けだとは思うが、響きとしては悪くない。規模は大きく、華やかなショーで有名らしい。これは、一昨日乗った地下鉄の広告で仕入れた情報だ。
「……UGNの調査は引き受けないからな」
「まだ何も言ってないじゃない」
「先手は打っておくに越したことはない」
「まあ、サーカス側から依頼が来ているのは、予想外だったけどね」
今日の彼女の訪問は断るべきだった、と浅霧は後悔するが、もう遅い。出来ればこの話は、UGNの目の届かないところで済ませたかったのだが、こうなればある程度は情報を渡さないとお帰りいただけないだろう。ため息を一つ挟んでから、気は進まないが口を開く。
「一座の団長と副団長が相談に来たのは、先月のことだ。端的に言えば、一座の団員に対して殺害予告が届いている」
「そんなの、さっさと公演を中止すべきでしょう」
「予告には何の要求もなく、ただ公演の日にとある団員を殺害する、と書いてあっただけだよ」
「それ、本気で言ってる?」
「……僕が中止を提案しなかったとでも?」
それもそうか、と彼女が首を振る。
「脅迫状の送り主を見つけて欲しい、という依頼だった。警察に行った方が良いとは勧めたが、彼らは事件性ありと判断され公演が中止になることを恐れていたようでね」
「人の命を何だと思ってるの」
「おっしゃる通り、人命のかかった話だ。引き受ける条件として、送り主が特定できず、かつ危険性が高いと判断した場合は、公演を中止することを提示した。そしたら断られたよ」
「人の命を……」
「相談料として当日のチケットはもらったが、それ以上のことはない。それがこのチケット、ってわけさ」
改めて話しても酷い話だ。素人が事件性ありと判断されることを恐れる程度の脅迫なら、なおのこと公演は中止した方が良い。だが、一介の探偵にできるのは所詮ここまでだ。条件を飲んでもらわねば、こちらとしても引き受けることはできない。団内に周知はするようだが、果たしてどういう顛末になるのか。
彼女は顔を顰めたまま紅茶を口に運ぶ。こういった仕草まで絵になるな、と浅霧は思う。
「で、そっちはなんでただのサーカス団なんかに目をつけているんだ?」
「まだ私、何も言ってないけど」
「…………」
「さすがに冗談、そんなに睨まないでよ」
とは言うものの、ここで抗議を挟まなければ本当に何も言わずに帰りそうなのが彼女の食えないところだ。
「ここ最近、市内で強いレネゲイドの反応が度々観測されているの。それが、キルクス一座の公演場所と被っているのは、果たして偶然だと思う?」
彼女はそういってタブレットを取り出し、画面に地図を表示する。
「赤がレネゲイド反応が観測された場所で、青が公演場所ね」
一瞬言葉に詰まる。関係がない、と白を切るには、その赤と青はあまりに双子のようだった。
「……これだけではなんとも」
空々しい音の羅列。彼は三拍置いてから返事を捻り出したが、もはやその間こそが答えであり、返事そのものにはほぼ意味などなかっただろう。
まあともかく、と彼女が話を続ける。
「そういう理由でUGNとしてはちょっと気になっててね。一回くらい見に行こうかなと」
「なるほどな、そちらの事情も分かったよ」
手伝わないけど、と付け加えると、それを聞いたであろう彼女は意味深な笑みを浮かべて立ち上がる。
「今日のところはこれくらいで帰ろうかな、また当日に」
どうぞ、と事務所のドアに手を指し向ける。事務所から出る直前、彼女はこう言い残した。
「期待してるよ、探偵さん」
何度目かのため息。厄介なことになってしまった、と他人事のように考える。
そもそも依頼を引き受けていない以上、当日行く義理も、調査をする義理もない。それでも、やはり殺害予告と聞くと、そのまま捨て置くのも気が引ける。他の案件に差し障りがない程度に、浅霧はそれとなく情報を集めていた。
彼とて、UGNを嫌っているわけではない。それでも、今回ばかりはUGNを避けたいのも本音だ。先日浮上した、キルクス一座の団員とUGNが怪しげな取引をしている、という疑いが晴れるまでは。
