山茶花
2026-06-21 13:21:48
4864文字
Public [シルデュ]サイト限定(健全)
 

夕凪の片隅【269SK069】

応えられない話/シル←デュ/4600字程度


 しとしと、ざあざあと。窓の外に雨音が降りそそぐ、図書室の中。
 課題が終わらないと勉強をしにきたデュースと、似たような理由でここへ来た俺はふたり、机を挟んでそれぞれの課題に向き合っている。
 俺は。ふと、視線を上げると。ばちりとデュースと目が合ってしまって。ふっ、と。耳まで顔を赤くして、逸らされるのに気づいた。
 ……だけど。俺は、それに気づかないふりをする。
 いつからか。あいつの視線が、呼吸が。細かく俺を追っていることに、気づいてしまっているから。
 デュースの肩は、いつもより、力が入り、強張っているように見えた。教科書を見ているはずなのに。あいつの視線がときどき、俺の顔や手元に泳いでいくのを、知っている。
 隠せていると、思っているのだろうか。でも、耳まで真っ赤だ。
 ここらで俺が少し、身体を起こして。「見ていたか」なんて聞けば。きっと、あいつはまた、息を詰まらせて。大慌てして。それで、……なんと、言うのだろうか。
 俺は、その健気な想いに応えて、あいつの身体を、抱きしめてやれば、いいのだろうか。だが。
 俺のような、まだ、彼とどうやってか歩む道も定まらないような奴が。彼のあの、まっすぐな好意を、傷つけずに受け止め切れるだろうか。
 その自信が、今の俺には、まだ、ない。
 だから今日も、バレバレな彼の想いには、気づかないフリをして。
「デュース。……勉強は、順調か? 困っていることは、ないか?」
 なんて。ただの、何も知らない先輩のフリをして。同窓の友人として、声をかけてやることしかできないんだ。

 また、別の日。夕焼けの照らす帰り道で。デュースが、部活終わりの俺に、良かったら途中まで一緒に帰りませんか、と声をかけてきた。……きっと、勇気を出したのだろうな。その想いに応えないほど、俺は無粋ではないと。かまわない、と頷いた。
 その中でした、何気ない会話。
「もっと強くて、誰からも頼られるような立派な魔法士になって、それで、警察官になって。母さんを早く、安心させてやりたいんです」
 という将来の夢や。でも、今日も課題が終わんなくて大変で、という。一生懸命な彼の話を聞く。
 俺は、それを聞いて。デュースという存在に、眩しさのようなものを覚えている。それと、同時に。……俺は、彼と歩んでいける未来はあるのかと、心のうちに、自問自答をする。俺は、将来。茨の谷で、マレウス様の側近として。近衛兵として、騎士のひとりとして、主君のため仕え、やっていきたくて。
 その使命は、俺の人生の中で最も重いもののひとつで。
 だから……傍で同じような人生を歩める別の誰かのように、デュースと一緒にいてやれるかは、分からなくて。こんな俺が、デュースの持つまっすぐな光を、遮っていいはずもなくて。
 ……ああ。デュースは、楽しそうに喋っているな。だが、無意識にだろうか。彼は、俺の半歩後ろを歩こうとする。並んで歩けば、きっと。俺の顔が見えて、緊張してしまうんだろうな。……可愛らしいな。
 俺がそんなデュースに合わせて歩幅を緩めると、デュースは慌ててまた、半歩下がる。そんなに俺の隣が怖いか、とからかって笑いたくなってしまうが。
 その、恋心を必死に隠そうとする健気さが、たまらなく愛おしくて。同時に、俺の胸をひどく締め付ける。
「シルバー、先輩?」
 少しだけ勇気を出して、覗き込んできた瞳には。俺への憧れと、微熱のような熱さが、隠しきれずあふれている。
 ……応えたい。応えて、やりたいな。だが。今、俺がその手をぎゅうと握り返してしまえば。孔雀色の瞳に描かれた、きれいな世界を。俺の色で、塗りつぶしてしまう気がして。
……なんでもない、大丈夫だ」
 と。いつものように、少し眠たげな声を。演じることしかできないんだ。
 
