りっつぁ
2026-06-21 16:42:13
10046文字
Public その他(男女)
 

『Love Story』

ジューンブライドだから初心に返ってホークリを結婚させようと思いました。
ホークアイにでっかい花束持ってプロポーズしてもらおうと思ったらなんか結構違う感じになりました。
ED後をめちゃくちゃ捏造しています。オチは言うまでもなくハッピーです。
雰囲気でさらーっと読んでください。

タイトルはすごく有名なTaylor Swiftさんのあの曲からもらいました。ロミジュリモチーフの曲なのでロミジュリっぽく実家同士ケンカ中みたいな感じにしてみました。が、中途半端である。とにかくハッピーにプロポーズしてくれればいい方向け。

 夜明け前の冷えた空気を吸うと、頭が少しだけすっきりした気がした。泣き疲れた目元が気になる。この後腫れてきたりしないといいけど。漂う朝もやを振り払うように歩き出すと、背後で閂をおろす音がした。門を閉めてくれた見張りの子には後でまたお礼を言いにいこう、抜け出そうとする理由も言わずに口止めだけは念入りにした私を、何も聞かずに送り出してくれた。
 空は真っ黒から濃紺に色を変え、遠くの山の端が白くけぶる。風が吹くたび捲れ上がる長いスカートの裾を手で直しながら歩いた。服装は昨日のままだ。着替えてくればよかった、動きづらいし、この季節でもまだ寒い。羽織っただけの上着を胸の前にかき寄せ、ぎゅっと握った。もう片方の手には、手のひらに乗るくらいの小さなカード。これを見つけたから、取るものもとりあえず城を飛び出してきてしまった。
 昨日は本当に、ひどい一日だった。自分の力の無さに、ほんのささやかな自負さえ打ち砕かれた屈辱に、ただ耐えることしかできなかった。
 やっと実現できる運びになった、戦後処理のための会合。重臣達はナバールからの再三の申し入れを退け、攻めいられたこちらがすべきは敵国として睨みを利かせることだと譲らなかった。そんな彼らを、私は時間をかけて説得してきた。ナバールの人達は、強大な力を持つ魔族に操られていただけで、彼らの意思で私達の国に攻め込んできたわけではない。それに、盗賊団というあり方からも変わろうとしている。そんな人達と対立しているだけなんて、あまりにも狭量ではないか。山深い私達の国は防御には優れるかもしれないけれど、その分新たなものが入ってくるのは人にせよ品物にせよ情報にせよ、何についても遅くなる。これまで縁もゆかりもなかった土地と繋がりを作ることは、今後の私達にとっても利益になるはずだ。同じく譲らず主張し続けた私に、頑なに和平を拒んでいた者達も少しずつ耳を傾けてくれるようになった。けれど、相手に求める条件となると、雪玉を転がすようにどんどん大きくなっていく。削って削って、現実として応じられそうなところまで収めていくのを繰り返した。この会合がうまくいけば近いうちに府令を出そう、ナバール兵が魔族に術をかけられていたという事実を知っても納得できない民も多くいるだろうから、私が直接出向いたっていい。身内だけの皮算用だったけれど、こんなことまで話が出来ていたのだ。そこには確かに今後の祖国の繁栄への願いや希望が込められていたはずなのに。
 ナバールの使節団を城に迎え入れたとき、私は安堵していた。書簡や使者を介して何度もやり取りをしていたけれど、実際の彼らを目の前にして国のみんなが、私自身がどう感じるかはわからなかったから。初めて目にした彼らの首領は風格のある年配の男性で、とても静かな目をしていた。そして、首領に影のように付き従う青年の姿を認め、胸が高鳴る。ホークアイ。来ないはずがないと思っていたけど、本当に来てくれた。こうして同じ場所にいられるのはいつぶりか、嬉しいのがどうしたって顔に出てしまいそうだったから、できるだけ目を伏せていた。
