shiroyakei
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旅行/ピクニック

オロイフツーウィークドロライ

第21回『ピクニック』
第25回『旅行』

 フォンテーヌ・ヴィザリ回廊。アルジャントーへの“取り調べ”が終了した後、リオセスリはひとつ溜息をついた。
「そしてあんたらは……はぁ、本来ならパレ・メルモニアに行って、秘密保持契約にサインしてもらわないといけないんだがこれがまた手間でな
「めんどうだ、きょうだい!」
「ほら、カクークも手間だとさ。というわけで、あんたらは旅人の友達だから
「分かってるさ、きょうだい。俺たちは巻き込まれただけで、この件とはもともと無関係だ。旅人に迷惑がかからないよう、黙っとく」
「ああ、口を固く閉じないと、セメントで塗り固めて海の底に沈められるとか。僕も黙っておこう」
……全然違うが。ま、そう理解してもらっても構わないか。とにかく、ご協力感謝する。せっかくナタからはるばる我がフォンテーヌに来てくれたってのに、面倒なことに巻き込んでしまってすまない。じゃ、これからはゆっくり観光を楽しんでくれ」
 じゃあな、と言いかけたリオセスリに待ったをかけるように、オロルンが口を開いた。
「それじゃあ、協力した対価をもらわないとな」
「はあ? おいオロルン、何言ってんだ。お前は変に映影の受け売りをして、混乱させまくっただけじゃないか」
「なにいってんだ、きょうだい!」
 冗談なのか真剣な要望なのか判別できないオロルンの表情にイファは慌てた。カクークもイファに同意して繰り返す。
“パレ・メルモニアの職員”と名乗った男の話術や立ち振る舞い。戦闘慣れしていそうな体格と首元の傷跡。海の底のように暗く深く静かで、しかし隙を見せれば人を引きずり込みそうなオーラ。そして彼が背中に預けている氷元素の神の目。明らかにただの“職員”ではなさそうなのに、どうしてこう隣の男は、恐怖もなく危険そうな場所へ首を突っ込んでいってしまうのか。
「ほう……?」
「すまない、きょうだい……こいつのことは無視してもらっていいから」
「別に構わないさ。オロルン。聞こうじゃないか。何が望みだ」
 くく、と余裕そうに肩を上下に揺らしてオロルンに問うリオセスリに、イファは内心大汗をかいた。なんせこのきょうだいは初めての海外旅行で浮足立ち、興奮のあまり暴走気味なのだ。何を言い出すのかわからない。そう身構えていたのに、オロルンから返ってきた言葉は突拍子もないものだった。
「フォンテーヌのおすすめのスポットを教えてくれないか」
 オロルンのひょうひょうとした言い方に、リオセスリは一瞬驚いて、噴き出した。
……ふ、あっはっは! ずいぶん面白い要求じゃないか、オロルン。いいぞ。その“要求”に応えてやるさ」
「助かるよ。僕たちはフォンテーヌに来てからまともに外に出ていないんだ。ずっとホテルの部屋で映影を見ていたからな」
「ほう。ずっとホテルで映影を……遠路はるばるナタからフォンテーヌに来たっていうのに、ずいぶんと面白い過ごし方をしているじゃないか。……それなら、アクティビティはどうだ。釣りとかいいと思うんだが」
「釣りか、確かにいい考えだ」
 リオセスリはオロルンに向けていた視線をイファにやると、ふ、と視線と口角が少し緩んだ。その意味ありげな行動にイファは少し驚いたが、リオセスリは気にもしないというように続ける。
「釣りはいいぞ。俺も“友人”と先日釣りに出掛けたんだ。フォンテーヌは水源が豊富だし、きっとナタでは見られない生き物も観察できるだろう。そうだな……ポートマルコット辺りに行けば楽しめるんじゃないか? ナヴィア線に乗っていけばすぐ着くさ」
「そうなのか! 行ってみよう、イファ、カクーク」
「いい旅になるといいな。ランチボックスはこのフォンテーヌ廷のヴィザリ回廊で買っていくといいさ」
「親切にありがとう。すごく助かるよ。イファ、カクーク。まずはヴィザリ回廊へ行こう」
「ああ、ありがとう。えっと……
「ありがとう、友よ!」
「カクークお前いつの間に新しい言葉を覚えたのか」
「ハハッ!」
 カクークが空中でくるりと一回転をすると、リオセスリが嬉しそうに微笑んだ。しばらく会っていないうちに、ふたりはいい友人になっていたらしい。
「それじゃあ、僕たちはこれで。イファ、カクーク。行こう」



