もち粉
2026-06-21 18:21:14
4987文字
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家族になろうよ


カブミス
そうじゃねぇよ


「ミスルンさん、……俺と、家族になってくれませんか?」

 ✽

ミスルンの屋敷のリビングは、清潔で整頓されていた。主である銀髪のエルフは、自らの生活には頓着しない。たとえ部屋がゴミに埋もれていようとも壁がサイケデリック色に塗られようとも気にしないだろう。それでもカブルーは彼が少しでも快適に過ごせるようにと心を砕いていた。

​城で王の側近として働くカブルーと、西方のエルフの国の外交官として駐在するミスルン。本来同居しているのは不自然なことだ。このメリニだからこそ見逃されているのだとは思う。

​彼の身体の事情を心配して、世話を焼くために足繁く通っているうちにいつの間にやらカブルーの部屋が用意され、気がつけば一緒に住んでいた。
​仕事で疲れて帰ってきてもミスルンが出迎えてくれる。何を取り繕う必要もないミスルンに、食事をしながら今日のたわいない出来事を話したり愚痴をこぼしたりする。

彼の髪を洗い、香油を揉み込み、日に日に手触りの良くなる銀髪を梳る。

ミスルンの足をマッサージして寝かせつけたら、カブルーも自分に与えられた部屋に戻って就寝する。時には彼のベッドで寝落ちしてしまうこともあった。そういう時ミスルンは、上掛けをカブルーに掛けるとその横に潜り込んでくる。ふたりで目覚めてクスクスと笑う朝は、ミスルンとの生活の中でも幸せな一時だった。
こんな生活が、ずっと続けばいいと願っていた。


​そんな生活に顔をしかめたのは、様子を見にやってきたカブルーの養母ミルシリルである。
​「カブルー、いくらミスルンの家に世話になっているからといって、お前がそんなことをする必要はない。お前は使用人ではないんだよ。短命種の時間は短い。あんな要介護エルフの面倒を見て、婚期を逃すのは止めなさい」

​カブルーは、自分は望んでミスルンの世話を焼いているのだと説明したが、ミルシリルは「お前は優しい子だから」と取り合わない。

帰国した養母から、どさどさとお見合いの釣り書きと結婚を急かす手紙が送りつけられるようになったのはこの一月ばかりのことである。

​今日も届いていたミルシリルからの手紙の封をため息をつきながら切る。どうせいつもと同じ内容だろうとおざなりに視線を走らせたカブルーはその目を見張った。

​"お前との縁談に大変乗り気なご家族があったので、再来週そちらへ連れてゆく。礼服の用意をしておきなさい。"

――時間がない。
​長命種のエルフである養母から見れば、自分はいつまでも彼女の庇護下にある"小さなカブルー"に過ぎない。ミスルンとの曖昧な共同生活は、子供の「ごっこ遊び」にしか見えていない。
このままでは、自分は強引にこの幸せな居場所から引き剥がされてしまうだろう。

(結婚するなら――ミスルンさんとがいい)



​夕食後、いつもの習慣でリビングでミスルンと向かいあってお茶を飲む。
カブルーの淹れた濃いお茶にミルクを注ぐミスルンが、テーブルの隅にこれ見よがしに積んでおいたお見合い資料に手を触れた様子はない。人のものを見たいという欲もないこの人だ。

​「……どうしたんだ?」

​ミスルンが口を開いた。

​「今日のお前は随分と口数が少ない。いや、今日ばかりじゃない。この数週間ずっと様子がおかしいぞ」

​カブルーは驚いた。ミスルンが意外と自分のことを見てくれていると知って感激が胸に押し寄せる。

​「何か困っているなら言ってみろ。お前が沈んでいると……私もなんだか胸苦しい気がする」

​ほんの少し照れたようにカップを口元に運ぶミスルンに、愛おしさがこみ上げる。
カブルーは決意した。唐突だろうと構うものか。俺は――この人と引き離されない正当な権利が欲しい。