 粛々と、しかしどこか張り詰めた空気とぎこちなさをはらんで、会談は始まった。雲行きが怪しくなり出したのは、こちらの被った損害について逐一確認を始めた辺りからだったと思う。犠牲となった兵士、侍従や侍女、使用人、彼らの係累、その数は。淡々と読み上げていたはずの文官の声が刺々しくなっていく。寛容な態度を崩さなかった重臣達の顔にも怒りの色が滲み出す。誰か一人が口火を切って、後はあっという間だった。卑劣な手口で前国王を弑し、城を乗っ取った侵略者への罵倒、糾弾。ある日突然、何が何だかわからないままに家族を、国を奪われた恨みは深い。理性と感情は全く別物のように働くし、感情は理性を容易く凌駕する。それを助長したのは私だった。未来の私達にもたらされるだろう利益や、過ちを犯した者達への許しを説き、彼らの嘆きに蓋をしてしまった。更に悪いことに、ナバールの人達は野蛮で無慈悲な侵略者でも、魔族にまんまとつけ入られた哀れな愚か者でもなかった。洒脱な雰囲気をまとって現れ、どれだけの罵声を浴びせられても誠実さと節度を保った客人であり続けた。荒れに荒れた議場を去るときでさえ、こちらに何一つ言い返すこともなく、潔くすらあった。これではこちらの立つ瀬がない。寛大な慈悲も、伏して許しを請わねばならない罰を与えることもできず、行き場のない鬱憤が渦を巻くのが目に見えるようだった。失敗した。私の、他の誰でもない私のせいで。自室に逃げ帰ったのを咎める者もなかった。
 体中が熱い、頭が、顔が、目の奥が、火を噴きそうなくらい。恥ずかしかった。砂漠に吹く乾いた風のようだったあの人達と比べると、私の国の人達が愚鈍に思えて仕方がなかった。愚かで頑固で恨みがましくて、正しいことが何かわからない。あの人達に罪がないことも、彼らが変わろうとしていることも受け入れられない。私の中で嵐が吹き荒れているようだった。身も世もなく叫びまくることだけはどうにか我慢して、そうすると代わりに涙が溢れてくる。ベッドに突っ伏し泣いて泣いて、一頻り嗚咽と涙をシーツに吸わせると、今度は自己嫌悪が大波のように押し寄せる。王家を、国を支えてくれている人達を、あんな悪し様に罵って。悪いのは私だ。彼らの思いを汲みきれなかっただけじゃない、そこに私欲が全く無かったなんてどうして言える? 和平が叶えば、ナバールとの人や物の行き来が自由になれば、今よりずっと頻繁に彼と会えるようになる。きっと喜んでもらえる。そんな浮かれた恋心が私の判断を歪めることはほんの少しも無かったと、どうして言えるの? この事態を招いたのも、恥いるべきなのも私。まだ若すぎる弟王の名代として出来るだけのことをしてきたなんて、とんでもない思い上がりだった。泣くことすら許されないと思うのに、それでも涙が止まらないのが悔しくてならなかった。声を殺して泣き続けるうちにうとうと眠ってしまって、目が覚めても部屋の中はまだ薄暗かった。今がいつなのか咄嗟にはわからず部屋を見渡すと、何か白いものが視界を掠める。窓際に置いたテーブルの上だ。あそこは、普段はなにも置いていないはず。がばっと起き上がり、駆け寄って確かめた。紙片、カードだ。縁取りに、繊細な模様が切り絵のように施されている。こんなものをこんなタイミングで私に贈ってくれる人は、一人しかいない。書かれていたのは少し右上がりの癖字でたった一言。読み取ったのと同時に走り出そうとして、ちらっとだけ見た姿見に映った顔があまりにひどかったから辛うじて顔だけは洗って、少し落ち着かなくちゃと思ったけれどやっぱり無理で、脇目もふらずにここまで来てしまった。
 谷を跨ぐ大吊橋を前に少しの間立ち止まり、渡り始める。橋げたの板を一枚一枚踏みながら、そろそろここも補修が必要かなんて考えていたら、いつも吹いている風に違うにおいが混ざった気がした。はっとして振り返ると、視界が塞がれる。こんなことをされてなすがままなんていつもだったら絶対あり得ないし、そもそも得体の知れない何かをここまで近寄らせたりしない。やんわりと目元を覆う手のひらの感触も、背中に寄り添う体温も、よく知っているものだったから。
「ホークアイ?」
 呼びかけると、頭の後ろでくくっと笑う声がした。
「バレたか。だーれだってやってみたかったのに」
「あ、……ごめんなさい」
「冗談。謝らないでよ」
 耳をくすぐる声が甘い。抱きしめてほしい、もっと近づきたい。もう十分近くにいるのにそんなことを思ってしまうのが恥ずかしかった。