「私……私じゃないです……」
線香から立ち昇る煙のような、いまにも吹き消されそうなか細い声。赤みがかった髪の女性が、必死に声を絞り出している。
「花城さんを見つけたのは、藤崎さんだよね」
事実確認のようでいて、明らかに疑っている調子の声音だった。当然のことだ、第一発見者が疑われるのは世の理と言えよう。
「そう、なんですけど……」
「いやいや、誰も疑っちゃいねえよ、ただの確認だって。もともと脅迫状だって届いてたことだしな」
彼は確か大道具係の団員だったか。彼女を庇うポーズを取ってはいるが、疑っていないというのは明らかに嘘だった。牧田さんの言う通りだよ、なんて声まで飛び交う。白々しい茶番だ。
「私が花城さんの楽屋に入ったら、花城さんが倒れていて……それで……」
浅霧は、綺麗な声だなと場違いな感想を抱く。それくらい、彼にとって目の前の光景はどうでもいいことだった。団員同士の腹の探り合い。やっただの、やってないだの、口ではなんとでも言える。
彼の興味は、ここで何が起きたのか、だけだ。誰がやったのか、というのはその副次的な事実に過ぎない。
「警察が到着するまで、みなさんこの部屋から出ないようお願いしますね。また、浅霧探偵のご質問にもお答えいただくよう、ご協力よろしくお願いします」
隣では、クィグリーがまるで彼の助手であるかのように場を取り仕切っている。
どうしてこうなったのやら、と彼女に目をやりつつ、浅霧は頭の中で状況を整理する。
結果として死人は出なかった。第一発見者である藤崎林檎が、被害者である花城恵吾を見つけた時、彼は後頭部を殴打され意識を失い、そして出血もしていたが、確かに息はしていた。その後、藤崎林檎の悲鳴を聞きつけた団員たちが駆けつけ、今に至る。言うまでもないが花城は現在搬送中だ。
事が起きたのは公演中の休憩のタイミングだった。すぐに公演は中止され、今は警察の到着を待っている。客として訪れていた浅霧が、依頼主となりそびれた団長に呼ばれ、舞台裏に案内される時、なぜかクィグリーも関係者のような顔をして着いてきたのだった。
「さて探偵さん、これからどうするの?」
「君、ちょっと楽しんでるだろ」
「バレた?」
「楽しんでるところ悪いけど、この件は多分すぐに片がつくよ」
浅霧は彼女にそう告げると、この一ヶ月の調査(これこそまさにサービス残業だろう!)のことを思い返す。
脅迫状で名指しされていた、花城恵吾という人物について。彼は現在独身で、市内で一人暮らしをしており、家族とは離れて過ごしている。友人間での大きなトラブルはなさそうで、プライベートは至って平穏なようだ。
問題があるのは仕事、キルクス一座の方だった。ここ最近で、急激にさまざまな演目の実力が伸び、ステージに上がる回数も増えたようだが、それに比例して団内での横暴が目立つようになったと聞く。そのせいで、団員からの評判は著しく低い。つまり、団員であれば動機には事欠かない、というわけだ。
そして、彼はキュマイラとエグザイルの能力を持つオーヴァードでもあった。彼がアールラボのとある研究員と度々接触しているところを、浅霧は確認している。
ここからは浅霧の推測だが、彼が研究員とコンタクトを取り始めたのはここ最近の、「実力が伸び始めた」タイミングなのではないだろうか。レネゲイドのコントロールが上達した結果、サーカスの演目を我がものとすることができた、と考えても不自然はない。
この推測はさておき、調査で判明したことの内、今重要なのは「被害者がオーヴァードである」という点だ。通常、オーヴァードは後頭部を殴られたくらいでは死なない。リザレクトという、オーヴァードをオーヴァードたらしめる、人外の象徴のような能力があるからだ。今回の事件においては、むしろ花城が負傷を回復できていないことの方が不自然と言えるだろう。