​カブルーは背筋を伸ばして座り直した。

​「ミスルンさん、……俺と、家族になってくれませんか?」

ミスルンの動きが止まった。

​「突然こんなことを言って驚かせていると思います。でも俺とあなたがこうやって一緒に暮すようになってもうすぐ三年です。
そしてこれからもあなたと一緒に生きたい。そのための正当な権利が欲しい。俺は、あなたと正式な家族になりたいと思っています」

​ミスルンは瞬きを一つしただけで、その隻眼はカブルーから動かない。表情は微動だにしないが、かすかに首を傾げてカブルーの言葉をゆっくりと考えているようだった。

​家族。ミスルンの家族はバラバラだった。冷え切った夫婦仲を隠そうとしない両親。うっとうしい兄。離れた今になって兄との関係だけはやっと安定した。
それでもやはり、両親の愛を得られなかったという記憶は欲を失った今もミスルンの心をうずかせる。親子の絆というものに、憧れがあるのかもしれない。
だがもし共に暮すのが「家族」だとすれば、現在ミスルンの「家族」に一番近いのはカブルーだろう。

​「それは……法的にも、ということか?」
「そうです。誰に何を言われても、一蹴できる法的根拠が欲しいんです」

​カブルーは緊張した面持ちで答えた。ミスルンは軽く握ったこぶしをあご先にあてて考えた。

(法的にか……。確かに今のままではカブルーに何かあった時、私は庇護してやることもできない。その権利を持っているのは、親であるミルシリルだ)

——家族になれれば。
彼女と同じ場所に立ち、その権利を、私も持てる。

​「お前と家族か……悪くない。しかし、ミルシリルがなんというか……

​カブルーの心臓は一瞬跳ね上がった。

​(あ、これオッケー? オッケーじゃない!? ミルシリルさえ説得できれば、オッケーって言ってない? これ)

​「ミスルンさん、ご心配なく。ミルシリルなら俺が説得しますから!」
​「そうか? しかしお前任せにするわけには行かない。私も言葉を尽くすべきだろう」

​(一緒に結婚の挨拶に行ってくれる気なんだ……!)

​カブルーの脳内にワ島風の畳敷き応接室で、「お義母さん、息子さんを私に下さい」と頭を下げるミスルンの図が浮かぶ。しかし青筋を立てて「お前にお義母さんと呼ばれる筋合いはない!」と剣を構えるミルシリルしか思い浮かばなかった。ちなみにカブルーの育ったミルシリルの屋敷にワ室はない。

​「血縁の家族というのは選べません。母のことは愛してますが、顔を見たこともない父を家族とは思えない。引き取ってくれたミルシリルには感謝もしているけど、やっぱり"与えられた"関係です。でも夫婦というのは、唯一自分の意思で選べる、対等な立場の『家族』です」

​(例えミルシリルが反対したって、俺はあなたと夫婦になることを選択したい)

​しかしそうか。夫婦。夫婦かあ……
ミスルンさんと、夫婦! いや、夫夫?
ミスルンさんがお嫁(婿)さん……

毎朝、一緒のベッドで目覚める俺たち。
いってらっしゃいのちゅーをしてくれるミスルンさん。
「おかえり」と微笑んで、「なあ、今夜……」と、恥ずかしそうに俺の袖を引くミスルンさん……

​いい!!
​今までミスルンには欲がないからと、あえてそっち方面のことは考えないようにしていた。一番近くで彼の"欲探し"を見守っていければよいと思っていたのだ。だが「夫婦」と口に出したことで一気に意識してしまった。

​「自らの意思で選ぶ家族、か――

​ミスルンは静かに、しかしきっぱりと言い切った。

​「カブルー、私もお前と家族になりたい。なればこそ、私が自分の言葉でミルシリルを説得しなければ」

「ミスルンさん……

​感激に打ち震えるカブルーは、ミスルンの言葉に強く頷いた。

​「だが作戦はお前も一緒に考えてくれ。ミルシリルは手ごわいからな」
「はい!!」

​カブルーはすぐにミルシリルを説得するための緻密な論理構成を頭の中で練り始めた。長命種が成人した短命種を一人前とみなさずその意思を尊重しないことの倫理的問題、共同生活の安定が外交官であるミスルンの職務遂行に不可欠であること……
ああ、そんなことより何より俺がミスルンさんといたいのだと、言葉を尽くしてわかってもらうしかない。

