kanaco
2026-06-22 22:51:32
8899文字
Public
 

【四十二信】クマさんはかくありき

《四×十二信》ケモ耳ケモ尻尾にご注意!「本を取りにきただけだったのに……」縄張り意識の強いウサギとトラに、常識人(?)のクマが振り回されるだけの明るめのお話🐇🐯🐻※十二信、四信の要素、四十二四の風味があります。

 なんとも奇怪で心臓に悪い光景だ。
 
 四仔は急に視界に飛び込んできた情報についてそう思った。
 
 昨晩、信一の部屋で十二も交え飲み会をした時に、私物の本をうっかり忘れた。これが運の尽きだった。

 昼間に信一へ声をかけた時、友人はいつもの軽い調子で「今から出かけちまうけど、十八時以降なら部屋にいる。四仔の都合の良い時間に取りにきたら?」と言った。そこで四仔はもう少し過ぎた頃……十八時半を過ぎたのを確認して、信一の部屋へ向かったのだ。

 ところが、ドアの前で声をかけたが返事はない。試しにドアノブへ手をかけるとガチャリ、と回転した。空いている。

 そこでひとまずドアを開けてみた四仔は、中の様子を伺って、心の底から後悔をするはめになった。

 やはり、無断でドアなど開けるものではない。そうでなければ『なんとも奇怪で心臓に悪い光景』になど、出くわすことはなかったのに。

 端的に言えば、無人ではなかった。
 部屋の奥壁に接している、古びたソファ。
 
 そこに信一が寝転がっていた。

 それでも、昼寝ならぬ夕寝をしているだけなら良かったのだ。鍵をかけないなんて防犯意識が低すぎる、と説教をすれば済む。問題は、信一の上へ覆いかぶさるように乗っかっている、こちらも四仔がよく知っている人物……十二がいることだった。

 信一と十二は、二人で気楽に休憩しているわけではない。
 
 仰向けの体勢でソファに寝転がっている信一のシャツははだけていたが、その上に乗っかっている十二にいたっては、既に上裸であった。床下に十二のTシャツがだらしなく落ちている。信一が脱がして放ったのだろう。しかし誰も気にしていない。

 十二が機嫌良さそうにキスの雨を顔に降らすのを、信一はくすぐったそうにしながら返していた。トロリとした甘ったるい瞳が、十二の不穏にすら輝くギラギラした瞳を引きずり出す。時折にクンクンと鳴く信一の喉と、艶っぽい水音が四仔の耳に聞こえてきた。

 四仔は顔を顰めた。両者パンツまで脱いでいないのは幸いだったが、盛っているのは明白だ。四仔の節操のない友人たちが興奮しているのは、一目で判断ができる。

 すでに信一の頭には縦に長くフワフワとした耳が。
 十二の耳には丸みを帯びた耳が生えていたからだ。

 艶やかなピアノブラックの兎耳は、信一の吐息と連動してピクピクと動いている。十二の頭部に生えた虎耳は動いていないが、尻から伸びるオレンジとブラックの縞模様は、興奮を隠せずに落ち着きなくユラユラと揺れていた。

…………

 四仔は思わず動物の耳を生やしそうになって、気分を落ちつかせるためにフゥと長く深い息を吐いた。

 興奮しそうになったからだが、当然、信一や十二のように盛ったからではない。イライラが募った結果、熊耳が飛び出しそうになったからだ。特に何が腹立たしいかと言えば、自分の存在をあからさまに無視していることだった。黒社会に属し若手の中でも特に有望株と名を馳せる二人が、情事の真っ最中とはいえ、他者の気配に気がつかないはずがない。四仔が部屋に入ってきたことに気がついたのに、恥じらいを見せないどころか、止めず、こちらを見向きもしない。その舐めた態度がどうにも気に障る。

