kanaco
2026-06-21 15:33:17
4009文字
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【十二信】最速で終わらせてきます。

《十二信》成立済の十二信。夜泣き、配電トラブル、電気泥棒。今日も城砦は忙しい。そんな中でも、恋人とイチャイチャする時間はしっかり確保したい副会長と坊ちゃんのおはなし。

 心地よい風が吹く、日差しもまだ柔らかな午前。
 
 十二はいつもより少し早めに城砦を訪れた。仕事は夕方からなのでヒマがある。架勢堂からの届け物ついでに顔を見ようと信一を探すことにしたのだ。ところが部屋にも理髪店にもいない。パトロールの時間には早いはずだし……、と首を傾げているうちに、信一が帳簿を書くためによく使う空き部屋のドアが、少し開いているのを目にした。

 ひょいと首を覗かせると、予想の通り信一がそこにいた。部屋の中央に置かれている机には、見開きになったままの帳簿と、信一が領収書入れとして使用しているお菓子の缶がある。ボールペンは無造作に転がっているから、使用していたのだろう。

 しかし。

 十二は目をパチパチとさせた。

 帳簿はあるが信一は椅子にいなかった。左奥にあるソファに目を移すと、そこに横たわっているのが見える。顔が十二の方を向いていたので、寝ているのが分かった。十二は少しだけ考えると、抜き足差し足忍び足。音どころか気配も押し殺し、ソファへと近寄った。ひょいと屈んで体勢を低くすると、目を閉じたままの信一の顔をのぞきこむ。

 十二は猫のような目を見開いて、瞬きもせずにジーっと信一の顔を見つめた。時計の音がカチカチと小さくなっているのが聞こえる。あとは信一のくぅくぅという寝息だけ。

 やがて十二は無言を貫いたまま、ゆっくり慎重に右手をのばした。人差し指と中指の腹が信一の目元へ届きそうになった時。

「十二」

 寝ているはずの恋人から名を呼ばれて、十二はピタリと動きを止めた。そのまま静止をしていると、信一の瞳がゆっくりと開く。十二の消した気配を敏感に感じ取って起きたのか、本当は初めから眠っていなかったのか。いずれにしても信一が目を開けたのを確認した十二は再び動き出すと、信一の目元にそっと指の腹を置いた。

「すげぇ、クマ」

 薄い皮膚の下の、青い色。血行不良であろうそれを軽く撫でるように指をスライドさせ、そのまま翻すと手の甲を当てるように頬まで滑らせた。信一が目を細めてスリッと自らも押し当ててくる。

(かわいい)

 こういう時は、信一はネコみたいだと思うことが十二にはある。

 好意を向ける相手へ嬉しそうに尻尾を振る犬っぽさは、信一の印象で最も代表的なものだ。しかしその人懐っこさや従順さを受ける相手は、信一自身によって明確に選別されている。十二は自分がその対象ではないことを理解していた。なぜなら信一の心に従って、もっと気まぐれで、もっと遠慮がないはずなのだ。「甘えたい」ではなく「甘えさせろ」と言わんばかりの乱暴さがそこには現れる。十二はそれが嫌ではなかった。

 「なに?このクマ」

 髪を崩さないよう優しく頭をなでてやり、いつもよりも声を潜めて問う。信一は気持ちが良さそうな表情をして、うっすらと口元を緩めた。

「昨日、赤ちゃんの夜泣きが凄くてさ。相手してたからあんまり寝てなくて」
「は?」

 十二はまた手の動きをピタッと止めた。信一と、赤ん坊と、夜泣き、という新しい情報が咀嚼できずに目を丸くすると、眉を寄せながら「うーん」と唸り首を捻った。そうして数秒の間考え込んだ十二は、その様子を黙って見ている信一に対し、至って真面目な表情を返した。

「お前、いつのまに俺の子生んだの?」
「んなわけねーだろ」

 間髪入れずに否定を入れてきたのは、予想していたからなのか、ただの反射的なものなのか。十二はクワッと目を見開いた。
 
「まさか……他の男とのとか言わねぇよな?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「そうだよな。じゃぁ、俺じゃん」
「お前の子なら、俺が赤ん坊の夜泣きを一人で背負うわけないだろ」
「まかせろ。認知する準備は万全だぜ」
「坊ちゃん、生物学を一から勉強してこいよ」
「だって、万が一ならできそうなくらい、注いでるつもりだからさぁ……いってぇっ!」
 
 わざとらしく信一の腹を右手でサワサワと撫でると、強烈なデコピンが襲ってきた。可愛げの全くない痛みが額に炸裂し、十二は思わず声を上げて両手でその場所を押さえた。腫れても陥没もしていないことに安堵して、不満そうに口を尖らせる。
 
「じゃぁ、なんで信一が赤ん坊の夜泣きで寝不足になるんだよ」
「黃さんって分かる?」
「誰だっけ?」
「ちょっと前から東棟に住み始めた若いお母さん」
「会ったことねぇな」
「子育てにけっこう参っててさ」
「旦那は?」
「さぁ。今は1歳くらいの赤ん坊を抱えて、一人で暮らしてる」

 ふぅん、と十二は言った。城砦に住み込む人間の大半は、ワケありだ。九龍城砦の主である龍捲風とその右腕である信一はそれなりに把握をしているだろう。いることを許可しているのだから、九龍城砦福祉委員会のテリトリーだ。

