A田
2026-06-22 22:04:49
2653文字
Public れめしし
 

ワルイコ誰だ

自称悪魔なれめと子ししの話
⚠️微暴力、育児放棄描写あり
⚠️全体的に子ししが可哀相(今回だけの予定です)


 その時、僕は死ぬんだと思った。

 ママが帰ってこなくなってからしばらくして、怖い人達がお金を返せってすごい剣幕でやってきた。
 その人達は家の中をめちゃくちゃに荒らして回ると、僕のお腹を何度か蹴って、次来るまでにきちんとお金を揃えておけと念を押して帰っていった。
 彼らが出ていった後、様子を見ていたのだろう大家さんがやってきて、またこんなことがあったら出て行ってもらうから、と迷惑そうな顔を隠さずに吐き捨てた。
 僕は痛むお腹を抑えながら、なんとか笑顔を取り繕って謝ったけれど、大家さんは気味の悪いものを見るような目で僕を睨みつけるだけだった。
 学校で笑顔は仲良くなるための第一歩と言っていたけれど、大家さんは僕がどれだけ笑っても煩わしそうな顔しか見せたことがなかった。先生も僕が笑うと困ったように笑うだけで、ママが僕を見てくれる方法も、怖い人達を追い返してくれる方法も教えてくれない。
……片づけなきゃ」
 ごみはごみ箱に。
 靴で踏み荒らされたせいで袋が破れてしまったが、新しいごみ袋はないので、こぼれたごみは部屋の隅にまとめておくことにした。変な匂いがするけれど必死で考えないようにして、じんじんと痛むお腹を抱きしめて床に横になった。
……おなかへったな」
 そう告げても、ご飯が出てくるはずもない。
 ママが用意してくれたご飯はもう食べ終えてしまった。明日から学校はお休みだし、どうやって生きていこう。
 ――生きるって、何だろう。
 どんな小さな生き物にも命が宿っていて、それらは全て尊ばれるものだという。だから小さな虫を殺しちゃいけないし、友達にも優しくしなきゃいけない。
 でも、誰が僕に優しくしてくれるんだろう。
 先生もクラスの子も、大家さんも、みんなが僕を見る目には困惑や嫌悪しかない。ママだって僕が何か言う度に面倒くさそうにするだけだった。
 小さな虫でも尊ばれるのに、誰からも優しくされない僕は何なんだろう。
 脳裏によぎった考えに寒気が走り、自分の肩を抱いて必死にそれを追い払おうとしたが、一度浮かんだ考えは消えてくれそうにない。
 本当は分かってるんだ、パパやママは僕を捨てたんだって。
 でも、それを認めたところで悲しい気持ちにしかならないから、必死に考えないようにしている。みんなが僕を見ないように、僕も一生懸命いらない僕を見ないようにしてる。だって、それを認めてしまったら、僕は――
「いらないなら、それちょうだいよ」
「えっ」
 聞き覚えのない声に顔を上げようとしたが、そうするまでもなく、その人は――いつの間に入ったのか分からないが、僕の真横に屈んで、ちょっとしたら鼻がぶつかりそうな距離で僕を見下ろしていた。
 ――変な人だ。
 緑色の髪に、ピンク色の瞳。部屋の中では帽子を脱がなきゃいけないのに、黒いパーカーのフードを頭からすっぽり被っている。よく見ると瞳の中にドクロマークが浮かんでいて、おどろおどろしい雰囲気をしているのに、つい目で追いたくなってしまいたくなるような引力がある。
 あの人達の仲間かなと思ったけれど、あの人達はみんな黒いスーツを着ているから違う気もする。でも、僕に用事があるなんてあの人達くらいだし、何か伝言を頼まれたのかもしれない。
「あ、あの……
 パパとママは帰ってこなくて、お金はどこにあるか分からないんです。そう伝えなければいけないのに、口をついて出てきたのは意味のない単語の羅列だった。
 あぁ、また間違えてしまった。
 人と話す時は、きちんと相手の目を見て、ハキハキしゃべらなければいけないのに。
「無理して答えなくていいよ。オレが言ったことに頷くか首を振ってくれれば」
 とりあえず言われた通りに頷けば、男の人は無表情から一転して、ニコッと笑ってみせた。
……っ」
 男の人がどうして笑ったのか分からないけれど、僕にとって、それは初めて向けられた表情だった。
「じゃあ気を取り直して。お前さ、死にたいの?」
……
 はいかいいえで答えなければいけないのに、僕は答えられなかった。
 ――僕は死にたいんだろうか。
 改めて突きつけられた死という言葉は、僕が思っているより怖いものではなかった。むしろ、このまま現実が続いていくことの方がよほど怖い気がした。
 ――もしかしたら、この人は死神なのかもしれない。
 前に本で見かけた死神は真っ黒な恰好をしていたし、よく見るとフードの上部には二本の小さい角が立っている。そういえば、笑った時に見えた歯もすごく尖っていた。
「オレは頷くか首を振れって言ったはずだけど?」
 男の人は僕と視線を合わせるようにして首を傾けると、もう一度同じ言葉をくり返した。
……ごめ、」
 謝ろうとした僕の言葉を、男の人はすぐに遮った。
「オレは謝ってくれとは言ってない。分かるよな?」
 念を押すような言葉に、僕はこくこくと首を振った。
 けれどすぐに、このままでは質問に答えられないことに気付いた。黙ったままでいることと、男の人の言いつけを守らないこと。どちらの方が失礼にならないか考えて、僕は恐る恐る口を開いた。
……生きるとか、死ぬとか、よくわかんない、です」
 男の人は僕の間違いを見咎めるようにスッと目を細めたかと思うと、口元を吊り上げてみせた。
「へぇ、意外とワルイコなんだな」
 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 わるいこ、悪い子――
 その言葉を認識した瞬間、目の前が真っ暗になるようだった。
 ――敬一は良い子だから、我慢できるわよね。
 ママはいつも僕を良い子だと言ってくれる。
 良い子だから一人で留守番も出来るし、ご飯も食べられる。
 でも、悪い子だったら?
 悪い子だから、パパもママも家に帰って来てくれないんだろうか。先生も大家さんも、クラスのみんなも僕のことを嫌うんだろうか。
 僕が悪い子だから、僕がボクが――
「奇遇だな、オレもワルイコなんだ」
 おそろいだな、とそれは嬉しそうに笑う男の人に、僕はひどく胸が痛くなった。
「だからワルイコの敬一君を迎えに来たんだ」
 ほら、と言ってその人は僕に手を差し出してきた。
 どうして僕の名前を知っているのかとか、どこへ行くつもりなのかとか。聞かなければいけないことはたくさんあるはずなのに、気付けば僕はその人の手を取っていた。

 それがオレと自称悪魔との出会いだった。