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九保
2026-06-21 19:48:59
3995文字
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拝啓、心配性のあなた様へ
ロスカリファへ行ったお姉ちゃんを心配するライカンさんと、安否報告するお姉ちゃんが一悶着する話(いつものお味)
「これ、本当に僕用の制服なんだよね?」
どこもかしこも布が引っ張られ、元の柄を忘れそうな程に伸ばされたセーターと、少し屈めば何もかも顕になってしまいそうな心許ないスカートの裾に、アキラは不安そうな声を上げた。
部屋に入るとベッドの脇、足元のチェストには小さなトランクが置いてあった。学院の生徒として生活するからには、相応しい装いで。とのことなのだろう。キチンと畳まれたそれは、傍目に見ても分かる。学生服だ。
最後に制服と呼ばれるものに袖を通したのはいつだったか、大切な友人や家族と呼べる人を失って、それっきりではないだろうか
……
思い出したくもないと蓋をした、苦い記憶が懐かしさと綯い交ぜになって訪れる。沈みこんで動けなくなってしまいそうな記憶を、ぶんぶんと物理的に振り払うと、アキラは一枚ずつ広げていった。
こんなところで立ち止まっている暇はないのだ。覚悟を決めるように、階段に一段ずつ足をかけるように。身につけていくそれは、糊のきいた肌触りと、新しい匂いがする。
心機一転とばかりに身につけ終わった制服は、アキラの為に用意されたというには、その、些か小さく思われた。
どうしよう。こんな短いスカート、本当の学生時代にも履いたことなんてないのに。
普段はデニムの下に隠された白い太腿が、これでもかという程、面積を主張していた。あの、その、これじゃあ痛いコスプレみたいじゃないだろうか。それとも、準備をしてくれた人はこれで正しいと思っているんだろうか。
判定のつかない正誤に、表情を白黒させたアキラはその時ふっと思い出した。
『どうか無事にあちらへ到着されましたら、ご連絡いただけませんでしょうか』
アキラに対して驚く程過保護で心配性な恋人が
、普段の何倍も眉間の皺を深めて言ったお願いだった。どっちみち、ライカンさんへの報告は、そのままここへ送り出してくれた市長さんへの報告にもなる。もしかしたら、ライカンさんはロスカリファへも足を踏み入れたことがあるのかもしれない。
機密特区と言うだけあり、街中での撮影は程々にと口添えされていたものの、寮内での撮影に関しては特に何も言われていない。
折角だから、ライカンさんに見てもらおうかな。アキラに対しては常に肯定的な、彼の意見を貰えば少しは僕も恥じらいが減るかもしれない。そんな気持ちで送った写真だった。
◆
その頃、地上では
――
業務に一区切りついたライカンは、事務所に残っているリナでも誘いお茶にしようかと、書類の頭を揃えたところだった。
整理整頓されたデスクの上は、いつも通り埃一つ見当たらない。恋人が旅立ち、落ち着かない時間を少しでも紛らわせようと、手を動かし続けた結果でもあった。お陰様でヴィクトリア家政の事務所は、一段とぴかぴかの状態である。さて、アキラ様は無事にロスカリファへ到着されているだろうか。飛行船で向かうとおっしゃっていたが、またあのような事故に巻き込まれたりなどしていないだろうか。
ざわつく胸は、少しの余暇でも許してくれないらしい。私が心配しても何にもならないのだと理解していることと、心配でなくなることには大きな違いがある。どうか、ご無事でありますように。彼の方の道行が明るくありますように。祈るのは何に対してか、深い溜息と共に瞳を閉じたライカンの胸ポケットから、ブブっと振動音がなる。誰からの連絡だろうか、取り出した端末に表示されたアイコンに、ライカンはパッと顔を輝かせた。
見慣れた鉄塔と青空のアイコンは、アキラのものだ。慣れた操作だというのに、手が震える。指先が言う事を聞かない。
早く、早くアキラのご無事を確かめたい。開いたメッセージ画面には、数行の言葉と、写真が添付されていた。
『ライカンさん、今はお仕事中かな?』
『僕らは無事にロスカリファへ到着したよ。だから安心してね』
機密特区と呼ばれる場所だ。
行われる行為、街の様子、人々の営み、一つとっても様々な検閲に引っかかるのだろう。可能な限りでいい。そのうちアキラ様の口から直接聞けたなら
……
とりあえずの安否確認にホッと胸を撫で下ろしたライカンは、何気なく開いた写真データにびしりと固まることになった。
『僕らのために制服が用意されていたんだ。こんなの着るの久しぶりだから、少し恥ずかしいな』
慣れない自撮りと思しき角度は、窮屈そうに引っ張られたニットに遠慮がちに乗った胸元の黄色いリボン、それに、遠慮なく露出された白い足がスカートから覗いていた。
普段は布に覆われた部分が、これでもかと見せびらかされている。傷一つ、シミひとつない肌が、とんでもなく眩しく見える。
アキラ様はこんなお召し物で、学校に通われるのか? こんな、他者を惹き付けそうなお召し物で?
