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「ペンギンさんとシャチさんってなんか夫婦みたいですね」
カップのコーヒーを両手で持って、アチチなんて言いながら海賊見習いの少年が言った。ハートの海賊団に拾われてまだ二週間。右も左もわからない、海賊のかの字のなぞり書きをしている段階だ。
ペンギンの隣で珈琲豆の在庫について話し合っていた舌先をピタリと止めて、シャチは瞬きをした。
「へ、夫婦? おれとペンギンが?」
「うん」
「ははっ、ジョーダンだろ」
「だって。お互いの良い所と悪い所、嫌というほど見てきましたーみたいな空気感があります!」
「そ、
……それだけで夫婦ってことはないだろ。幼馴染なんてこんなモンだろ」
「それだけじゃないですけど」
ええ? とシャチがまったく心外だと言うのに対して、ペンギンは先ほどまでと何ら表情を変えずコーヒーを飲んでいる。聞いているのか聞いていないのかはわからないが、恐らく興味がないだけで聞こえてはいるのだろう。
まあまあ、とそこにベポがやってきた。
「だってほら。ふたりは幼馴染だから」
「幼馴染って聞いてますけど、フツーじゃないですよ」
「コイツらの距離感は〝フツーの幼馴染〟じゃないもんな。わかるぜ」
クリオネが見習い少年の肩に肘を置いて、うんうんと一人頷いてみせた。今日はクリオネが新人担当である。
「コイツの意見はもっともだ。思い返せばみんな通った道だぜ。ズバリ、ペンギンとシャチは夫婦なのか問題」
「は、
……おいまて誰がそんな話を」
「そういえば、みんな聞いてくるね。その話」
ベポが答えれば、シャチは「そうだったの!?」とペンギンを見るが、ペンギンは「しらね」と三文字を吐いただけだった。本当にこの話題に興味がないのか、コーヒー豆を挽きはじめた。
大体さ。とクリオネは続ける。
ペンギンとシャチは誰が見ても親しそうではある。幼馴染、相棒、仲良し、おおいに結構である。
しかし。
彼らは二十七歳と二十八歳なのである。
何かを感じ取ったものは真正面からは聞きづらい。
そこで、ペンギンとシャチとは海に出る前から知り合いで、みんなの末っ子ベポが尋ねられることとなる。ペンギンとシャチは果たして〝フツーの幼馴染なのか〟と。
「ペンギンとシャチってどういう関係なのか知らないか?って聞くんだろ。ベポに」
「え?」
「そう。うん、おれはよく聞かれる! クリオネにもすっごい前に聞かれた」
「なんで」
「おまえらがそういう雰囲気だからだろ!」
「そういうってどう
……まさか夫婦とかって話か?」
「だからそうだって」
「おれと、ペンギンが、男と女の仲のような雰囲気ってことか?」
少年はこくりと頷いた。
その横でクリオネはケッと吐き捨てた。
そして、シャチはそれを聞いてぱかりと口を開け、ややあってテーブルに肘をつき口元を覆った。
「そういうんじゃないって」
「そうなんですか?」
シャチの返答に、少年はペンギンの方を見た。
「そうなんだよ! 知ってんだよこっちはそんなことは!付き合ったりしてねーのこいつらは!!」
クリオネはこの台詞を言うのは何度目か、もう数えるのをやめてしばらく経った。
「ベポも。もしまた誰かにそう聞かれるならきっぱり否定しておいてくれよ」
「やってるんだけどなー。アイアイ、シャチ」
「ん、さんきゅう
…………はぁ」
シャチのため息の音がいやに響いてしまった。
いやいや、夫婦みたいな空気ってなんなんだ。
シャチはちょっとだけ顔を俯かせてため息を隠すことなくついた。手で覆った口元はへの字に曲がっていて、少し顔が熱い気がする。
ペンギンの様子をちらりと伺ってみるけれど、顔色一つ変えずに手元からは規則正しくガリガリという音が聞こえてくる。香ばしい香りと小気味よい音。多分手持無沙汰なだけだろうなと結論付けた。
(
……)
見習い少年はくぴっと小さくコーヒーを飲んだ。
そういう顔だよそういう顔。と口には出さずにじとりと目を細めた。シャチは口元を隠してちらりと上目遣いでペンギンを見上げて、じっと視線を送る。嫌悪を前面に出すとか、逆に笑って見せるとか、もっと平気そうな顔をするとかしたらいいと少年は思う。シャチのそういう態度が、ペンギンに懸想してるとか、想い合ってるとか、そういう印象につながるんだろうけどなんでわかんないかなぁ。と。せめて、隠す気があってのサングラスならば上目遣いでちらっと甘えたような瞳を晒さない方がいい。普段秘められているせいで、効果は抜群だ。