「はあ……まじで何を言い出すのかと思ったぜ……ひやひやさせるなよ、まったく」
「どうしてだ? 現地に住んでいる人がその土地に詳しいのは当たり前じゃないか」
 ヴィザリ回廊のカフェ・リュテスで購入したランチボックスと、テイクアウトのコーヒーを持ちながら、イファはナヴィア船の向かいの席に座るオロルンを見た。ランチバスケットの中に入っているサンドイッチ、デザートとして買ったプクプクシュークリームや晶螺マドレーヌ。それらを狙っているであろうカクークがバスケットをつついた。それをたしなめながら、イファは続ける。
「前振りが突拍子もなさ過ぎたんだよ。いい加減映影に引っぱられるのはやめろって」
「快く教えてくれたんだからいいじゃないか」
「あのなあ……
「ハハッ!」
「ほら、イファ。ポートマルコットに着いたみたいだ」
 イファが顔をあげると、そこには見上げるような高い山林と、穏やかな水辺の景色が広がっていた。たくさんの人々でにぎわい、機械の音が響く華やかなフォンテーヌ廷の喧騒から少し離れたそこは、木々の揺れる音、噴水のせせらぎ、そしてわずかな人々の話し声しか聞こえない。時間の流れさえ緩やかになったかのような、穏やかな場所だった。
「──すごいな」
「この通りをまっすぐ行くとエピクレシス歌劇場があるみたいだ。でも今日は釣りを楽しむ日だから、また別の機会にしよう」
「ハハッ!」

 一行はエピクレシス歌劇場を横目に、石畳が整備された大通りから、人の手が入っていなさそうな小道に入った。母国とは違う土の匂い、木々の間から差し込む柔らかな木漏れ日、目の前に広がる穏やかな海。イファは深く息を吸い込み、異国の自然に目を細めた。数歩先をずんずんと進むオロルンとカクークを少したしなめながら、楽しそうな様子を見てイファも思わず笑みがほころぶ。

「イファ、あそこ」
なんだ? 何かいいものでもあったのか?」
「あそこに見慣れない植物がある」
「?」
 イファより幾分も視野が広いオロルンが、前方の何かを指さした。イファが近づこうとすると、その植物の近くにいた2羽の鳥が、空へと高く飛び立つ。
「あ、悪いことしちまったな……
「イファ。大丈夫だ。彼らはきっとこの植物のそばで愛をはぐくんでいただけで、帰る家が空だっただけだ」
「植物のそばで……?」
 とある植物の前から動こうとしないオロルンが気になって、イファもその植物を覗き込んだ。そこには海風に揺れる2つのルミドゥースベルが、見つめあうように向かいあって自生していたのだ。寄り添う恋人たちのように静かに揺れるその様子は、愛の象徴であるハート型に見えて、とても愛らしいものだった。

「これはまたずいぶんとかわいらしい花だな」
「イファ。ここでランチタイムにしよう。ちょうど下りたらすぐに桟橋があるみたいだし。釣りをしようと思えばすぐに取り掛かれそうだ」
「え、ここでか?」
「なにか不都合があるのだろうか」
「いや……ないけどさ」
「最高だな、きょうだい!」
「カクークは異論ないみたいだけど」
 オロルンはイファが持っていたランチバスケットを受け取り、おもむろに草むらに腰を落とした。それを見たカクークがイファのテンガロンハットを器用にくちばしでつかんで奪うと、オロルンの隣にハットを器用に置いて、その身を丸めて納めてしまった。ぽんぽんと隣を叩き、さあ早く座ってくれ。といいたげなオロルンの視線に、イファは根負けして隣に腰を落とした。これじゃまるで、
「昨日見た映影の恋人たちの逢瀬のようだな」
「あのなあ……はあ
「ハハッ!」
「いいじゃないか。ここにはめったに人は来なさそうだし。それに、入国してから先程までばたついていたから……『恋人』のイファと、外でこうやってゆったりと過ごすのもなんだか久しぶりな気がして、僕はうれしい」

 オロルンはイファのもみあげの髪を一房もって、彼の耳にかけてやった。褐色の耳がほんのりとピンクに染まる。花翼の集の出身で、情熱的な言葉を交わすことには慣れているはずなのに、オロルンから向けられるまっすぐな言葉には未だに照れてしまう。そんなイファがオロルンは愛おしかった。

……ランチにするんだろ。そんで日が暮れる前に釣りしようぜ」
「空は青く、海は穏やかで、これ以上ないピクニック日和だ。そして何より──隣に愛する人がいる、最高の日だ」
……だから映影の影響を受けるのはやめてくれって。お前の言葉で伝えてくれよ」
「これは映影の台詞なんかじゃない。思ったことを言っただけだ。最高の日だな、イファ」
……そうかよ」
「照れてるのか? イファ。花翼の集の男である君が」
「うるさい、バカ。早く食べるぞ、ほら」
「照れているな」
「ナッ!」
 オロルンとカクークが目を合わせてからかったのを、イファはさえぎるように声をあげる。
「おい、お前らの分のプクプクシュークリーム、俺が食べてもいいんだな」
「それは困る。僕たちは腹ペコだからな」
「やっぱ最高だな、きょうだい!」
「おいカクーク、もう食べてんのか!? こいつ!」
「ハハッ!」
 穏やかな海風に乗って、三人の笑い声が静かな海辺に響いた。