……眠れなかった?」
 彼の指先がほんの少し動いて、労わるように瞼を撫でた。もう枯れたと思っていた涙がまた滲んできそうになって、目を強く閉じる。
「でも、……でも、少しは眠ったと思います」
「泣き疲れて寝落ちっていうんじゃなぁ」
「あなただって、あまり眠っていないでしょう?」
 ナバールからの一行は麓の港街に宿をとっていたはずなのに、日の出前のこんな時間にこんなところにいるんだから。顔が見たい。でもこの優しい目隠しを振り払ってしまうのも惜しい気がして、大人しく立っている。背後で、ホークアイが小さく息を吐いた。
……そりゃあ、ね。すやすや寝られるってもんでもないよ。キミにあんな顔させといて」
「それは……私達が、……私が悪いんです」
 スカートを握りしめた。繊細で柔らかい、綺麗だけれど頼りない生地だ。アマゾネスの長としてだけではなく、王女としての顔を印象づけなければ。そう張り切る侍女達が着付けてくれた淡い色のドレス。初めて袖を通したとき、全く嬉しくなかったと言えば嘘になる。歩くたびになびく短い袖に、刺繍で飾られた裾に、心が躍った。もうすぐ彼に会える、綺麗だって言ってもらえるかもしれない。そんな期待すらしていた。
 だめだ、消えてしまいたくなる。何を考えても感じても、昨日の私の愚かしさが引きずり出されてしまう。今だって、ホークアイがこんなにそばにいてくれるのに、ずっと会いたかったのに、ちっともそんなふうに聞こえる声が出せない。明るくおしゃべりをすることもできず、息遣いさえ震えそうになる。身を固くしていると腰に彼の腕が回って、ぎゅっと抱き寄せられた。
「そんなことない。リースは精一杯やったんだろ」
「でも、……私だけ、先走って、……みんなの気持ちを、全然考えられてなかった」
 私を、王家を慕い、信頼し、支えてくれた人達の悲しみの深さを、想像すらできていなかった。もう堪えることもせず、涙がホークアイの手のひらを濡らした。少しだけ、彼にもたれるように体重を移すと、私を抱く腕に力がこもる。こうして慰めてもらうことすら今の私には不相応だとわかっているけど、甘えてしまいたくなる。強い風に煽られ、橋を吊り下げる太い縄が軋む。
……カード、すぐわかっただろ?」
 ささやいた声にはっとして、体の横で握っていた手のひらを開いた。よかった、多分ぐちゃぐちゃに折れ曲ったりはしていない。
「でも、吊り橋で、というだけではどちらの橋のことかわからないわ」
「あー……まぁどっちにしたって、ここで捕まえるつもりだったから」
「どうして?」
「見せたいものがあるんだ」
 まだ目を閉じているよう念押しをしてから、彼は私の目元から手を外し、腰に回った腕も解いた。離れた体温を追おうとした手は、後ろから掬い上げるように握られた。私の斜め後ろに立ったらしいホークアイは、もう片方の手を私の肩に添え、ぽんぽんと軽く叩いた。
「あの、ホークアイ?」
「ん? このままちょっと歩くよ」
「目は開けたらいけないんですか?」
 だって、あなたの顔をまだ見ていない。そう口に出したわけではないけれど彼は察してくれる。私の手の甲を、親指の腹で宥めるように撫でた。
「キミだったら目をつぶってたってこの山のどこを歩いてるかわかるんだろうけど、一応お楽しみってことで」
 陽気にそう言って、背中をどんどん押してくるから歩くしかない。とは言え私は目を閉じているから、一人で歩くよりはずっとゆっくりだ。躓きそうな地面の凹凸や小石は彼が丁寧に避けてくれるから、私は安心して今どこを歩いているのか探ることができた。けれどそれも、人の通る道をそれた気配を感じた後、曖昧になった。昔歩いたことがあるような気もするけど、定かではない。さっきまでは下っていた山を今は登っている。ホークアイは、言葉と肩や腰を抱く手の力加減で私を巧みに導いていく。最後は胸の下くらいの高さを引っ張り上げてくれて、立ち止まった。
「ここ、ですか?」
「もう少し」
 包むように両手を取られ、歩き出す。ここまで岩肌や土を踏んできた靴底の感触が変わった。草の上だ。閉じた瞼の裏がぼんやりと明るい。ふわふわと雲の上を歩いているような心地だった。風が吹き上げて、ささやかな葉擦れの音が広がる。ほのかに香った柔らかな匂い。
