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九条空
2026-06-22 02:36:22
3795文字
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家村探偵事務所「白昼夢の看視者」編①
クトゥルフ神話風探偵物語
次
家村しいは探偵である。
それなりの立地に事務所を構え、助手なんてものまで得ている、いかにも探偵らしい探偵であった。
事務所のソファに座り、紅茶を飲む。
家村はシャーロック・ホームズを自認していた。
シャーロックは英国人だ。だから紅茶を飲む。
テーブルに戻したティーカップに、追加の紅茶を注いだのは、家村の助手である
名切氷藍
なぎりひあい
であった。
「家村さん、好きです」
ストレートな告白であった。
家村は一切動揺しない。
なぜなら、これは名切の鳴き声のようなものであった。
つまり、家村はこれらのセリフを聞き飽きているのである。
名切氷藍は家村しいのことを愛している。
恋愛か、あるいはそれ以上の意味でだ。
家村しいは
――
名切氷藍のことをワトソンだと思っていた。
自分がシャーロック・ホームズならば、その隣にはジョン・ワトソンがいて当然である。
ワトソンがシャーロックに恋心を抱いているというのは、いろんなところから怒られそうな二次創作設定だ。
しかし同時に、いろんなところから好かれそうな設定でもある。
以上のことから、家村は名切が自分のことを好き、ということを、特に問題視していなかった。
再びティーカップを持ち、それを傾ける前に名切へと告げる。
「氷藍くん、ありがとう」
「はわわ」
それもまた名切の鳴き声のひとつであった。家村は動じない。
そうしてしばらく。
ガラガラ、と音が鳴る。探偵事務所の玄関扉につけられたベルの音だ。
つまり来客の証である。家村はゆっくりと、ティーカップを置いた。
来客は、長身の男性だった。
癖のある赤髪に、ブルーの瞳をしている。外国の血が入っているらしい。
洒落たコートやブーツを着こなした、魅力的な人物であった。
「あなたが探偵さんでいいのかしら?」
家村は常日頃から浮かべている笑みのまま、来客へ促した。
「どうぞ座ってください。お話を聞きましょう」
依頼人は、名を青山勉といった。
見た目は間違いなく男性だが、物腰は柔らかで、一人称は「アタシ」である。
スマートに差し出された名刺には「精神科医」の肩書がある。
中性的な印象の彼が切り出したのは、こんな内容であった。
「集団ストーカーって知ってるかしら?」
「ええ、もちろん。探偵ですから」
「なら、そのほとんどが、被害者の勘違いってことも知ってるわね」
そう言って、青山は机の上に数枚の写真を並べる。
駅。コンビニ。病院の駐車場。
様々な場所で撮影された写真、そこにはそれぞれ別人が写っている。
若い女。老人。サラリーマン。大学生。主婦。
どの写真にも共通する特徴がある。
全員がカメラを見ているのだ。
まるで、撮られていることを知っているように。
「最初は当然、ストレスによる妄想だと思ったわ。職業柄、そういう症例を何度も見てきたもの」
青山は指で写真をなぞる。
「でも、写真に写るのよ。防犯カメラにも。他人にも見えているようだし。だから困ってるの」
「うん。8人くらいだったら、全員それぞれストーカーって可能性もあるんじゃないかな。青山さんはモテそうだし」
家村はそう言った。
青山は間違いなく美形の類だった。
スタイルも良いし、服のセンスも良い。
それに仕事も精神科医
――
カウンセリングを行う人間は、その患者から好かれやすい。
そこまで考えた家村だったが、青山は首を横に振った。
「正直に言うわよ。ストーカーをひっかけるのは初めてじゃないの」
家村は驚くこともなく頷く。
探偵である家村にとって、ストーカーに関する相談は珍しくない。
警察では対処しかねる場合も多いためだ。
「でも同時に8人、かつ、ひとり以外は喋った記憶もないっていうのは、さすがに異常でしょ?」
「青山さん、もしかしたら感覚がおかしくなっているのかもしれないけれど、ストーカーはひとりでもついていたら異常なんじゃないかな」
「そうね、アタシがおかしかったわ」
青山はこめかみを指で押さえ、深々とため息をついた。
相当参っているようである。それも話を聞けば当然のことだ、と家村は思った。
「警察にも相談したわ。でも役立ちそうにない。だからここへ来たの」
青山は家村の目をまっすぐに見た。
「依頼を受けてくれるかしら?」
家村は笑みを深め、ゆっくりと頷いた。
「もちろん。俺は探偵だ、謎を解くのは得意さ。任せてよ」