 四仔はキョロキョロと部屋を見渡した。昨日の記憶を辿るように、本を置き忘れた場所を探す。そうしてガックシと肩を落とした。

 十二と信一がじゃれているソファのサイドテーブルに、その本は所在なさげに置かれていた。四仔は二人を無視することにし、ツカツカとソファの方へ歩いた。十二も四仔の動きを無視して、信一の唇、首筋から胸元へと口を滑らせる。キスする場所を下に移していくために、膝を立てて腰を後ろにずらしていく。これも四仔は気にしなかったが、テーブルの本を取ろうとした寸前でピタリと動きを止めた。

 対象が無くなったからだ。しかし消えたわけではない。

 後ろに下がってきた十二の尻尾がくるりんと動いたかと思うと、器用に本に巻きついて宙に浮かせたのだ。

…………

 本は四仔を揶揄うように空中で揺れている。
 
 四仔はムッとすると、その意地の悪い尻尾をグイっと力まかせに引っ張った。

「返せ」
「ぎゃん!」

 色気もへったくれもない声を上げて、十二が飛び上がるように上半身を起こした。十二の背中にしがみついていた信一が振り落とされて、こちらも「ぎゃん!」と声をあげながらソファに落っこちる。緩んだ尻尾から本を取り上げた四仔はフフンと小馬鹿にしたような表情をして、涙目になった虎と兎を見下ろした。

「何すんだよ四仔!尻尾引っ張るなんてヒドイだろ」
 
 熊のバカ力で俺の自慢の尻尾が千切れたらどうすんの!?という抗議を四仔は聞き流した。代わりに信一が十二の尻尾の付け根をグニグニと揉む。「千切れてないから大丈夫だろ」という的が当たっているのかいないのか分からぬことを、信一がのんびりした調子で言った。ついでに薄っすら笑みを浮かべて「四仔もイジワルするなよ」と咎めた。それを受けて、四仔はピクリと眉を動かした。
 
「こっちのセリフだろう」
「そんなに怒んなよ。ちょっとした可愛いイタズラじゃんか」
「鍵もかけずにおっぱじめてるお前らに、可愛気なんてものは無い」

 四仔が冷たい声を返し続けるので、十二が増々拗ねたように口を尖らせた。

「だって珍しくこっちに歩いてくるからさぁ、混ざろうとしてんのかな?って思うじゃん。目的はまさかの本かよ」
「仆街黒社会」
「あ、なんだよ、ホントに混ざるつもりがなかったの?」
 
 予想外!とでも言いたげに、信一が目を丸くして耳をピンと立てた。四仔が憮然とした表情を貫くと、残念そうに長い耳をヘニャリと垂らせてみせる。つい数秒前まで十二とじゃれていたからだろう、今だ潤んだ瞳と蒸気した頬。無防備にさらされた鎖骨の辺りについた、小さな鬱血痕が色っぽく、加えて兎特有の幼気さすらある。

 信一に見つめられて、思わず何かがグッとこみ上げそうになるのを、四仔は平静な顔で押し込めた。十二の愉快そうに期待する目が、自分の頭上をジッと見つめていたからだ。瞳孔開いた虎の目が「こりゃ、信一に釣られて熊耳出すぞ」というのを見抜いている。相手の思いの壺など御免だ。期待して待っても四仔が顔色を変えなかったので、十二が「ちぇー」とつまらなそうに言った。

「何だよ、ノリ悪いな。俺たちもう、その気なんだけど」

 四仔に視線だけは寄こしたまま「なぁ?」と十二が信一に話しかけ、頬同士をぎゅむ、とくっつけた。十二の両腕と尻尾がシュルリと信一の腰に巻きつくと、嬉しそうな信一の小さくて丸い尻尾が、ブンブンと愛らしく左右に揺れる。短いために可動域は少ないが、元気いっぱいに振れている様は健気なほどだった。