「いいよ。目、開けて」
 耳のすぐ横で聞こえた彼の声。瞼を上げようとして、思いの外眩しくて目を細める。明るさに慣れた目に飛び込んできたのは、花。それも、見晴台のように空に張り出したこの場所一面に、見渡す限り広がる花畑。
……綺麗……
「だろ?」
 隣に立つホークアイが私を見て微笑む。慈しむような目の色に、胸の奥の方が温かくなる。溶け出すように体から力が抜けて、ずっと強張っていたことに気づいた。
 やっと会えた。昨日だって顔を合わせたけど、やっと、私だけを見てくれるこの人に会えた。
「あなたの顔を、一番に見たかったです」
「その気持ちもわからないでもないけど、オレはこっちを真っ先に見せたかったの」
「ええ。本当に、とても綺麗」
「ここのところは特に忙しくしてただろ。見逃したらもったいないと思ったんだ」
 確かに、ここ数日は最後の追い込みのようにやるべきことが次々湧いて出てきたものだから、忘れていた。この高い山々にも、花が咲き誇る季節がある。黄色、白、薄い紫色、緑の草の合間に咲く花々を、昇り始めた陽の光が洗っていく。瞬きするのも忘れていた私の目元に、少し冷たい指先が触れた。
「赤くなってる」
 ホークアイは心配そうに眉根を寄せる。私が泣いていたことも、なぜ泣いていたかもこの人は全部わかっている。
「もっとちゃんと、冷やしたりできればよかったんですけど……慌てていて」
「うん」
……大丈夫です。もう大丈夫。あなたがこうして来てくれたから」
 うまく笑えたかはわからない。でも、作り笑いなんかじゃなく本当に、唇が綻んだ。ホークアイは私の前に回り込んで両手を取り、箱庭のような草原の中を導いていく。決して足場がいいわけでもないのに、危なげなく後ろ向きに歩いていくのはさすが、器用な彼らしい。
「そんなに可愛いこと言われちゃうとなぁ。連れて帰りたくなる」
「もう、いつもそんなこと言って」
「結構本気なんだぜ? ……そんなことできないっていうのも、ちゃんとわかってるけど」
 花々の真ん中で足が止まった。穏やかに私を見つめる表情は変わらない。けど、真正面から噛み合う視線は甘やかなばかりではない気がした。
「ホークアイ、あの、……どうか、したんですか?」
「連れてなんていけないってのはわかってるんだ、痛い程ね。でも、キミがこんなになるまで泣き腫らしてるってのに、そばにいられないのはもう嫌なんだよ」
……そんなに腫れてるかしら」
 思わず目尻に伸ばした指を、ホークアイの手が包むように遮った。
「大丈夫大丈夫。ちょっと物憂げな美人ってのもまたいいもんだよ」
「やっぱり……瞼が腫れぼったい感じがしていて……こんな顔、みんなに見せられないわ」
「オレに見られるのはいいの? じゃなくて、もう、なんか締まらないなぁ」
「ごめんなさい」
 話の腰を折ったのは私だろう。二人揃ってクスクス笑って、今度は私が彼の手を両手で握った。
「大事な話、なんですか?」
「うん。すごく大事」
 いつでも山を吹き下ろす風は、今は穏やかに花と草はらを揺らしている。ホークアイが小さく息をついた。
……キミが辛い思いをしてるときに、そばで見守ることすらできない。オレはさ、いちナバールの民ってだけで王女様に見合うような立場じゃ全然ないよ。でも、一番近くでキミを支えたいし、できると思ってる。……これ、オレの自惚れってだけじゃないだろ?」
「もちろん、……もちろんです。私は、あなたがいるから、……
 この人がいるから、生きていてくれるから、遠くにいても私を思ってくれていると信じられるから、私は王女としての役割から逃げずにいられる。国を、この国に住む人々を守るために力を使い果たしていたって、私は私を見失わないでいられる。そのくらい、これはもう依存だと言ってもいいくらい、彼に寄りかかっている自覚はあった。そこまではとても言葉にできず、ホークアイの手を祈るように握りしめると、彼は目だけで微笑んだ。
「ずっとそばにいさせてほしい。もう、一人で泣かせたくない。……これから言うこと、この場での思いつきとか勢いとかじゃないから」