まず思いつくのは、レネゲイドの能力を使いすぎて、リザレクトが使えない状態だった、という仮説だ。しかし、今日の公演ではまだ彼は一度しかステージに立っていない。いくら能力を使っていたとしても、この程度ではまだ侵蝕率は通常の範囲内だろう。
であれば、二つ目の仮説。なんらかの方法でリザレクトが封じられた、と考えるのが最も自然だろう。例えば、犯人がデビルストリングを使用した、とか。つまり、犯人もまた、オーヴァードである。
そうと分かれば、あとは話が早い。団員たちの中からオーヴァードを見つければ良いだけの話だ。こんなものは推理と呼ぶべくもない代物だった。オーヴァードは時に、脅迫状の真相や動機の推定など、ミステリの作法である様々な過程をスキップすることができる。
浅霧は、念のため隣のUGNエージェントに確認を取る。
「今ここでワーディングを展開しても?」
「え、これってやっぱりそういう事件なの?」
「ほぼそうだと見てる。非オーヴァードの団員を巻き込むことになるから、一応聞いておこうかと……」
クィグリーは三秒ほど考える仕草をしたのちに、こう答えた。
「勝手にやったことにしてよね」
「了解」
言質を取る。彼女であれば、それくらいの融通は利かせてくれるだろうと思っていた。
早速、団員たちの集まるこの部屋の隅々まで、ワーディングを展開する。非オーヴァードの団員たちの時が止まっていく。そして、紛れ込んでいた異形のものたちが炙り出される。
「……えっ、牧田さん?」
「おい、なんだよ、急に」
二人の団員が声を上げる。一人は、先ほど疑われていた第一発見者の藤崎林檎。もう一人は、大道具係の牧田茂。
「失礼、これも捜査の一環でして」
浅霧が予想した通り、やはり一座には被害者のほかに二人オーヴァードがいたようだ。これで、話が進む。ここからは、ようやく推理の出番だ。
「では、解決編にお付き合いいただきましょう」
とはいえ、今から来るであろうR担の警官たちにこの二人を容疑者として差し出せば、どういった能力を持っているかの調査に回され、どちらがリザレクトを打ち消したのかすぐに分かるだろう。
だから、これから行う解決編は言うなれば余興に過ぎない。警察が来るまでの、ちょっとした暇つぶしだ。警察での調査を省いてあげようという優しさでもある。
「解決編って……そもそもワーディングってどういうことだよ」
「今回の事件は、関係者が全員オーヴァードだ。一般のみなさんにはお眠りいただくのが筋でしょう」
「……」
二人が浅霧を見る視線には、警戒が乗っている。それもそうだろう。だが、彼はそれをさらりと受け流し、話を進めていく。
「今からお二人に一つずつ質問をします、答えていただいても?」
僅かに頷いた藤崎林檎に微笑み、浅霧は牧田茂へ向き直る。
「牧田さん、あなたは藤崎さんの悲鳴を聞いて現場に集まったそうですが、それまでは一体何を?」
「いや、フツーに喫煙室いたけど……」
「他に人はいましたか?」
「最初は団長もいたけど、藤崎が叫んだときにはもういなかったような……これじゃアリバイにはなんねえか?」
「いえ、重要な証言です」
ありがとうございます、と浅霧は恭しく礼をする。
犯人はきっと、団内に他のオーヴァードがいることなど想定していなかったのだろう。そして、たまたま居合わせた探偵がオーヴァードだなんて、尚のこと。
「では藤崎さん、あなたはなぜ、花城さんの楽屋に?」
「それは……」
藤崎は一瞬ちらりと牧田に視線をやる。そして、躊躇いながら口を開く。
「その前は大楽屋にいたんですけど、ワーディングの気配を感じたので、何かおかしい、と思って廊下に出たんです。そしたら、花城さんの楽屋のドアが半開きになっていたので、気になってしまって……」
場を沈黙が支配する。犯人はこの沈黙の苦味を十全に味わっただろうか。さて、と浅霧が仕切り直す。チェックメイトだ。