そして、ペンギンもペンギンで、シャチの視線も受け止めつつ、話題は否定も肯定もしないで好きにさせている。
別に距離が近いのはいい。ハートの海賊団にいれば触れて触れられて、というコミュニケーションにはだいぶ慣れたものだ。
しかし。
いい大人がべったりしているうえに、意味深な視線のやりとりをしていれば周囲の勘違いを助長させるだろう。ただでさえ少年にとって模範であり若干堅物な印象を与えているペンギンが、シャチにだけ狭いパーソナルスペースを許している時点で、ああ、この人は特別なんだなと思われても仕方ない。そのうえに、あの眼。お互いが。あれはよくない。
「ねえ、ペンギンさん」
ペンギンは砕いた豆を目線の高さに掲げて確認している。
「なんだ」
「ペンギンさんて普通にシャチさんのこと好きですよね?」
「藪から棒だな」
「ペンギンがおれのこと好きじゃないわけないだろ」
「シャチさんは話がややこしくなるからちょっと黙っててください」
少年の真剣なトーンにシャチはきょとんとしてしまった。カーン、とどこかで戦いのゴングが聞こえた気がした。
「僕はペンギンさんに、ガチかどうかが聞きたいんですよ」
「ガチかどうか?」
「ペンギンさんはシャチさんにキスできるでしょ」
「できるよ」
「はー、ですよね。それはガチなやつですか?」
「ん、ガチ?」
「ですから、」
「ああ、キスする仲ではあるな」
「ガチじゃないですか」
「でも、別にお前が思ってるような付き合ってるとかじゃねーよ、少年」
そこで、黙って二人の会話を聞いていたクリオネがバンっと、テーブルに手をついた。
「コイツらこうなんだよ!!それ以上コイツらに関わるな!!考えるだけ時間の無駄だ!!付き合ってねーの!!なぜか!!」
「え、なに急にキレてんのおまえ」
怖っ、てシャチがペンギンのツナギをギュッて掴んだ。それをペンギンはさせたいままにしている。
そんなふたりを見て、やれやれと首を振る見習い少年と、うんざりした表情を隠しもしないクリオネ。
少年とペンギンとの問答はそれでも終わらなかった。
「これで付き合ってないんですよね」
「付き合ってはねーな」
「そりゃあ、クリオネさんもキレますよね」
ペンギンが少しだけ目を開いて、ははって笑った。
「おまえは大物になるかもな。おれなんかよりずっと」
少年は黙ってしまったペンギンをじいっと見つめた。ペンギンは、先ほどのクリオネの攻撃で揺れているコーヒーカップをシャチの手元付近へ戻して、それから挽いていた豆を黙ってガラス瓶に入れていた。トントンってビンを叩く様子になんと声を掛けたものか。いや別に声を掛ける必要はないんだけれど。
もしかしたら少しは気まずい雰囲気になるかと期待したけどそんなことはなかった。少年は一人で勝手に気まずい気持ちを抱えて、ペンギンにちらちらと視線を送って、そして視線を少し下げた。シャチの指がいまだにペンギンのツナギを掴んだままなことに。シャチがペンギンに視線を送ってることに。
「おい見習い、午後はおれとハッチのパッキン交換するぞ。真っ黒になるから覚悟しとけよ」
「はーい」
ここはもう退散するしかないなって少年が思ったところで、クリオネから号令が出た。渡りに船だ。
シャチはふたりが出て行った出口を視線だけで見送って、またペンギンに視線を戻した。その視線に気が付いていたであろうペンギンが、ちらりとシャチの唇を見た。その流し目にびくりと肩を揺らす。
「なに、シャチ
…………したいのか?」
「ばっ
……!!
…なわけないだろ!」
「そう」
視線を戻してコーヒーの粉をトントンっと瓶に入れる作業を再開するペンギンに、シャチは得も言われぬ気持ちになった。
「ペンギン、見習いと仲良いな」
思いのほか拗ねた声が出てしまって、やってしまったなあと思ったが、実際拗ねているのだからしょうがない。居た堪れなくなって、ぷいっと顔を逸らした。
「ああ、ちょっと牽制が過ぎたかもしれねーな。お互いに」
ははって笑うペンギンの視線の先、ペンギンの服を掴んだままの自身の指先を見て慌てて離した。
(あ~~~~くそっ)
「そういうんじゃない」
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