 息を吸う音。風に紛れるそれすら聞き漏らしたくなくて耳を澄ます。
「結婚、してほしい」
 その言葉は確かに耳に届いて、私の頭の働きをすっかり止めてしまった。何も言わないのは、返事もせず固まっているのは流石によくない、そう焦る自分もどこかにいるのに、口も喉も動かない。返事なんて、答えなんて、私の望みなんて一つしかない。けれど。ただ見つめ返すことしかできない私に、ホークアイは明るい調子で続ける。
「今すぐってことじゃないし、だからって具体的にいつかってのも決められないけどさ、でも、……約束が欲しくなったんだ。今まではそれも、……例えオレ達の間だけの約束でも、しない方がいいって思ってた。キミを縛ることになるから」
 彼の目も表情も声も、握られたままでいてくれる優しい手も。彼は彼の全部で、私から見て取れる全てを使って伝えてくれる。私のことが好きだって、愛おしんでくれているって。喉がひくついて、勝手にしゃくりあげる。頬にぬるい涙が一筋流れた。
……困らせるってのは、わかってたんだけどね」
 首を振る。そうじゃなくて、やっぱり私が悪い。開こうとしただけでわななく唇を無理やり動かす。
「わ、私……いいんですか? だって、私、」
 あなた一人を選べない。
 絞り出したひどい涙声は、後から溢れた嗚咽に飲み込まれた。私はなんて薄情で、自分勝手なんだろう。この人はこんなにも私だけ見てくれているのに、同じものは返せない。だって私はこの身も心も、そのほとんどを国のために費やしてしまっているから。私は全然気の利いた性質ではなくて、一度にこなせることは一つしかないし、欲張ればきっと全てを取り落としてしまう。もう枯れたはずだった涙が視界を曇らせるから、何度も瞬きをした。この人から目を逸らしたくなかった。夜が似合う人だけど、朝日にきらきら照らされていたってこんなに綺麗だ。
 もしかしたらと怯えていた落胆のため息も、批難めいた言葉もない。彼は頷いて、私の頬を指で拭った。
「いいんだよ。いいに決まってる。だって、そういうキミを好きになったんだから。いつでも誰かのためにって肩肘はって、ちょっとやりすぎなくらい頑張っちゃう子が、甘やかして安心させてあげるとものすごーく可愛い顔で笑ってくれるんだよ? それもオレだけにってのがミソなんだよなぁ、好きになっちゃってもしょうがないでしょ」
 ね、とおどけてみせるのがおかしくて、思わず吹き出してしまった。目に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。目尻を撫でていた彼の手が私の背に回る。抱き寄せられて、額同士がこつんと軽くぶつかった。
「もう一回言うから、次は返事をくれる?」
……ええ。でも、なんだか緊張します」
「オレ達だけの口約束みたいなもんなのに?」
「それでも、大事なことです」
「うん。口約束でも、したからには守ろうとしてくれるだろ? ……こういうのも付け込んでるっていうのかな?」
「いいんです、付け込んでも縛っても。私がそうしてほしいんです」
 そうでもないと、きっと踏み切れない。けれど、彼に絆されたのでもおもねっているのでもなくて、私の気持ちもちゃんと同じ方を向いていると伝えたかった。ホークアイはそのよく動く唇をふっと閉じた。黄金色の瞳に映る自分の姿までも見えるような距離にいることに今更気づいて頬が熱くなる。もう一度彼が口を開くまでのほんの短い時間、焦りと期待が入り混じってちりちりと胸を焦がす。
……いつになるかはわからないけど、約束してほしい。オレと、結婚してください」
 すぐ頷こうとして、うまく声が出せなかった。私の背を抱く腕は温かい。この腕を払いのけて一人きりで立つのは、きっと私にはできない。弱くて未熟で、でもこれも私なんだから仕方がない。そうやって飲み込んでしまったら、急に喉がいうことをきくようになった。