「牧田さん、もう一つお聞かせください。なぜあなたはワーディングが展開されていたにも関わらず、その事には触れず、お一人でたばこを?」
「……」
「先ほど私が展開したワーディングにはさぞや警戒されていましたね、当然の反応です。ではなぜ藤崎さんが気付いたワーディングに、あなたは言及しなかったのか……。あなたは警戒なんかしなかったからですよ、だって自分が展開したワーディングですからね」
そう、この事件は実に簡単な事件だった。通常であれば殺人事件なんて相当の計画を練る必要があるだろう。この事件は、そのすべてをワーディングでスキップしようとしたのだ。
「……おいおい、藤崎の証言が嘘だったらどうするんだよ。その女の証言が嘘で、自分でヤって自分で叫んだ、って可能性もあるよな」
「違います! 探偵さん、私は嘘なんて……」
「それは筋が通らないんですよ」
「あ?」
まだ逃げようとする牧田に、浅霧は丁寧に説明をする。犯人の抵抗は、解決編の花とも言える。
「藤崎さんが犯人だったなら、そもそも叫ぶ必要なんてないんですよ。ワーディングを展開して、花城さんを殺したあと、そのまま何食わぬ顔で楽屋に戻り、ワーディングを解除するだけで良かった。あるいは、きちんと殺し切ってから叫べば良かったんです。あなたは、ワーディングを展開したにも関わらず、藤崎さんが異変を感じ近寄ってくるのを察し、慌ててその場から逃げたんでしょう。だから、殺し切れなかった」
「俺は、俺はやってない! 喫煙室がワーディング圏外だったかもしれないだろ!」
「被害者の楽屋と藤崎さんのいた大楽屋は倉庫を挟んでいますが、喫煙室は被害者の楽屋の隣だ。しかも、団長さんのように、喫煙室を利用される団員のみなさんも珍しくはない。大楽屋がワーディング圏内で、喫煙室は圏外というのは考えにくいでしょう」
牧田は浅霧を睨みつけ、何かを言わんと口を開いているが、そこからは荒い息だけが吐き出されている。そろそろ警察も到着する頃だろう。この余興もそろそろ仕舞いだ。
あまりにシンプルゆえに、レネゲイドの事情抜きで団員にこの事件を説明するのはかなり難しいだろう。もうそこは隣のUGNエージェントかR担の警官たちに任せてしまうか、と思いを巡らせていると、突如レネゲイドがざわめくのを感じた。そして、牧田が叫ぶ。
「ここで全員殺せばチャラだよなァ!?」
瞬間、形状変化した牧田の大ぶりな拳が浅霧目掛けて振り下ろされる。ああ、花城もこれにやられたのか、と納得しつつ、なんとか後方への回避を試みる。避け切れなかったときのために展開した氷の壁が、拳で粉砕され、きらりと散っていく。白兵戦は苦手だがなんとか紙一重で交わしきれたな、と考えたところで、浅霧は藤崎林檎の方を振り向く。
「妖精の手、かな? ありがとう、助かったよ」
「妖精の輪もあります、任せてください」
「それは頼もしい」
彼女の能力について詳しくは聞いていないのだが、支援型なのだろうか。であれば、一旦この場は浅霧とクィグリーで対応するしかないだろう。とはいえ、クィグリーは範囲殲滅型で、室内の戦闘には向いていない。荒事は不得手だがやるしかないか、と考えつつ、藤崎林檎に目をやると、そこには必中の弓を構えた彼女の姿があった。
「探偵さん、近くにいると危ないかも」
「藤崎……さん?」
そして、弓が壊れんばかりの勢いで放たれた矢は、必中の名に恥じず牧田に命中し、彼を壁に縫い止める。そのあまりの破壊力に、牧田もすっかり戦意を削がれたようだった。オーヴァードは、妖精の手を使えるからといって支援特化とは限らない。
「wow, 良い攻撃ね!」
クィグリーが彼女へ賞賛の拍手を贈る。こうして、藤崎林檎の一矢によって余興の幕は閉じられたのであった。