 とは言え。

「お断りだ」

 四仔はキッパリと言うと「お前らの発情に巻き込むな」と突っぱねた。せっかく誘ったのに!と言わんばかりに、十二と信一が「えー!」と口を揃えて抗議をする。そんなこと言ったってさぁ~、と十二が信一を指さした。

「しょうがないじゃん。兎の発情ってのは”相手ありき”なんだからさ」
 
 動物的本能じゃない。俺たちのことが大好きだから発情すんだぜ?
 しかも絶倫かってくらい止まんねぇの。そんなの、めちゃくちゃ可愛いだろ。

「そのタイミングに抱かないとかあんの?マーキングして然るべきだろ」
「被食者が捕食者に発情してどうするんだ」
 
 十二の信一を擁護した発言に対し、四仔が呆れたように返すと、信一が首を傾げた。

「なんでだよ?十二は俺を殺して食べるわけじゃない。狩りするように手酷く抱くわけでもない。そこのところは、捕食動物側の四仔だって十二と同じだろ」
…………
「十二も四仔も、俺を襲ったりしない。第一、俺らは人間だ」
「そうだが……
「虎は発情期に入るとめちゃくちゃ交尾したがるがら、相性いいし……それにただでさえ縄張り意識強いのに、それがめっちゃ激しくなるから」

 ヤキモチ焼き過ぎて、すごく可愛い。

 信一の言葉に十二が嬉しそうにニッコリと笑った。パカリと覗いた口から鋭い牙がのぞく。グリグリと体を信一に擦りつけているのはマーキングなのだろう。その様子は猫にも近しいが、猛獣であることには変わらない。信一は自分の発言の通り、肉食獣に懐かれるのを気にしていないらしく、甘えさせるようにその頭を胸に抱いた。

 その仲睦まじさは、混ざろうとしない自分に変な疎外感を覚えさせる。
 そう、四仔は妙な気分になって唸った。

……独占欲が強いのに、なぜ俺を巻き込む」
「そりゃ、お前が俺の縄張りの『内』だからに決まってるじゃん」
 
 十二が何の不思議もないような風に言った。
 
…………

 兎は好いた相手に対して解放的だ。
 虎は縄張りを発情で囲っていく。 
 
 「そういうもんだろ」と十二に言われ、四仔は(不埒な行為だ)とは思いつつ、十二と信一の態度について一貫性はあると考えた。少なくとも悪意はなさそうだ。それぞれの動物的な本能に対して忠実で、四仔に対し純粋なる好意だけを持っているように見える。変な勘繰りは不要、とでも言うように素を晒しているようだ。

 では自分……熊はというと。

 熊は縄張りの内側を静かに守る。
 
 むやみに他者へ干渉しない代わりに、自分の大切なものを傷つけられることも決して許さない。それゆえに、十二と信一の奔放さとは反りが合わないように四仔は感じた。ただし、これは縄張りの範囲の問題だ。十二と信一が縄張りの内か外かで、その境界線は大きく揺らぐだろう。

 なぜか割り切れない、と四仔が黙ったのを見て、信一が押せば行けると判断したのだろう。次の手に出た。

「もしかして、俺らのテクニック疑ってる?」
「は?」
「あ、そこ?何だよ、そんなの早く言ってくれよ」
 
 信一の言葉を受けて、十二が拍子抜けしたように納得をした。目を点にした四仔が「いや、そうではなく……」と否定をする隙間を与えずに、二人して「そうかそうか」と首を縦に振ると、信一がドヤッとした自信溢れる顔をしてサムズアップした。

「俺たち、すっげぇ上手いから安心しろ!」
「そうそう」
「どれくらい上手いかっていうと」
「うんうん」
「二人で接待したオッサンたち、腹上死させたこと何回もある」
「そうそ……あ、おバカ」