「私も、ずっとあなたのそばにいたいです。辛いときも、……助けてもらうだけじゃなくて、私だってあなたの力になりたい。それに、嬉しいことがあったときもあなたに一番に聞いてほしい。仕事がうまくいったとか、美味しいものを食べたとか、そういう小さいことばっかりなんですけど、あなたが隣にいたらいいのにって、いつも思うんです。私も、……これから先一緒に生きていく約束をするなら、あなたがいい」
……本当?」
「はい」
「本当に本当?」
「本当です」
「やった!」
 そう叫んで、彼はいきなり私を抱き上げた。小さな子供にするように高く掲げてぶんと振り回され、咄嗟に彼の肩に手をつく。
「えっ、ちょ、ホークアイ! 私、重たいですから!」
「だーいじょうぶだって全然軽いよ羽が生えてるみたい」
「嘘!」
「嘘かも」
「きゃっ!?」
 わざとらしくよろけたホークアイと一緒に地面に倒れ込んだ。彼がうまく庇ってくれたから私は全然痛くない。慌てて確かめると、彼もどこか痛めたような様子はまるでなかった。
 向き合って地面に寝転んで、花に埋もれた彼が笑う。息をのんだ。こんな、心の底から溢れたみたいな素直な笑い方をするのは初めて見たかもしれない。
「やっぱり、こういう話をするなら花がいるだろ? 花束だとすればかなりの大きさじゃないかなぁ。キミんちのだってのがいまいちカッコつかないけどさ」
「いいえ、……嬉しいです。これだけ綺麗に咲く場所があるなんて、知らなかった」
「探した甲斐があった」
 彼の手が私の頬に触れ、指先が目尻を拭った。瞬きをすると、流れきらなかった最後の涙がまぶたの隙間に滲んだ。
「昨日のこともさ、気にすることないよ」
「でも、……
「本当に。こっちとしては、キミがあの場にみんなを引きずり出してくれただけで大収穫。会って話ができて、しかもあんだけ本音をぶちまけてくれたんだから、交渉のとっかかりは十分掴めてるよ」
「そう、なんでしょうか?」
 昨日の皆の剣幕を思うと、もう一度彼らと会う気になるとはとても思えない。けれど、ホークアイはけろりと言ってのける。
「キミの国の人達のことだから、やっぱりみんな真面目だろ? 昨日はやり過ぎたとか後悔してる人もまあまあいるだろうからそこから崩せばいい。見てなよ、うちのボスは結構な人たらしなんだぜ。もう一回会えばキミのとこの気難しそうなおじさん達みんな、十年来の親友かってくらい気を許すようになるから」
 にわかには信じがたいが、そうなのかもしれない。大きな衝突から和解することで信頼関係を構築するなんていうのも十分あり得る話のような気もする。彼の故郷の仲間達が人の懐に入り込むのが上手なのは私もよく知っていることだ。
……じゃあ私の仕事は、城のみんなの罪悪感に付け込んで、もう一回会ってもいいって言質をとることですね」
「付け込むってのはこの場合言い方がよくないなぁ。訴えかけるとか頼み込むとか、心を痛めてますってアピールして泣き落とすとか」
「ああ、そういう手もありますね」
「この系統が一番効果的かもね。変な入れ知恵しちゃったかな」
「そうですよ。私、あなたの真似をしているうちにどんどん悪い人になっちゃいます」
「それは、ますます責任取らないと」
「はい、お願いします」
 頬を撫でる風が心地よくて、私はごろんと向きを変えて仰向けに寝そべった。明け方の空は透き通るような水色で、手を伸ばせばひたせそうだ。
「私、もっともっと頑張りますね。ナバールとの和平のこともそうだけれど、その先もずっと。それで、ローラントが今よりもっと豊かになって、エリオットも大人になって私の助けがいらなくなったら、……私のことを知っている人が誰もいないところに行きたいです」
「オレも一緒に行っていいやつだよね?」
「もちろんですよ。一人で家出させないでください」
「どういうところがいいとかって希望ある? やっぱり山?」
「それもいいけど……海の見える場所がいいです」
「候補が多すぎるなぁ」
「探しましょう。ここがいいってピンとくる場所が必ずありますよ」
「うん」
 そっと触れ合った手はいつの間にか指同士が絡んで、しっかりと握り合っていた。とくとくといつもより早く脈打つ心臓の音に、心地よく身を委ねる。この人のことがこんなに好きなのに、今日もまた恋をしている。それが、たまらなく嬉しかった。