その後は、到着した警察に牧田を引き渡し、事件は浅霧の手を離れていった。どうやら、過去に一度、キルクス一座で花城のレネゲイドが暴走してしまったことがあるらしく、その一件に巻き込まれて覚醒したのが牧田だった。自分の日常を奪ったやつが、華々しく活躍している。そのことが憎かった、というのが動機だそうだ。全く理解できないな、と思うし、それだけの感情を抱けるなんて、とも思う。浅霧は動機にとんと興味がない。どうせ、自分には理解し得ないものだからだ。
「にしても脅迫状を出すなんて、手が込んでるよねえ」
UGNの女王様は今日も勝手に紅茶を淹れて一人で嗜んでいる。一応、先日のお礼、とのことだったが、本当はサボりに来ているのではないかと浅霧は疑っている。
「いや、脅迫状を出したのは別の人間だと思うよ、牧田じゃない」
「え、どういうこと?」
そもそもあの脅迫状はかなり不自然だ。脅迫状というのは、何かしらの要求と、それが満たされなかった場合の加害予告のセットであることが多い。今回はその要求部分がなかった。何があっても、花城は狙われる運命にあった。
花城本人に恨みがあるのであれば、脅迫状なんか出さずに、個人間で勝手に殺せば良いのだ。悪質なストーカーなどのケースでは個人間でも脅迫を行う場合があるが、それでも職場に送りつけることは稀だし、そういった場合であっても徐々にエスカレートする事例が多く今回のようなケースは稀である。
キルクス一座に恨みがあるのであれば、素直に公演中止を要求してくるだろう。今回は、キルクス一座の公演日こそ指定されていたが、公演中止の文字はどこにもなかった。
この不自然さと、依頼主たちの怪しい言動を組み合わせれば、答えは自ずと導かれる。
「多分、脅迫状を出したのは副団長あたりじゃないかな。公演を中止すれば経営にダメージが及ぶ。だが最近人気が上がってきている花城は目障りだ。どうにかして花城だけを一座から排除したい。そんな思惑が、あの脅迫状を生み出したんだろう。公演中止は自分が防げば良いし、かといってあんなものが送られてきては花城の立場も悪くなり、いずれは追い出せるかもしれない。実際殺すつもりはなかったんだと思うよ」
「え、でも実際被害にはあってるじゃない」
「牧田はその脅迫状を利用して、そいつに罪をなすりつけようとしたんだろう」
その目論見は、一本の矢によって防がれてしまったわけだが。
「……てか、浅霧くんさ、それ分かってたから依頼受けなかったんじゃないの?」
彼女は疑わしげな眼差しでこちらを見る。
「あの時点では、そうかもしれないな、と思ったくらいだよ。まあ、牧田が犯人だと分かった今、脅迫状を出しても犯人が得をしないことが分かったわけだし、多分合っているとは思うけどね」
引き受けてあげれば良かったのに、と彼女が言うのは無視した。本当に殺害予告だった可能性もあった以上、やはり公演中止の選択は譲れない。
「あとさ、花城がオーヴァードだって知ってたんでしょう。レネゲイド反応と公演場所の話をしたときに教えてくれれば良かったじゃない」
やはりその話になるか、と彼は気付かれないようにため息をつく。まあいい、これは彼女への"お礼"として教えておこう、と彼は口を開く。
「花城は確かにオーヴァードだったし、公演中の強い反応はおそらく彼のものだろう。だが、どこにも所属していないオーヴァードがこうもレネゲイドを強く器用に使えるなんて、何かおかしいとは思わないか?」
「……どういうこと」
「花城はアールラボの人間と取引していたんだよ」
「アールラボ!?」
「そう、アールラボ。まあ、組織ぐるみではなく、一研究員が勝手に花城に手を貸していた形みたいだけど」
「なおさら早く言ってくれれば良かったじゃない!」
「UGNがどういう風に手を貸しているのか分からなかったんだ。誰が裏切り者で、どこで聞かれているか、分からないだろ。今はもう個人間のやりとりだと分かったから、こうして君に話してるわけだけど」
そして、彼は大慌てのエージェントに一枚の書類を渡す。彼が調べられた限りの、研究員の素性についての報告書だ。
「これ、お土産に。多分、牧田をそそのかしたのもコイツだろう」
