その日は危険な任務に管理人が赴いていた、ウルフガードはなるべく管理人を守っていたつもりではあるが、ウルフガードの武器は銃なので後方支援に回ってしまう。対して管理人は、前衛で戦うタイプだ。
どうにかこなしたものの、管理人は軽い怪我をしていた。帝江号に帰還すれば、ペリカの挨拶もそこそこに、ウルフガードは管理人の怪我を診る事にした。
「こんな怪我、大した事ないよ、キャトロ」
「駄目だ。俺が責任を持って、看病する」
管理人は、医務室のベッドにちょこん、と座っている。源石リミッターを外した管理人は、やはり幼く見えるし、こんな小さな背中に責任を背負っているのかと思うと、ウルフガードは抱きしめたくてたまらない。
今は看病である。怪我は鎖骨の近くであり、ウルフガードは管理人に「悪いが、消毒するから、少し脱げるか?」と管理人の、拘束具にも似た服を指差す。
「平気だけどなぁ……あんまり痛くないよ?」
「違う、これは俺がお前を守れなかった、という事だ。俺は……」
「キャトロは真面目だね」
からかうでもなく、管理人はウルフガードの真面目さに感心しているようである。少し、服をはだけた管理人に、ウルフガードは目の毒だ、と思いつつも、消毒し、きちんと処置を施す。
「しばらくは安静に、な」
「うん、キャトロが言うなら、なるべく無理はしないよ」
「なるべく、じゃなく、無理はするな」
口調こそ、ぶっきらぼうであるが、管理人はウルフガードが心配してくるのが伝わり、心が温かくなる。分かりづらい優しさだが、その気持ちが嬉しい。
処置を施したウルフガードは、今度は理性を総動員しなくてはいけなかった。あまり日に焼けていない、管理人の白い肌、艶めかしい鎖骨が露わになっているのだ。だが、管理人は怪我をしている。
少し……なら……いいか?と揺らぐウルフガードに対し、管理人は、呑気に怪我の具合を見ている。
「管理人」
「どうしたの?」
「その……触れていいか?」
言うのが先か、触れるのが先か、水掛け論ではあるが、ウルフガードは気がつけば、管理人の肌を軽く吸う。そのまま鎖骨を舌でなぞる。
「くすぐったいよ……っ」
ここまできておいて、全くウルフガードに危機感を持たない管理人には、ウルフガードも呆れてしまうが……安全であるという証拠はない。けれど、管理人にそれだけ信頼されているのが、ウルフガードには伝わり、これ以上は良くない、と判断した。だが、この期に及んで、まだ身を捩らせ、笑っている管理人を見ると、警戒心を少しは持ってほしいと思う。
まだ、管理人の怪我はあり、ウルフガードは「じっとしていろ」と、自分からしかけたくせに管理人に言ってしまう。
「それってキャトロが悪いんじゃないか」
「それはそうだが……とにかく、お前はまだ怪我をしているんだから、処置は続ける。じっとしていろ」
ウルフガードは真剣な顔で、消毒液を染み込ませたガーゼで管理人の傷を丁寧に拭き、軟膏を塗り、包帯を巻いていく。
「痛むか?」
「ううん、キャトロ、ありがとう。そんなに心配してくれて嬉しいよ」
「怪我してるんだから、嬉しいも何もあるか」
処置を終えたウルフガードは、後で管理人にメディカルチェックを受けさせようと思い立つ。
「あっ、待ってよ、キャトロ」
「どうした?まだ痛むか?」
「ううん、どこも痛くないよ。ただ……その、看病のお礼がしたいなって」
「お礼?」
「うん、看病のお礼にキャトロのもふもふな尻尾を触りたい」
……ウルフガードは、軽い目眩を覚えた。
管理人は目を輝かせ、既にウルフガードに、にじりよりウルフガードの尻尾を触ろうと躍起である。
「あと、キャトロの耳も……触っていい?」
管理人はずるい。上目遣いでそう言われて、嫌だ、と断れる人間がいたら、お目にかかりたいものである。ウルフガードは躊躇した後、「好きにしろ」と、医務室のベッドに座る。