調査してわかったことは、青山の言う8人は確かに存在するということだ。
彼の妄想ではない。
8人には共通点があった。
全員が同じ新興宗教団体に所属していたこと。
そして、彼らは全員、失踪しているということだ。
まずは青山から聞いた情報である。
「8人のうち、話したことがあるのは白井透子さんという女性よ。5年前に失踪しているわ。アタシはその直前、彼女を診ていたの」
名切はインターネット関連に強い。
探偵助手として非常に優秀なスキルを持っていると言えるだろう。
「この方ですね」
スマホを操作し終えた名切は、家村へ一枚の写真を見せた。
穏やかそうな女性の写真だ。それは、青山が見せた写真のうち1枚と同一人物であった。
「ありがとう、氷藍君」
「好きです」
この名切の「好きです」は、「どういたしまして」という意味合いだ。
家村は氷藍の特殊な口調にすっかり慣れている。
傍から聞いている青山はやや困惑した表情を浮かべているが。
「この人は黒瀬正弘さんだ。ニュースになった失踪事件だから覚えているなあ」
青山が持ち込んだ写真を指さし、家村は言った。
映っているのはスーツを着込んだ社会人男性だ。
家村は探偵をやっているため、日々のニュースを比較的記憶している。
「三隅圭さん、この人も失踪者みたいです」
名切が再びスマートフォンを見せた。
開かれていたのは失踪事件のニュース記事だ。
顔写真付きのそれは、間違いなく青山の持ってきた1枚に映る人物と一致する。
そんな調子で調査すれば、8人全員が失踪者であることが判明するのはあっという間だった。
白井透子 看護師 失踪当時29歳
黒瀬正弘 会社員 失踪当時41歳
三隅圭 大学生 失踪当時21歳
河原崎澪 画家 失踪当時34歳
戸上彰 中学校教師 失踪当時52歳
西園千景 主婦 失踪当時38歳
宇田川慎 塾講師 失踪当時27歳
真壁倫太郎 無職 失踪当時64歳
8名の情報は以上である。
家村が人差し指を唇へ当て考え込んでいると、隣の名切が囁いた。
「家村さん、好きです」
「うん、そうだね」
「なにがそうだねなのかしら?」
家村たちのやり取りに、青山はやはり困惑していた。
家村はああ、と思い当たり、にこやかに説明する。
「気にしないでいいよ。氷藍くんは基本的に『好きです家村さん』と『はわわ』しか喋らないんだ」
「はわわ」
「気にならないわけないわよね? 診察の必要があるのかしら?」
「俺も本人も困ってないから必要ないんじゃないかな」
「診療の必要があるのはあなたもなの?」
家村はにこにこと笑った。
青山は深くため息をついて、軽く目元を覆った。
「正直、最近寝つきが良くないの。あまり頭の痛くなるような話をしないでちょうだい」
「もちろんだとも」
「家村さん好きです」
ため息をつく青山を尻目に、名切は再びスマートフォンを家村へ見せた。
それはとある宗教団体のホームページだった。
あまりデザイン性の良くないそれは、手作り感あふれている。
ロゴには白昼夢の会、と記載されている。
家村に心当たりはないが、名切が見せたのだ。
この件に関する情報なのだろう。家村は青山へ問いかける。
「白昼夢の会、という宗教団体に聞き覚えは?」
「あるわ。白井さんが所属していたもの」
「おお、なら予測してみせよう。他の7人もそこに所属してるんじゃあないかな」
家村の適当な推測は当たった。
名切の高い情報収集能力により、特定まではあっという間だった。
一通り目を通し、家村は情報を整理する。
「白昼夢の会は、睡眠改善、瞑想、夢日記などが活動内容のようだ。別に違法なことはしてない団体らしいね」
「白井さんも睡眠に関する相談をアタシにしてたわ」
「おっと。なら予測しようか。他の7人もきっと同じだね」
青山は軽く笑おうとして、失敗したらしい。
頬を軽くひきつらせたのち、言った。
「その予測が正しいかはわからないけれど、アタシにも似たような症状が出てる。毎晩同じ夢を見るのよ」
「ふむ、どんな内容だい?」
「あまり思い出せないの。ただ同じ夢だ、って感覚が起きた時にある。ここ一週間そんな感じよ」
「本当にまったく思い出せない?」
「覚えてる限りのことなら。白い塔と黒い海が出てくるの。その塔はどこまでも高い。そのくらいね」
白い塔、黒い海。
当然、家村に思い当たることはなかった。
名切もスマホに目を落としたままである。
今のところ、追加情報は出てこなさそうだ。
「妄想なら妄想だと証明してほしいわ」
そう言って疲れた様子の青山を見るに、家村はひとつ気がついた。
彼は「眠れない」とは言っていない。
むしろ、夢を見ること自体を恐れている。
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