フリンズさんと二人で飲みに行った話


「今日はね、良いことがあったんだよね」
 そう言って彼女はグラスを傾け、フラッグシップのカウンターで楽しそうに話をしていたのは、少し前のことになる。

「でさー? その時、あの子なんて言ったと思う? 私もうビックリしちゃってぇ」
 これが絡み酒というやつか、と僕は目の前の彼女を眺めながら思った。作った笑みを顔に張り付かせながら、彼女の隙を見てグラスをノンアルコールドリンクに変更するミッションを先程クリアしたところだ。続いてカウンター内のデミアンさんに目配せをすると、すかさず水の入ったグラスも準備される。さすが頼りになるバーテンダーさんだ。

 今日フラッグシップへお誘いしたのは僕の方だ。すると彼女は「今日は良いことがあったから、丁度飲みたい気分だったんだ」と和かに答えた。聞けば、ライトキーパーである別部署の同期が昇進したとのこと。彼女自身は事務作業が中心で、昇進などにはあまり興味が無いと言っていたのだが、近しい同僚の躍進はとても嬉しいとのこと。そんな話を聞けたのは呑み始めてすぐだったのだが、彼女が頼んでいたお酒の種類がいつもより度数強めであることに気付いたのは、つい先程のことだった。
 ——しまった、彼女はそこまでお酒に強くなかったはず。
 そう思ったところで事態はすでにこの有様で、あとは如何にして彼女から酒を遠ざけて家まで無事に送るか……と頭を悩ませていた。
 彼女と二人での呑みの席は楽しい、しかし度を超えた今回のような状況は初めてで、僕は少し自分が動揺していることに気付いて、思わず笑ってしまいそうになる。

「ねぇちょっと、私の話……聞いてるの?」
「えぇ勿論、聞いていますよ」

 僕の腕を掴みながら不満気に言葉を発する彼女へ、少し適当にそう答えながら、いつのまにか飲み干されていたノンアルコールドリンクと水のグラスと入れ替える。気にせずグラスを傾ける彼女は、きっと気付いていないのだろう。
「ん……? これは……璃月産のお水かな?」
「さぁ、どうでしょうか」
「他国産のお水も美味しいねぇ」
 水だと気付いてもそれで良いのか……と、これまた笑いそうになる。そしてこれは——ナシャタウンでよく売られている飲料水なので、他国産ではない。しかし今ここで笑うと彼女に怒られてしまうので、悟られないように口角を上げるだけに留めておいた。

「それでね、この前のフリンズのことなんだけどさぁ」
 ……おや?僕が何か。
「お水を飲んだ方が良いって勧めても、ぜーんぜん飲んでくれないの!体調悪くしたらどうするの? 全くもう……
 たしかにそんなやり取りがあったな、と思い返す。僕は水が苦手なだけなのだが……その問いかけに対してなんと答えたら良いかと悩んでいると、彼女の方はもう次の話題に移っていた。
 
「だからさぁ、フリンズがぁ、あの時にねー?」
……ほら、呑みすぎですよ」
「少しくらい良いじゃ無い。大丈夫だよ、家にも無事に一人で帰れるし」
 ……それは無理なのでは、と言いかけたがやめておくことにした。ここで今伝えても意味はなさそうだ。

「それでね……あれ? なんの話しようとしたんだっけ」
「フリンズがどうしたんですか?」
「あぁそうそう! それ! フリンズがね?」
「えぇ、何をしでかしましたか」
「フリンズって、過保護だし顔がいいし強いし何でもできちゃうでしょう? もう、私をこれ以上甘やかしてどうしたいんだって思っててぇ

 そんなことを言われた僕は、思わず目を丸くして驚いてしまった。そして緩やかに目を細めて彼女を見つめる。
 
……ははっ、これ……僕に僕の事を惚気てるんですか?」

「んー何の話? ——あれ、もしかしてフリンズが居る?」
「えぇ、貴女のフリンズはずっとここに居ますよ」
「そっか。それならもう安心だねぇ……

 そう呟いた彼女はそのままカウンターテーブルに突っ伏してしまい、スゥースゥーと寝息を立て始める。
 そんな可愛らしい姿を少し眺めてから、手を掲げてデミアンさんに会計をお願いした。支払いを済まし、彼女を抱きかかえてフラッグシップを後にした。あとはこの、腕の中にいる眠り姫を家まで送り届けるだけだ。
 眠っているはずの彼女が、僕の服の飾りを引っ張る度に立ち止まってしまったので、予定よりはゆっくりとした到着となった。



 明日はお休みと言っていたから、少しくらい寝坊して貰っても良いはず。
 たしか以前に、酔っ払ってる間の記憶は全て覚えてるんだと……言っていたはず。ふふっ、明日また彼女の家を訪ねてみよう。



『次はもっと、甘やかしますからね?』