管理人はいそいそと、ウルフガードの隣にぴったりと座り、ウルフガードの狼耳の付け根を優しく指で撫でたり、狼耳のふわふわとした毛をそっとつまんで「あったかい~」と呟く。狼耳の裏側をくすぐるように触る。
ウルフガードは最初は我慢していたが、狼耳がぴくぴくと動き、尻尾が勝手にぶわぶわと動いてしまう。
「尻尾も触りたいな」
と言って、もぞもぞとウルフガードの後ろに回り、ふわふわの尻尾を両手で包みこんで、優しく撫でる。ウルフガードは、声こそ我慢したが、肩が小さく震えて、顔が赤くなっていくのを感じた。
「管理人……もう少し、優しく……」
低く掠れた声で、ウルフガードは管理人に訴える。
「えへへ……キャトロの反応が可愛いからつい」
と楽しいのか、ウルフガードの耳をまた触ろうとするので、耳をぺたんとさせ、「俺は可愛くない」と、むっとする。
「どちらかと言えば可愛いのは、お前の方だ」
ウルフガードの言葉に、管理人はきょとんとした表情を見せた。自分の言動があまり意識されていないのか、無邪気に首を傾げる。
「えー?そんなことないよ。僕は大人だからね!」と胸を張る管理人に、ウルフガードは溜息をつく。確かに年齢的にはそうかもしれないが、源石リミッターを外した時の容姿や態度は完全に子供のものだった。
「まあいい……それよりもう止めてくれ」
管理人の指が再びウルフガードの狼耳に触れようとするのを見て、彼は思わず体を強張らせる。「本当に?気持ちよかったでしょ?」と問いかけながら手を伸ばしてくる管理人に、ウルフガードは限界を迎えた。
「……管理人」
ウルフガードはゆっくりと振り向き、その鋭い視線で管理人を捉える。普段の穏やかな眼差しとは違い、何かが違うと管理人も感じ取ったようだ。しかし次の瞬間──
「我慢できないんだ」
その言葉と共にウルフガードは素早く動き、両手で管理人の細い手首を優しく捕まえた。
捕まった管理人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに申し訳なさそうな表情になった。
「ごめんね、キャトロ。気持ちよさそうだったから、つい夢中になっちゃったんだ」
その言葉にウルフガードの耳が再びピクリと動いた。頬が熱くなるのを感じながらも、彼は精一杯平静を装う。
「別に悪かったわけじゃない……ただお前が危なっかしいから、俺がちゃんとついていないと駄目だって言ってるんだ」
そっぽを向いてしまったウルフガードの横顔を見て、管理人は小さく微笑んだ。強がる彼の仕草が可愛らしいと思う反面、心配かけてばかりいる自分が少し情けなくも感じる。
「ここに座ってもいい?」と尋ねながら、管理人はベッドの端に腰をおろした。ウルフガードはスペースを空けた。
二人は無言で並んで座り、窓から差し込む柔らかな光の中で、時折ウルフガードの尻尾が僅かに揺れる音だけが響いていた。数分ほど経った後、ウルフガードはおもむろに包帯の巻かれた管理人の肩にそっと手を伸ばした。
「痛くないか?」
「うん、全然。キャトロのおかげで」
ウルフガードは慎重に包帯を巻き直しながら、「ちゃんと治るまで無理はするな」と優しく諭した。その低い声には心からの気遣いが滲んでいる。
管理人はコクンとうなずきながら、「うん。キャトロが看病してくれるなら、きっとすぐに治りそうだね」と甘えた声で返した。そしてウルフガードの胸元にそっと頭を預ける。
驚いたように少しだけ体を強張らせたウルフガードだったが、すぐに緊張を解き、ため息混じりに言った。「まったく……子供みたいな奴だ」
しかし彼の尻尾は明らかに嬉しそうに小刻みに震えており、ウルフガード自身もそれに気づいているだろう。管理人の体温がじんわりと伝わってくる感触。
ウルフガードは胸元に預けられた管理人の頭にそっと手を置いた。黒い髪を梳くように優しく撫でながら、「次に怪我したらすぐに俺に言え。ちゃんと看病するから」と低く囁いた。その言葉に込められた強い意志が伝わり、管理人は目を閉じて安心したように微笑む。