 ……だとしても。

「お前が一晩中、つきあってんの?」
「かなり鬼気迫ってる感じだったから、急遽って感じ。少し休ませねぇと危ないなって思ってさ」
「周りの住人は?」
「そのお母さんが人付き合いに引き腰なんだよな。それにあんまり広東語が上手くないんだよ。希望通りの階に住ませたんだけど、そこ周りは空き部屋が多くてさ。だから強制的に棟を変えさせようかと思って。そういうの得意な住民が住んでる方にさ。そう兄貴に相談してるんだけど」
「ご親切なこったな」
「なんか、赤ん坊が俺に懐いてんだよな。連れ出してもニコニコしてて」
「でも夜泣くわけ?」
「赤ん坊の習性だろ、そこは」

 信一が何でもないように言った後、またウトウトし始めた。それを見た十二は溜息をつきたくなって、グッと飲み込んだ。赤ん坊の夜泣きの如く、信一の世話焼きは習性だ。自分だってそれに助けられた経験がある以上、その赤ん坊や母親、ましてや信一に苦言を言うのは気が引けた。十二は一度キョロっと目を動かした後、信一の頬を突いて恋人の意識を引き戻した。

「それ、まだやんの?」
「それって?」
「夜泣きお守りの代行」
「まぁ、良い感じに場がまとまるまでは。間は空けるけど、あと1、2回は様子みるかな」
「じゃぁ、次やる時は俺も呼べよ」
「マジ?」
「交代でやれば、お互いいくらかは睡眠時間確保できるだろ」
「そうだけど」
「俺がいれば、車だって出せるし」
「何それ」
「前に夜街の姐さんが、一時間泣き止まなかった子がドライブ行ったらすぐ寝たとか言ってた気がする」
「へぇ。子供によるだろうけど、切れるカードの手数が増えるのはいいな」
「人んちの子を勝手に連れ出していいかは、何とも言えねぇけど」
「まぁ、そこは俺たち黒社会だしさ」
「余計ダメだろ、ソレ」

 真面目腐った顔で言葉を応酬し一度途切れたところで、二人は同時に吹き出した。

 なんとも心地が良い、好ましい空気感が流れていた。好きが溢れている、などと言葉にするのは恥ずかしい。それでもずっと浸っていたいような穏やかさは、自分たちの関係が親友や兄弟から恋人へとアップデートしてから、徐々に増えてきた時間だった。

 やがて、信一がチラリと柱時計を見た。空気を変えるようなその動きを追って十二は振り返る。

「どうした?」
「10:30から、李さんところの配電を確認する約束してる」
「李のばぁちゃんのとこ、電気がつかねぇの?つか、前も無かった?」
「誰か盗ったかな」
「ったく、しょうがねぇなぁ」
 
 十二はしゃがんで下ろしていた腰を上げた。今度は信一の目が十二の動きを追う。十二は信一の頭をポンポンと軽く叩いた。

「お前、こんなとこで寝てないで部屋戻れよ。体ガチガチになるぞ」
……起きるし」
「いいよ。俺が代わりに行くから。一時間もあれば終わるだろ」

 十二がそう言ったのを、信一が思案するような表情で見つめた。それに気がついた十二は、信一が喋りだすのを待ちながら信一の髪を梳く。少しして信一は「お前も行ってくれると言うなら……」と口を開いた。
 
「それなら二人で行った方が、解決早いかもな。そっちの方がよくない?」
「急いでんの?」

 十二が不思議そうな顔をすると、信一が腕をのばした。

 自分の髪を遊んでいた十二の腕をやんわりつかむ。眠いためか、いつもより少しだけ高い体温がじんわりと伝わってくるのを十二が感じていると、信一がクイっと軽く引っ張った。十二は信一の顔を見た。あざとい上目遣いの中に甘ったるい渦が巻いていた。端正で美しい顔に、自分しか見たことのない甘さが滲む。十二はコクリと喉を鳴らした。信一の方は少し照れたように笑って、誘うように言った。
 
「そうしたら、イチャイチャする時間、もう少し増えるじゃん」

 十二は一瞬だけ思考を停止し、体の底から湧き上がってくるようなカッとする熱さを感じて、堪えるようにキュっと口を一文字に結んだ。

 何だよそれ、マジ可愛すぎるだろ。
 俺のこと大好きかよ、反則だろ、すげぇ触りてぇ。

 こみ上げる感情を抑えつけるのに、急に体をギクシャクさせ始めた十二を、信一がイタズラっぽく見つめてくる。それを見た十二はまたグッと息を詰めると、腰に両手を当てて仁王立ちし、決意したように言った。

「やっぱ、お前先に戻って寝てろ」
「へ?」
「少しでも体力を回復しとけ」
「ん?」
「最速で終わらせてくる」
「お?」
「それで、二人目作るぞ」

 大真面目な顔で宣言をすれば。


 いやいや、一人目できてねぇよ。
 つか、できねぇよ。俺、男だぞ。
 あと今、真昼間だぜ?


 そんな呆れたようなツッコミと、クッションが暴走気味に飛んでくるかと思った十二は。

「ふふ。待ってる」

 信一がそう機嫌良さそうに言って笑ったので、一刻も早く戻るためにドアを飛び出していったのだった。