 信一のあっけらかんとした爆弾告白に、相槌を打っていた十二が笑顔を保ったままスパンッと信一の頭を叩いた。その甲斐虚しく、四仔が「うわ……」と身を引いた。怒られた上に引かれた信一が「何でだよ」と不服を訴える。イライラしたように兎が足を踏み鳴らし始めたのを見て、困ったヤツめと言いたげに虎は首を竦めた。そしてまた剣呑な目に戻った熊の方を向いて、アハッと愉快そうに笑ってみせた。

「兎は発情期に入ると、相手が好きすぎて素直なっちまうからさ。言葉を選んでないだけ。まぁ気にすんな」
「気になるところしかない。近寄るな。」
「言葉の綾だってば。本当は『俺たち、危なくねぇよ』って話なんだからさ」

 笑う十二の顔も言葉も胡散臭い。四仔が余計に疑わしい顔をすると「だって本当のことじゃん。俺たち、上手だろ」と信一がなおも食い下がった。

……お前ら。先ほどまで好きがどうとか、縄張りがどうとか、まるで正当なフリをしておきながら……
「そんなこと言ったって、これも『仕事』のうちだし」
「おい、なんだと?」

 それを聞いた四仔があまりにも怖い顔をするので、普段よりも感情が不安定になりやすい信一が急にしおらしい表情をした。小動物が怯えるようにきゅ、と体を縮めたのち十二の腕の下に潜り込もうとする。フワフワの尻尾さえ縮こまった姿は悲壮感を呼んで、四仔は沸々とした怒りをさらに上げた。十二の方はナーバスになると狭いところに逃げ込もうとする兎を、グイっと自分の腕の中に閉じ込めると「おいおい」とたしなめた。

「俺たちのことを心配してくれるのはありがたいが、顔が怖すぎるって。熊の圧はちっこい動物の心臓に悪いんだ」
……くそっ、黒社会め……
「信一も止めとけよ。四仔が耳出す肯定を吹っ飛ばして憤死しちまう。四仔は落ちつけ。お前が想像したほどのことじゃねぇよ」
……どういう意味だ」
「接待は、ただの接待って意味さ」

 ここで始めて信一と十二が抱き合っていた体勢を解くと、お互い半分ずつ左右に動いて、ソファの中央に『空き』を作った。それから四仔の右手を十二が、左手を信一が両腕で掴むと、自分たちの間に座るようにと一緒に引っ張る。今だ固い表情をして、それでも引っ張られるままにソファの真ん中へ四仔が座ると、再び自分の隣にある四仔の腕に自分の腕を絡ませて、十二と信一が四仔にひっついた。

「若い組員が相手先のオッサンのご機嫌取りに行かされることは、さすがにあるわけ」
「しかも俺らクラスになると、幹部クラスもザラじゃない」
「だって俺ら兄貴たちから寵愛を受けてるだろ。相手先からすれば、そう簡単に出てこない極上の駒なんだよ」

 そこまで喋って、十二と信一は急にパッと腕をのばして四仔の頭部に手のひらを押し当てた。四仔の喉が本人も気がつかずに低く唸り始めたからだ。イラつきで四仔の耳が飛び出してしまわないように、十二と信一が左右から手のひらでキュッと抑え込む。

「心配するなよ、四仔。いいか俺たちだぜ?おい信一、お前、始めて相手を腹上死させたときのことを教えてやれよ」

 信一が「んー」と思い出すようにして口を開く。

「最初は酒ついだり話を適当に聞いて相槌うってりゃ良かったんだけど。気がついたら人払いされていて、なんかベタベタ触ってくるからキモ、とか思ってて……
「あの時のお前のタッピング、ヤバかったもんなぁ」
「そう。足ダンダン鳴らしてたんだけど、酔っぱらいのオッサン全然危機感持って無くて、そのうえあろうことか十二を押し倒したからさぁ。あんまりにもムカついて」