「約束するね。次はキャトロの耳、もっと優しく触るから」と管理人がいたずらっぽく言うと、ウルフガードの狼耳がまたピクッと敏感に反応した。
「……触るな」と短く呟いたものの、彼の口元は微かに緩んでいる。その複雑な表情を見逃さず、管理人はさらに胸に顔を埋めた。「なんだよ……くすぐったいだろ」と言いながらも、ウルフガードは撫でる手を止めない。
窓の外では夕暮れの光が柔らかく室内を染め始めていた。沈黙の中、ふたりの呼吸と遠くの波の音だけが聞こえる。しばらくしてウルフガードが身体を少し起こし、真剣な眼差しで管理人を見つめた。
「今日は俺の部屋に泊まっていけ。傷の様子を夜通し見ていた方がいい」突然の提案に管理人は目を輝かせて、ベッドの上で少し跳ねるように身を乗り出した。
「やったー! お泊まり会だ!ねえねえ、キャトロ、僕、お泊まり会プランちゃんと立ててるんだよ?」
管理人は指を一本ずつ折りながら、楽しそうに話し始めた。
「まず、キャトロの部屋に行ったら一緒に歯磨きしよう!それからベッドで並んで、ピザ食べたいな〜。冷蔵庫にピザあったよね? レンジでチンして、二人で分けっこ!あ、もちろん怪我してるから僕が食べるのはちょっとだけにするよ?それで寝る前に、キャトロの耳を優しく撫でながらお話しようよ。キャトロの故郷の話とか、狼の群れの話とか、僕が昔読んでた絵本の話もしてあげる! ……あ! あと、枕投げもしたい!軽くね? 本気じゃなくて、ふわふわの枕でポンポンってやるだけ!キャトロの反応見てみたいし、絶対楽しいよ!」
管理人は目をキラキラさせながら、まるで本物の小学生みたいにプランを並べていく。ウルフガードは最初は真面目に聞いていたが、だんだん表情が崩れていった。
狼耳がピクッと動き、尻尾の先が小さく揺れる。
最後には、珍しく口元を緩めて苦笑いを浮かべた。
「……お前、本気でそれを『お泊まり会プラン』と言っているのか?ピザに絵本に枕投げか……完全に子供のお泊まり会だな」
「えー? 子どもっぽいかな?でもキャトロと一緒にいたら、そういう普通のことしたくなっちゃうからね。ピザのトッピングはキャトロの好きな肉多めでいいよね?枕投げは本当に軽くやるから! 怪我に響かないように気をつけるよ」
管理人が上目遣いでそう言うと、ウルフガードは軽く額に手を当てて、もう一度苦笑いを深めた。
「ったく……お前と一緒にいると、俺まで子供に戻りそうだ。ピザはいいが、食べ過ぎるなよ。怪我人なんだから。枕投げは……絶対に軽くしろ。
本気でやったら即終了だぞ。耳を撫でるのも、寝る直前だけに限る。それ以上は我慢できる保証がないからな」
「やったー! ピザも枕投げも耳も、ほとんどOKもらえた!キャトロ、意外と甘いよね〜」
「……甘くない。ただお前が危なっかしいから、ちゃんと見張ってるだけだ」
ウルフガードはそう言いながらも、口元が緩んだままだった。管理人は嬉しそうにウルフガードの腕に軽くしがみつき、
「楽しみ〜! キャトロの部屋でお泊まり会、絶対楽しいよ!枕投げ、じゃんけんで勝った方が先攻ね!」
と小さくガッツポーズをした。ウルフガードは呆れたようにため息をつきつつ、管理人の頭を優しく一撫でしてやった。「まったく……本当に子供だな、お前は」その声は、苦笑い混じりなのに、どこか温かかった。夕陽が沈みかけた廊下を、二人はゆっくりと歩いていった。
管理人はウルフガードの腕を掴んだまま、
「ピザ、どっちが大きい方取る? じゃんけんしようよ!枕投げの練習、ベッドの上でちょっとだけしてみようか?」
と楽しげに話しかけ、ウルフガードはもう一度、静かに苦笑いを浮かべた。こうして、二人の距離はまた少しだけ近づいていった。
了。
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