 それから、また別の日。
 昼休み、中庭でうたた寝をしていると。デュースが、そんな俺の顔を覗き込んできたようだった。……近いな。どうやら、完全に寝ていると思われているようだ。
 デュースが息を殺して、俺の顔の近くまで、しゃがみこんだ気配がする。
 なんだか切なげな、熱い視線と。吐息を、間近に感じる。
 触れるか触れないかのような距離で、俺の前髪に、デュースの指先が掠めた。デュースの、あいつの。小さく震える吐息が、わずかに肌へかかる。
「シルバー、先輩。僕、あの……先輩のことが、なんて……はは。駄目だよな……先輩の、邪魔しちゃ……
……今、お前は。どんな顔で、俺のことを見ているのだろうな)
 今、この目を開けて。その身体を抱きしめてしまえば、どんなに楽か。
「俺も、お前のことが気になって、」と。言ってしまえばいい。
 だが。もし、俺が今このとき、目覚めていることを知られたら。
 デュースは、自分のその小さな恋が暴かれた恐怖で、二度と俺の目の前に現れてはくれないかもしれない。
 彼の「秘密の恋」を、守ってやるために。俺は、重い目蓋を閉じたまま。
 規則正しい寝息を、立て続ける。
「シルバー、先輩……
 小さく呟かれた、俺の名前。その声を、噛み締めながら。
 俺は。ただ静かに。眠ったふりを続ける。続けて。……本当に、意識を手放した。

 結局、今日も気づかないフリをしたままで。ただの、良き同窓の友人であり、良き先輩として。今日も俺は、何もなかったふりをして、デュースへとほほ笑みかける。デュースはそれを受けて、ホッと安堵したような、だが少しばかり淋し気な顔で笑う。
(もうしばらく、このままでいよう。……彼に他に、好きな人ができたり。別の道を、選んだり。お前を幸せにできるかも、分からない俺が。お前に、下手に手を伸ばしたりしてしまう前に)
 俺が、そんな決意をした、その翌日から。なんだか、少し。デュースの様子が、変わっていった。

 デュースは、何故か。俺と、距離を取り始めるようになった。
 図書室で相席をいいかと尋ねても、それじゃあ僕退きますね、と。
 そそくさと、どこかへ行ってしまったり。
 挨拶のついでに頭を撫でようとすると、すっと避けられてしまったり。
 部活帰り、一緒に帰るかと尋ねると、僕急ぐので、と、そっけなく断られたり。
 ……何故だろうか、と。俺は、思った。
 他に、好きな人でも出来たのだろうか。それにしては、まだ。
 まだ、ふとしたときに俺を見つめる、デュースの目は。熱を持っている。