分かっている。
アキラに対して過度に魅力を感じてしまっているのは、己の欲目なのだと。いや、それにしてもだ。アキラ様は普段から人好きする方なのだ。これ以上人目を惹き付けては、たまらない。
本音を言えば、早く着替えて欲しかった。誰の目にも入らぬ内に、自分だけがこの写真をフォルダに収めている間に。
しかし、準備をしたのはロスカリファへ彼らを招待した、ヴェリナ殿だろう。治療の為にと面倒な手続きを快く引き受けてくれた、彼らの好意を無碍にすることは、けしてできなかった。
アキラ様が私に送ってきてくださったということは、きっと肯定を求めてに他ならない。
恥ずかしいと言いながら、私には見せてもいいと最初に判断してくださった。
そのお気持ちを否定しては、アキラ様の今後の学園生活に支障が出てしまう。
悩みに悩んだライカンが打った返事は、これ以上でも以下でもない程差し障りなく、それでいて、恋人というにはあまりに色気のない内容であった。
『良くお似合いでいらっしゃいますね。ただ、今回は療養に行かれたのではありませんでしたか?お身体を冷やしてはご体調に障りがでます。長い丈のお召し物に交換していただいた方がよろしいかと存じます』
つい、ついだ。
口煩い父親のようだとは、常日頃エレンから言われているお小言だった。これが流行りだと、今の年頃の女の子は皆こうだと言い返され、納得出来ずに苦虫を噛み潰したような顔をしてしまうライカンは、アキラの前では封印しようと固く決意していた筈なのに。
アキラ様はどう思われているだろうか。口煩いと、鬱陶しいと思われてはいないだろうか。
本当は、他の男に見せて欲しくないだけなのだと、素直に告げた方がよかっただろうか。
頭を抱えるライカンの握る端末が、小さな振動を繰り返した。
『ありがとう。そうだよね、僕もうっかりしてたんだ。
……
あの、やっぱり似合っていないんだよね?』
恋人から返って来た返信に、アキラはずんと心が重くなっていた。丈は長い方がいい、冷やさない方がいい。治療という名目で空の街へ来たアキラへ、当然の忠告であった。
そうだよね、当たり前のことを言われている。
僕はここに治療で来ていて、遊びに来ている訳じゃなくて、それなのに、似合うって、可愛いって言って欲しかっただなんて。
ライカンの言葉で、少しでも気を紛らわせたかった。大好きな人に肯定して貰えたら、この服を着ている間は頑張れると思ったから。
弱気になるには早すぎる、無事に治療を終えて帰ればきっとライカンさんも喜んでくれるはず。思わず啜った鼻が、ずっと音を立てた。
その時、アキラの手の中で、端末がメッセージを受信した。
『言葉足らずで申し訳ありません。
よくお似合いでいらっしゃると思ったことは本心なのです。ただ、あまりに惜しげも無く美しいおみ足をさらけ出していらっしゃるので、その
……
私の目の届かないところで不埒者に目をつけられやしないかと、心配になってしまっただけなのです』
これは偽りないライカンの気持ちだ。
アキラを心配しすぎるほど心配して、アキラのことを世界で一番可愛いと思っている、過剰な程の愛情を持ったライカンの本音だと、アキラはキチンと理解できた。
「もう、始めからそう言ってくれたらいいのに」
先程まで、もう歩けないかもしれないという勢いで気落ちしていたのに。自分もかなり現金だなと、アキラは一人恥ずかしさに笑ってしまいそうになる。どうしようかな、心配性な恋人の為に、ヴェリナさん達にお願いできるかな。
ライカンからの返事を表示した端末を愛おしそうに抱きしめていると、アキラの部屋のドアをけたたましく叩く音がする。このせっかちさはどう考えても
――
「なに、リン?」
「お姉ちゃん!! お姉ちゃんの部屋に私の制服なかった?」
「へ?」
ドアを開けた向こうには、同じ仕立ての制服をずり落としまいと、スカートを両手で掴んだリンが立っていた。どうやら姉妹の部屋に置くトランクを間違えられてしまったらしい。
正しく交換された制服は、アキラの身体をピタリと包み込んだ。スカートは膝丈まである長さであり、黒のハイソックスはリンとお揃いのソックスベルトで留められていた。
『ごめんライカンさん! 送ったやつ、リンの制服だったみたいなんだ。恥ずかしいから、さっきのやつは消去しといてくれないかい?』
『正しいのはこっちだったよ』
アキラから追って送られてきた写真は、ライカンも望む清楚そのものな着こなしだった。
アキラ様の真っ直ぐで清廉な雰囲気に、よくお似合いになっていらっしゃる。思わず胸元のタイをぎゅと握りしめたライカンが、新たに産まれる心配に頭を悩ませることになるのは、ほんの数分後のことである。アキラから送られてきた間違い写真は、もちろん『アキラ様』と名付けられた永久保存フォルダに移動された。
end.
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