​ミスルンもまた、そんなカブルーの隣で真剣に思考を巡らせている。

​「そうだな、やはり花くらいは持っていったほうがいいか。彼女は何の花が好きだ?」
​「手土産ですか? そうですね、淡い色のが好きですね。かすみ草とか、アーモンドの花とか」

​「アーモンドは花束にはできないな。やはりこういう時はバラだろう。12本の淡いピンクのバラにかすみ草を合わせるか?」

​カブルーは目を瞬いた。赤ではなくても12本のバラといえば、プロポーズの定番だ。婚姻の許可を得に行くときの手土産には不適当ではないだろうか。

​(え? もしかしてミルシリルの前でプロポーズしてくれるつもりとか!?)

​それは流石に血の雨が降るだろう。それにそういったことは、ふたりだけでロマンチックに行いたい。

​「雰囲気も大切だな。カブルー、レストランなどよりはふたりきりになれる場所などの方がよいだろうか?」
「そうですね、レストランも素敵ですけど、俺は夜景のきれいな小高い丘でふたりきりとか憧れますね」

「しかしミルシリルの家は山奥だからな。街まで誘って、あの人嫌いが素直に出てくるだろうか」

――あれ?
​カブルーは頭を抱えた。ミルシリルをロマンチックな場所に呼んでどうするんだ? 結婚の挨拶だよな?

​「待ってください、ミスルンさん。そういうのはむしろかしこまった場所の方が……

「だが彼女は夢見がちなところがあるだろう? 雰囲気を整えたほうが、流されて承諾しそうではないか?」

――いやいや、待って?

​「指輪は好みがあるだろうからな。本人が選ぶのが一番いいのだが、やはりその場で差し出したほうが格好はつくな。
まあ、あとでまた好きなのを買ってやればよいか。――カブルー、ミルシリルの指輪のサイズはわかるか?」

――いやいやいやいやいや。
​養母の指輪のサイズを把握してる息子とか気持ち悪いだろ。

​(じゃなくて!)
カブルーは思わず卓上に頭を突っ伏した。

​「……ミスルンさん、一応聞きますが……。誰と誰が、夫婦になるんですか?」

​ミスルンはきょとんと目を瞬いた。

​「――私とミルシリルだが?」

​「〜〜っ、なんで! そうなるんですか!?」

​思わず机を叩いて叫んだカブルーに、ミスルンは驚いたようにいう。

​「私がミルシリルに婚姻を申し込めば、お前を私の息子にできるという話では……?」

​「ちっげえよ!!」

​思わずミスルンの前では使ったこともない乱暴な言葉が出たカブルーである。

――そこから!? そこからなのか!?
​もしかして今まで全然伝わってなかった? あんたにそんな欲もないだろうからとプラトニックに徹してただけで、別にそういう気がないわけじゃないんですけど!? それを、息子!?

​「お義父さん!」とミスルンをベッドに押し倒すカブルー。それに対し弱々しく形ばかりの抵抗をするミスルン。「ああいけない。私たちは、義理とはいえ親子なのだから……!」

​(イメプレしたいわけじゃねぇんだよ!!)

「何が違うんだ。非常に論理的だと思うのだが……

​カブルーは机を回り込むと、まるでわかってなさそうに反論するミスルンを横抱きに抱え上げた。

​「おい、カブルー!?」

​驚いて身体を強張らせるミスルンにカブルーはにっこりと笑いかけた。

​「論理的な解決は、この後で結構」

ただならぬカブルーの様子にミスルンは左目を丸くし、言葉が出てこないようだった。もしかしたらこれから何をされるかはっきりとは解ってないのかもしれない。
けれどこの瞬間、カブルーの「欲」が肌から伝わって、ミスルンの奥深くで、ぞろりと何かが身をもたげた。

カブルーはミスルンを抱えたまま、寝室へと向かう。


「息子とじゃできないようなことを、今からたっぷり教えてあげますよ――おとうさん?」