 気がついたら、床じゃなくてオッサンの頭を踏み抜いて、首折ってた。

 当時の怒りを思い出したのか、カッと目を見開いた信一が低い声で唸るように言うと、それにビクっとした四仔を無視して、十二が「その次は?」と言った。

「俺のことを抱き上げて自分の膝に乗っけたオッサンに、キレた十二が背後から首を絞め殺した」
「次」
「ウンザリした俺が飛び蹴りしたら、ぶっ飛んで20階の窓からオッサン落ちた」
「次」
「おい、止めろ。もうそれ以上はいい」

 遠い目をした四仔がストップをかけた。四仔の怒り起因の興奮が冷めていったのを感じ取った十二と信一が、四仔の動物耳の場所を力尽くで抑えていた手を離し、またピトリと四仔の腕に左右からくっついた。四つの上目遣いが熊の様子を伺う。
 
…………

 四仔は興奮が冷めるどころか、ドンヨリとした気分になって声を絞り出した。
 
「そ……れは、腹上死とは言わないだろ」
「なんで?俺たちの腹か背中には乗ってたぜ?あるいは自分の腹の上に乗せようとしたり」

 信一が兎の耳をへにょん、と折りながら不思議そうに聞く。四仔は説明をするのも億劫になって、疲れ切ったように体の力を抜くと疑問だけを口にした。

「それ、問題にならないのか」
「そりゃなるさ。大問題になる。俺たちに手を出すようなヤツらを、兄貴たちが黙っているわけがない。死あるのみ。そして壊滅あるのみだ」
 
 十二が答えた。四仔が気にしたのは一般的な事件性の部分だったが、返ってきたのは黒社会の事情だった。
 
「そ……れは」

 接待に送り込んで、手を出させて、組織を破壊する正当性を作りだす。
 
 (……美人局と言うのでは)

 そう浮かんだ言葉を四仔は慎重に飲み込んだ。当たり前のことだが、黒社会になど関わってはいけない。少しの内情だって不要であるし、そもそも四仔は黒社会が大嫌いなのだ。踏み込む理由は1つも無かった。

「俺たちもよく分かってる。それに、そもそも兄貴たちが可愛い俺たちを、危ない目に合わせるわけないだろ」
…………
「だから、大丈夫なんだよ四仔」

 確かにあの龍兄貴や虎兄貴が、彼らの目に入れても痛くないだろう若者たちを苦しめようとするとは、四仔も思わなかった。それでも「んんん?」とマスク下の顔をしかめる。今の話の中で、一体どこの辺りが大丈夫であったのか。

「お前たち……
「おう!」
「俺を殺す気か」
 
「んなわけあるか!」
「いやなんでだよ!」

 十二と信一の耳と尻尾がピンッと立った。「俺たちの話聞いてた!?」と勢いよく文句を言い、四仔は「めちゃくちゃ聞いてたが!?」と同じ勢いで文句を返した。

「お前たちとセックスしようとした人間が、死んでる話しか聞いてない」
「友だちにそんなことするわけないだろ!」
「四仔、俺たちを何だと思ってんの!?」

 心外だ!と兎が足をダンダン鳴らし、虎がグルグルと喉を鳴らす。熊はこの状況でなぜお前たちの方が責めてくるんだと呆れ、怒りを通り越して大きなため息をついた。それから再度確認をする。

「じゃぁ、お前たちとセックスしようとして、生きてるヤツはいるのか」
 
 その言葉を聞いて、当然だ!とでも言うように自信満々で相手を指さした。

「信一!」
「十二!」

 だって、トモダチだもん。
 
…………

 四仔は混乱をした。友達に暴力なんて振るわない、という主張はズレていない気はするが、一般常識と話の通じなさが強烈すぎて混乱を生じてくる。正しいのか、逸れているかの判断も微妙に判定ができなかった。そもそも、最初の問題はなんだったか。元を正せば、自分は置き忘れた本を取りに来ただけではなかったのか。

 そう、四仔が当初の目的を思い出した時だった。十二と信一が絡ませたままの腕を両側からクイっとひっぱった。2人のパッチリした目が四仔を両側から捉える。十二の尻尾と信一の耳が、もの言いたげにユラユラピクピクと揺れる。