「っ、ありがとう! ムカつく!」
そう吐き捨てると、クィグリーは書類を破れんばかりの勢いで引ったくり、カツカツとヒールを鳴らしながら事務所の出口へ向かった。
その時だった。事務所のドアが開き、先日聞いた、鈴の音のような声が事務所に響く。
「あの、浅霧探偵はいらっしゃいますか?」
それは、あの日牧田を仕留めた藤崎林檎だった。
「わ、林檎ちゃん! 私もう行かなきゃいけないんだけど、あなたUGNに入る気はない? もし気が向いたらいつでも連絡して!」
クィグリーは彼女に無理やり名刺を握らせると、そのまま浅霧のことは振り返りもせずに去って行った。まるで嵐のようだ、といつも思う。サンダーストームが使えるのも納得だ。
「助手さん、UGNの方だったんですね」
「……彼女が助手だなんて、恐ろしいこと言わないでください」
彼女が残していったティーポットは、まだ温かいまま来客用テーブルに鎮座している。浅霧はそれを再利用させていただくことにし、クィグリーが助手だなどという恐ろしい発言は即座に否定した。
ところで、事件ももう終わったというのに、一体彼女は何をしに来たのだろうか。彼女が話し出すのを、浅霧はゆっくりと待つ。
「あの、先日はありがとうございました」
「僕は特に何も……藤崎さんこそ変な疑いの目を向けられて大変だったでしょう」
「でも探偵さんが、助けてくれたじゃないですか」
「強いて言えば、真相を明らかにした、程度ですよ。助けるも何も、そもそもが不当な疑いだったわけです」
せっかくなので、浅霧も紅茶をいただく。そう、探偵は誰も救わない。感謝はありがたいが、それは不要な返礼だった。
「それより、あなたの方がお手柄じゃないですか」
「え? 私こそ何もしてないですよ」
彼女は、何も思い当たるものがない、とでも言うようにきょとんとした顔をしている。
「藤崎林檎さん、あなたがオーヴァードだったおかげで、花城さんの命が守られたんですよ」
今回の事件は、脅迫状にかこつけた便乗犯だった。要求も何もない、剥き出しの殺意。彼女がいなくても事件の真相は明かされただろうが、もし彼女が現場にいなければ、殺害はそのまま完遂されていただろう。探偵は真相を明かすことはできるが、真相を明かしても失われた命は戻らない。
「……そんな風に言ってもらえたの、初めてかもしれないです」
「それでも、事実ですよ」
じじつ、彼女がそう反芻する。まるで、ゆっくりとその言葉が染み込んでいくかのように見えた。
「レネゲイドって、嫌な能力だな、ってずっと思ってました。でも、役に立つこともあるんですね」
そう言って、彼女は初めて浅霧の前で笑って見せた。頬がまるで林檎の花のように赤く色付く。あの日、団員たちから疑われていた彼女は、(無理もないことだが)寄る辺のない迷子のような顔ばかりしていた。笑うと全く印象が変わるな、と浅霧は思う。もちろん、良い方に、だ。
事件後、このようにお礼を言いに来てくれる関係者は少なくない。浅霧自身は決してそれを求めているわけではないが、事件解決によって明るくなった人々の表情を見るのは、嫌いではなかった。彼女も、またこれで華やかなサーカス活動に精を出せるだろう。浅霧がそう内心で結論付けていると、彼女が神妙な顔で口を開く。
「それで、あの、実は一つお願いがあるんですけど」
「なんでしょうか?」
今度は何かの依頼だろうか。先の事件はそう複雑なものではなかったが、それでも推理を見込んでもらったのだとしたらありがたい。そう思っていたところ、思いがけない発言が浅霧の耳に飛び込んできた。
「浅霧さんの、弟子にしてくれませんか?」
「は?」
その後、無事に弟子入りを果たすが、浅霧の生活能力の無さにほとほと呆れ果て、面倒を見ているのはどちらなのかと思い悩む日々が続くことを、この時の林檎はまだ知らない。
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