遊音。(ゆね)
2026-06-20 16:41:26
4729文字
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はつこい。⑧渇望


アセクシャルだと思っている未経験tgsが流れでkbkと付き合い始めるtgkb⑧です。
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……まだイルミネーションしてんのか……
 久しぶりに都心に出て、イルミネーションがまだきらきら光っているのを見たトガシは吐息をついて、ネクタイを少しだけ緩めた。
 契約企業先との話し合いが終わり、先方の会社が入ったビルを出て一息ついたところである。オフィス街であるがビルのテナントの一階にショップが並んでいるため、並木道にずっとイルミネーションが続いている。時計を見ると18時を過ぎていた。そのまま帰ろうかと思ったが、街並みを見てふと思い出したことがあり、トガシは最寄り駅とは反対方向に向かった。コートのポケットに手を突っ込んで歩きながらイルミネーションを眺めていると、クリスマスを思い出してしまう。
 浅草と話してから一か月近く。トガシはカバキにLINEを送り続けていた。
 あのメッセージのあと、カバキとのLINEに既読がつくことはなかった。いつまでたっても既読がつかないが、メッセージは送れるようなので確認するつもりでトガシはメッセージを送ってみた。
 久しぶり、おはよう、おやすみ。どれだけ送ろうが既読はつかないので、どうにでもなればいいと思ってトガシはカバキのことを思い出すたびに、メッセージを送り続けた。普段SNSはやらないが、こういう感じかもしれないとなんとなくわかった。
 いただきます、食事の写真、目についたもの、たわいもない話。カバキがしてくれていたように、送っている。
 送るたびにカバキの言葉を反芻する。
『たわいないことを、伝えるんですよ。そしたら相手がどんなこと想ってるのか、どんなことに興味あるのか、わかるでしょ』
 そういえばカバキは珈琲にミルクを入れていた。夕飯は会社の近くで食べていることも多い。たまに作る料理が意外と凝っている。おやすみのメッセージのあとに、まだ寝てなかったんですね、なんて送ってくるときもあった。今更、既読がつくまで待っていたのか、と気づいた。
 今まで興味がなかった映画も、カバキが好きかもしれないと思って配信で見て感想を送ったり。一緒に飲んだワインを買って飲んでみたり。そのたびにカバキの表情や、何を言ったかを思い出す。意識しなかったら何も気づかなかった。伺うような視線、キスを強請るときの仕草、抱きしめた時の嬉しそうな顔。今更たくさん思い出す。今までと変わらない日常生活なのに、彼の姿がずっとちらつくようになった。そのたびに、少し楽しくて、少し懐かしくて、少し寂しかった。
 どれだけメッセージを送っても既読はつかない。送信できているということはブロックされていないのだろうが、読まれていないメッセージを送り続けるのは、次第に空しくなった。
 足を止めてイルミネーションの写真を撮ってカバキに送る。当たり前のように既読にはならない。
 ――もう、無理かな……
 そろそろ諦めるべきなのかもしれない。
 我ながら自分勝手だと思っている。カバキの家に押しかければ会えるだろうが、そこまでする勇気がでないのは自分の気持ちに自信がないからだろう。もっと若かったら後先考えずにまっすぐ彼の家に押しかけたかもしれないな、と思って苦笑する。せめて既読だけでもついたなら話は違うかもしれない。カバキのことを考えるたびに気分がざわつくが、まだ心のどこかで自分の気持ちを信じられない。それがトガシの足を鈍らせた。
 陸上とは違う。経験がない分、トガシはどうしていいかわからなかった。もう一度殴られてきっぱりと振られたほうが諦めもつくのかもしれないが、それができない。自分がこれほど臆病者だとは思っていなかった。
「100メートルを早く走ってもこれは解決……しないかな……
 自分の中の問題だけなら解決するだろうが、誰かがいないと成り立たない関係性など陸上以外で想像したこともなかった。
 覚えのある通りに出て、トガシは足を止めた。一緒に映画を見た帰りに珈琲を飲みながら座ったベンチがある。イルミネーションは此処まで続いていたが、あの日と違うのは夕方なので帰りを急ぐ人が多いことくらいか。
 ショーウィンドウに書かれた文字を見て、今日がバレンタインだという事に気づく。見知らぬ好意を受け取る日は、トガシにとってあまり良い思い出ではない。いつからか何も貰わなくなって気に留めなくなった日だった。
 付き合っていたままだったら何か特別なことでもしただろうか、と考えてトガシは苦笑した。そんなことを考えること自体が無駄なことなのに、そう思ってしまった自分がおかしかった。こんな事を想像するようになるとも思っていなかった。
 カバキと座ったベンチに座って、スマホを出した。
 企業契約したことをカバキに伝えるべきかどうか悩む。トガシは悩んだ末にクサシノではない企業と契約した。クサシノと違って大きな会社ではないが、違うところで頑張ってみたいという気持ちと、怪我した自分を信じてくれたこと、財津がいた会社であること、などを総合的に判断した結果だった。これでクサシノでカバキと顔を合わせることもなくなるな、なんて思ってしまってトガシは視線を空に向けた。
 彼をずっと意識している。イルミネーションは近くで見ると電球と線だ。こんなものに浮かれる気持ちはずっとわからなかったが、カバキと一緒に見た時は素直にきらきらしていて綺麗だと思った。綺麗だと笑うカバキも魅力的だった。楽しそうに笑う彼を見たら、自分も楽しかった。おそらく、彼を好きなのだろうとは思う。それでも、このまま終わらせた方が賢明な気がしてきた。そもそも恋愛をしていい人間ではないのだ、とトガシは自嘲した。
 手にしていたスマホを見下ろし、ロックを解除させてLINEを開く。カバキが送ってくれたメッセージを見て、そのあとに自分が送り続けた届かないメッセージを見る。
「もう、いいかな……
 返事がないメッセージを送り続けるのは、足跡がないまま追いかけているようで辛かった。こんな感情を覚えたことはない。
 今日で最後にしようと思って、トガシは少し笑う。
「また、デリカシーないって言われるな……
 バレンタインにすることじゃないな、と自分でも思いながらトガシはスマホに手を滑らせる。どうせ届かないのなら、今の気持ちを最後に送ろうと思った。
『もう一度、会いたかったけど、これで最後にするね』
 最後のメッセージが送信されても、既読がつかないまま。
「消すかな……
 連絡先ごと消そうと指を動かそうとした瞬間、全てのメッセージに既読がついた。
……えっ……
 驚いて指が硬直する。
 戸惑ったまま茫然と見つめていると、通話が鳴った。表示された名前は先ほどまでずっと想っていた相手で、しばらく悩んだあとトガシは通話にスライドさせた。
 耳に当ててなんて言おうか逡巡する前に、怒鳴り声が聞こえてきた。
『いま、どこですかっ⁉』
 久しぶりのカバキの声に、トガシの心臓が跳ねた。
「えっと……
 トガシは視線をさまよわせる。
「初めてキスしたとこ……
『そこで絶対まっとってください! 絶対、どこにも行かないでくださいねっ!!』
「え……くるの……?」
『会いたいって言ったのアンタでしょうがっ!』
「え……
 言い終わる前に通話が切れた。
 トガシは茫然とスマホを見下ろす。今のが現実かどうか実感が出来ない。先ほどまで既読がついていなかった全てのメッセージに既読がついているのを確認すると、震える手で口元を押さえた。
 カバキの声を聞いた。待ってろということは来るということだろう。
 ――カバキくんに会える……
 トガシは両手で顔を覆った。
 その事実は嬉しくて、不安で、怖くて、それでも彼にこれから会えると思うと体が震えた。
 たとえ今日が酷い日になるとしても、それでもいいと思えた。もう一度、カバキに会える。
 トガシは顔から手を外して天を仰ぐ。滲んだイルミネーションは、今まで見たこともないほど綺麗だった。
 世界が、変わる。
…………そっか……
 早くカバキに会いたい。この気持ちを伝えたかった。