 俺は。それが、淋しくて。自分が想定していたよりもずっと早く、覚悟もできる前にデュースを失ってしまいそうなその喪失感がすぐ傍に来ていることに、足元がぐらついて。

 待て、行くな、と。行かないでくれ、と。
 ずっと、自分の胸の奥にあった想いが、俺から離れて行こうとするデュースの、不器用で淋し気な背中に、手を伸ばして。

 ようやく、気づいたんだ。俺は、ああ、デュースを、彼を手放す気なんて、さらさら――

 デュースは、そんな感情の整理もつかない日々の中、放課後の校舎裏に俺を呼び出し。
「あの、シルバー先輩。僕、聞いてほしいことがあるんです」と。
 覚悟を決めたような顔で、俺に向き合うんだ。
 まるで。
「今日でこの想いに決着をつけよう、すべて諦めよう」と。
 そんな覚悟を決めた、諦念を含んだような表情で。
……聞いてほしいこと、か。分かった。だが……俺も、お前に、言いたいことがある。だから……
 それを聞くまでは、逃げないでほしい。と、俺が言うと。
 デュースは、はい、分かりました、と頷く。
 では、と俺が続きの言葉を促す。
……デュース。お前の方からで、かまわない。話して、みてくれ」
「はっ、はい。実は、僕、その……っ!」
 デュースは、深呼吸して。胸を押さえて。それで、言う。
「実は、僕、……シルバー先輩のことが、好きで! でも……
 先輩はそんな気なんてないの分かってて、だけど、どんどん好きになってって、だから。これ以上好きになったら先輩に迷惑だって、そう思うから、だから、ちょっと距離を置きたくて、と。
 デュースは、そんな残酷なことを、俺に捲し立てる。
 俺は。それを、受けて。
……分かった。だが、俺も、言いたいことがある、デュース」
「はっ、はい! ……なんでしょうかっ!!」
 デュースは、やっと言えたぞ、という達成感ばかりに満ちているのか。
 俺からの返事など、さしも気にしていないようだった。
 だから、俺は。デュースのことを、とうとう、抱きしめた。
 この両手で、ついに、抱きしめた。デュースが、もう俺から離れないように。逃げていかないように。
「へっ!? あ、あの、先輩……!?」
……デュース。お前の想いに、俺が、気づいていないとでも、思ったのか」
「へ、え!? し、知ってた、んですか!?」
……ずっと、ずっと知っていた。だけど、俺は。ずるくて、弱い、から。知っていて、答えを出すことから、逃げていた。お前のことを、幸せに出来る、ちゃんと幸せにしてやれると、言い切れる自信が、なくて」
 本当は、ずっと応えたかった。ずっと、手を握って、抱きしめて。
 頭を撫でて。俺もお前が、と。何度も言ってやりたかったのに。
「俺は、俺にも夢があって。お前にも、夢があって。だから、たくさんのことを、乗り越えなくてはならない、と。そう、思って。お前の想いに応えることを、諦めようと、してしまっていた」
 だけど、お前が離れていこうとするのを見て、気づいた。
 俺は。
 ……それじゃ、嫌なんだ、と。
「お前に、傍にいてほしい。他の人のものになど、ならないでほしい。ずっと、その熱い目で、俺のことを見つめていてほしい……!」
 俺もお前のことが、好きなんだ、デュース、と。
 俺が、そこまで言葉にすると。デュースは。赤い頬で、はー、と。惚けてしまっていて。
「デュー、ス? やはり、こんな情けない俺の想いなど……いらないということ、だろうか……
 そんな早とちりをしかけると、デュースは慌てて俺を止めた。
「ちっ、違いますよ! ただ、まさか、こんな……先輩が、そんな風に思ってくれてたなんて、思わなくて、びっくりして、嬉しくて……ただ……
……そうか」
 俺は、頷いて。そうして、確かめる。
「だから、その。お前の想いは、迷惑などでは、ない。……距離を置く、というのは、」
 撤回してもらえたらと思うんだが、と俺が言うと。デュースは、そ、そうですね、と。ぎこちなく頷いた。
……デュース。その。俺は……
 ずっと気づいていたのに、長いこと応えてやれなくてすまなかった、と。
 そう謝ると。デュースは、だ、大丈夫です、ってかそんなに僕バレバレだったんですか、と慌ててみせた。
「ああ。……俺のことが好きなのだな、と、いつでも伝わってきて。とても、可愛らしかった」
「うわあ、恥ずい……! 先輩にはバレてないと思ってたのに……!!」
……あんなに赤くなっておいて、それは無理だというものだ。俺も、お前のことを見ていたのだから」
「うう……
 こそばゆくて恥ずかしい雰囲気の中。会話をしていると。小雨が降り出してきてしまったので。教室棟の中へ戻ろうか、と。そっと手を差し出せば。
 デュースは、はい、と。俺の手に、そっと自分のものを重ねる。
 俺は、ああようやくこの手を握り返してやれるのだな、と。
 嬉しく思って。その手を、ぎゅっと強く握った。
 もう、うっかり離さないように。離そうと、してしまわないように。
 ぎゅっと握って。デュースを、連れていった。
 夕凪の片隅に溶かしてきた想いを。これからは、デュース自身に向けて、与えられるように、与えていけるように、と。
 そんなことを、今はただ、切に祈りながら。少し汗ばんだ手で、同じように熱い、デュースの手を引いた。

*おしまい