「兎の発情トリガーは相手次第って言っただろ」
 信一が言った。
 
「虎は縄張りに対する独占欲を発情で囲うわけ」
 十二が言った。
 
「だから俺は十二しか知らない」
「俺は信一しか知らない」
「それで、四仔は俺たちの大切な仲間」
「俺たちの縄張りの中にいる」
「マーキングは愛情表現でしょ」
「それに俺たち、本当に下手じゃねぇぞ?」
「好きな相手に怪我させるようなヘマはしない」
「俺たち"上手"だよ」

…………

「お前を殺したりしないって」

 信一がフンワリと笑うと、懐くように四仔の腕に鼻を擦りつけた。十二がニッと笑って四仔の肩に顎を乗せると、じゃれるように体重をかけて寄りかかる。
 
 
 「お前さぁ」と、信一と十二が口を揃えた。
 
 ドアを開けた時に、俺たちが盛り上がってるの見ても帰らなかったよな?
 本を取り返しても、出て行かねぇしさ。
 それどころか、十二の尻尾をわざわざ引っ張ったじゃん。

 ねぇ、もしかして寂しかった?
 
 混ざらねぇの?って聞いた時に、愛想つかして出ていくかと思ったぜ。
 話も律儀に全部聞いてくれたし。
 その上、俺たちが可哀想な目に合ってるかもって、怒っちゃったりしてよ。

「無関心を装ってるけど、本当は俺たちのこと大好きだろ?」
 信一がうっとりした表情で優美に笑った。はだけたままのシャツから艶めかしい首筋がのび、四仔の右耳へ吐息交じりに囁く。

 「だって俺ら、友達だもんな?」
 十二が甘ったるい表情で悪戯っぽく笑った。肌を直接重ね合わせた体温が、やんわりと熱を帯びる。十二がクスクスと楽し気に左耳へ囁いた。

「なぁ、俺たちだってお前のこと好きなんだけど」
「縄張りを守ることで有名な熊の四仔は」


 大事な俺たちにマーキングつけなくていいわけ?


…………

 怒涛に言葉で攻めたてられて、四仔が言葉に窮した時、十二と信一が一斉に声を上げた。

「あ!」

 四仔の頭部へと、四つの目が釘付けになっている。
 
「熊耳出た!」
  
 しばしの沈黙が流れ、四仔が静かに口を開いた。 

……出てない」
「あ、コラ、引っ込めんなよ!」
「出てないから引っ込めてない……
「ずりぃ!今出てたし!」
「しらばっくれんな、子供かよ!」
「出てない」
「あ、また出た」
「!!」
「めちゃくちゃ気持ち揺れてんじゃねーか」
「やっぱ俺たちのこと好きじゃんっ」
「それとこれとは話が……
「信一ぁ、もう耳引っ張ろうぜ」
「つか、尻尾ももう出てんじゃないの?見せろって」
「ぐっ……貴様らっ」
 
 年下の友人たちがああだこうだとキャンキャン吠える。あまつさえ耳をひっぱったり、服をひっぱったり。わちゃわちゃと大暴れ。複雑だった感情が、四仔の中で次第にさらに混沌と化し、ボルテージをグングンと上げていく。

 そして。
 終いには──。
 
 部屋に轟くように響き渡る、熊の咆哮。

 ピタ、っと十二と信一の動きが止まる。

 それからヒクリと喉を一緒に鳴らして、二人は恐る恐る腰を浮かせた。

 
 あ。やべ、やりすぎた。

 
 なんか空気が変わったぞ……?と口の端をひきつらせた虎と兎の目の前には。

 完全に耳が出た熊が仁王立ち。

 

 そうして、次の日の朝。

 熊の匂いをベットリとつけた虎と兎が……
 耳と尻尾をペションと垂らして正座をさせられている姿が、午前中いっぱい見られたという。