 通知が鳴ったので、カバキは機内モードにしてからLINEを開いた。
「今日は写真かい……何考えてんのやろな……
 自宅に丁度帰ってきたところだった。頭がぼんやりとする。
 トガシからのメッセージをこの一か月ほどずっと受け取っているカバキは、既読をつけないまま読んでいた。
 おはよう、おやすみ、いただきます、といった自分が送ったような意味のないメッセージを受け取りながら、カバキは返事をしないまま読んでいる。明確なトガシからの言葉がないまま、たわいないメッセージを送られ続けている状況を、カバキはどうしていいかわからないでいた。
 相変わらず魚が好きだな、とか。あの映画見たのか、とか。いつか飲んだワインを買ったことを知って、カバキの気持ちがざわつかないわけがない。だが、絶対に返事をしたくなかった。自分から何かするのは違うと思っていた。あんな振られ方をして、こちらから行くなんて馬鹿らしすぎる。ましてや、何を思っているのかもわからないし、謝罪もない。もし関係を修復したいなら、謝罪からだろうとカバキは思っているが、そんな様子もない。
 写真を撮るのが下手で、どうやったらスマホでこんな写真が撮れるのかと思うようなぶれたイルミネーションが映った写真を見ながら、少し笑ってしまう。
 忘れたいのに、メッセージを楽しみにしている自分がどこかにいる。本当に嫌ならブロックして受け取らなければいい。でもどこかで期待してしまっているし、こんな状況にしているトガシをますます嫌いになりそうにもなっている。
「今日が何の日か知ってるんですかね……
 カバキはため息をついて、アプリを終了させてスマホを置いた。一か月も続くこの状況に、トガシの胸倉を掴んで怒鳴りつけたい気持ちを抱えながら、何かアクションを起こしてくれるのではないかという期待を抱えてもいる。
 溜息をついて風呂にでも入ろうとしたところで、そういえば機内モードにしたままだったと気づいて、スマホを手に取ると機内モードをオフにした。
 途端、通知が鳴る。またトガシからか、と思って後で確認しようかと思ったが、通知に並んだ文字を途中まで見て目を見開く。
 カバキは急いでLINEを開き、トガシとのメッセージに既読をつけた。
『もう一度、会いたかったけど、これで最後にするね』
 本当にデリカシーがなくて、自分勝手で、面倒くさい人だとカバキは髪をくしゃりと掴む。
……あー、もう……
 眉間に皺を寄せて目をつむる。
 意を決したカバキは、通話ボタンを押して呼び出し音が鳴るのをイライラしながら待った。
「絶対切るなよ……
 呟いた瞬間、通話が繋がった。
「いま、どこですかっ⁉」
 電話の向こうで息をのむ声がする。このままいきなり電話を切るんじゃないかと気が気でない。
『えっと……初めてキスしたとこ……
「そこで絶対まっとってください! 絶対、どこにも行かないでくださいねっ!!」
『え……くるの……?』
「会いたいって言ったのアンタでしょうがっ!」
 スマホを切ると、カバキは上着を掴んで鍵をかける間も惜しくなるほどの勢いで家を飛び出して、走り出した。



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トガシを照らす電球の一つになりたい。
次回はつこい。最終回「受容」